第14話「シン(伸二):連携と罠——最年少Bランクとの遺跡探索」
「シンさん、どれにしますかね?」
転生八日目。ビアが依頼書の掲示板の前で悩んでいた。腕を組んで、首を少し傾けている。視線が上から下へ、また上へと戻る。
「討伐から始めるか」とシンが言った。
「確かに戦力的には申し分ないので大丈夫ですかね」
二人で掲示板を眺めていると、魔法装束に包まれた小さな影が横に並んだ。見上げると、ノエルだった。杖を片手に持ち、こちらを見上げている。
「シンさん、ビアさん、ちょっといいですか」
「……どうした」
「私とDランクのクエストを一緒に受けませんか。研究に必要な魔法石を探していて、遺跡に取りに行きたいんですけど、パーティーメンバーの都合が合わなくて」
「……Dランク。受けられるのか」
「私がBランクなので、下位のクエストなら引率役として付いていければ」
シンがビアを見た。「それでいいか」
「いいですかね」とビアが言った。「ノエルさんとパーティーを組んでみたいと思っていたので渡りに船です。今回は遺跡なので船は必要なさそうですかね」
ノエルが一瞬だけ間を置いた。「……決まりね。じゃあまずは遺跡に行く前に連携確認。これを受けましょう」
ノエルが迷わず一枚の依頼書を取った。
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Dランクの討伐クエスト。対象はオークだ。豚の顔をした獣人型モンスターで、サイズは人間と同程度。力は強いが動きは遅い。単体ならそれほどの脅威ではないが、群れになると囲まれる危険がある。近隣の牧場を繰り返し荒らしているという報告が入っていた。確認されている頭数は七体。
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街道が石畳から砂利道に変わったあたりで、ビアが窓の外から顔を戻した。
「……オーク、七体ですかね。Dランクにしては手頃な数ですかね」
「動きは遅い。囲まれなければ問題ない」とシンが目を開けずに答えた。
「囲まれないようにするのがあたしの仕事ですかね」
向かいの座席でノエルが本から顔を上げた。「オークって雷術の効きが悪いんですよね。脂肪が厚くて電気が通りにくいので。火術の範囲攻撃で一掃する方が早いです」
「火術で一掃するには群れをまとめる必要がありますかね」とビアが言った。「先行して位置を把握して、一か所に誘導できますかね」
「それができると助かります」とノエルが答えた。「陽動で引きつけてくれれば範囲に収められる」
「それはできますかね」とビアが言った。頷きではなく、報告するような口調だった。
やり取りは短く終わった。ビアが二人を見比べていった。
「似てますね、二人」
「どういう意味ですか」とノエルが聞いた。
「決めたら曲げない感じですかね。転んでも前に倒れる人が二人いる感じで」
ノエルが「転ばなければいいんですが」と言った。
「そうですかね。でも転ぶ前提で準備してる方が、転んだとき早く起きられますかね」
「……それは七転び八起きですか」
「そうですかね。元の意味かどうかは自信がないですが」
シンが「元の意味は合ってる」と短く言った。ノエルが少し意外そうな顔をした。ビアが「珍しいですかね、シンさんに認めてもらえるのは」と言った。
「滅多にないのか」
「そうですかね。だいたい何かが違いますって顔をしてますかね」
「……今回はたまたまだ」
「やっぱりそうですかね」とビアが言って、また窓の外に目を戻した。
しばらく沈黙が続いた。車輪が小石を踏む音だけが荷台に響いている。
「……ノエルさんって、試験官の仕事はずっとやってるんですかね」
ビアが何事もなかったように聞いた。
「最近は依頼が増えたので試験の頻度は減りました」
「今何歳ですかね」
「十二です」
ビアが窓から顔を戻してノエルを見た。「……十二歳でBランクって、芽が出るより早く花が咲いた感じですかね」
ノエルが「それ、褒めてますか」と聞いた。
「褒めてますかね。でも早咲きは霜に弱いとも言いますかね」
「台無しじゃないですか最後が」
「そうですかね。ただ早咲きを自覚してる花は霜に備えますかね。ノエルさんはたぶん備えてる方ですかね」
ノエルが答えに詰まった。言い返せないというより、返す言葉を選ぶのに時間がかかっている顔だった。シンが窓の外を見たまま「ビアに言われると素直に聞けることがある」と小声で言った。
「シンさんも、たまには褒めてくれますかね」
「……たまにだ」
