第12話「ルカ(結華):Dランク昇格——新しい仲間と心の距離」
転生三日目。目が覚めた時、右肩が重かった。
ルカは天井を見たまま少しの間動かなかった。石造りの宿の天井はどこか岩肌に似ていて、目が覚めてすぐの数秒間だけ一昨日の戦場にいる感覚を思い出した。その感覚が抜けると、右腕の鈍い痛みだけが残った。
一昨日の昇格試験。ルート・ハーヴの槍を受け流した時の衝撃で開いた傷が、治りきっていない。体術では、拳を使う。腕を使う。肩を使う。鈍痛を抱えたまま次の動きに入れるかという問いへの答えは、正直なところ微妙だった。
ベッドの横でエレナリアがすでに起きて、窓の外を見ていた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
ルカは体を起こして右腕の動きを確かめた。肘を曲げる。肩を回す。問題はない……と言えば言えるが、問題があるともいえる。エレナリアの視線に気づいて、ルカは腕を下ろした。
「ギルドに行きましょう。傷が開いているんでしょう」
「大した傷ではないです」
「それでも診てもらった方がいいです」
ルカは反論を探したが、見つからなかった。
――――――――――
ギルドの奥の処置室は、磯の匂いがした。
昨日の老齢の治療師は、ルカの右腕を見た瞬間に眉を上げた。細くて白い眉が額の方へ動くと、どことなく人形のような顔が感情を持ったように見えた。
「昨日治療をお願いしたものです。また、治療をお願いできますか」
老人はルカの腕を静かに取り、指先で傷の周辺を確認した。痛くはないが、何かを読まれているような気がして居心地が悪かった。
「……昨日治療のあとに何かしましたか」
「……宿に行きました」
「その前です」
ルカは少し間を置いた。
「Eランク昇格試験を受けました」
「……試験を受けて傷が開いたんですね。無茶はするなといったはずです」
老人は穏やかな口調のまま言った。静かな怒りというものがあるなら、このような声だろうとルカは思った。
「安静にしていれば治っていたものを。傷がふさがったからといって完治しているわけではありません」
「……はい」
「次から気をつけてください」
「軽く動いただけです」
「治っていないのに軽く動くこと自体が問題です」
ルカは言い返さなかった。説教としては短い部類だと思うが、目を伏せながら聞くことになったのは久しぶりだった。老人の手から光が滲んで、腕に染み込む感覚がした。
エレナリアが出口で待っていた。
「説教されました」
「そうでしたか」
「聞こえてたでしょう」
「少し」
エレナリアの顔は変わらなかった。笑っているかどうかが分からない顔だった。
――――――――――
その日の午後からEランククエストを受け始めた。
最初は薬草採取だった。ポルティアから小一時間歩いた丘陵地帯に、解毒薬の原料になる草が自生しているらしい。マリアから渡された簡素な地図と採取量の目安を確認して、ルカとエレナリアは丘に向かった。
「これですか」
ルカが膝をついて草を一本摘んだ。茎の根元が赤みを帯びていて、葉の裏側に細かい産毛がある。指示通りの特徴だった。
「そうです。根を傷つけないように採ってください。来年以降も使える群生地を保護するためです」
「……根っこまで引っこ抜いちゃいけないんですか」
「そうです」
ルカは少し考えてから、指の向きを変えた。根元のできるだけ低い位置を持ち、横にひねるように折る。茎がきれいに取れた。根は土の中に残っている。
「上手いですね」
「……昔通っていた道場の隣に畑があって、手伝ったことがあるだけです」
エレナリアは何も聞かなかった。ただ同じように採り始めた。
採取が終わるまで、二人はほとんど話さなかった。それが苦ではなくなっていることに、ルカはこの頃から気づいていた。沈黙を埋めなくてもいい相手というのはありがたかった。路地裏の非行グループにいた時は、話していないと何かを疑われた。輪に入らないと何かを隠すためかと勘繰られた。ここでは違った。黙って草を摘んでいても、とがめられることはなかった。
――――――――――
転生四日目。荷馬車の護衛のクエストと調査クエストを受ける。
ポルティアから内陸の小さな集落へ向かう商人の荷を守る依頼だった。道中に盗賊の目撃情報があるという。
商人は五十歳前後の男で、馬車の御者台に乗りながら妙に陽気だった。
「お二人は珍しい組み合わせですね。エルフの魔術師と人間の体術士。しかも二人ともお奇麗だ」
