第23話「よろしくという一言ーーエルフとドワーフ」
転生二十二日目。
シンはボルゾイ、ビアとともにDランクの討伐クエストを受けていた。
討伐対象はパラライズ・スパイダー。近くの森にたまに出没する、麻痺毒を持つモンスターだ。最近、近隣の牧場に現れ、家畜の牛が襲われるという事件が起きていたようだ。
森の中に入ると、ビアが警戒していた。
「シンさん、あの木の横。蜘蛛の巣があります。新しい——近くにいます」
ビアは、生い茂る木々の中で枝の折れた一本の木を指さして言った。
シンが顔を上げて辺りを見回すが、気配はない。
蜘蛛がゆっくりと木の上から糸を使って降下してきて、後ろからシンに近づいた。
「シン、後ろぞい!」ボルゾイが光術を使い蜘蛛を弾き飛ばした。
「……助かった」シンは、ボルゾイの方に振り向いた。ボルゾイのその先に同じように蜘蛛がいた。
「ボルゾイさん、しゃがんでください」ビアがボルゾイの方に向かい弓を引いた。
ボルゾイがその声を聞いてしゃがむと同時に矢を放った。蜘蛛は木に縫い留められてもがいた。
シンがそれにとどめを刺した。
「後方と上を警戒しよう」シンがそう告げると三人は背中合わせになり周囲を見た。
「一、二、三……四体いますね」ビアが二人に小さな声で端的に伝えた。そして、即座に弓を引くと二本の矢を同時に放った。蜘蛛が二体地面に落ちた。
残りの二体がシンの方に飛んできた。一体はシンが半歩横に動き攻撃をかわし、その勢いを利用して切り伏せた。もう一体はボルゾイが地面に打ち据えた。
「……周囲を見てきます」ビアが木に登り、木の上を飛び移りながら遠くに向かった。
五分後。
ビアが戻ってきた。シンとボルゾイは岩に腰掛けていた。
「蜘蛛はこれで全部のようですね。街に戻りますか」
「そうだな」シンが立ち上がった。
――――――――――
街に戻ると夕日が沈む時間だった。辺りの景色がオレンジ色から徐々に黒色に染まり始めていた。
ギルドに向かう三人。ギルドに着くとエミリアとバーバラがちょうど交代するところだった。
「あ、みなさん、こんばんは。お戻りですか」
「ああ、エミリアも上がりか」シンが短く答えた。
「ええ、そうですね。あ、そういえば今日はメンバー募集の件ですが、まだよさそうな人が来ませんでした。また、明日以降に情報があればお伝えしますね」
「ああ……よろしく頼む」
三人はエミリアを見送るとバーバラと会話をしてクエストの精算を行った。
その後はギルドの酒場で談笑した。
「シン、オヌシ最近背後がおろそかぞい」ボルゾイが酒瓶を荒々しく置きながら、シンに詰め寄った。
「ビアとボルゾイがいるからな」シンは何食わぬ顔で答えた。
「どういうことぞい?」きょとんとするボルゾイ。
「二人になら背中は任せられる」シンは当たり前のように答えた。
「シ……シン! オヌシが……オヌシがそんなことを言うなんて……頭でも打ったかぞい……」
涙目になる熊のような男。その横でビアが顔を赤くした。
「そんな、改めて淡々と言われると……て、照れますかね。情けは人のためならず、といいますが、シンさんの場合は情けが本当に返ってきてる感じですかね」
「……頭は打っていない」シンは二人を見た。
「これからもよろしく頼む」
「こちらこそぞい」「こちらこそですかね」二人の声が重なった。
二人の笑い声を聞きながら、シンはエールを一口飲んだ。
――――――――――
転生二十三日目。シンは武器の整備と素振りをしてから、少し遅めにギルドに向かった。
ギルドカウンターが騒がしい。ガルドが何やらまたもめ事を起こしているようだ。
「新しい冒険者がポルティアから来たみたいですかね」ビアが横からシンに声をかけた。
シンは周囲に目を動かした。ボルゾイを探したがまだいないようだ。
「おい、お嬢さん方、見ない顔だがクエストでも受けるのか?何なら俺がいろいろと教えてやろうか?手取り足取りいろいろとな」ガルドが鼻息荒く、二人の女性に声をかけていた。
「結構です」小柄な女性がそう答えた。
茶色の短めの髪を後ろでまとめていた。琥珀色の鋭い目でどこか野性的な印象がある。細身だが引き締まった体、動きやすさを重視した服装に手甲をつけていた。格闘家のようだ。
「おいおい、親切心で声をかけたのにつれないな。そっちのお姉さんはどうだ?」