「じゅうぶんですかね」とビアが言った。
ノエルが、また少し笑いそうになるのをこらえた。
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街道を外れた草地に、オークの群れがいた。
ビアが先行して物陰から数を確認した。シンとノエルに指を折って示す。七体。位置は二か所に分かれている。北側に四体、南側に三体。
シンとノエルが頷いた。
ビアが走り出した。北側の群れに向かって矢を一本放つ。オークの一体が吠えた。群れが動いた。ビアを追って北側の四体が一か所に集まり始める。
「今よ」
ノエルが杖を構えた。橙の光が杖の先端に凝縮した。火球が群れの中心に落ちた。爆風が草を薙ぎ倒した。四体のうち二体が動かなくなった。残り二体がよろめいた。
シンが走り込んだ。よろめいた一体の横薙ぎを剣の腹で流し、そのまま斬り返す。倒れた。もう一体がシンに向かって拳を振り上げた瞬間、ビアの矢が首筋を捉えた。
南側の三体が気づいて向かってくる。
「集めて!」とノエルが言った。
ビアが南側の手前に回り込んだ。矢を二本続けて放つ。三体がビアに向かった。
「いい腕してるわ」
氷の槍が三本、横に広がりながら飛んだ。三体を同時に縫い止めた。動きが止まった瞬間、シンが踏み込んだ。三体を順番に仕留めた。
草地が静かになった。
「……思ったより早かったですかね」とビアが言った。
「いい連携だった」とシンが短く答えた。
ノエルが矢を拾い集めているビアを見て、杖を下ろした。「悪くなかったわ。じゃあ遺跡に向かいましょう」
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荷台に三人が乗り込む。御者が手綱を引くと石畳の音が始まった。
草地の向こうに、石造りの構造物が見え始めた。
「あれですかね」とビアが窓から顔を出した。
「そう」とノエルが答えた。「スタティクス山脈の南麓に残っている古代の遺跡群のうちの一つ。文献によると建造から四百年以上経っている」
「四百年」とビアが繰り返した。「四百年前の人が作ったものが残っているのはすごいですかね。作った人の意志が続いている感じですかね」
「建物に意志は関係ないですよね」とノエルが言った。
「そうですかね。でも作った人が先のことを考えていたから残っているんじゃないですかね。備えあれば憂いなし、四百年分の備えですかね」
ノエルが返事に詰まった。シンが窓の外を見たまま「悪くない解釈だ」と短く言った。ビアがシンを見た。また認めた、という顔だった。
馬車が砂利道に差し掛かると速度が落ちた。遺跡が近づくにつれて草の背が高くなり、石造りの壁の輪郭がはっきりしてきた。
馬車を降りると、空気が変わった。
草の匂いの中に、石の冷たさが混じっていた。長い時間が染みついた場所の匂いだとビアは思った。
遺跡の入口は大きなアーチ型の門だった。石材は灰色で、表面に細かい文様が刻まれている。風雨で削れて判読できない部分も多いが、規則的な配置だけは残っていた。門の両脇に石柱が二本。上部が欠けている。足元に崩れた石の破片が散らばっていた。
「魔力の残滓があるわね」ノエルが杖を前に向けながら言った。「古いものと、新しいものが混在している。最近誰かが入った痕跡があるわ」
「冒険者か」とビアが短く答えた。
「それかモンスター。どちらにしても中は無人ではないと思っていた方がいいわ」
シンが門の縁に手を触れた。石は冷たかった。亀裂が入っているが、構造自体は崩れていない。「頑丈だ」
「外壁は魔法で強化されていたらしいので。四百年経ってもこの程度で済んでいるわ」とノエルが言った。
「設計した人間がよほど先を考えていたんだな」
「そういうことになりますね」
ビアが門の内側を覗いた。薄暗い通路が続いている。天井から光が差し込んでいる箇所があった。天井の一部が崩れているらしい。床には枯れ葉と砂が積もっていた。足跡がある。新しいものと古いものが混在していた。
「複数。最近入っている。足跡の間隔が広い、急いでいた」
短く、平坦な声だった。
「逃げたのかもしれない」とノエルが言った。
ビアが答えなかった。すでに視線が通路の奥に向いていた。
「中、先行します」
シンが頷いた。ノエルが杖を構えた。
ビアが門の内側に一歩踏み込んだ。足音が消えた。
冷たい空気が足元から上がってきた。
シンが続いた。ノエルが最後に入った。