エレナリアが「よく言われます」と返した。ルカは荷馬車の横を歩きながら周囲を警戒していた。道の両脇は背の低い草地で、木が点在している。遮蔽物の少ない地形だった。
目撃情報のあった中間地点を過ぎたあたりで、草の中から二人組が現れた。刃物を持っていたが、動き方を見た瞬間にルカは分かった。武道経験はない。刃物は見せているだけで、本当に斬るつもりかどうかは怪しかった。
エレナリアが風術で足元に突風を起こした。二人が体勢を崩した瞬間、ルカが前に出た。腕を取って制して、地面に組み伏せる。怪我をさせないような拘束術。道場でついでに習った護身術の一つだ。もう一人はエレナリアが氷の魔法で身動きを封じた。
「……早い」
商人が呆然とした声で言った。
「怪我させても後が面倒なので」
ルカはそれだけ言って、抑え込んだ人間が逃げないように縄を探した。荷馬車の荷物の中の梱包用の紐をエレナリアが持ってきた。
帰路は穏やかだった。商人が感謝を述べながら話し続けていた。エレナリアが適宜相槌を打っていた。ルカは半歩後ろで聞きながら、空の色を確認していた。ポルティアの空は晴れていれば明るく、港の方向に白い光の筋が走ることがあった。今日もそうだった。
――――――――――
次は魔物の調査クエストだ。
ポルティア近郊の浅瀬に水棲の小型モンスターが増えているという住民からの報告で、種類と数を確認して記録する依頼だった。討伐目標はない。
結果的に戦闘になった。
小型とは聞いていたが、数が多かった。十匹を超える水蛇のモンスターが干潮の岩場に群れていて、調査のために近づいたところで攻撃された。逃げることもできたが、エレナリアが氷術で一体の動きを止め、ルカがそのまま距離を詰めたので自然に戦闘になった。
二体目が反応してルカの側面に嚙みつこうとする。疾風怒濤で加速して先に間合いを殺し撃退した。三体目はエレナリアの風術で地面に叩きつけた。残りは散り散りに逃げた。
「……十体確認、うち三体を撃退しました」
エレナリアが記録用の紙に書き込みながら言った。
岩場の調査を続けていると、奥の岩陰から大きな影が現れた。
丸みを帯びた半透明の体。表面が光を屈折させてぬめりと光っている。子どもの胴体ほどの大きさがある。ヒュージスライム——Cランク相当のモンスターだ。
ルカは反射的に拳を構えた。水蛇を倒した時と同じ要領で踏み込んだ。拳がスライムの中心部に入った——はずが、ぬるりと体が沈んで受け流された。衝撃が吸収されている。打った手が体ごと引き込まれそうになって、急いで引いた。
「……効かない」
エレナリアが状況を確認していた。「物理打撃は無効です。吸収されます」
ルカは距離を取った。拳が通らない相手というのは初めてだった。技の問題ではなく、構造の問題だ。打ちたい場所がない。どこを狙っても同じ結果が返ってくる。
「引きつけてもらえますか。私が仕留めます」
「……はい」
ルカが前に出た。スライムの方向に向かって踏み込むふりをして、回り込む。ぬめりのある体が反応してルカの方を向いた。動き自体は遅い。でかいが鈍い。
その間にエレナリアが詠唱していた。
嵐の足枷が岩場に展開されて、スライムの底面が岩に押しつけられた。動きが完全に止まった瞬間、氷術を放った。一撃ではなく、連続した小さな氷の礫が正面から何度も叩き込まれた。スライムの半透明の体に亀裂が入ったところに、風術を重ねた。無数の氷の礫と風の刃がスライムを凍らせ、刻み、砕いていった。エレナリアの二属性を組み合わせた攻撃だ。
スライムが崩れた。
岩場にコアを残し透明な液体が広がって、波に流されていった。
ルカはしばらく無言だった。
「……拳が通らないモンスターがいるとは思っていませんでした」
「魔法を持たない体術使いにとって厄介な相手です。ただ機動力は低いので、引きつけることができれば魔法と合わせて容易に対処はできます」
「私が囮で、エレナが攻撃を引き受けた形ですね」
「そうなりますね。あなたが引き付けてくれたので助かりました」
ルカは視線を岩場の先に向けたまま少し考えた。
一人だったら詰んでいた。拳が届かない相手に、できることがなかった。道場では「人間相手——打てない相手はいない」という前提で鍛えてきた。打ち方を変える、角度を変える、タイミングを変える。それで必ず打てる場所が見つかる。それが体に染みついていた。
でもスライムには打てる場所がなかった。構造が違う。前提が違う。
自分の拳だけでは足りない場面がある。
それだけのことだった。特別なことではない。ただ、初めて実感した。
「報告書、手伝ってもらえますか。あのモンスターの名前が分からないので」
「水蛇はシースネーク、E級相当、もう一体はヒュージスライムです。Cランク相当。ここの浅瀬に出るのは珍しいですね。潮流の変化で流されてきたのかもしれません」
「Cランクでしたか」
「Eランクでまた、Cランクモンスターを倒しました。記録として残しておく必要があります。グランロックウルフと合わせて二度目ですね」
ルカは紙を受け取って、エレナリアが読み上げる情報を書き込んだ。
波の音が続いていた。
――――――――――
転生五日目と六日目は、それほど特徴のない依頼を三件ずつこなした。討伐四件、調査、護衛。どれもエレナリアの経験知とルカの機動力の組み合わせで難なく片付いた。二人の連携は言葉よりも先に体が動くようになっていた。エレナリアが足を封じ、ルカが詰める。エレナリアが視野を広く取り、ルカが死角を塞ぐ。お互いが見ている場所、考えていることが自然とわかるようになった。
その日の夜、クエストカウンターでマリアが事務的に伝えた。
「実績を確認しました。登録時の記録として、D級のロックウルフ、C級のグランロックウルフ、先日C級のヒュージスライムの討伐実績。加えてここ数日のクエスト達成記録。通常であればもう少しEランクでの経験を積んでからという流れになりますが、実力的には試験を受けて問題ありません。Dランク昇格試験を受けますか」
ルカはエレナリアを見た。エレナリアが小さく頷いた。
「受けます」
「はい、それでは明日の午後に準備します。ペアでの受験ですので、エレナリアさんも同行ということでよいですか」
「はい」
「対象モンスターはコーラルキャンサーです。港の外れ、岩礁エリアに生息する蟹型のD級モンスターです。五体の討伐が合格条件となります。詳細は明日説明します」
マリアが台帳を閉じた。それだけだった。
「……コーラルキャンサーってどんなモンスターですか」
宿に戻る道でルカは聞いた。
「海岸の岩礁に生息する蟹型の魔物です。甲殻が硬く、正面からの打撃は通りにくいです。側面か腹部、あるいは脚の関節を狙うのが定石です」
「見たことありますか」
「何度か。この辺りで生活していたのですから当然かもしれませんが、ポルティアの周辺モンスターはほとんど知っています」
「……じゃあ安心ですね」
「あなたが安心するかどうかは、あなた次第です」
ルカは少し考えてから「そうですね」と言った。エレナリアの言葉はたまにこういう言い方をする。突き放しているのではなく、相手に委ねているのだと最近分かってきた。
――――――――――
転生七日目の午後に、ポルティアの港の外れへ向かった。
岩礁は干潮に近い時間帯で、大きな岩がいくつも海面に出ていた。その間に、黒みがかった甲羅の蟹が複数いた。大きいものは甲羅だけで五十センチを超えていた。
「……思ってたより大きい」
「D級ですので。いきますよ」
エレナリアが嵐の足枷を発動して、岩礁の入り口近くにいた一体の脚の動きを封じた。速度を奪われた蟹はその場で横転するように傾いた。ルカが加速して側面に回り込む。甲羅の継ぎ目——側腹部の柔らかい部分を、貫手で狙って打ち込んだ。
一撃で動きが止まった。
「変わった突き方、ですね。体術の技術ですか」
「はい。狭いところを狙う際に有効です」
二体目は岩の影から出てきた。泡を吹いて視界を封じる。ルカがすでに動いていた。エレナリアの風術で泡が払われた瞬間、位置が見えた。岩を足場にして、飛んで、落下しながら腹部を踏みつけた。甲羅ではない部分にピンポイントで当てる。
三体、四体と続いた。途中、エレナリアが氷縛で一体を完全に固定し、ルカが脚の関節を丁寧に一本ずつ砕いた。足を失い動けない蟹にとどめを刺した。
五体目は岩の向こう側にいた。エレナリアが位置を把握して伝え、ルカが迂回して背後から接近した。最後は静かに終わった。
波が岩礁を濡らす音が聞こえていた。
「……終わりました」
ルカが振り返ると、マリアが少し離れた場所でメモを取っていた。表情は変わらなかったが、何かを確認している目つきだった。
ルカはふと、体の奥に薄い熱を感じた。右手の握りを確かめる。何かが変わった気がした。ステータス画面を開くと、LVアップに加えスキル欄が書き変わっていた。
初級体術LV10——ではなく、中級体術LV1。
等級が変わっている。
エレナリアに視線を向けると、エレナリアがわずかに目を細めた。
「どうしましたか」
「……体術が中級になりました」
「おめでとうございます。中級になるとこれまでより打撃力が上がるはずです」
ルカはもう一度右手を握った。拳の感覚はそれほど変わらない。でも、確かに何かが変わった気がする。
――――――――――
ギルドに戻ってから、マリアがDランク昇格の通知と、Cランク昇格の条件を説明した。
「Dランク昇格、おめでとうございます。続けてCランク昇格試験についてお伝えします。Cランク昇格試験には四人パーティーが必要です。加えて、Cランク以上の冒険者が二名所属していることが受験条件となります」
ルカはその言葉の意味を整理した。
エレナリアはCランクだったが失効したので、Dランクになったばかりだ。Cランク以上があと二人必要になる。
「……どうやって探せばいいんですか」
「ギルドから紹介・募集ができます。ちょうど都合よく空いている方がいます。あちらのお二人です」
ギルドの片隅の卓に、二人の男性が座っていた。一人は背が高く、くだけた様子で椅子に半分もたれかかっていた。もう一人は背筋を伸ばして、何かを読んでいた。
「ダリオ・ヴァルトさんとトビアス・ヘルツさんです。ダリオさんはCランク剣士、トビアスさんはCランクのクレリックです。先日、パーティーを組んでいた仲間が別の街に移ってしまって、パーティーの募集を探していました。エレナリアさんの魔術、ルカさんのスピード型の体術と合わせやすい構成だと思います」
エレナリアがルカを見た。ルカはマリアを見たまま動かなかった。
「……相性は分かりますか」
「実際に組んでみなければ分かりません。ただ、戦闘スタイルの情報を見る限りでは、問題ないと思います」
ルカはもう一度二人の方を見た。
剣士の方が視線に気づいたらしく、こちらに向かってくるのが見えた。
「パーティーメンバーを探してるって聞こえたけど、俺たちに声かけてみる気ある感じ?」
ダリオ・ヴァルトという男は、開口一番でそう言った。
ルカは瞬時に距離を測った。近い。立ち止まった位置が近かった。
「……Cランクを目指しています。クエストと昇格試験に付き合ってもらえますか」
「いいぜ。つーかお前、強いよな。前のEランク昇格試験、俺も見てたけど、あの槍使いを相手にあれだけやれるんなら相当だろ」
「……ありがとうございます」
「俺はダリオ。こっちがトビアス。よろしく——」
ダリオが自然な動作でルカの肩に手を伸ばした。
ルカの体が動いた。
払うより先に、体を引いていた。一歩後ろに。
ダリオをにらんだ。耳の裏が熱くなった。背中の感覚を確認しようとして、確認するまでもなく今は壁がないと分かっている。それでも体が覚えている。
壁に背をつけた。腕を掴まれた。数が多すぎた——あのときのことを。
「……触らないでください」
声が出ていた。
ダリオが固まった。
「……わ、悪い。そういう感じか」
「戦闘以外で距離を詰めないでください」
「分かった。分かったから、そんな目しないでくれ」
ダリオが手を引いて半歩退いた。トビアスが横から静かに言った。
「はじめまして。トビアス・ヘルツです。よろしくお願いします」
「……ルカ・クレインです」
「ダリオは距離が近いですが悪意はありません。ご迷惑をおかけしました」
ルカは返事をしなかった。視界の端にエレナリアの銀色の髪があった。
背に腹は代えられない。それだけだった。Cランクに上がるためには四人必要で、Cランク以上が二名必要で、今その条件に当てはまる人間がここにいる。それだけで十分だった。
「……よろしくお願いします」
「よし。よろしく」
「私も問題ありません」とトビアスと、エレナリアが重ねた。
ルカは深呼吸を一つした。体の熱が少しずつ引いていくのを感じながら、視線を足元に向けた。波の音が頭の中で続いていた。
――――――――――
Dランク昇格の手続きが続いた。
マリアがギルドカードの更新作業を行った。魔力を流した瞬間、数値が浮かび上がった。マリアの指が一瞬だけ止まった。ほんのわずかな間だったが、ルカはその動きを見ていた。
「……更新が完了しました」
マリアがカードを差し出した。ルカが受け取ってステータスを確認した。
―― ルカ・クレイン LV:25 ランク:D
STR:C DEF:E SPD:B VIT:C MND:C MAG:F
DEX:B LUK:C HP:E MP:F
スキル:【中級体術 LV1】【疾風怒濤 LV3】【クイックネス LV2】【ひねくれ者 LV9】 ――
マリアがステータスとスキルを見て話し始めた。
「スキルレベルが上がっていますね。特に体術と疾風怒濤、クイックネスの上昇は、この期間の活動量からすると早い方です。初級体術がLV10になり中級に昇格しています。スキルレベルは経験の積み重ねで上昇し、通常はLV10が各等級の上限です。LV10に到達し、習熟の質が伴っている場合、上位等級への進化が起きることがあります。初級体術が中級に昇格したのはその例です。ただし進化は自動ではありません。LV10に達しても進化しない場合もあります」
隣でエレナリアもギルドカードを確認していた。LV42。MAGが295に上がっていた。
「私のスキルもいくつかLV上昇がありました」
「戦闘の質が高かったということでしょう」
ダリオがカードを横から覗き込んだ。
「スキルってそんなに上がんの? 俺、中級剣術がここ三ヶ月でようやく一上がったのに」
「人によります」とマリアが答えた。
「でも中級LV1ってCランク相当じゃん。早くねぇか?」
「はい。習熟度が高い証拠です」
ダリオがルカを見た。ルカはマリアの方を向いたままだった。
「……ルカさん、どこでそんなに鍛えたんだ」
「道場です」
「道場ってどこの」
「道場で、です」
それ以上は言わなかった。ダリオは何かを言いかけて、トビアスに軽く押さえられて止まった。
ルカがひねくれ者のスキルを確認した。LV9。昨日まではLV8だった。ダリオに触れられかけた瞬間、強く警戒した。体が動いた。拒絶した。その後の緊張を保ったまま、今に至る。
LV9に上がっていた。
ルカはその事実を確認して、カードを閉じた。
何かが変わったか、あるいは戻ったのか、その意味はまだ分からなかった。
――――――――――
その夜、四人でギルドに併設された食堂に移った。顔合わせの意味合いもあって、ダリオが提案した。
ダリオは酒と皆で食べる料理を頼んだ。トビアスは酒を二杯頼んだ。ルカは水を頼んだ。エレナリアはハーブティーを頼んだ。
「飲まないの?」とダリオがルカに聞いた。
「飲みません」
「エルフも飲まないんだ」
「体質に合わないので」とエレナリアが答えた。
ダリオは少し残念そうな顔をした。
クエストの段取りと役割分担の話をした。ダリオが前衛、ルカが速度を利用した側面攻撃、エレナリアが魔法攻撃と支援、トビアスが回復と補助。話し合いは短く終わった。
問題はその後だった。
ダリオが三杯目を頼む頃、トビアスは五杯を飲み終え顔色が少し変わっていた。様子もおかしい。目が座り、少しろれつが回っていない。クレリックらしい落ち着いた所作が、わずかにずれ始めていた。おかわりの酒が来た頃、トビアスが急に大きな声でルカに詰め寄った。
「ルカさん、あ~た、孤独そうだよね」
ルカは食事を止めた。
「悪い意味じゃなくてさ。なんか、一人で全部抱えてる感じがして、心配になるんだよね。俺、人の傷が気になるタチなんだよ。放っておけなくて。世の中の周りは敵だ~!って感じの顔してる」
「……」
「あのさ、困ったことがあったら言ってよ。俺、クレリックだからさ。体の傷も心の傷も——」
「トビアス」
ダリオが低い声で止めた。
「なんだよ、本当のことじゃん。若い子が不幸になるのはみてらんないよ」
「本当のことでも言っていいこととそうじゃないことがある」
「でもさ——」
「おい」
ダリオがトビアスの肩を掴んだ。トビアスが口を閉じた。
その後、誰も何も言わなかった。
ルカはすでに立ち上がっていた。
「……今日は失礼します。明日の集合時間は朝九時ですね」
エレナリアが静かについてきた。
――――――――――
食堂を出て外の空気を吸った。潮の匂いがした。
「……お酒を飲むと距離が近くなる人もいます」
エレナリアが少し間を置いてから言った。「悪意はないと思います」
「分かってます」
「分かっている上で、嫌でしたか」
「……」
ルカは答えなかった。嫌だったのかどうかも、よく分からなかった。ただ、立ち上がっていた。体が先に動いていた。
距離を詰められることへの反応とは少し違う。刃物が近づく感覚とも違う。ただ、知らない人間に孤独と言われたことが、どこかに刺さっていた。
正しいから、刺さったのかもしれなかった。
「……ランクアップのための付き合いだと割り切ればいいだけです」
エレナリアは何も言わなかった。
潮風が吹き抜ける中、二人で宿に向かった。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
図星を突かれて刺さる。それはあってるからこそ刺さるんですよね。ものすごく感情に来ます。皆さんはそういう経験はありますか。
毎日18時10分更新です。
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