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第25話「三人の転生者――三人の秘密」

 ラステルのギルドの中、ギルドマスターカルラの個室には長い沈黙が流れていた。


 ルカは、強くエレナリアの手を握っていた。

 ――今、この人なんて言った?ユイカ・タキシタ……なんで私の名前を知っているの?まさか、あいつが気付いている……?


 エレナリアはカルラの言葉とルカの様子を見て何かに気付いたようだが、ルカの手を握ったまま黙っていた。


「聞こえなかったかい。ルカ・クレイン、いや、ユイカ・タキシタ。あんた、転生者だろう?」立ったまま机に腕をつき、人差し指でたたきながらカルラは質問を重ねた。


「私の名前はルカ……ルカ・クレインです。ユイカ・タキシタなんて……知りません」震える声でそう答えた。


「きれいな発音だね」


「発音……?」ルカは眉をひそめた。


「こっちの世界じゃね。タキシタって言葉は発音しづらいんだよ。転生者の名前ってのは独特だからね。あんたの発音はきれいだったね」


「……たまたまですよ」


「たまたまねぇ……シン・タキシタは転生者だったよ」


 ルカは、目を見開いた。

 ――あいつが自分のことを話したの?なんでわざわざ……


「そうなんですか?転生者って何ですか?」ルカはごまかすように答えた。


「……転生者。別の世界から来た人間のことです。特殊スキルを持ち、高いステータスを誇るといわれています」エレナリアが、そう答えると手をかざし、カルラの方に向けた。扉が閉ざされている部屋の中に風が流れ始めた。渦巻き始めた。


「それ以上、ルカに何かする気なら私が黙ってはいませんよ」エレナリアの手に風が形を成し集まっていく。


「おやおや、過保護なエルフだね。転生者に縁でもあるのかな」カルラは気にも留めず話を続けた。


「……言う必要がありますか?」


「ワタル・シンドウ……」カルラがつぶやくように言った。


「……過去の英雄の名前がどうかしましたか」エレナリアが眉をひそめた。


「エルフは長寿だからやっぱりその名を知っていたね。ワタル・シンドウの仲間に氷と風を操るエルフの魔法使いがいたね。氷風の魔女(ブリザード・ウィッチ)と呼ばれていたSランク冒険者だ。ワタル・シンドウと一緒に百年くらい前に忽然(こつぜん)と姿を消したといわれている」


 その言葉を聞いてルカはポルティアでのマリアのセリフを思い出していた。


 ――『過去に高レベルのパーティに所属していたことがある』。氷と風を操るエルフの冒険者。Sランク。まさかエレナが……?


 カルラは言葉を続けた。


「その冒険者の名前はエレイ……」


 エレナリアは名前を言い切る前に、風の刃をカルラに放った。カルラは短刀ではじいた。弾いた風の刃が書棚に当たった。書棚は両断されて崩れ落ちた。カルラの周囲で風が鳴いていた。


「ちょっとあんた!室内でそんなもの撃つんじゃないよ」


「それ以上、その話を続けるなら、次は本気で撃ちます」風がエレナリアの手に再度収束し始めた。


「おやぁ、図星だったかい?」カルラは、一歩だけエレナリアに近づくと、エレナリアを見た。


「私は話を続ければ本気で撃つといいましたが」エレナリアの手の中で風が渦を巻き始め、テーブル上の書類が散らばり、机がガタガタと揺れた。


「やれるもんならやってみな」カルラは両手を広げた。


「警告はしました」それだけいうと、大型の風の刃を放つエレナリア。|轟音⦅ごうおん》が部屋を包んだ。しかし、刃はカルラに届くことはなく手前で霧散してしまった。


「……何?」エレナリアが手を見つめた。


「ギルド内じゃあそんな強力な魔法は使えないよ。流石に建物がぶっ壊れちまうからね」


 カルラは振り返ると机に向かい、乱暴に腰を下ろした。

「さて、意地悪な質問はここまでにしよう。二人にあたしが持ってる情報を一部伝えようさね」


「シン・タキシタは転生者である。シン・タキシタは転生者の娘を探している。娘の名前はユイカ・タキシタ。ここまでがあたしがシンから聞いた情報だ」カルラは指を折りながら説明をした。


「あとはマリアから聞いた、ルカ・クレインあんたの特殊スキル『ひねくれ者』、短期間でのCランク到達にいたる強さ。そして、シン・タキシタを探しているという情報。これらから推察してあんたのことをユイカ・タキシタだとほぼ確信している」


 そこまで聞いてルカは観念したかのように顔を上げた。顔は蒼白(そうはく)になっていた。――ばれた。エレナにも。もう隠せない。


「私が仮にそのユイカ・タキシタという転生者だったら、どうするんですか」ルカは拳を握ってカルラをにらんだ。


 カルラは左側だけ口角を上げて笑った。

「やはり親娘だねぇ。同じようなことをシンも聞いたよ。同じようににらみながらね。どうもしない。それがあたしの答えだ。必要があれば、あんたがシンに自分の正体を告げる手伝いくらいはしてやるよ」


「そんなこと……望んでいません」


 その答えを肯定ととらえ、カルラはさらに質問を続けた。


「じゃあ、なんであんたはシンを探してここまで来た。名前も姿も変えたんなら一生避けて暮らすこともできたはずだ」


「……言いたくありません。あいつにも私が探していることは言わないでください。お願いします」ルカは蒼白(そうはく)になった顔で頭を下げた。


「はっ!いいさ。そこに対してあたしからどうこうする気はないからね。これはあたしとあんた、それとエレナリアの三人の秘密だ」


「……もう、よろしいですか」エレナリアは、ルカの肩を抱き、カルラの方を見た。


「ああ。ひねくれ者の詳細も聞きたかったけど、今日は十分だ。また、これからも頼むよ。ルカ・クレイン、エレナリア」


「ええ、こちらこそ。カルラ・ゼーリング」エレナリアはそう告げるとドアを開け、ルカと一緒に部屋の外に出ると乱暴に扉を閉めた。


「怖いねぇ」カルラの独白が聞こえたが、エレナリアは無視をした。


 ――――――――――


 銀狼亭についた二人。ルカはベッドサイドに腰掛け無言でヘアピンをいじっていた。エレナリアも同じように本を開き、何度も同じページを眺めていた。


「ねぇ……エレナ、黙ってたこと怒ってる?」ルカがつぶやくように聞いた。


「怒っていませんよ」本を眺めながらエレナリアは答えた。


「そうなの?」ルカは顔を上げてエレナリアの方を見た。


「薄々感づいていましたから」エレナリアは顔を上げ、ルカの方に体を向けた。


「え……そんなに私ってわかりやすいかな。もしかしてあいつにもばれちゃうかな?」


「いえ、私もカルラさんと同じで、あなたが遠くから来たこと、この世界に対する知識が乏しいこと、シン・タキシタという珍しい名前の人を探していること、あとは」


 エレナリアが珍しく間を置いた。


「過去に、転生者の知り合いがいたので、それから推察してそうなのだろうと思っていました」


「そっか。ごめん。いつかはちゃんと話したいと思ってた」ルカは目を伏せた。


「ええ……わかっています。私はルカが話せるまで待つつもりでした」


「エレナは私に隠してることや、話したくないことはある?」再度顔を上げてエレナリアを見た。


「……」エレナリアは本の端を指でなぞると答えた。


「あります」


「ワタル・シンドウって人のこと?」


「……ええ……」


「私も待つよ」


「え……?」


「私もエレナが話したくなるまで待つ!でもいつかは話してほしいかな。言葉は伝えなければ腐っちゃう。そうでしょ?」ルカが笑った。


 エレナリアも微笑み返した。


「ええ……そうですね。いつか、時が来れば話をさせてください」


 エレナリアはそう言い切ると本を閉じた。


 ルカも自分の髪に銀のヘアピンをつけて布団に入り、目を閉じた。


 ――転生したこと。いつかは言うつもりだった。こんな形は望んでなかった。ああ、エレナに会えてほんとによかった。お母さんにも紹介したかったな。私を変えてくれた一番大切な友達だって。あいつにもいつかそう紹介することができる……のかな。


 ――――――――――


 場所は再びギルドマスターの部屋に戻る。


 カルラは王立守護騎士副団長のアルノと魔法通信をしていた。


「ああ、わかってる。ビアには説明した。特例でCランクに昇格させる手続きを踏んだうえで、帯同(たいどう)させる。本人の了承は得ている」


「王都での合流はいつになりそうですか?」


「早馬に乗せて向かわせても最短でラステルからセントレグノまで二十日はかかる。馬を乗り継いで夜通し走ってその時間だ。誰かさんが洞窟の中で大技をぶっ放してトンネルを壊しちまったんだからね。文句を言っといてくれよ」


「ああ……すみません。今は戦闘をしたので、かなり感情の昂ぶり(たかぶり)が落ち着いているのですが、変わりますか。今隣でハーブティーを飲んでいますが」


「いや。いい、必要ない。あたしはあいつが苦手だ」


「そ……そうですか。では二十日後にビアさんが到着したらまた連絡します」


「最短で二十日だ。多少前後しても文句を言うんじゃないよ。それが嫌なら転移魔法陣でも準備するんだね」


「検討します」


「本気で言ってるのかい?」


「ええ……状況は思ったより深刻です。スタティクス山脈の坑道内でグランサクレの魔法教団の一人に遭遇しました。調査を一日でも早く進めたいんです」


「ビアじゃなくても王都に斥候や、魔力探知ができる人間くらいいるだろう。ノエルじゃダメなのかい」


「ええ……魔法トラップと、通常の罠が併用して組まれてまして、調査にかなり野性的な感覚が必要なんです」


「それでビアに白羽の矢が立ったわけかい」


「ええ……そうです」


「早馬で向かわせるか、転移魔法陣で行かせるかはすぐ判断するから明日の朝までに返事しな!ビアには伝えておく」


「ええ!?明日の朝ですか?夕方までじゃダメですか」


「朝一、九時きっかりだ」


「わかりました……善処します」


「あと一つ……」


「はい、なんですか?」


「ダリオの馬鹿にノエルと、ビアに手を出したら殺すって言っておいてくれるかい」


「は……はぁ……わかりました。それでは」


「よろしく頼むさね」


 魔法通信を切るとカルラは大きく息を吐いた。


 ――転生者が二人、別の大陸からの魔法教団による侵攻。なんだか厄介なことが重なってるねぇ。これ以上問題が起きないといいんだがねぇ。


 カルラは窓際に立ち二つの月を見つめた。二つの月は今日も明々(あかあか)と光を放っていた。

========== 【作者より】

 読んでいただきありがとうございます。


 カルラがルカの核心に触れ、エレナリアの過去が新たに明らかになりました。英雄ワタル・シンドウとは何者なのか。ビアは何に巻き込まれていくのか。それぞれの物語が着々と動き始めましたね。



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