第17話「シン(伸二):岩龍の子ども――想いの奮起」
シンは走った。ボルゾイは後を追った。
しかし、シンの足が止まった。
「くっ……」
坑道の道が狭まっていた。シンでは通れなかった。ボルゾイが前に出た。
「ボルゾイ、第一坑道だ。カイルと、リーネが危ない」
「根拠はあるのかぞい」
「嫌な予感がした」
「……」
「わかったぞい」シンの言葉を聞くと、ボルゾイが駆けだした。
シンはボルゾイを追った。前かがみになり、できるだけ急いだ。
――――――――――
ボルゾイは走った。
――シンのやつがあんなに焦るのは珍しいぞい。何かあるぞい。
ボルゾイの足は速くはなかった。だが、できるだけ早く走った。
第二坑道の入り口に差し掛かったところで地響きが鳴った。第一坑道の方だった。
ボルゾイは第一坑道に向かった。第一坑道は第二坑道よりも道が広かった。少し進むと道が三又に別れ、その右側の通路の方から声が聞こえた。
その先に向かった。信じられない光景が広がった。
大きな岩トカゲ……ではなく、体長二メートルを超える幼体の岩竜。岩の鱗が松明の光を鈍く反射していた。小さな岩龍がカイルとリーネを坑道の行き止まりに追い詰めていた。
カイルは左肩から血を流し、片手で応戦していた。リーネはそれを支援するように弓を構え、けん制していた。矢は鱗に弾かれ続けていた。
「リトルストーンドラゴンぞい!」――ついに見つけた。岩龍。念願の鉱石の手がかり。いやそれどころではないぞい。
次の瞬間、岩龍の尻尾がカイルを襲った。剣の腹で受け止めた。耐え切れず吹き飛んだ。壁に打ちつけられた。
「カイル!」リーネが叫び、カイルに駆け寄った。岩龍がリーネを襲った。
「させんぞい!」ボルゾイが間に入り岩龍をつかんだ。岩龍の勢いは止まらなかった。
「リーネ!カイルを頼むぞい!」
「は、はい!」リーネはカイルの回復を始めた。
「リーネ……すまない」カイルは意識があるようだった。ゆっくりと体を起こし剣を構えた。
「リーネ!腕も回復ぞい!」
「は、はい!」治癒魔法がカイルの腕を直しはじめた。
岩龍はボルゾイに尻尾をたたきつけた。ボルゾイは受け止めた。骨がきしんだ。体が切れ出血した。
「トカゲ風情が調子に乗るなぞい」ボルゾイはひげの中に手を入れると小さな金槌のモチーフを取り出した。モチーフに魔力を込めるとみるみる大きくなり、柄の長いハンマーへと変わった。
地面を踏み、膝から腰をまわし、遠心力で岩龍を殴打した。岩龍の体がずれた。鱗の一部が割れた。だが、ダメージはなかった。
――ちょっと馬力が足りんぞい。まずいぞい。
岩龍は咆哮した。地面を踏むと岩の柱が突き上げ、ボルゾイを襲った。ボルゾイはそれをよけ、今度は頭を打ち据えた。しかし、はじかれた。
そのすきに岩龍の尾がボルゾイを襲った。カイルが飛びつき、ボルゾイを守った。
「大丈夫ですか」
「ああ、すまんぞい。オヌシ怪我は」
「完璧ではないですが、腕は動きます。シンさんは?」
「坑道が狭くて今向かってるぞい」
「俺とボルゾイさんで岩龍を止めて、リーネが補助。でいいですか」
「それしかないぞい。光術も、補助魔法も使えるが使う暇がないぞい」
――――――――――
数分前
シンは焦っていた。坑道の狭い道を早足で進むが、前かがみの体勢では速度が出なかった。
――肝心な時にいつもこうだ。坑道の道が狭い段階でなぜこうなることを考えなかった。
疲れてもいないのに汗をかいた。逸る気持ちだけが前に出た。
しばらくすると広い道に出た。既に十分以上が経過していた。
シンは走り出した。爆発的な速度の後押しを受けながら走った。坑道をただ走った。
――間に合ってくれ。間に合ってくれ!
――――――――――
「はぁ……はぁ……」カイルは息も絶え絶えだった。左手の傷が開き血が滴った。
ボルゾイも同様だった。何度か岩龍の攻撃を受け止めたため、体がきしんでいた。
岩龍がリーネをにらんだ。次の瞬間、岩龍がリーネに突進した。
ボルゾイが、カイルが不意を突かれた。疲弊から動き出しが間に合わなかった。
その時——
「カイル!リーネ!無事か!」
シンは間に合った。
しかし遠かった。距離が遠い。シンは爆発的な速度で近づいてきた。
しかし、その時速度が落ちた。
「……なんだと」
確かに足は進んでいた。だが、先ほどまでの速度が出ていなかった。助けようと前に進んでいたのにその速度は遅かった。再度踏み込もうとした。強く踏み込み守ろうとする意志はあるが、その速度は出なかった。
岩龍の巨体がリーネに近づいていた。
――間に合わない。また、間に合わない。
シンがそう確信したとき、ボルゾイとカイル、リーネの体がオレンジ色に光った。
淡いオレンジの光が三人を包み込むように広がった。
「きゃあ!」といいながらもリーネは岩龍の突進をよけた。
「何だこれ!体が軽い」そのすきにカイルはリーネの前に回り込み、岩龍を迎え撃った。
「ははは、体から力があふれる。すごいや」腕に力を籠め、岩龍を押した。押し戻した。
巨体がよろめきバランスを崩した。そのすきにボルゾイが渾身の一撃を叩き込んだ。
岩龍の鱗が割れ、ハンマーが体にめり込んだ。岩龍は咆哮を上げた。
シンは目を見開き、その様子を見ていた。
――何が起こった。仲間思いか。いや考察は後だ。
シンの洞察力が働いた。
――岩龍の体は硬い。だが鱗のない箇所は……もろい。
「リーネ、目を狙え。カイル、ボルゾイが壊した鱗の隙間を。ボルゾイは叩いて鱗をつぶせ」
シンが岩龍に近づき、三人の前に立つ。シンの体は白く淡く光った。それに重ねるようにボルゾイがプロテクトをかけた。
怒れる岩龍がシンに尻尾を打ち付けた。足で踏みつけた。岩の柱をぶつけた。しかし、微動だにしないシン。
「ははは……何だこの人」カイルは呆れたように言う。
「ぼさっとせずに攻撃ぞい!」ボルゾイは岩龍にハンマーを打ち付けた。岩龍がよろめく。
リーネが矢を射った。目に刺さり、岩龍が叫んだ。
岩龍が地面を両前足で踏みつけると岩の柱が周囲に広がった。シンが三人の前に立ち、それを防いだ。岩龍は叫んだ。再度両足を上げるとシンを踏みつけた。シンの体がきしむ。受け止めて腕から血が噴き出した。だが、そのまま足を打ち上げた。岩龍がよろめいた。
そのすきにカイルが鱗の薄い箇所を刺した。ボルゾイが殴った。リーネが射った。岩龍は反撃で腕を振るった。シンがそれを受け流した。受け流したが衝撃で体がそれた。岩龍の攻撃がシンを襲った。カイルが足を切り、それを阻止した。岩龍が膝をついた。
そして、シンが岩龍の鱗の薄い箇所を狙い腹を薙いだ。
岩龍は大きな音を立て、崩れ落ちた。同時に三人を包んでいたオレンジの光は消えた。周囲は静寂に包まれた。
「倒したのか……」カイルが岩龍に近寄る。
その瞬間、岩龍の体がピクリと動いた。洞察力と剣道の残心が働いた。
「不用意に近寄るな!」シンが叫んだ。岩龍が顔を起こし、カイルの左腕にかみついた。
「ぐあぁ!」カイルは叫んだ。叫びながら右手の剣を岩龍の目に突き立てた。岩龍は崩れ落ちた。今度こそ動かなくなった。
カイルは腕を引き抜くが、骨が砕け、肘より先がなかった。
「これは……ひどいぞい」ボルゾイは治癒魔法を唱えた。傷はふさがるが元には戻らなかった。
シンはそれを見て、目をそむけた。リーネは心配そうにカイルとシンの様子を見ていた。
――――――――――
リーネがシンたちの治療を行う間、ボルゾイは坑道の別のルートを見て回った。岩壁の一点で足を止めた。指先で岩肌をなぞる。
「……この鉱脈、まだ先があるぞい」
小声だった。シンだけに聞こえる声だった。ボルゾイはカイルを一瞥するとそれ以上何も言わなかった。
四人は採掘場を後にした。
――――――――――
ラステルに戻る馬車の中。カイルは横になり、三人は静かに座っていた。
「シン、何をそんなに気に病んでるぞい」ボルゾイが口を開いた。
