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第19話「ルカ(結華):Cランク昇格試験――立ちはだかる“破壊者”」

 転生十五日目。ルカはポルティアのギルドでマリアからCランク昇格試験の説明を受けていた。


「Cランク昇格試験はギルドマスターとの模擬戦になります。マスターが昇格条件を満たしたと判断した場合においてCランク昇格が認められます。今回対象はルカさんとエレナリアさんですが、試験を受けられますか?」いつも通り事務的にマリアが説明した。


 ルカはエレナリアの方を向くと、エレナリアは静かにうなずき、そっとルカの肩に手を添えた。


「受けます」ルカが首を縦に振った。


「それでは試験を行う会場に向かいます。場所はギルドの地下にありますのでついてきてください。案内いたします」


 マリアはギルドカウンターの隣にある扉を開けて出てきた。


 ギルドの奥の方に向かって歩いて行った。


 ルカとエレナリアがマリアについていった。その後ろにダリオとトビアスも連なった。


「ポルティアのギルドマスターっていうと元S級冒険者でクレリックのニコラスさんだっけ?」ダリオがマリアの方に首を傾けた。

「いえ……今はニコラスさんは王都からの依頼で北西の大陸グランサクレに調査に行っています」


 マリアがそう答えたとき、ポルティアには似つかわしくない大理石の床、無数のギリシア調の柱の並ぶ神殿のような広間についた。部屋の奥の中央には大きな丸い玉が浮いていた。不思議な空間だった。


「ここでは、戦闘不能になったとしてもどんな怪我でもたちどころに治り、死ぬことはありません。ですので本気でかかってきてください。試験の中でA級やS級相当のモンスターと対峙しても生き残れる技量があるかを図らせていただきます。当然こちらは手加減をしますので素手で行きます。それでは始めますよ」マリアは両手をゆっくりと下に降ろした。


「おいおい、マリアさんあんた何を言ってるんだ。ギルドマスターとの試験といったけど肝心のギルドマスターっていうのはどこにいるんだよ」ダリオはあたりを見回した。


「いいんですか?始めますよと私は言いましたが」マリアは普段の事務的な声より一段階低いトーンでそう伝えた。マリアは拳を握っていた。


「え?何を言って……」ダリオはマリアの方を向いた。


「ダリオさん、あなた。私の間合いに入っていますよ」マリアの両目が金色に光った。


 マリアの拳がダリオの腹にめり込んだ。


 いや、突き刺さった。


 その衝撃でダリオは五メートルほど宙を舞った。


 地面に落ち何度か転がって壁にぶつかった。そしてピクリとも動かなくなった。


「トビアスさん! ダリオさんの回復を! ルカ、不用意に近づかないように!」ダリオが吹き飛ぶと同時にすぐに動いたのはエレナリアだった。ダリオをかばうように氷の壁を作ると距離を取った。それと同時に風の刃でマリアに応戦した。


 ――マリア。あの人はまさか……もしそうなら三人ではまずい。早くダリオさんが戻らないと……


 エレナリアはマリアが何者であるかに心当たりがあったが、まずは状況を立て直すことを優先した。


「さて、続けましょう」マリアが風の刃を手ではじきながら何事もないように近づいてきた。


 エレナリアは氷の(つぶて)も混ぜて攻撃するが、マリアは地面を踏み抜くとそれを盾にした。大きな大理石の塊を持ち上げてゆっくりと一歩ずつ近づいてきた。


 トビアスがようやくダリオの元に駆けつけた。腹がえぐれるようにへこんでいたが、マリアが説明したように徐々に傷は治っていた。回復魔法をかけたがダリオの意識は戻らなかった。


「ダメです!ダリオの意識が戻りません」トビアスが振り返り叫んだ。


 エレナリアは氷を地面に走らせマリアを捕縛しようとした。マリアの足は凍ったが意に介さず歩き続けた。


 徐々にエレナリアとの距離が近づいた。


 その時ルカが走った。マリアの前に対峙し拳を突いた。


 マリアはそれを指でいなすと、ルカのがら空きの顔面に拳を打ち込んだ。


 ルカはのけぞってかわすが、風圧でバランスを崩しそうになった。


 二撃目。マリアはのけぞって動けないルカの腹部めがけて拳をふるった。


 エレナリアの風の刃と氷の礫がマリアの左手をはじいた。


 マリアの拳はルカの腹部をかすった。その衝撃でルカは後ろに弾き飛ばされた。


 何とか身をひるがえし着地したが、衝撃は殺せず膝をついた。


「くっ……なんて力なの……」


「ルカ!不用意に飛び込んではいけません。タイミングを合わせてください」


 そういうとエレナリアは、ヒュージスライムを圧倒したときのような高速での風と氷の同時魔法を展開した。


 マリアは走った。側面から回り込むようにエレナリアとの距離を詰めはじめた。


「さすがMAGがAクラス。見事な魔力運用です。咄嗟(とっさ)の状況判断といい、さすが元Cランク冒険者ということはありますね。ですが……」


 エレナリアの攻撃を避けながらルカの方を一瞥した。


「ルカさんの方はダメですね。連携も取れていない。攻撃も中途半端。自分の良さを活かせていない」


「な……まだやれるわよ」ルカはふらふらと立ち上がった。ダメージは残ってはいたが、動けないほどではなかった。エレナリアに徐々に近づくマリアの方に向かい駆けた。


「何度来ても同じことですよ……」マリアは冷ややかな目でルカを見た。


 ルカは拳をふるったがまたいなされた。


「連撃スキルがあるのに一発一発の振りが大きい」


 いなした勢いでルカを転ばせた。


 ルカは立ち上がってもう一度マリアに向かった。エレナリアは射線にルカが入ってしまったので攻撃を止めた。


「ひねくれ者というスキルを持っているのに、真正面からの正直な拳ですね」


 次は拳をよけて足を払った。ルカは地面に倒れた。


 倒れたルカの顔の横をマリアが踏み抜いた。


「まだやりますか?時間の無駄だと思いますが」


「まだ……まだやれるわよ!」ルカはマリアの指摘を意識して左右に動き、フェイントを織り交ぜかく乱しようとした。拳もコンパクトにまとめ回転数を意識した。


 しかし、結果は同じだった。また地面に膝をついていた。


「味方の射線に入って援護が受けられないことも気付かず、一人よがりで本当にどうしようもない子ですね。何のためにパーティを組んでいるのですか」


「私がやればなんとかなるわよ!」


「なんともなっていないじゃないですか」


「それは……ダリオの馬鹿が油断したからよ!」


「人のせいですか……ますます救えないですね」


 そういうとマリアは後ろを振り向き距離を取るように歩き出した。


「もう終わらせましょう」


 おもむろに右耳につけていたイヤリングを外し握りしめた。マリアの手の中でイヤリングが水色に光った。光は形を成し、マリアの手には大鎌が握られていた。しかしそのサイズが異様だった。マリアの身長よりも長い柄。その長さにも負けない大きな刃の鎌。それを軽々と片手で持っている百五十センチメートル程度しかない少女。何もかもが異様だった。


「素手で行くといいましたが撤回します。少しだけ遊んであげましょう」


 エレナリアはそれを見て「あれはカレイドサイズ……やっぱり」とつぶやいた。


 ルカにはそれが聞こえていたが、話している余裕はなかった。小さな少女が放つ圧倒的な威圧感と殺気。それに触れて身震いしていた。武者震い(むしゃぶるい)……ではなかった。冷や汗をかき、呼吸ができなかった。


「ほら、死にはしませんが避けないと痛いですよ」


 マリアはそう言い切るやいなや大鎌を振り、投げた。ルカの方に風切り音を立てながら飛んでいった。ルカは転がって避けた。鎌は中空に飛んで行った。だが、戻ってきた。ルカの後方に飛んできた。それもルカは何とかよけた。大鎌はマリアの手元に戻ることはなかった。空を走り立て続けにルカを狙った。狙い続けた。


 三度攻撃をよけたとき、大鎌の影からもう一本の大鎌が現れた。二本目の鎌はルカの肩を割いた。


「ああ!」ルカは声を上げた。肩から血があふれた。


 ――鎌が増えた……また来る。避けないと。


 そう思い空を見上げると大鎌は——三本に増えていた。


 一本目を避けた。二本目も。だが、三本目は足に刺さった。動けなくなった。


 ルカは空を見上げた。あざ笑うように四本の鎌の風切り音が聞こえた。ルカの視界が真っ白になった。


 ――――――――――


 気が付くと天井を見ていた。エレナリアが無言でルカの隣に座っていた。ルカの意識が戻ったことに気付き、少し口角を上げた。トビアスが少し離れて心配そうに見ていた。ダリオはトビアスの隣で胡坐(あぐら)をかいて、うつむいていた。


「昇格試験の結果ですがエレナリアさんの昇格は認めます。ルカさんは出直してください。さて、試験が終わったので皆さんご退出を。私はここを直してから戻ります」


 マリアは自身で破壊した床や、鎌でえぐられた地面を一瞥してそう告げた。


 ――――――――――

 ギルドの酒場に戻った四人。

「ルカさん、エレナリアさん、トビアス、すまねえ。完全に油断した。っていうかマリアさんって受付嬢じゃないのかよ。あの小柄でなんであんなバケモノじみた力なんだよ。腹がなくなったかと思ったよ」


「実際なくなってるようなものでしたよ」とトビアスが苦笑いをした。


破壊者デストロイヤーマリア……」エレナリアがつぶやいた。


「なんだよその物騒な呼び名は……」ダリオは息をのんだ。


「彼女はこの大陸の北西にある交易都市ヴァルポートで活動していた、元S級冒険者……だと思います。私がまだエルフの里にいた100年くらい前の話ですが、彼女の持っていた武器とあの怪力。本人で間違いないと思います」


「100年前? 明らかに20代くらいの女性ですが」トビアスが首をかしげた。


「わかりません。私も彼女のことを詳しく知るわけではないですし、彼女の冒険者としての活動期間は長くなかったので……」


 その言葉を最後に沈黙が続いたが、ダリオが切り出した。


「まあ、とりあえずエレナリアさんはCランクに昇格したからよいとして、ルカさんをどうするかの作戦を練らないと……」


 ここまでの話をどこか上の空で聞いていたルカが口を開いた。


「次はちゃんとやってください」ルカはダリオをにらんだ。


「わかってる。悪かったってごめんごめん」ダリオは手を合わせ目の前で小さく何度か頭を下げた。


「何なんですかその軽い態度は! 反省してるんですか? 私はCランクに上がってやることがあるんです! あなたたちみたいに毎日をのほほんと生きているわけじゃないんです」ルカが机をたたいた。エレナリアはそれを聞いて眉をひそめた。だが、何も言わなかった。


「……」ダリオも何も言わなかった。だが、トビアスが口を開いた。


「ちょっと言いすぎだと思います。ダリオがどんな気持ちで今冒険者をしているのかあなたは知っていますか? あなたをどんな気持ちで助けているかも」


「知らないわよ。大した理由でもないんでしょ。へらへらして、チャラチャラして女にもてたいとかそんなくだらない理由でしょ」


「ほんとにあなたは……自分だけが不幸だと思ってるんですね。いいですかダリオは……」


「おい、トビアス。やめろ。言うんじゃねぇ」ダリオが語気を荒げ制止した。


「やめません。流石に私も頭に来ました。死んだ妹に重ねて苦悩してるあなたをこれ以上見てられない。あなたが報われない」


「カリーナの話はやめろっつってんだろ!」ダリオが立ち上がり、トビアスの胸倉をつかんだ。


 ――死んだ妹? カリーナ? この人たちは何を言ってるんだろう……私は何を言ってしまったんだろう。また、私は間違えてしまったのだろうか。


 ルカは唇を噛み下を向いた。


「ダリオ、離してください」トビアスがダリオを睨み返す。


 エレナリアが息を吐くと周りを見て言った。


「ダリオさん、トビアスさん、ルカ。少し頭を冷やしましょう。また明日お願いします」


 そういうと立ち上がりルカの腕を引いてその場を離れた。ダリオは、トビアスから手を離すとその背中をただ見送った。


 ――――――――――


「ルカ」宿に向かいながらエレナリアが声をかけた。ルカは返事をしなかった。


「……ルカ」その場に止まり、ルカの目を見つめてもう一度名前を呼んだ。


「……何ですか」ルカは目を伏せて声を震わせながら返事をした。


「言葉だけがすべてではないのですよ」


「……何がいいたいんですか」


「あなたはこの数日間ダリオさんとトビアスさんの何を見ていましたか? 彼らの配慮、心遣い、そういったものを感じたことはありませんでしたか?」


「……」ルカは返事をしなかった。認めたくなかった。


「ルカ、何をそんなに怖がってるんですか」エレナリアが珍しく声を強めた。


「怖がってなんかない……です」上ずった声で体を震わせながら答えた。


「怖がってるじゃないですか。泣いてるじゃないですか」エレナリアの瞳も潤んだ。


「だって……」ルカはエレナリアの涙をみて言葉に詰まった。詰まったが続けた。


「信じたら裏切られる。裏切られたら悲しい。裏切られてもまた次があると期待してしまう自分がイヤ」


 ――裏切るあいつがイヤ。私を残していなくなったお母さんがイヤ。そんなことを思ってしまう自分が一番……イヤ。


「彼らはあなたを裏切りましたか? 私は裏切りましたか?」


「それは……違う」


「では、私を信じてください。彼らを信じてください」


「男の人は何を考えているかわからないから……怖い」


「そうだとしてもルカの分まで私が彼らを信じます。彼らは悪い人たちではありません。むしろこんな世の中ですから、いい人の部類に入ると思いますよ」


「そんなことよくわからない……」


「わからなくていいです。私を信じてください。それだけでいいです」


 エレナリアはルカの頬に指を添え、涙をぬぐった。


 ルカはその言葉に、行動にさらに涙を流した。


「私、お母さんが死んじゃったの。その時、おとう……あいつは何も言ってくれなかった。あいつはお母さんや私を大事に思っていないと思った。それで家を出たの。でも、そうじゃなかった。あいつは私を探していた。私を抱きしめた。暖かかった。それに気づけなかった」


 エレナリアは黙ってそれを聞いていた。


「今回も同じだった。彼らはちゃんと私のことを考えてくれていた。勝手に決めつけてまた間違っちゃった。どうすればいいかな……私……私、もうよくわかんないよ」


 声を出してルカは泣いた。エレナリアは静かに肩に手を添えて、じっとルカの声を聞いていた。


 ――――――――――


 しばらくしてルカの声が落ち着いたとき、エレナリアがルカの目を見ながら伝えた。


「言葉は呪いであり、祈りでもあります」


「……エレナリアはたまによくわからないことを言うよね」ルカが少し笑った。


「……どうしたらいいかという答えはあなたの胸の中にあります」


「またそういうことをいう……」ルカは頭をかきながら顔を上げた。


「うん! とりあえず明日謝る。ダリオの事情はちゃんと聞けなかったけど、そうしないとすっきりしないから。お母さんもそうしなさいっていうと思うし」目を拭いながらそう答えたルカ。それを聞き優しく微笑むエレナリア。


「エレナリア。聞いてくれてありがとう。ちょっとすっきりした」


「エレナでいいですよ」


「え?」


「エレナリアではなくエレナでいいです。親しい人はそう呼びます」


「うん、分かった。エレナか……なんかいいね」ルカは笑った。


「ルカはもっと笑った方がいいですよ」


「……努力するよ」はにかみながらルカは言った。


 ――――――――――


 宿屋についてエレナリアは本を読んでいた。ルカはベッドに入っているがなかなか寝付けず天井を見つめていた。


「エレナ。Cランクになったら人を探しにいきたい。エレナもついてきてくれる?」


「あなたが望むなら」


「じゃあお願い!一緒に来てほしい」


 ――一人であいつと会う自信がない。会ったら悩むと思う。その相談相手が欲しかった。


「ええ。それではまずは明日ですね」


「うん。ちゃんと謝る。それで作戦を立ててマリアに挑む。そして、認めさせてやる」


 エレナリアはその言葉を聞くと、目をつむりそっと本を閉じた。


 ========== 【作者より】


 読んでいただきありがとうございます。


 信じたら裏切られる。裏切られたら悲しい。それでもまた期待してしまう——そんなルカの本音を書きながら、この子はずっと戦っていたんだなと思いました。そして自分で書きながら涙が止まりません笑


 本日、以下スケジュールで更新予定です。

 17時10分~22時10分まで1時間おきに23話まで公開。

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