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ビアが前に出た。警戒しながら進む。曲がり角で足を止めた。様子を窺い、シンとノエルにハンドサインを出した。——敵が三体、中央を任せる。
シンは走った。曲がり角を抜けた。
中央にオークが一体、左右にコボルトが一体ずつ。
シンがオークに切りかかると同時に、ビアが二本の矢を放った。矢がコボルトを捉えた。ひるんだ。
オークの攻撃を受け流すシン。その後ろからノエルが氷の槍を放つ。コボルト二体に突き刺さった。動かなくなった。
「周囲に敵はいません。進みましょう」とビアが状況を確認しながら伝えた。
シンとノエルが続いた。
「……暗いな」とシンがつぶやいた。ノエルがそれに合わせて魔法を詠唱した。
周囲が明るくなった。
「こんなこともできるのか」
「伊達にBランクじゃないわよ」とノエルは鼻高々に言った。
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先に進んだ。遺跡の中を調査した。目当ての魔法石がいくつか見つかった。ノエルがマジックバッグに詰め込んでいく。その間にモンスターと出くわした。だが、三人の連携には歯が立たなかった。
ある小部屋を見つけた。ビアが警戒しながら中に入った。何もなかった。
「特に気配はない。何もなさそうです」とビアが報告した瞬間、ビアの足元が光った。魔法陣だ。その瞬間、ビアが消えた。
「……転移魔法陣!」ノエルの声が少し跳ね上がった。
「何があった」
「ビアはどこかに飛ばされたわ。おそらくこの遺跡の中のどこかに。ブービートラップよ」
「転移先は」
「わからない。でも、今探すわ」
魔法陣があった場所に手を添えた。魔力の残滓を探る。ノエルの体が淡く光り、周囲の魔力探査が広がった。小さな粒子がノエルの周囲を漂った。
ノエルが目を開いた。
「こっちよ。氷の道をたどってきて。ビアの魔力反応がある——まだ生きてる」
地面に氷の道を作り、魔力の噴射を利用して滑るように進み始めた。
シンは走った。ノエルを追いかけた。身体が弾けた。気づけばノエルを追い抜いていた。
「あなたが抜いたら意味ないでしょ!この狭さで馬並みの速度が出てるんだけど!」
「急がないと間に合わない」シンは短く答えた。
「ああ、もう!」ノエルが苛立つように叫ぶと、目を閉じて集中した。
ノエルの魔力が周囲に展開された。
「正面の道を右に曲がって、突き当たりを左、一番奥の小部屋にビアがいる。大量の魔力反応があるわ。モンスターに囲まれている」
「……分かった。先に行く」
——間に合わせる。
言い残すと、シンは走り抜けていった。
「ほんと、あの人何者なのよ……」ノエルは後を追いかけた。
――――――――――
ビアは転移先で気配を探っていた。
——二十。いや、三十はいる。小さな気配がたくさん、大きな気配が一つ。
その瞬間、ビアに向かって矢が飛んできた。かわした。かわした先にも飛んでくる。ビアは走り出した。弓を持ったコボルトが何体もいる。射程に入った方向へ矢を射た。手ごたえはあった。
走りながら弓を構えた。しかし正面にオークが立っていた。迂回しながらけん制する。
周囲を警戒しながら走った。
——矢の残りは十五本、敵は二十と少し。厳しいな。
状況を冷静に分析しながら応戦した。
その時、壁際から一体のコボルトが現れた。驚いてナイフで応戦した瞬間、左足を矢が貫いた。
「ぐっ……」
小さく呻きが漏れた。
それでもビアは走った。速度が出ない。転がるように矢をかわし、何度か応戦した。手ごたえはあった。壁に隠れながら耐えた。十体、いや、十五体は倒しただろうか。だが敵はまだいる。ビアは矢筒に手を伸ばした。矢がもうなかった。
——拾いながら戦うか。その瞬間に打たれる。
考える間もなかった。ハイオークがビアの目の前の壁に向かって拳を振り下ろした。
壁が砕け、ビアの頭に当たった。衝撃で吹き飛ばされた。
ふらふらと立ち上がった瞬間、左足に矢が刺さった。続けて右足にも。
ハイオークがゆっくりと近づいてくる。周囲で矢を引き絞る音が聞こえた。
——ああ、終わった。死んだ。
ビアは目を閉じた。
記憶が呼び起こされた。子どものころ、川に水くみに行ったとき、本来そこには出ることのないワイルドベアがいた。小さなビアは足がすくんで泣いて何もできなかった。そこを父に助けられた。命と引き換えに。
「お父さん……ごめんなさい」ビアはつぶやいていた。
ハイオークが拳を振り下ろした。その瞬間——。
「ビア!」
シンが飛び込んできた。体から淡い光を放ちながら、ハイオークの攻撃を剣で受けた。そのまま流すようにして、ハイオークの腹を裂く。
