第18話「シン(伸二):Dランク昇格——転生者であることの看破」
転生二十日目、馬車は昼過ぎにラステルに到着した。
カイルを治癒所に運び、リーネはそれに付き添った。
――――――――――
「シンさん!ボルゾイさん!大丈夫でしたか」エミリアが駆け寄ってきた。
「俺とボルゾイは大丈夫だ……」シンは目を地面に落とした。
「ええ、伺っています。でもCランクのリトルストーンドラゴンに遭遇してEランクだけのパーティで誰も死ななかったのは奇跡に近いです。ギルドを代表してお礼申し上げます」深々と頭を下げるエミリア。
「だが……カイルの腕が……」
「何を言ってるんですか!全滅してもおかしくない。いや、全滅するのが当たり前だったんですよ!それをみんなが無事で帰ってきた。それで十分なんです」珍しくエミリアが声を上げた。
「……すまない」
「本当に心配したんですから……よかった……」エミリアが消え入るように言うと、机に数滴のしずくが落ちた。
「だからいったぞい。この女泣かせ……」ボルゾイはつぶやくように言った。
シンはそれには答えなかった。だが、自身のつま先を見ていた。
エミリアは深呼吸をし、目を拭うと気を取り直して言った。
「さて、クエストの精算とギルドカードの確認に入りますね」
「……ああ、頼む」シンは顔を上げた。
「今回は、Eランククエストの調査。岩トカゲ数体を討伐しています。加えてCランクのリトルストーンドラゴンの討伐。EランクだけのパーティでCランクモンスターを討伐するというのは目覚ましい功績です。既にシンさんはDランク昇格試験の受験条件を満たしてますし、ボルゾイさんもEランククエスト一つだけだったので同様です。この扱いは後ほどカルラさんにも確認します」
「それでは、ギルドカードの確認に移ります。まずはシンさんお願いします」
―― シン・タキシタ LV:25 ランク:E
STR:B DEF:A SPD:D VIT:B MND:A MAG:D DEX:B
LUK:B HP:C MP:E
スキル:【中級剣術 LV3】【洞察力 LV6】【隠蔽 LV4】【仲間思い LV4】
――
「隠蔽と洞察力が上がってますね」
「ああ、調査と戦闘で使った」
「分かりました……」何かを手元の用紙に記録するエミリア。
「次はボルゾイさん、お願いします」
―― ボルゾイ・グランバルド LV:25 ランク:E
STR:C DEF:C SPD:E VIT:C MND:D MAG:C DEX:C
LUK:D HP:D MP:D
スキル:【中級体術 LV2】【中級杖術 LV1】【中級光術 LV5】【ヒール LV5】
【プロテクト LV3】【鼓舞の聖歌 LV2】【魂の灯火 LV2】
――
「そういえばエミリア、調査について継続はできるかぞい?」
「え、どうしてですか?」きょとんとするエミリア。
「第一坑道の先に探しているものがあるかもしれんぞい」
「なるほど。でも今回リトルストーンドラゴンの幼体が出たので成体が出る可能性があります。調査で入るにしてもBランク以上が必須になります」
「……」
「……ぞい??」一呼吸思案したうえで間の抜けた声を出すボルゾイ。
「いいですか。岩龍の成体、ストーンドラゴンのランクはBランク~Aランクです。EランクやDランクでは調査をすることはできません。CランクでもBランクの帯同が必須です」
「え、エミリア!そんなご無体なぞい。発見したのはわしらぞい。なんとかならんぞい?」カウンターに小さな身を乗り出して懇願した。
「何ともなりません。規則ですから」
「そんな……あと少しぞい。シンを好きにしていいから何とかならんぞい」
「……何を言ってるんですか!そんな取引、ダメに決まってるじゃないですか」顔を赤くしながらも、エミリアはきっぱりと答えた。
「シン~……オヌシからもお願いしてほしいぞい。一日くらいデートでもしてやるぞい~……」熊のような男が子犬のような眼で見てきた。
「……却下だ」シンは無表情のまま、無理を言う取引先を——いや、ゴミを見るような目でボルゾイを見た。怒りすらなかった。
「はぁ……仕方ないぞい。今日はもう飲むぞい!」ボルゾイはため息をつくと、ギルドの床を踏み抜かんばかりに歩いていくと、ギルドカウンターを離れ酒場の方に向かった。
「はぁ……」エミリアはため息をついた。
「もう、ボルゾイさんは仕方ないですね」
「……ああ」
シンはエミリアに合わせてため息をついた。
「そういえばシンさん、カルラさんが夕方にギルドマスターの執務室に来るようにと伝言を預かっています」
「わかった。あとでまた来る」
――――――――――
同日夕方。カルラの執務室の前に立ちノックする。
「シンだ」
「入れ」
シンが部屋に入るとカルラは椅子に腰掛けていた。机に頬杖を突きながら見上げるように言った。
「リトルストーンドラゴンの討伐おめでとう。エミリアからも話があったと思うが、改めてギルドを代表してお礼を言わせてもらうよ。Eランク冒険者だけでよく討伐してくれた。感謝する」
「ああ……」
「さて、形式的なことは以上で、細かい話をするよ。また隠蔽のLVが上がったんだってな」
「ああ、上がった。岩トカゲを倒すのに使った」
「なるほど、健全な使い方だ。その調子で使いな」
「ところで……」カルラが立ち上がりシンに近寄った。ゆっくりと。一歩ずつ。
「……隠蔽スキルは本当にどうやって手に入れた?」
「……昔、人をだました。重要な情報を書き換えていた。そういう経験からだと思う」シンは素直に答えた。嘘はいっていない。
「詐欺師や弁術師、あるいは軍部での情報操作か……スパイにしては世の中のことを知らなさすぎるし、詐欺師程度が隠蔽を得られるわけがない」
「あとは自分の感情を隠して、殺して、働き続けた。それ以外は思いつかない」
「……」カルラは額に指をあて思案していた。
――感情の隠蔽でも積み重ねによっては身につくことはある。だが、それは十年単位に及ぶ狂気にも近い積み重ねが必要だ。二十代前後で?どんな人生を歩んできたんだ……人生……
はっと顔をあげた。
「お前、もしかして転生者か?」
シンは答えなかった。空気が変わった。カルラの目が鋭くなり、シンの反応を逃さず観察していた。
「仲間思いという特殊スキル、異常なステータス、隠蔽の取得とその熟練度、世間のことに対するあいまいな知識。それ以外考えられない。違うか」
その時空気が震えた。シンが静かに警戒を強め、カルラの方を静かに見た。
「もし……」
「もし転生者だったらどうするつもりだ」
カルラは少し距離を置き、腰のナイフに手を添えながら静かに返した。
「……どうもしない。観察対象にはなるが今まで通りだ。他の世界から人が来ることはあまりないが珍しくはない。ただ、公言はするな」
「なぜだ」シンはゆっくりと手を下ろすと剣の柄に指を添えた。
「王都、あるいは……教会や秘密結社、善悪問わず様々な組織に目をつけられる。平穏な人生は送れないと思え。ギルドには報告義務まではない。お前は悪い奴じゃないからいったん私の方で預かっておく、わかったらその殺気を止めろ」
「……」
「……わかった」シンは警戒を解いた。
「お前が探している大切な人、ユイカ・タキシタも転生者か?」
「ああ……」
「関係性は?」
「娘だ」
「……見つかるといいな。ギルドでも何か情報があれば提供する」
「ああ、助かる」
「隠蔽の話はここまでだ。少し遠回りをしたが最後に、仲間思いについてだ。さっきリーネとカイル、ボルゾイから聞いたが、自分以外の強化スキルが発動したみたいだが本当か?」
「多分そうだ。三人の体がオレンジ色に光った。体が軽くなり、力が出たと言っていた」
「三人の言った通りだな。力が湧いて、足が速く軽くなり、弓の精度が上がったそうだ。おそらくSTR、SPD、DEXあたりの強化スキルだろう。お前自身への変化はなかったのか?」
「ああ、俺は変わらなかった」
「仲間だけを強化するスキルか。自身は防御特化。徹底してるスキルだな」カルラは顎に手を添え、思案するように言った。
シンはその様子を見て補足した。
「あと、仲間思いの爆発的な加速が一度使うとしばらく使えなかった」
「ああ……それはスキルのクールタイムだ。たいていのスキルは一度使うと次に発動するまでに、時間制限や何らかの条件がある。効果の持続時間もそうだ。連続発動することがなかったから気付かなかったんだろう」
「なるほど。次からは気を付ける」
「ああ、クールタイムを意識して立ち回るのも上級冒険者に必要なスキルだ。どれぐらいのクールタイムかは把握しておくといい」
「わかった」
「話が長くなったな。今日はここまでにしよう」
――――――――――
その夜、カルラはポルティアからの魔法通信を受けた。
「マリアか。ギルドマスター直々に連絡とは珍しいね」
「ええ……少し変わったスキルを持っている少女に会いました。その報告です」
「変わったスキル?」
「ええ……ひねくれ者というスキルで自身のバフ・デバフの双方を備えたスキルです。そのスキルなんですが、驚くことにスキルレベルが下がりました。その少女自身も特殊でSPDとDEXが異常に高く、登録二週間程度でCランクまで昇格しています」
「スキルレベルが下がる……変わったスキルだね……ただ、変わったやつといえばこっちにもいるよ。スキル効果がさっぱりわからない特殊スキルを持ったDEFとMNDがバケモノじみたやつが一人」
「シンという剣士ですか?」
「なぜ、それを?」
「いえ、その少女が探しているという人で、その人も特殊スキルを持っているということをノエルさんから伺いました」
「なるほど。シンも名前はわからないが人を探しているといっていた。その子の名前は?」
「ルカ。ルカ・クレイン。ただ、彼女自身はシンさんにその旨を告げないように、探していることを秘密にしろと言われています」
「それはなんでだい?」
「いえ、理由までは」
カルラは天井を見上げながら考えた。
――ルカ・クレインが転生者のユイカ・タキシタで間違いないだろうね。だが、なぜ父親を探しながらそれを明かさない?父親も同様に探している。複雑な事情がありそうだね……
「わかった。何かあれば情報をくれ」
「ちょうどCランクに昇格したのでラステルに向かうそうです。到着したらよろしくお願いします」
「何?それは本当かい?ラステルに来たら少し話をしてみるよ」
「とても強い子です。でも同時にとても危うい。だから気にかけてあげてほしいです」
「危うい?どういう意味でだい」
「会えばわかります。とても危なっかしいんです」
「破壊者のあんたがそんなに心配するなんてどういう風の吹き回しだい」
「その名前で呼ばないでください。かわいくないので好きじゃないんです」
「そうかい。すまないね。まあ来たら話を聞いてみるさね」
「よろしくお願いします」
カルラは魔法通信を終えると立ち上がった。窓の方に近づき二つの月を眺めていた。
――――――――――
次の日。転生二十一日目。朝にギルドに来たシンは、エミリアに声をかけた。
「Dランクへの昇格の件はどうなった」
「ええ、そのことですが昨日ギルド内で協議をした結果、シンさんは今回のリトルストーンドラゴン討伐の功績も加味してDランク昇格とすることになりました。これはボルゾイさん、カイルさんや、リーネさんも同様です」
「そうか」
「Cランクへの昇格には以前もお伝えしましたが、Cランク以上の方二名以上加えた四人パーティでの昇格試験の受験が必要となります」
そこにボルゾイが横から会話に加わった。
「シン。ビアの嬢ちゃんもまだEランクだし、Cランク以上の冒険者に声をかける必要があるぞい」
「何言ってるんですかね。私は二人がいない間に情報収集のクエストを受けてDランクに昇格しましたかね。小敵とみて侮るなかれといいますが、私はそこそこ身長も高いですかね」ビアも話を聞きつけ声をかけた。
「お! 嬢ちゃん、足はもういいのかぞい?」
「おかげ様ですかね。まだ戦闘は難しいですが諜報活動はできますかね」ビアは足をぶらぶらと振って見せた。
「それはよかったぞい。とはいえ、Cランク昇格には誰かの協力が必要ぞい。シン、心当たりはあるぞい?」
「ノエルと……ガルドくらいだ」シンは考えながら答えた。
「ノエルさんは長期のクエストを受けたみたいですよ。しばらくラステルには戻らないようです。ガルドさんは大剣を扱うタンクタイプの剣士ですので、シンさんたちとはパーティの組み合わせもあまりよくないですね……」パラパラとファイルをめくりながらエミリアが重ねた。
「ギルドで募集をかけてみますか?」
「……頼む」
シンには当てはない。だが、カイルの腕を守れなかった今回の件で、仲間の必要性は痛いほど理解していた。
「遠距離魔法が使える魔術師と、アタッカータイプの仲間がいるとよさそうぞい」ボルゾイが提案した。
「エミリア、それで頼む」
「わかりました。それではそれで募集をかけてみますね。何日かかかるかもしれませんが、よさそうな人が来たら声を掛けますね」エミリアが記録をしながら返事をした。
――――――――――
その夜、シンは剣を振っていた。いつも続けている素振りだ。
――Dランクになった。Cランクまであと一つ。順調だ。順調だが守れなかった。守りきるためにはなんでも使う必要がある。剣術、洞察力、仲間思い……そして、隠蔽も。
自分以外を頼る必要もある。Cランク昇格だけではない。自分ができないことを補うために。結華を見つけて守るために。
二つの赤い月が夜空を照らしていた。その月の下で、シンはいつまでも剣を振り続けた。あの七百日のように。もう後悔しないように。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
シンの正体が明かされ、ルカの存在もカルラに伝わりました。二人が同じ街に向かっている——でもまだ、出会わない。この距離感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
なお、独立挿話③「粉飾決算」も同時公開です。こちらは父伸二のサラリーマン時代の想いを書いています。よければ合わせてご一読ください。
23話までは毎日7時10分、18時10分更新です。
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