「必要ありません」もう一人の長身の女性もそう答えた。
深い緑の目、長い耳、腰まである長い銀髪、片側の前髪を三つ編みにしてある。木の杖を持ち、ローブのような装束を着ていた。こちらは魔法使いか。
「何だよ。Cランクの俺がいろいろ教えてやろうっていうのにつれないなぁ」
「あの、私たちもCランクなんですけど……」格闘家と思しき女性がギルドカードを見せた。
「そうです。ですので必要ありません」魔法使いの女性も同じようにカードを見せた。
「な……なんだよ。そうなら早く言ってくれよ……ラステルを楽しんでくれよな」ガルドはすごすごと席に戻っていった。
「はぁ……なんかついて早々変なのに絡まれちゃったね」
「ルカ、そういうことは思っても声に出さないものですよ」
「エレナもそう思ったんでしょ。腹も立ってたでしょ?」
「私は怒りませんよ……」
「まあ、いいけど……」
そのやり取りを聞きながらギルドカウンターにいたエミリアが二人に声をかけた。
「失礼しました。私はラステルギルドの職員のエミリアです。先ほどの方はガルドという方で、悪い人ではないんですが、ちょっと新人にちょっかいを出す癖がありまして……」申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「いえいえ、エミリアさんが悪いわけではありませんので。私は魔法使いのエレナリア。エルフです。こちらの女性は体術家のルカ・クレイン。今日街に来たんですが、宿屋の紹介をお願いしたいのですが……」
「ああ、女性おふたりですね。それであれば一泊鉄貨4枚と少しお金がかかりますが、銀狼亭という宿が中央通りの近くにありますのでそちらがおすすめです。エミリアからの紹介といっていただければ一泊目は鉄貨一枚分値引きになります。こちらが街の地図です」
「ありがとうございます。ルカ、今日はそちらの宿に泊まりましょうか」
「そうだね。とりあえず拠点は必要だからね」
「あの……お二人はパーティメンバーをお探しでしょうか?」
「えーっと……」ルカが少し言葉に詰まった。
「そうですね。タンク型の剣士とクレリックの方がいると嬉しいかしら」エレナリアが答えた。
「え!そうですか!」エミリアの顔が急に明るくなった。そして二人の後方に目をやるとシンに声をかけた。
「シンさん!ちょっとこっちに来てください!」
「ああ……」シンがギルドカウンターに近づいていった。
「こちらCランクの格闘家と、魔法使いの方です。シンさんが探していたメンバーとしていいんじゃないかと。お二人もタンク役とヒーラーを探しているそうです」エミリアがシンに向かい説明した。
シンは二人の女性を見た。
――格闘家の女性はルカと呼ばれていたか。160㎝くらいか。年齢は結華と同じくらい、同じ格闘家……Cランクというだけあって隙がない。
もう一人の女性はエレナリア。エルフか。この世界で初めて見た。落ち着いていて、何かを見透かすような眼をしている。
「シン・タキシタだ。シンと呼んでくれ。Dランクで剣士をやっている」手を差し出す。
「エレナリアです。Cランクの魔法使いです」シンの手を握り返した。
「こちらはルカです。同じくCランクの格闘家。少し人見知りする子なんです」
「ルカ……クレインです……初めまして」伏し目がちにシンの手を握り返した。
「よろしく」シンは二人に短く返した。
「シンさんは魔法使いと格闘家を探しているんですか?」エレナリアが尋ねた。
「ああ……ボルゾイというクレリックと、ビアという斥候の三人でパーティを組んでいる。だが、魔法攻撃が弱いのと、俺が守備特化なので決め手に欠ける。Cランクをめざしているので協力してほしい」
「私たちもこちらを拠点に、しばらく路銀を集めようと思っていたので助かります。ね?ルカ」エレナリアが微笑んだ。
「はい……よろしくお願いします」ルカは、また伏し目がちに答えた。
和やかな雰囲気が流れ始めたが、ボルゾイが三人の会話に割って入った。
「ワシは反対ぞい」
「どうしてだ」シンが眉をひそめて、ボルゾイの方を見た。ルカも驚いた顔をしていた。
「そっちの茶髪の格闘家のお嬢さんは別にいいんだが、もう片方のエルフのバア様が気に入らんぞい」