「……また、守れなかった」
――間に合わなかった。肝心な時にいつも。思慮が足りない。考えが甘い……
「何がぞい」
「俺が遅かった。遅かったからカイルが腕を失った……」
ボルゾイが驚いた顔で言った。
「シン、オヌシ何をいっとるぞい。ワシもカイルもリーネもみんな生きとるぞい。腕を失ったからって人生が終わるわけではないぞい。第一さっきのはカイルの不注意ぞい」
「だが……腕だぞ……」
ボルゾイが床をたたきながら立ち上がった。馬車が揺れた。
「だ~か~ら!死んでないぞい。ドワーフの言葉に、死ななければ槌は振れる、槌が振れなくても伝えられる、という言葉があるぞい。生きてれば何かできることはある。シンがあの時来なければワシら三人とも死んでたぞい」
カイルが体を起こしながら話した。声は弱かった。
「ボルゾイさんの言う通りです。俺が不注意だっただけです。第一リトルストーンドラゴンに遭ったとき、俺とリーネは死を覚悟していました。でも今は生きています」
「……すまない」
「謝らないでください。むしろ俺は感謝してます。腕を失ったから冒険者としての生活は終わりですが、最後のクエストであんな大物を倒せたんだから。子どもとは言え龍です。龍殺しですよ。みんなに自慢できます」カイルはそういいながら笑った。顔は笑っていなかった。
カイルの言葉と表情がシンに刺さった。――最後。積み上げてきたものを終わらせてしまった。守ろうとして守れなかった……
「シンさん、そんなに自分を責めないでください」リーネがかぶせるように言った。
「私はシンさんに二度命を助けられています。しかも体を張って。これは一生かかっても返せない大恩です。自分をなげうって人を助けられる。そんな人が責められるべきではありません」
「……」
「シン、オヌシはどんな人生を歩んできたかは知らんぞい。後ろめたいこともあるのかもしれんぞい。ただ、ワシら三人はオヌシに助けられたぞい。助けられたから感謝している。それではダメぞい?」
「……すまない」
ボルゾイは頭を掻きながら重ねた。
「……シン、せっかくだからいうぞい。シンは言葉が下手くそぞい。ド下手くそぞい。言葉は下手だけど、その行動、思いは届いているぞい」
ボルゾイは一呼吸間をおいて続けた。
「でもそれだけではいかんぞい。言葉も届ける意志を持って使うべきぞい」
「……」――言っていることはわかる。だが、どう伝えたらいいのか。いつも言葉を削ってしまう。
「シンは、周囲をよく見ているぞい。拾わなくてもいいことを拾い、考えなくていいことを考える。そのせいで言葉も選んでるぞい。若造らしくもっとシンプルにいくぞい。いいことをしてもらったり、嬉しいときはありがとう、悪いことをしたり、迷惑をかけたらごめんなさいぞい。ドワーフの子どもはみんなそうやって育ってくるぞい」
「……人間もそうだ」
「じゃあ、こういう時は何をいうべきぞい」
「……ありがとう」
「それでいいぞい!世の中はシンプルぞい。思ったことをいえばいいぞい」
「思ったことを伝えて傷つけたらどうする」
「謝ればいいぞい?ごめんなさいぞい」ボルゾイはきょとんとした顔で返した。
「……そうか」
「何事もシンプルぞい」豪快に笑うボルゾイ。カイルやリーネもつられて笑う。
――間に合ったのだろうか。想いは、言葉は届いたのだろうか。分からない。だがこうして三人は笑っている。遥と結華はあの時笑っていたのだろうか。いや笑っていなかっただろう。結華を見つけたとき、こうして笑ってくれるのだろうか。一緒に笑えるのだろうか。そのために何を伝えるべきだろう。今はまだわからない。
そう思いながらポケットの中の写真入れを撫でた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
「ありがとう」と「ごめんなさい」。シンプルなことほど、大人になると言う際にいろいろと考えてしまうようになりますよね。皆さんはどうでしょうか。
次回は4月9日(木)21時投稿予定です。フォローや応援ハート、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします




