第13話「ルカ(結華):壁の完成——深入りしなければ」
転生八日目。翌日から四人でのクエストが始まった。
最初はロックウルフの討伐依頼だった。ポルティア近郊の森の外れに五体が出没しているという。ルカにとっては転生初日に戦った相手だった。
「俺が前に出る。ルカさん、スピードで横からかく乱してくれ」
ダリオが戦闘前に手短に言った。昨日とは打って変わって、言葉が少なかった。ルカは頷いた。
エレナリアが氷縛で先頭の一体を固定した。ダリオが正面から剣を抜いて踏み込んだ。大きいが速い動きだった。体重を乗せて振り下ろした。ルカが横から加速して二体目の脚を狙った。疾風怒濤で体が前に出る。風の中を走るようだ、とルカはいつも感じる。
ロックウルフがダリオに飛びかかる。トビアスが後方から光の膜を展開した。ダリオの周囲が薄く輝いた。ロックウルフの爪は届かなかった。
「後ろから来ます」とエレナリアが言った。
ルカは振り返る前に体が動いた。後ろから飛びかかってきた狼の前脚を腕で受け流して、体ごと投げた。岩に叩きつけると動かなくなった。
五体、難なく終わった。
「……速いですね。ルカさん」
トビアスが静かに言った。
「ダリオさんが道を作ってくれたので」
「俺を褒めてくれてる?」ダリオが少し驚いたように言った。
「褒めてません、事実を言ったまでです」
「でも言ってくれたじゃん」
ルカは答えなかった。ダリオが微妙に嬉しそうな顔をしているのが視界に入ったが、特に反応する必要を感じなかった。
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その間にいくつかのクエストを受けた。
コーラルキャンサーの群れの討伐。港近くの荷物運搬の護衛。内陸の小道に出没するコボルトの排除。四人の役割は自然に固まっていった。ダリオが前衛で斬り込み、ルカが速度で側面や死角を取り、エレナリアが魔法攻撃と支援を担い、トビアスが回復と防御強化でパーティー全体を支える。
それぞれが自分の仕事をしていた。
ルカも仕事として動いていた。
ダリオとトビアスへの警戒心は下がらなかった。いや、正確には、トビアスへの警戒は少しだけ別の種類に変化していた。トビアスは酒場の夜以来距離を詰めなかった。触れなかった。何かを聞いてくることもなかった。ただ後方から、パーティー全員の状態を確認していた。ルカのことも確認していた。ルカが無理をしていることに気づいており、それを見守っていた。
気づいても言わない、というのが、本来のトビアスという男のようだった。
ダリオは違った。気づいているかどうかも分からない。口が先に出る。行動が先に出る。しかし一線を超えようとした瞬間に引く。引き際が分かっている。それが意外だった。
意外だと思っていることに、ルカは内心で苛立った。
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あるクエストのあと、ルカは右肩の奥に鈍い熱があることに気づいていた。コーラルキャンサーの攻撃で、避けきれなかった爪の先端が肩口を掠めていた。軽い。深くはない。
「大丈夫ですか」
トビアスが声をかけてきた。ルカから一メートル以上離れた位置で止まった。
「……大丈夫です」
「右肩、確認させてもらえますか」
ルカは少し間を置いた。肩口の上着をずらした。皮膚に浅い切り傷があった。血が少し滲んでいた。
「深くはないですね。治療します。一瞬だけ失礼します」
トビアスが少し近づいた。手から光が出た。一定の距離を保ったまま、届く範囲の回復魔法を使った。
傷が閉じていく感覚がした。ただ、いつも通り魔法の通りは悪かった。
「……ありがとうございます」
「いいえ。後で痛くなることもあるので、今日は無理しないでください」
それだけだった。トビアスはルカから離れた。ダリオが横で何かを言いかけて、トビアスに目で制止されて止まった。
ルカは上着を直した。
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その夜、宿でルカはしばらく天井を見ていた。
心を殺して動けばいい。それだけだ。ダリオとトビアスへの警戒を保ったまま、仕事をする。それだけでCランクに上がれる。仕事として割り切れば、怖くはない。深入りさえしなければ、傷つかない。
なれ合う気はない。仕事として動けばいい。Cランクになれればいい。
——深入りしなければ、傷つかない。
それでいい。それだけでいい。そう言い聞かせた。
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さらに三日後。
クエストを積み重ねながら、四人のパーティーとしての動きが整ってきた頃、トビアスがある夜の野営でルカの傷の手当をした時に言った。
「無茶しないでくださいね。心配だから」
ルカは一瞬固まった。
——深入りしなければ、傷つかない。
心を殺して、仕事として動けばいい。だからトビアスの言葉も、善意として受け取る必要はない。役割として受け止めて処理すればいい。
「……心配しなくていいです。自分のことは自分でやります」
「そうですか」
トビアスは続けなかった。ルカも続けなかった。それだけだった。
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翌日、転生から二週間が経過した。その日もクエストのあと、いつものようにクエストの報酬配分を行った。
ギルドの受付でステータスを確認していたルカは、あることに気づいた。
「……ひねくれ者がLV10になっています」
「LV9からLV10。この短期間でスキルレベルが上がるのは珍しいですが」
マリアが少し間を置いた。「このスキルは以前にLV9からLV8へのLV減少の変化が記録されています。今回は上昇でした。スキルの昇格については記録がないので判断できませんが」
LV10。上限に達した数字が、胸の中で冷たく落ち着いていた。嬉しくない。何も感じない。ただそこにある。それだけだった。
ダリオが声を上げた。
「待って。スキルレベルって、下がることあんの?」
「通常、スキルレベルは経験の積み重ねで上昇します。下降は基本的に起こりません」とマリアが答えた。
「えっじゃあ何で下がった記録があんだ?」
「このスキルについては過去に一件だけ記録があります。ただし詳細条件は不明です。未分類のスキルですので」
ダリオがルカを見た。ルカはマリアの方を向いたままだった。
「……ルカさん、それってどういう——」
ダリオが言いかけたとき、突然声がかかった。
「珍しい話をしてるのね」
「ノエルさん」とマリアが声を上げた。
振り返ると、魔法装束を着た少女が立っていた。
「急に声をかけてごめんなさい。スキルのレベルが下がったってそんなことあるの?」
「……ええ、下がりました。最初はLV9で、一度8に下がって、今は10まで上がりました」
ルカは少し警戒しながら答えた。
「ああ、失礼したわね。私はノエル。ノエル・ヴィシア。これでもBランク冒険者よ。ギルドでは試験監督も務めているわ。メインはラステルで、たまにここポルティアにもお邪魔するの」
小学生くらいにしか見えない少女がBランクと、内心驚いたが顔には出さなかった。
「ルカ・クレインです」
「ちょっとステータス拝見しても?」
「……どうぞ」
ギルドカードを渡した。
「ひねくれ者、聞いたことのないスキルね。ラステルにも変わったスキルを持っている人がいたけど、それとはまた別ね。あのスキルも下がったりするのかしら」
エレナリアがルカの横で静かに言った。
「特別なスキルには、特別な動き方があるのかもしれません。そういうものだと思っています」
「なるほど。それにしてもあなた、レベルの割にSPDとDEXが高いわね。この辺りもその人と同じ」
「……昔、鍛えていたので」
ルカは少し間を置いてから続けた。「その人はどんな人なんですか?」
「無口で変だけどいい人よ。Eランク昇格試験で試験を担当したんだけど、私が全力の攻撃を放った時、避けるんじゃなくて後ろにいたギルドの職員を庇って正面から受けたの。まるで、間に合わなかったら死ぬって顔をしてね。あまりのことに焦ったけど——ほぼ無傷だった。あんなにMNDとDEFが高いFランク、私、他に知らないわ。」
「その人の名前は?」
「シン。フルネームはシン・タキシタ。発音が難しい名前なのよね」
——滝下。滝下伸二。あいつだ。やっぱり名前をほとんど変えていなかった。
「……その人は今はどこで何をしてますか?」
「先日一緒にクエストを受けたけど、多分今もラステル付近でCランク昇格を目指しているんじゃないかしら。人を探しているって」
——ルカの鼓動が早くなる。心臓がうるさい。音が頭の中に響くようだ。
「……探している人の名前は」
声が震えた。
「ユイカ。ユイカさんを探しているといっていたわ。大切な人だって」
——あいつが私を探している。
無意識に、頭に刺した銀のヘアピンに触れていた。
「お~い、お嬢さんたち、そろそろ報酬の分配を行いたいんだけど」
ダリオが声をかけた。
「……空気を読んでください」
トビアスが頭を抱えた。
「……そうですね。話し過ぎました」
ルカは目を伏せた。
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宿屋の部屋で、ルカはベッドに横になったまま天井を見つめていた。
ギルドカードを手に取り、スキル欄を開いた。
ひねくれ者 LV10。
ルカは画面を見つめた。
スキルが上がるのは、いいことのはずだった。スキルレベルが高いほど能力が高い。それはこの世界の常識だった。なのに嬉しくなかった。
「……上がった」
呟きは部屋の壁に吸い込まれた。エレナリアは向こうのベッドで本を読んでいた。聞こえたかどうかは分からなかった。
——マリアが言っていた通り、LV10が上限だったとしたら、ひねくれ者というスキルが、今夜完成した。
嬉しくなかった。
ステータス画面を閉じて横になりながら、天井の石模様を眺め続けた。エレナリアの本のページをめくる音が、少し遅くなった。
――――――――――
——あいつがラステルという街にいる。私を探している。私はどうしたいのか。逃げたい?近づきたい?
ルカは銀のヘアピンを外して、じっと見つめた。
空手大会の全国優勝をした日にあいつが選んで、母・遥が渡してくれた銀のヘアピン。
——ギルド職員をかばった。歩道橋で私をかばったように。あいつはまた無茶をしている。間に合わせるために無茶をしている。
銀のヘアピンを手の中でいじった。
——わからない。わからないけど、それを確かめたい。Cランク昇格まであと少し。Cランクに上がったらラステルに行こう。あいつは私に気付かない。気付けないはずだ。無茶をしないように近くで監視しよう。
銀のヘアピンを付け直した。小さな金属音が静かな部屋に響いた。
それを合図にしたかのように、エレナリアがゆっくりと本を閉じた。彼女はルカに声をかけることはせず、ただ同じ夜の静寂を分け合うように、ルカの呼吸に合わせてゆっくりと目を閉じた。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
本エピソードをもってルカパートは一度終了です。次回はまたシンパートに戻ります。
本話とは同時に独立挿話「銀のヘアピン」も公開しています。
23話までは毎日7時10分、18時10分更新です。
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