「……バア様。どういうことでしょうか」エレナリアがボルゾイをにらんだ。
「エレナ……」ルカが不安そうに、エレナリアの手を引いた。
「言葉の通りぞい。エルフは閉鎖的で周りに協力することを知らんぞい。自然の保護だ何だとワシらドワーフの生業にケチをつけて邪魔をするぞい」
「っ……!エレナはそんなこと……」ルカが声を上げようとした。
それはまくしたてるようなエレナリアの声に遮られた。
「あら。何を言っているのかしら。ドワーフこそ粗野で、百五十年前にエルフとの間で取り交わした約束も反故にしているじゃない。あなた、ボルゾイといったわよね?ドワーフのグランバルト家の小倅の名前と同じですけど、まさか本人かしら。あなたのような粗暴な人とは一緒にパーティは組めないわ。私からも願い下げよ」
「百五十年も前の口約束にギャーギャーとヒステリックに言うのはやっぱりババアぞい!」ボルゾイはエレナリアに詰め寄ると言い返した。
「な……何ですって!百五十年しかたっていないのに約束も覚えられない間抜けに言われたくないわ!」
「エ……エレナどうしちゃったのよ……やめてよ……」ルカは泣きそうな顔になっていた。
シンがボルゾイとエレナリアの間に立った。
「ボルゾイ……」
ボルゾイの肩をつかんで静かににらんだ。
「言いすぎだ……」
「シ、シン……しかし……」
「……」ルカがエレナリアのそばに立ち手を握った。目を泳がせてシンとボルゾイを交互に見ている。
「ボルゾイ……」シンは肩をつかむ力を強めた。
「い……痛いぞい。ごめんなさいぞい」
「……」
静寂を切り裂くように、エミリアが手をたたいた。
「はい!一回皆さん落ち着いてください。さあエレナリアさんとルカさんは銀狼亭にどうぞ!ギルドを出て左手ですよ。シンさんとボルゾイさんはクエストですかね?今日もいいのがありますよ~」
エミリアは、カウンターからわざとらしくごそごそと書類の束を取り出し、シンとボルゾイの前に並べた。
ルカはシンとボルゾイを見て会釈をすると、エレナリアの手を引いてギルドの外に向かった。
――――――――――
銀狼亭に着いたルカとエレナリア。荷物を下ろして部屋でくつろぐ二人。
「エレナ……どうしてこんなことになっちゃったの……」ルカはベッドに寝そべり、天井に吊り下げられたランプを見つめながらつぶやいた。
「……」エレナリアは、椅子に腰かけ下を向いていた。
「エレナ……路銀を集めてエルフの里を目指しているという体で声をかけるんじゃなかったの……?」
「はい……」
「なんでけんかしちゃうかな……」ルカは顔を手で覆った。
「ルカ……」エレナリアは顔を上げてルカの方を見た。
「なに?」
「言葉は……」
「……?」ルカはエレナリアの言葉を待った。
「言葉は伝えなければ腐ります……」
「それ、今言うことじゃないでしょ。絶対……しかも伝えなくていいことだったと思うし」
「……はい」エレナリアはまた下を向いた。
「……」
「ドワーフとエルフは昔から仲が悪くて、つい私も売り言葉に買い言葉で……申し訳ありませんでした」
「……まあいいけど。おかげで私は目立たなかったし。でも明日どうしようか……」
「シンさんは、あのドワーフに怒っていたので間は取り持ってくれるかと……」
「えー……いきなりハードル高いなぁ……勘弁してよ。エレナ……」
「申し訳ありません……」
「……」ルカは天井を見つめたまま、今日初めて交わした言葉を思い返した。
――シン・タキシタ。あいつの名前。顔は昔アルバムで見た、若いころの写真にそっくりだった。「よろしく」と、それだけの言葉を交わした。たった一言だった。
その一言に鼓動が高鳴った。嬉しいのか、怒りなのか、悲しみなのか。それはまだわからなかった。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
ルカとエレナリアがついにラステルに到着しました。しかし思うようにはいかないですね。シンとルカ、エレナリアとボルゾイ、そしてビア。五人はこれからどうなっていくんでしょうか。
明日からは毎日18時10分投稿予定です。リアクション、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします




