第11話「ルカ(結華):ひねくれ者——スキルという名の傷跡」
潮の香りと、漁の後の生臭さが混じった風が、細い路地を抜けてルカの頬を叩いた。悪くはなかった。遠くに波の音が聞こえた。空は広く、ここに来るまでの針葉樹林から見た空とはまるで違った。水平線に向かって、どこまでも開けている。
——港町、か。
この世界に来てから、山の中や森の中にいた。こんなに開けた場所は、初めてだった。それだけで少し、息の仕方が変わる気がした。
ルカは右肩に軽く手を当てた。左足を踏みしめた。
——痛ッ! ……まだ痛むな……
傷口からうっすらと新しい血がにじんでいた。
「ルカ」
隣を歩くエレナリアが声をかけた。前を向いたままだった。
「肩、まだ痛みますか? ギルドで治療を受けてくださいね」エレナリアは目線をルカに向けた。
「大丈夫……」ルカは、右肩を押さえながら答えた。
「ダメです。治療を受けてください」エレナリアは顔を向けてルカを見た。
ルカは反論を一度引っ込めた。
——別に大丈夫……だけど……反論する気にはならない……
「……分かりました」ルカは指先をすり合わせながら、目を伏せて答えた。
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エレナリアとともにルカはギルドについた。大きな建物だった。建物の前にはポルティアギルドと書いてあった。
ギルドは天井が低く横に広かった。建物の奥に窓があり、その向こうに桟橋と海が見えた。昼前の時間帯で、受付のカウンターには数人の冒険者が手続きをしていた。
受付には日焼けした肌、黒髪を実用的にまとめた姿、港町で生まれ育った人間の飾らない顔をした女性が立っていた。両耳には三日月の形をしたイヤリングが揺れていた。
「いらっしゃいませ。ポルティアギルドにようこそ。私は受付のマリア・コスタです。どのようなご用件でしょうか」マリアと名乗った女性は顔を上げ、ルカとエレナリアを見た。
「怪我人の治療を。それと素材の納品と、登録手続きをお願いしたいです」エレナリアが討伐証明の入った袋をカウンターに置いた。
「治療が優先ですね。常駐の治療師はこちらです」マリアはルカの肩と足を交互にゆっくりと見た。
目を細め、当たり前のことのように奥への扉を指した。
それだけだった。それが、ルカには少し楽だった。
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ギルドの奥の小部屋で、治療師の老人がルカの肩と足首を見た。
「痛いですか?」老人は傷口を押さえた、足や肩を回し、何かを確認していた。
「痛いです……少しだけど……」ルカは眉をひそめた。
——ちょっと……そんなにぐりぐり回さないでよ……
「……傷は深そうですが、幸い骨は折れていないようですね」老人はルカの傷に手をかざした。
淡い緑色の光がルカの肩を包んだ。光が霧散していった。
「……」老人は手を見つめていた。
「あの……どうかしましたか?」ルカは老人の様子を眺めていた。
「……魔法の効き目が悪いですね」老人は再度、手をかざした。
淡い光がまた霧散した。
「全く効果がないわけではないが、浸透するのに時間がかかっている。体質かもしれませんが、薬草膏と包帯も使って対処しましょう」老人は立ち上がると戸棚から瓶を取り出した。
ルカの肩口に薬草膏を丁寧に塗り、布でしっかりと固定した。
「若い冒険者は、最初の怪我を舐める傾向があります。治療後は傷が開きやすいから無理をしないように」老人はルカの足に薬を塗りながら、顔を見上げるように見た。
「わかりました……」ルカは目を背けた。
「痛み止めは飲みますか?」老人はルカに粉が入った瓶を見せた。
「いらないです」ルカは首を横に振った。
——これ以上何かをしてもらうのは申し訳ないな……
老人は少し間を置いてから、「そうですか」と告げ、瓶を棚にしまった。
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治療が終わってルカが受付に戻った。
エレナリアがすでにカウンターに素材を並べていた。ロックウルフの毛皮が三枚と、グランロックウルフの爪と牙が入った小袋。そして討伐のあかしとして尾を四本。昨夜エレナリアが素早く処理したものだった。
「ロックウルフとグランロックウルフの素材と討伐証明です」エレナリアはギルドカードをマリアに渡した。
マリアがカードを魔道具の前に置いた。
「……登録が失効していますね。最後の更新からかなり経っていますが……」マリアが眉をひそめた。
「ええ。しばらく冒険者活動を休んでいたので」エレナリアは表情を変えなかった。
「Fランクとしての再登録の手続きが必要になります。ステータスの確認をお願いします」マリアが事務的に告げ、魔道具からエレナリアの方に向き直った。
エレナリアがギルドカードに魔力を通した。魔道具に数値が並んだ。
―― エレナリア LV:40 ランク:C(失効)
STR:F DEF:D SPD:D VIT:D MND:B MAG:A DEX:B LUK:C HP:D MP:C
スキル:【中級水術 LV6】【中級風術 LV5】【氷縛 LV4】【嵐の足枷 LV3】
【魔封の霧 LV2】【魔法解析 LV4】【魔力付与 LV3】【看破 LV2】
【水癒 LV2】【清風 LV1】
マリアが目を細めた。
「再登録の場合は再度、Fランクからの再スタートということですね」エレナリアが魔道具の画面を眺めていた。
「そうです。Fランクからの昇格条件は変わりません」マリアは魔道具を操作し、何かを記録していた。
マリアが処理を進めながら、横目でルカを見た。
「こちらの女性の登録も、一緒に進めますか」
「はい」とエレナリアがルカに視線を向けた。
「ルカ」
「……はい」ルカはカウンターに近づいた。
マリアが手順を一つ一つ説明し、小さなカードを差し出した。受け取った。木製の薄い板に、文字が刻まれていた。
ルカ・クレイン ランク:F 登録地:ポルティア
ルカが魔力をギルドカードに通した。魔道具が輝き、数値が並んだ。
マリアが画面を見た。一瞬だけ、本当に一瞬だけ指が止まった。
「……確認できました。ステータスをお知らせします」
―― ルカ・クレイン LV:11 ランク:F
STR:C DEF:E SPD:B VIT:C MND:C MAG:F DEX:B
LUK:C HP:D MP:F
スキル:【初級体術 LV9】【疾風怒濤 LV2】【クイックネス LV1】
【ひねくれ者 LV8】
――
「LV11でこの数値は、高いですね。登録時に11というのも驚きです」とマリアは魔道具に表示される数値を指でなぞっていた。
マリアはテーブルの上を見つめていた。
——ロックウルフはD級、グランロックウルフはC級。それを倒したのであれば当然……
「彼女がグランロックウルフを倒したというのですか」マリアがエレナリアに視線を向けた。
「そうです。協力して倒しました」エレナリアは頬を緩ませた。
マリアがエレナリアのギルドカードの表示を改めて見た。
——MAGがAランク。魔法使いとして相当の実力がある。その上でグランロックウルフとの戦闘にこのLV11の少女が加わり、討伐を果たした。なるほど……
「スキルの確認に進みます」
マリアが読み上げを進めようとした瞬間、ルカが口を開いた。
「……下がっています」
「何がですか?」マリアが手を止めた。
「ひねくれ者のLVが下がっています。昨日は9だったはずです」ルカは目を震わせた。
「ひねくれ者……該当スキルの記録がありませんね」マリアが魔道具を操作して首を少し傾けた。
「……スキルのレベルが下がる、というのは」マリアが魔道具を見ていた。
「私もそのようなスキルは聞いたことがありません」とエレナリアが重ねた。
「……承知しました。未分類の特殊スキルとして処理します。詳細表示を確認してください」マリアが魔道具に記録を残した。
ルカはギルドカードのスキル項目の追加表示に目を向けた。
―― ひねくれ者 LV8 種別:常時発動パッシブ
■ デバフ効果
①<<素直になれない>>
他者からの攻撃・速度・精度強化バフの効果量を80%減衰
②<<斜に構える>>
他者からの回復・防御強化バフの効果量を40%減衰
■ バフ効果
①<<追い詰められた強さ>>
HP22%以下の状態でSTR・SPD 1.82倍
②<<意地>>
LUK×38%の確率でHPが0になる攻撃を1で踏みとどまる
③<<独立心>>
単独行動時の全ステータス+13%
――
ルカはしばらく画面を眺めた。
「……当たってるのが一番腹が立ちます」
