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第26話「疑問形の消えた夜――近づく心」

 転生二十五日目。シン、ボルゾイ、ルカ、エレナリアはギルドカウンターに来ていた。


 エミリアと話をして、コボルトの討伐クエストを受けることにした。


 ギルドカウンターでステータスを確認する四人。


「ひねくれ者のレベルが下がってる」ルカがエレナリアにささやくように言った。


「LV6に下がっていますね。昨日の件でしょうか」エレナリアがギルドカードを見ながら答えた。


「昨日の件……だと思います」


「なんの話をしてるぞい?」ボルゾイが横からルカのギルドカードをのぞき込みながら声をかけた。


「ドワーフはデリカシーがないんですかね」エレナリアはボルゾイをにらんだ。


「なんぞい。ステータスの確認は冒険者としての基本動作ぞい。文句を言われる筋合いはないぞい」ボルゾイはギルドカウンターを叩いた。


「あ!あの!私、ひねくれ者っていうスキルがあってそれのレベルが下がったんです」ルカが二人の話に割って入った。


「スキルレベルが?そんなことあるぞい?」ボルゾイはきょとんとした。


「自己強化型のスキルなんですが、LVが高いと強力になる代わりに、回復や補助魔法を受け付けなくなるスキルでLVが上がったり、下がったりするんです」


「変わったスキルぞい。回復と補助が効きづらいというのは、知っておいてよかったぞい。気を付けるぞい」


 その言葉を聞いてルカは肩を撫でおろすとともに、胸の奥がわずかに温かくなるのを感じた。


「いろんなスキルがあるんだな」シンが三人に声をかけた。


「俺の仲間思いも特殊なスキルで、助けようとしたときに爆発的な速度が出たり、体が丈夫になったりした。あとは、味方の強化をしたり、近くの仲間の感情を感知するような能力があるようだ」


「あるようだ……というのはどういう意味ですか?」エレナリアが質問をした。


「スキルの説明が曖昧で内容がわからない。『大切な者への想いが、力となる』とだけ書いてある。スキルの理解は経験に基づくものだ」


「近くの仲間の感情を察知する……というのはどういうスキルなんですか……」ルカは恐る恐る聞いた。


「詳細はよくわからないが、怒り、悲しみ、喜びや、恐怖のようなものを何となく感じるというものだ。はっきりとしているのはダンジョン内で仲間が岩龍に襲われたときに、その仲間の恐怖を感じたことくらいだ。方角や距離感も何となくだがわかった」


「そうなんですね……なかなか難しいスキルですね」ルカはそう答えると、息を吐いた。


 ――よかった。心が読めたりするわけではないんだ。


「皆さん、会話はそろそろにしてクエストに向かってはどうでしょうか」エミリアが声をかけた。


「ああ、すまない」シンが返した。


「エミリア、ビアはまたいないぞい?」ボルゾイが質問した。


「ええ……何やら調査に協力することになったようで、近々ラステルを離れるようです」エミリアは少し下を向きながら答えた。


「それは……残念ぞい」


「ビアというのはどなたですか?」エレナリアが質問した。


「仲間の斥候だ。ちょうど……そうだなルカ……くらいの年の娘だ」シンがルカの方を横目で見て、短く答えた。


 急に名前を呼ばれたルカは目をそらした。


「どのくらいの期間いなくなるんだ」シンがエミリアに聞いた。


「私も詳細は聞かされておらず。申し訳ございません」エミリアは深々と頭を下げた。


「いや、ありがとう。クエストに行ってくる」


 シンはそう告げると、三人の方を一瞥してギルドカウンターを離れた。他の三人もそれに帯同(たいどう)した。


 ――――――――――


 コボルトの討伐、先日決めた通りの役割分担で連携を行った。


 二度目の連携とは思えないほど機能した。


 コボルトがシンに向かって切りかかった。シンはコボルトの攻撃を受け流してバランスを崩した。


「はぁっ!」ルカの上段蹴りがコボルトの顔をとらえると、崩れ落ちた。


「ルカさん、カッコいい蹴りぞい!」ボルゾイが手をたたきながら近づいてきた。


「そうですか?」ルカが少し頬を赤らめて答えた。


「もう一回見せてほしいぞい」


「ああ……いいですよ。こう蹴りました」そう言うと上段蹴りを繰り出した。


 シンはその様子を剣を鞘に納めながら見ていた。


 ――あの蹴り。見覚えがある。膝を畳んだまま腕の前に引き上げて、最短距離で跳ね上げる。空手の蹴りと似ている。この世界の武術は見たことがないが、同じようなものなのか?