ビアの視界がぼやけていた。ハイオークの向こうに、大きな背中が見えた気がした。川辺で熊の前に立った、あの背中と同じ大きさの。
「……お父さん」
声が漏れた。自分でも気づかないくらい小さく。
ハイオークが沈んだ。だがその瞬間、無数の矢がシンを襲った。
「お父さん!危ない!」ビアは叫んでいた。
五本どころではなかった。十数本を超える矢がシンに向かった。ビアをかばう形で、シンが前に立っていた。
「そんな……また……」
声が漏れた。目を閉じた。
しかし矢はシンに刺さらなかった。矢はシンの光る体にはじかれ地面に落ちていた。
部屋の入口からノエルが踏み込んできた。一瞬だけビアを見て「間に合ったのね……よかった」と小さく言った。すぐに杖を構えた。
杖を構えた瞬間、橙の光が広がった。火球が弧を描いて群れの中心に落ちる。続けて氷の槍が三本、散開しようとした個体を縫い止めた。最後に紫の閃光が走り、動いていたものが全て止まった。十数秒だった。
――――――
ビアは布切れを口にくわえた。シンが矢を抜いた。矢を抜く瞬間、小さく呻いた。
ノエルが回復薬で傷の手当てをした。
「……お父さんか」とシンがつぶやいた。
「お父さん発言は忘れて」とビアが照れ臭そうに言った。
「ああ」
「ところでシン、あなたの怪我は?」ノエルが確認した。
「心配ない。無傷だ」
「……ほんとにあなたの体、どうなってるのよ」ノエルは呆れたように言った。
――――――――――
遺跡を出ると、日が傾いていた。
ビアの足に巻いた布が赤く滲んでいた。歩けないことはないが、引きずっている。シンがビアの腕を肩に回した。ビアが「大丈夫ですかね」と言いかけて黙った。
「近くに村があるはずだ」
ノエルが地図を広げた。「ここから南に少し行ったところに小さな集落がある。私はそこから分かれてポルティアに向かうわ。魔法石の納品があるから」
「一人で行けるか」
「Bランクよ」とノエルが短く言った。
シンが頷いた。
「そういえば、ビア。あなたを助けるときのシン、馬くらい早かったわ」とノエルが付け足した。
「馬くらい早い城壁亀ってそれ土石流みたいな亀ですかね。敵じゃなくてよかったですかね」
シンは空を見た。雲一つなかった。
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ノエルと別れて集落を訪れた。集落は小さかった。街道沿いに家が十数軒並んでいる程度で、ギルドの看板は見当たらなかった。宿屋を見つけてビアを部屋に連れていった。
宿屋の部屋はせまかった。ベッドが一つ、窓が一つ。
それだけの部屋だった。
ビアをベッドに横たえると、顔がわずかにゆがんだ。
両足の矢傷には布を当ててあるが、血が滲んでいる。
頭の手当てはしたが、顔色が悪かった。
「すみませんですかね」とビアが言った。声が少し小さかった。
「すぐ戻る」
扉を閉めた。廊下に出ると、静かだった。
宿屋の主人に治療師を聞くと、首を振った。代わりに隣の酒場を指さした。「冒険者が一人いる。クレリックだと言っていた」
酒場の扉を開けると、煙草と酒の匂いが混じった空気が流れ出た。
中は狭かった。テーブルが三つ、カウンターが四席。
夜でもないのに薄暗く、ランプが一つだけ揺れていた。
シンは一瞬、足を止めた。
カウンターの隅に座っている男の体格が、明らかにおかしかった。シンの知る人間の背格好ではない。身長は子どもほどしかないのに、横幅がシンとほぼ変わらない。肩から腕にかけての筋肉が、服の上からでも分かるほど盛り上がっている。赤茶の顎髭が胸まで届いていた。手のひらに収まりきらないほど大きなジョッキを、軽そうに持っている。
異世界に来て初めて見る、異種族だった。
物語の中に出てくるドワーフ、という種族がこの世界にも存在することはギルドで聞いて知っていた。しかし知識と目の前の現実は別物だった。
シンは二秒ほどその背中を見てから、歩き出した。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
今回からシンパートが再び始まりました。 ノエルはもともとそれほど登場を予定していなかったキャラです。ビアも同様なのですが、二人を書くのが楽しすぎて今後も登場させていくかもしれません。
二人のこれからをお楽しみに。
23話までは毎日7時10分、18時10分更新です。
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