マリアが少し間を置いた。「記録として残しておきます」と言って処理に戻った。
エレナリアはルカの横でギルドカードを見ていた。何も言わなかった。
ルカはもう一度スキルの表示を見た。
——LV8。昨日はLV9だったよね。一段階下がってる……理由には心当たりがある。昨日の夜、エレナリアに「逃げてきた」と話をした。翌朝、昨日より少しだけ距離が近い気がした……話をできた、距離が近づいたことが関係するのかな……
エレナリアは一度ルカを見た。
「……」何かを言おうとしてやめ、再度ギルドカードに視線を向けていた。
——スキルレベルが下がった。そんなスキルは聞いたことがない……この子は一体? 彼女の何らかの経験がスキルレベルに影響している。行動? 言葉? 今はわからない。特別なスキルだから、意味があるのかもしれない。
————————
マリアが顔を上げた。「ルカ・クレインさん、登録完了です。ランクはFからのスタートになります。あわせて……先ほどの素材納品とロックウルフ・グランロックウルフの討伐実績を確認しましたが、このクエスト達成実績により……Eランク昇格試験の受験条件を満たしています。本日、試験官が在籍していますので、希望されれば受験できます」マリアはギルドカードをルカに差し出した。
「昇格すると何かいいことはありますか」ルカはギルドカードを受け取った。
「昇格すれば受けられる依頼の幅が増え、得られる情報も増えます」マリアは書類を片付けていた。
「そうなんですか」ルカは少しだけ顔を上げ、天井を見つめていた。
——情報が増える。あいつを探す手がかりか。
ルカは少し間をおいた。
「受けます」
マリアが少し間を置いてから「承知しました」と答えた。「なお、エレナリアさんはすでに昇格試験は一度受けていますのでこちらは省略されます。Eランク昇格おめでとうございます」
「わかりました」とエレナリアは小さくうなずいた。
「試験官はBランク冒険者のルート・ハーヴさんです。準備ができましたら……」マリアが書類に目を落としていた。
「今すぐ受けます」ルカは、前のめりだった。
――――――――――
試験会場はギルドの裏手、港に面した倉庫を改装したスペースだった。天井が高く、床は木張り。港に面した壁だけが大きく開いており、海風が吹き込んでいた。
ルカが会場に入ると一人の男が立っていた。
「ルカ・クレイン、だな」と男はルカの方を見た。
試験官のルート・ハーヴは、ルカより頭一つ分背が高く、漁村の出身らしい鍛えられた体をしていた。二メートル以上ある長槍を軽々と持っており、穂先が幅広の葉状になっていた。日焼けした顔に、穏やかな目元をしていた。
「ええ……あなたが、ルート・ハーヴさん?」ルカは槍の先を見つめていた。
——長い……路地裏でも鉄パイプや角材、武器を持った相手と戦ったことはあるけど……同じか……?
「ああ、Bランクのルート・ハーヴだ。よろしくな」ルートは手を差し出した。
ルカは無言で握り返した。
「三分間、俺の攻撃を受け続けるか距離を詰めて一本取れれば合格だ。死なない程度にやる」
ルートはルカの肩についた血の跡を見た。
「なあ……始める前に聞くが……お前、怪我してるのか」ルートは眉をひそめた。
「してます」ルカは肩を手で払った。
「……正直だな」ルートは目を細めた。左足を見ていた。
「隠してもどうせ戦い方で分かると思うので……」ルカはその場で軽く跳ねた。ルートを見た。
「ははっ……いいね」ルートは口角を上げた。
「だが、無理はするな。試験中無理だと判断したら試験は中止するぜ」ルートは槍をルカに向けた。
「かまわないです」ルカは腰を落として、体を左右にひねった。
短い沈黙があった。
「……じゃあ、始めるぜ?」ルートが槍を振るった。
ルカが地面を蹴った。
最初の一歩を踏み出そうとした瞬間にルカの目の前に穂先が前に出た。
ルカは慌てて後ろに飛んだ。
距離を作られた。
二歩目も同じだった。
前に出るたびに槍が正確な角度で向きを変え、ルカを射程に収め続けた。
体術は近接。でも、近付かせてもらえない。
「……くっ……」ルカは額に汗を浮かべた。
——流石にこのリーチの差は、角材やバットにはなかった……
ルカは一歩距離を取った。息を吸った。ルートの全身を目でとらえた。
——速度はあたしに分がある。槍の動きは直線的……よしっ!
ルカは足の踏み込み方を変えた。
半歩だけ外側に踏み込んだ。
槍の軌道から外れながら前に出た。
穂先がルカの脇をかすめた。
ルカの手が槍の柄をはじいた。
「ちぃ……ッ」
ルート・ハーヴの手から槍の柄が少しだけ流れた。
その一瞬を見逃さずにルカが踏み込んだ。
踏み込んだ瞬間、ルカも想定外の速度だった。
体の内側から加速を引き出した。
一発目。
ルートのわき腹にルカの手刀が入った……
……かに見えた。
ルートは槍の持ち手で受けていた。
ルートが反射的に槍を引き寄せ、距離を作り直した。
「……早いな」ルートはルカを見た。口がほころんでいた。
「だがな! 今のは一本には浅いな!」ルートは再び槍をルカに向けた。
ルカは再び駆けた。
ルカが距離を詰めるたびにルートがそれに槍で応じた。
——いける。これなら避けられる……槍をかいくぐって……もう一発!
ルカは背を低くして、槍をくぐった。
ルート・ハーヴが槍を縦に薙いだ。
ルカは踏み込みを止めた。
一歩だけ後ろに引いて様子をみた。
——距離を取ろうっていうの? そうはいかない……
ルートがルカに向かい突きを放った。
一……二……三連突き。
ルカはルートの腕の動き、足の重心を見つめていた。
体全体を捉え、攻撃のリズムを読んだ。
ルートの三撃目をかわした。
ルートが手を引く瞬間。
ルカはそこに飛び込んだ。
ルカはわざと左腕を槍に当てながら踏み込んだ。
ルカはルートに密着した。
右わき腹に体を入れた。槍が使えない距離まで踏み込んだ。
ルカが拳に力を入れた。拳だけだった。
「かかったな!」
ルートが、槍の石突きでルカに振り上げた。
ルカはそれを見た。
紙一重で体を沈めた。石突きがルカの頭上で空を切った。
「……っ! 今のをよけるかよ」ルートは唇を噛んでいた。
槍の持ち方を変え、石突をルカに向かって振り下ろした。
ルカは止まらなかった。腰を落とした。拳は既に握りこんでいた。
真っすぐにみぞおちを突いた。
顎を打ち上げ、こめかみに鉤突き、人中に掌底……
——早い……腕が軽い……?
人体急所を容赦なく狙った。
「ぐっ……」ルートはたたらを踏んだ。
ルカは深く、腰を落とし、大きく、真っすぐ振りかぶった。
振りかぶった全力の一撃をルートに向かって放った……
顔面を捉えていた……
だが、止めた。
寸止め。
拳がルートの顔面の皮膚に触れる直前、ルカは止めた。完全に止めた。
肩がじくりと痛んだ。傷が開いていた。それでも手は止めたままだった。
静止した。
しばらくの沈黙があった。
「……俺の負けだ、完敗だ。手加減されたら……な……」ルートが槍を肩に担いでいた。体は横に揺れていた。
ルカは答えなかった。拳を見つめていた。
——路上では振りぬいていた拳を止めることができた。道場でやっていたように……
ルカは顔を上げるとルートに大きく一礼をした。
——これでEランク……やった!
————————
ルカは受付に戻った。
「試験通過、確認しました」マリアが受付で魔道具を操作していた。
「ルカ・クレインさん、Eランク昇格です。おめでとうございます」語気はいつも通り実務的だった。
「ありがとうございます」ルカは頭を下げた。
「あわせて、Eランク昇格後の情報をお伝えします。Eランクからは中級モンスターの討伐クエストが受けられます。Dランク昇格試験はペア以上での受験が必要です」
「……ペア以上が必須」
「はい。一人では受験できません。同ランク以上の冒険者とペアを組んだ上で試験を受けていただく形になります」
エレナリアがルカの横に立っていた。特に何も言わなかった。
マリアが続けた。「なお、Cランクに到達すると他エリアのギルド支部のデータベースへのアクセス権限が付与されます。名前での照会が可能になります」
ルカが顔を上げた。
「Cランクになると、他の街の登録情報が見られますか」
「はい。Cランク以上の冒険者であれば、大陸内の支部間のデータ共有にアクセスできます」
ルカは少しの間、カウンターを見ていた。それから顔を上げマリアを見つめた。
「……Cランクまで、どれくらいかかりますか」
「実績次第ですが、順調でも数ヶ月から半年です。Dランク昇格にはDランク冒険者ペアでの試験、Cランク昇格には四人パーティーでの試験が必要になります。その際ですがCランクの方が二人以上参加する必要もあります。昇格条件が段階的に難しくなる構造です」
「四人パーティーでCランク冒険者が二人も必要なんですか」ルカは目を見開いた。
「はい。Cランク昇格試験の、必須条件になっています」マリアは書類を前に差し出した。
「分かりました」ルカは書類に目を落とし、一度だけ頷いた。
「ご登録と昇格試験、お疲れさまでした。以上で本日のご用件はよろしいでしょうか」マリアがルカとエレナリアを交互に見た。
「はい。ありがとうございました」ルカは会釈をして、ギルドを後にした。
————————
ギルドを出ると、夕焼けの赤い日差しが港町全体に広がっていた。桟橋に繋がれた船が揺れている。遠くで漁師が声を出し合っているのが聞こえた。
ルカは少し足を止めた。
——ケガはまだ痛むけど……Eランクになった。Cランクまであと二つ。あいつを探したいのかはまだよくわからない。でも、たぶん名前を変えていないあいつがどこにいるかは知っておきたい。
「ルカ。お疲れさまでした」エレナリアが横に並んだ。
「別に……」ルカは少しだけ早足になった。
「いい立ち回りでした」エレナリアは頬を緩めた。
「見てたんですか」ルカは視線を桟橋の方に向けたまま答えた。
「倉庫の外から少しだけ」エレナリアは人差し指と親指の間を少しだけ離して見せた。
「そうですか……」ルカは前を向いて歩き続けた。
「拳を止めていましたね……」エレナリアも前を見ていた。
少し間があった。
「……稽古の時は寸止めが当たり前でした」ルカは足元を見た。
「ただ……止められなくなった時期もあった。家を出たとき……周りをみんな敵だと思ってた……寸止めなんかしてたらひどい目にあう……だからいつも振りぬいてた……」ルカは拳を握った。
——やらなきゃやられる……そういう生活だった……
エレナリアは何も言わなかった。ただ前を見て一緒に歩いた。
「なんか……止めることが怖くなくなった気がします。今だけかもしれないけど」ルカの声が震えていた。
「そうですか」エレナリアはルカの方を見た。
「積み重なっていきますよ」
二人は海の近く、波止場まで来ていた。
ルカは波の音を聞いた。しばらく黙っていた。
「エレナリアさん……」ルカはエレナリアの方を見た。
「はい」
「ひねくれ者というスキルが、LV8になっていました……」
ルカが少し間を置いた。
「……なんで下がったんですかね」
「私には分かりません」エレナリアは横に首を振った。
「ただ……あなたが何かを変えたことが……変わったと感じたことが形になったのだと思っています」エレナリアは空を見上げた。
「あたしは何も変えてないです」ルカはエレナリアの方を見た。
「そうですか」エレナリアは空を見上げたままだった。
ルカも空を見上げた。赤い夕焼けがあたりを包み込み、波の音だけが耳の中を通り抜けた。
――あたしは何も変えていない。ただ、昨日の夜に少しだけ過去の話をした。朝、エレナリアとの距離が近づいた気がした。それだけ……それだけが……でも確かに、何かが違う……
ルカは目を瞑った。拳を握った。
「あたし……Cランクをめざします。探している人がいるので」ルカはエレナリアを見つめた。
「いいですね」エレナリアは眉を上げた。
「Dランク試験、エレナリアさんが一緒に受けてくれますか」ルカはエレナリアに一歩近づいた。
エレナリアは少し間を置いた。
「もちろんです」
「……四人パーティー、どこかで作らないといけないですね」
「その時が来たら、考えましょう」
ルカはもう一度、水平線の方を見た。風が吹き抜けた。
悪くなかった。
========== 【作者より】
読んでいただきありがとうございます。
「ひねくれ者」というスキルについて詳細を書きながら、ルカ自身が欠点だと思っていたものが実は自分の心を守るためには必要だったんだろうなと考えていました。 皆さんにも、自分の「ひねくれた部分」や「素直になれない部分」が助けになったことはありますか。
毎日18時10分更新です。
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