 そのシンの姿をエレナリアはじっと見ていた。


「おお、やっぱりカッコいいぞい!他も見せてほしいぞい」ボルゾイが子供のようにはしゃいだ。


「そうですね……」ルカが頬をかきながら考えると、別の技を見せようと構えを取った。


 そのやり取りをシンは手を止めて見ていた。その様子に気付いたエレナリアが声をかけた。


「ルカ、ボルゾイ、二人とも遊んでいないで、耳を削いで(そいで)ください。討伐したことにならないので」


「あ!はい!ごめん、エレナ」ルカが慌ててコボルトの方に走った。


「おい、会話の邪魔をするなぞい」ボルゾイがエレナリアに近づくと文句を言った。


「あの子は傷つきやすいので、ほどほどにお願いします。粗野なあなたでは心配です」エレナリアがそっけなく返した。


「……あの子が何かを抱えているということはわかるぞい」ボルゾイは、コボルトの耳を削ぐ(そぐ)作業を進めながら返した。


「どういうことでしょうか……」エレナリアは手を止めてボルゾイを見た。


「シンと同じぞい。あの子も、シンもちゃんと人の目を見て話さんぞい。気を許した人の名前しか呼ばんぞい。何か後ろめたいことがあるぞい。おい、手を止めるなぞい」


 エレナリアは一瞬眉を上げたが、すぐに作業に戻った。


「ちゃんとそういうことはわかるのですね。感心しました。それよりもボルゾイ、私は「おい」という名前ではなく、エレナリアです」


「エレナリア……細かいぞい」


「よく言われます。さて、続けましょう」エレナリアは少しだけ微笑むと作業を進めた。


 ――――――――――


 ギルドに戻り精算を行うと四人は解散した。ボルゾイはギルドに隣接する酒場に向かっていった。ルカとエレナリアは銀狼亭に戻った。


 そしてシンはいつも通り素振りをしていた。そこに一人の人影が近づいた。


「毎日ほんとに精が出ますかね。そんなに振ってて飽きないですかね」


「ビアか……何か用か」シンが剣を振りながら答えた。


「話したいことがあったですかね」ビアはシンに近づくと横に座った。


「なんだ……」シンは剣を振るのをやめ、汗をぬぐった。


「実は王都のギルドからの依頼で、とある調査に協力することになったですかね。王国にかかわる重大な依頼なので断ることはできなくて、ラステルを離れて、王都に行くことになりましたかね」


「そうか。どのくらいの期間だ」


「わからないですかね。具体的な話は王都についてからといわれてますかね」


「……そうか。俺にできることはあるか」


「……ないですかね」


「そうか……気を付けていってこい」シンはそれだけ返すとまた剣を手に取り、素振りを始めた。ビアはその様子を横に座ったままじっと見ていた。


「シンさんは、私のことをどう思っていますかね」しばらくしてビアが声をかけた。


「……大切な仲間だ」シンがいつも通りの内容を、いつも通り短く答えた。


「仲間……それだけですかね」ビアは手を自分の指が白くなるほど、ぎゅっと握りしめた。顔を上げてシンを見た。目が潤んで(うるんで)いた。


「……ああ。大切な、かけがえのない、仲間だ」


「かけがえのないというのは、嬉しいですかね。でも、やっぱり『仲間』なんですかね」ビアは唇をかんだ。


「ああ……」シンはポケットを触りながら小さく答えた。


 ――ビアが何を言いたいかわかった。だが、その想いには答えられない。俺には遥が、結華がいる。


「私はそうじゃないですかね。シンさんのこと……もっと知りたいと思いますかね。もっと一緒にクエストをしたり、他愛もない会話をしたり、一緒にいたかったですかね」ビアの声は震えていた。


「そうか……」


「シンさん、私の言いたいこと。わかりますかね」ビアがじっとシンの顔を見た。


「……すまない」シンは目をそらした。


「なんで……なんで……謝るんですかね。なんで目を見てくれないんですかね……」


「……」


「何か言ってくださいよ!私はもっとシンさんと一緒にいたいです!シンさんのこと好きなんです!」


 ビアの言葉から疑問形が消えた。


 シンはそれを聞いて拳を握りこんだ。指が食い込み血がにじんだ。


 ――もっと一緒に遊びたい。ビアの告白を聞いて思い出したのは、結華が幼稚園の時に書いたピンクの色紙に書かれた願い。俺の激務を支えた願い。俺が結華にかなえてやることができなかった……願い……やはり俺にとって大切なのは家族だ。この子の想いには答えられない。


「俺には……」シンは言葉に詰まった。詰まったが続けた。


「俺には妻がいた。娘が……いる」シンは顔を上げて、ビアの顔を見つめて答えた。


「え……どういうことですかね……」ビアの目は泳いでいた。


「俺は転生者だ。俺の本当の名前は滝下伸二。俺が探している結華は娘、そして、妻の名は遥だ」


「嘘……そんな……そんな話って……ありますかね……」ビアは口に手を当てて、下を向いた。


「事実だ。だからビア、お前の気持ちには答えられない。すまない」


「……」二人の間にしばらくの間、静寂が続いた。二つの月から降り注ぐ光が二人の頬を照らすと、それぞれの頬に線が走っていた。


「……シンさん」ビアは目を拭いながら、シンを呼んだ。


「なんだ」


「妻がいた……ということは、奥さんは亡くなってるんですかね」


「ああ……二年前に事故で亡くなった」シンは目を伏せた。


「……」ビアは無言のままシンの方に体を寄せた。


「じゃあ……」


「じゃあ、シンさんの気持ちが変わるまで、猛アプローチさせていただきますかね。猪突猛進といいますが、猪よりも早く、強く、シンさんに突っ込んでいきますかね」ビアは少し口角を上げた。


「どうしてそうなる……」シンは目をそらしたまま答えた。


「人の気持ちは変わるものですかね。あきらめないことにしましたかね」


「……」シンは答えなかった。答えられなかった。


「シンさん」ビアはシンにさらに近づき、下からシンの顔を覗き込んだ。


「なんだ」シンは顔を上げて、目線をそらした。


「大好きです」そう言うとビアはシンの頬に唇で触れた。そっと触れるだけだったが、確かに触れた。


「な……何をする……」シンは自分の頬に触れて、顔を赤くした。


「前借り、ですかね。今回の調査クエストが終わったらさらにすごいアプローチをさせてもらいますかね」ビアは唇に指を添えて、満面の笑みでシンにそう告げた。


「……」


 ――この娘も強い子だ。結華と同年代だ。どう傷つけずに対応したらいいものか……


「それでは、不肖(ふしょう)ビア。王都に向かっていってまいりますかね。シンさんお元気で、今までありがとうございました!」


「……ありがとう」シンは元気に走り抜けていくビアを見送った。


 二つの月が照らす彼女は何度もシンに振り返り手を振った。何度も何度も。その顔はとても穏やかな笑顔をしていた。


 その笑顔がそう遠くない将来、夜の闇に溶けることを今のシンは知らなかった。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。


 ビアの内面を少し描かせていただきました。少女の淡い思いは報われることはあるのでしょうか。現実のシン(伸二)は45歳の既婚者ですからなかなか難しいような気がしつつも、ビアは大好きなキャラなのでその恋が実ってほしいなと思います。


 ただ、ルカとしては面白くないでしょうね。父のことはよく思っていなくても娘心は複雑だと思います。


毎日7時10分、18時10分に更新です。


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