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第15話「シン(伸二):ドワーフのクレリック――繋がりの残滓」

 シンはゆっくりとドワーフの男に近づき声をかけた。


「剣士のシンだ。冒険者の仲間が負傷して治療師を探している」


 ドワーフの男は、座ったままの姿勢で顔を見上げた。一言こう言った。


「お前、酒は飲めるぞい?」


「……少しなら」


「がっはっは!じゃあ、まずは飲め!わしはクレリックのボルゾイ・グランバルトぞい」


 笑うと目が細くなった。強面が一気に緩んで、別の顔になった。


 シンは渡されたグラスを無言で受け取った。飲んだ。喉が焼けた。むせこんだ。


 ——社会人時代に眠れない夜に飲んだウィスキーのようだ。


「おや、口に合わんぞい?姉ちゃん、エールをこの坊主に!」


 ——坊主。確かにこの男に比べると見た目は子どもだが、不思議な気分だった。


「シンだ」


「すまんな。がっはっは!で、シン、治療師を探してるぞい?」


「ああ。遺跡の探索で仲間が両足と頭を負傷した」


「ふむ。仲間は今どこにいるぞい?」


「宿屋に寝かせている。命に別状はない」


「見返りはなんぞい?」


 シンはグラスを置いた。


「……金か」


「金でもいいがドワーフは金だけでは動かんぞい」


「どういうことだ」


「その仲間はお前にとってどんな人ぞい?」


「仲間だ」


「仲間だけじゃわからん。具体的に言うぞい」


 シンの目を見ながらボルゾイは問うた。


「……大切な仲間だ」


 ボルゾイはグラスを置いた。腕を組んだ。シンの顔をしばらく見た。


「がっはっは! なるほど! 交渉成立ぞい。口下手が過ぎるが気に入ったぞい」


 シンも同じことを思っていた。

――役員時代の経験が、この種の人間を知っていた。虚勢を張る必要がない。それだけ自分に自信や信念がある。悪いやつではない。


 シンはボルゾイを宿屋の部屋に案内した。


 ――――――――――


 宿屋の部屋は狭かった。ベッドが一つ、窓が一つ。それだけの部屋だった。


 ビアは顔をゆがめて横になっていた。両足の矢傷には布を当ててあるが、血が滲んでいた。頭の手当てはしたが、顔色が悪かった。


「おやおや、可愛いお嬢さんぞい。失礼するぞい」


 ボルゾイが部屋にどかどかと入り込んだ。


「お帰りですかね……この方は?」


「ボルゾイ・グランバルト。クレリックだそうだ」シンが短く紹介した。


「……グランバルト!」


 重い体を起こそうとするビアに、シンが「無理するな」と短く言った。ビアは横になったまま、それでも驚いていた。


「こっちのお嬢さんは知ってるぞい。というか普通は知らん奴はおらんぞい」


 豪快に笑った。


「どういうことだ?」シンは怪訝そうな顔をした。


「グランバルトはスタティクス大陸の北東にあるドワーフの街の名前ですかね。グランバルト卿はその土地の領主の家系ですかね」


「グランバルト卿! やめてくれぞい、ボルゾイでいいぞい。むず痒いぞい」また笑った。


「それよりも傷を見せるぞい。時間がたつと治りが悪くなるぞい」


「わかったですかね」


 ビアが包帯を外した。


「痛そうぞい。両足は矢傷、頭は岩か何かで殴られたぞい?」


「はい。トラップに引っ掛かってしまいましたかね」


 その言葉を聞くと、ボルゾイは無言で手をかざした。大きな掌だった。鍛冶師の家系の、鉄を打ち続けた手。しかし今は柔らかく光を帯びていた。白い光が滲み出て、傷に浸透していく。みるみる傷がふさがっていく。頭、右足、左足と順番に傷が消えていく。


「すごいですかね。こんなに早く治るなんて」


「よし、塞がったぞい。しばらく無理するなぞい」


 ビアに短く告げて、ボルゾイはシンの方を向いた。


「シン! 大切な人の傷は治ったぞい! これで安心ぞい!」


「大切な人……ですかね」


 ビアは布団を引き上げて顔を半分隠した。


「……そういう意味ではない」シンは冷静に返した。


「どういう意味ですかね。いや何でもないですかね……」慌てるビア。


 シンは何も返さなかった。


「うん? 大切といって、女だったから恋仲かと思ったが違うぞい?」


「……違う。大切な仲間だ」シンは語尾を強めた。下を向きながら言った。


「仲間! 大切な仲間……そうですかね。そうでしかないですかね」さらに慌てるビア。


 ビアは布団を頭まで引き上げた。


「まあどっちにせよ助かってよかったぞい! 矢傷は下手すると足を切ることになりかねんから早くてよかったぞい」


 怖いことを言いながら、がっはっはと豪快に笑った。


「さて、報酬の話ぞい。ワシはとある鉱石を探しておる。そのためにCランク冒険者になってギルドのデータベースにアクセスしたいぞい。手伝ってほしいぞい」


「何の鉱石だ」


「それはいえんぞい。国家機密ぞい」


「……わかった」


 ——今回の件でわかった。回復役がいる。Cランクに向けて実績を積み上げるためにも。ただ、それだけのことだった。


「ちょうどEランククエストでコボルトの討伐依頼を受けているぞい。明日の朝から手伝ってくれるぞい?」


「ああ」


 ビアは布団の中で動かなくなっていた。


 ――――――――――


 次の日の朝、集落の入り口で待ち合わせをした。ビアはまだ傷跡がうずくので留守番だ。


「シン、ステータスの確認をしておきたいぞい」


 ボルゾイは自身のステータスカードを見せた。


 ―― ボルゾイ・グランバルト LV:18 ランク:E


 STR:C DEF:B SPD:E VIT:B MND:C MAG:C DEX:C LUK:C HP:C MP:D


 スキル:【中級体術LV1】【中級杖術LV1】【中級光術 LV5】【ヒール LV4】

     【プロテクト LV3】【鼓舞の聖歌 LV2】【魂の灯火 LV2】

――


「魂の灯火?」ボルゾイの一つのスキルに目が留まった。


「ああ、蘇生スキルぞい。戦闘中一回だけ全MPの五分の二を使いHP1で生き返らせる」


「そんなことができるのか」


「燃費が悪いのでめったに使わんぞい。HP1だとまたすぐ死んでしまうぞい。ほら、シンのカードも見せるぞい」


「ああ」


 シンはステータスを表示した。


 ―― シン・タキシタ LV:18 ランク:E


 STR:B DEF:A SPD:D VIT:B MND:A MAG:D DEX:B 

 LUK:B HP:D MP:E


 スキル:【中級剣術 LV3】【洞察力 LV5】【隠蔽 LV3】【仲間思い LV3】

 ――


「仲間思い! 大切な仲間がいるお前さんらしいぞい! 効果は?」


「守るときに爆発的な速度が出る。あと、体が光って丈夫になる」


 ——ノエルの魔法からエミリアを、無数の矢の雨からビアを助けたときに発動した。確証はないがこの二つは間違っていないだろう。


「珍しいスキルぞい。剣士といったがタンクタイプぞい?」


「たぶんそうだ」


 ——タンクというのは盾役のことだったか。間違っていない。


「しかし、シン。お前のDEFとMNDどうなっとるんぞい。Eランクってのが信じがたいぞい」


 ボルゾイはカードをもう一度見た。首を振った。何も言わなかった。


「皆に言われる」


「さて、ステータスは確認できた。行くとするぞい」


 ――――――――――


 村を離れた。一時間ほど歩いた。草原に出た。


 三体のコボルトを発見した。


「シン、左の二体は任せる。右はわしがいくぞい」


 ボルゾイが駆け出した。その瞬間、大きな声が消えた。笑いも消えた。重心が低くなった。同じ人間とは思えない変容だった。


 シンも前に出た。


 左の一体が棍棒を振り上げた。シンは半歩横にずれた。振り下ろしの軌跡を読んで、懐に入る。一撃で仕留めた。もう一体が横から来た。投擲で牽制し、距離を詰めて斬る。二体、片付いた。


 ボルゾイの方を見ると、すでに右の一体が地面に倒れていた。拳だった。剣を持っていない。鍛冶師の家の腕が、コボルトの胴を一撃で沈めていた。


「次ぞい」


 二体、四体と続いた。草原を移動しながら群れを崩し、各個に仕留めていく。ボルゾイは最低限の言葉しか発しなかった。シンが右を処理している間に左を崩した。言葉を使わなくても動きが自然と噛み合った。


 四体目の群れを片付けた後、シンの右腕をコボルトの爪が掠めた。浅い。しかし血が出た。


 ボルゾイが無言で近づいた。手をかざした。白い光が傷口を塞いだ。十秒もかからなかった。


「シンは丈夫だから、プロテクションいらずぞい」


 声が戻っていた。笑いも戻っていた。豪快に笑った。


 ――――――――――


 クエストを終え、二人で酒場に向かった。ビアも合流した。まだ足を引きずっていた。


「首尾は順調ぞい。嬢ちゃんはまだもう少し復帰にはかかりそうだが、とりあえず次はどうするぞい」


「ラステルに戻ろう。ギルドに立ち寄りたい。ビアの静養も必要だ」


「面目ないですかね。実るほど頭を垂れる稲穂かなといいますが、今日は頭を垂れて横になりますかね」しおらしくビアは言った。


「では、そうするぞい。今日も一日終わった酒を飲むぞい!」大声で笑うボルゾイ。


 食事をとった。酒を交わした。


「シン、お前何か抱えとるぞい?話してみるぞい」


「……大切な人を探している」


「それってどんな人ですか? 恋人ですか?」ビアが前のめりに確認した。


「……家族だ。別れてしまった。顔も名前もわからない」


 シンは嘘を言わなかった。しかし本当のことでもなかった。


「兄弟ですかね」


「そんなようなものだ」


「え、どういう意味ですかね」


「……」シンは黙った。


「シン、オヌシは言葉が足りんぞい。ワシは鍛冶師の家に生まれて、親父がよく言ってたぞい。鎚を振っても相手に音が聞こえなきゃ、打ってないのと同じ。鉄は叩く音があって初めて形になる。オヌシの気持ちも同じぞい。声に出さんと、何も届かんぞい」


「……」


 シンは返さなかった。返せなかった。

――図星だった。昔も今も行動が先に来る。それではいけなかった。


「……そうだな」


 シンは短く返した。ボルゾイは火酒を無言であおった。


 ――――――――――


 翌日の朝、集落を出た。夜明け前から空気が変わっていた。馬車に三人で乗り込み、ラステルに戻る。ここからは三日程度かかる。


 シンは昨日の話を思い出し、ポケットの中の写真入れを触った。


 遥、結華。俺はまだ言葉が足りない。だが、行動は変わった。これからも変われるだろうか。


 ——おとうさんといっぱいあそびたい。


 昔、結華が幼稚園のときに作った七夕の短冊。ピンクの色紙。ひらがなだけで書かれていた。一文字一文字を丁寧に書いた跡が見えた。「お」の字が少し大きくて、「い」の字が少し右に傾いていた。六歳の手が、一生懸命にペンを握った証だった。仕事のたびに眺めて自分を奮い立たせた。


 気が引き締まった。


 締まったのに、何もしなかった。翌週末に遊びに行こうとか、何がしたいかとか、結華に言えばよかった。直接言えばよかった。言わなかった。


 ポケットの中に、ない。短冊はない。あるのは記憶だけだ。褪せて、折れて、涙で染みのできた、ピンクの紙の記憶だけだ。


 あの願い事に応えられなかった男が、異世界で剣を振っている。


 遊んでやれなかった代わりに、何ができる。


 まだ、分からなかった。だが行動は変わり始めた。大切な仲間ができた。


 結華を探す。必ず。


 ポケットの中の写真入れを、もう一度触った。今度は少しだけ、力が入っていた。


 何かが……遠くで揺れている感覚。喜びのような、悲しみのような、


 しかし確かに生きている誰かの気配。繋がっているという確かな気配。


 ――二度目だ。これも何かのスキルなのだろうか。

 ========== 【作者より】


 読んでいただきありがとうございます。


 鎚を振っても音が届かなければ打っていないのと同じ。

 これは自分自身も行動だけして言葉が足りなかったよなということが多くあります。

 皆さんはいかがでしょうか。


 23話までは毎日7時10分、18時10分更新です。

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