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第11話「ルカ(結華):ひねくれ者——スキルという名の傷跡」

 潮の香りと、漁の後の生臭さが混じった風が、細い路地を抜けてルカの頬を叩いた。悪くはなかった。  遠くに波の音が聞こえた。空は広く、雲の形がここに来るまでの森の上空とはまるで違った。水平線に向かって、どこまでも開けている。


 ――港町、か。


 この世界に来てから、山の中や森の中にいた。こんなに開けた場所は、初めてだった。それだけで少し、息の仕方が変わる気がした。


 ルカは右肩に軽く手を当てた。


 歩けないほどではない。エレナリアの回復魔法で塞がれてはいるが、傷の深さが残っていた。噛まれた箇所が服の下でじくじくと主張している。足首の方も、踏み込むたびに鈍い痛みが走った。昨夜の戦闘の疲労も相まって、体全体が少し重かった。


「ルカ」


 隣を歩くエレナリアが声をかけた。前を向いたままだった。


「肩、まだ痛みますか」


「大丈……」


「ダメです。治療を受けてください」


 ルカは反論を一度引っ込めた。負けとは思わない、ただ反論の言葉が出なかっただけだと心の中で弁明してから、「……分かりました」と短く答えた。


 ――――――――――


 この港町はポルティアというようだ。ギルドは天井が低く横に広かった。建物の奥に窓があり、その向こうに桟橋と海が見えた。昼前の時間帯で、受付のカウンターには数人の冒険者が手続きをしていた。


 受付には日焼けした肌、黒髪を実用的にまとめた姿、港町で生まれ育った人間の飾らない顔をした女性が立っていた。両耳には三日月の形をしたイヤリングが揺れていた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」


「怪我人の治療を。それと素材の納品と、登録手続きをお願いしたいです」とエレナリアが答えた。


「治療が優先ですね。常駐の治療師はこちらです」


 マリア・コスタという名の受付嬢は視線をルカの肩にちらりと向け、当たり前のことのように奥への扉を指した。それだけだった。それが、ルカには少し楽だった。


 ――――――――――


 ギルドの奥の小部屋で、治療師の老人がルカの肩と足首を見た。骨に異常はない。肩の傷の深さは中程度。エレナリアの回復魔法で応急手当にはなっていたが、老人が傷口に回復魔法をかけると、なかなか傷が閉じなかった。怪訝な顔をして、もう一度かけた。じわりとは塞がっていくが、思っていたより反応が鈍い。


「……魔法の効き目が悪いですね」と老人は静かに言った。「弾かれるとまでは言えないが、浸透するのに時間がかかっている。体質かもしれませんが、薬草膏と包帯も使って対処しましょう」


 薬草膏を丁寧に塗り、布でしっかりと固定する作業が進んだ。


「若い冒険者は、最初の怪我を舐める傾向があります。治療後は傷が開きやすいから無理をしないように」


「はい」


「痛み止めは飲みますか」


「いりません」


 老人は少し間を置いてから、「そうですか」とだけ言った。


 ――――――――――


 治療が終わってルカが受付に戻ると、エレナリアがすでにカウンターに素材を並べていた。ロックウルフの毛皮が三枚と、グランロックウルフの爪と牙が入った小袋。そして討伐のあかしとして尾を四本。昨夜エレナリアが素早く処理したものだった。


「ロックウルフとグランロックウルフの素材と討伐証跡です」とエレナリアがマリアに告げ、ギルドカードを渡した。


 マリアがカードを端末に通した。一瞬、端末の画面に何かが表示され、マリアが小さく眉を動かした。


「……登録が失効していますね。最後の更新からかなり経っていますが」


「ええ。しばらく冒険者活動を休んでいたので」


「Fランクとしての再登録の手続きが必要になります。ステータスの確認をお願いします」マリアが事務的にエレナリアに告げた。


 エレナリアが魔力を通した。端末に数値が並んだ。


 ―― エレナリア LV:40 ランク:C(失効)


 STR:F DEF:D SPD:D VIT:D MND:B) MAG:A DEX:B LUK:C HP:D MP:C


 スキル:【中級水術 LV6】【中級風術 LV5】【氷縛 LV4】【嵐の足枷 LV3】

     【魔封の霧 LV2】【魔法解析 LV4】【魔力付与 LV3】【看破 LV2】

     【水癒 LV2】【清風 LV1】


 マリアが再び眉をわずかに動かした。今度は隠さなかった。


「……LV40。Cランク相当のステータスですが……再登録の場合は再度、Fランクからの再スタートということですね」


「そうです。Fランクからの昇格条件は変わりません」


 マリアが処理を進めながら、横目でルカを見た。「こちらの女性の登録も、一緒に進めますか」


「はい」とエレナリアが答えた。ルカに視線を向ける。


「ルカ」


「……はい」ルカはカウンターに近づいた。


 マリアが手順を一つ一つ説明し、小さなカードを差し出した。受け取った。木製の薄い板に、文字が刻まれている。


 ルカ・クレイン ランク:F 登録地:ポルティア


 ルカが魔力をギルドカードに通した。端末が静かに処理を進め、数値が並んだ。


 マリアが画面を見た。一瞬だけ、本当に一瞬だけ指が止まった。


「……確認できました。ステータスをお知らせします」


 ―― ルカ・クレイン LV:11 ランク:F


 STR:C DEF:E SPD:B VIT:C MND:C MAG:F DEX:B 

 LUK:C  HP:D MP:F


 スキル:【初級体術 LV9】【疾風怒濤 LV2】【クイックネス LV1】

     【ひねくれ者 LV8】

  ――


「LV11でこの数値は、高いですね。登録時に11というのも驚きです」とマリアは言った。


 マリアは素材の種別を改めて確認した。ロックウルフはD級、グランロックウルフはC級。それを倒したので当然か……と内心で思案した。


「彼女がグランロックウルフを倒したというのですか」マリアがエレナリアに視線を向けた。


「そうです。協力して倒しました」


 マリアがエレナリアのLV40のステータスを改めて見た。


――MAGがAランク。魔法使いとして相当の実力がある。その上でグランロックウルフとの戦闘にこのLV11の少女が加わり、討伐を果たした。


「スキルの確認に進みます」


 マリアが読み上げを進めようとした瞬間、ルカが口を開いた。


「……下がっています」


「何がですか?」


「ひねくれ者のLVが下がっています。昨日は9だったはずです」


 マリアが端末を操作して首を少し傾けた。「……該当スキルの記録がありませんね」


「……スキルのレベルが下がる、というのは」マリアが少し目を細めて端末を見ていた。


「私もそのようなスキルは聞いたことがありません」とエレナリアが重ねた。


「……承知しました。未分類の特殊スキルとして処理します。詳細表示を確認してください」


 ルカはギルドカードのスキル項目の追加表示に目を向けた。


 ―― ひねくれ者 LV8 種別:常時発動パッシブ


 ■ デバフ効果


 ①<<素直になれない>>

 他者からの攻撃・速度・精度強化バフの効果量を80%減衰


 ②<<斜に構える>>

 他者からの回復・防御強化バフの効果量を40%減衰


 ■ バフ効果

 ①<<追い詰められた強さ>>

 HP22%以下の状態でSTR・SPD 1.82倍


 ②<<意地>>

 LUK×38%の確率でHPが0になる攻撃を1で踏みとどまる


 ③<<独立心>>

 単独行動時の全ステータス+13%

 ――


 ルカはしばらく画面を眺めた。


「……当たってるのが一番腹が立ちます」


 マリアが少し間を置いた。「記録として残しておきます」と言って処理に戻った。


 エレナリアはルカの横でギルドカードを見ていた。何も言わなかった。


 ルカはもう一度スキルの表示を見た。LV8。昨日はLV9だった。一段階下がっていた。理由には心当たりがあった。昨日の夜、エレナリアに「逃げてきた」と話した。翌朝、昨日より少しだけ距離が近くなった。そのどちらか、あるいは両方が関係しているのだと思った。


 エレナリアが何を言うか少し待ったが、何も言わなかった。ただギルドカードに視線を向けていた。


 スキルレベルが下がった。そんなスキルは聞いたことがない、とエレナリアは内心で思った。 

 ――彼女の何らかの経験がスキルレベルに影響している。行動?言葉?今はわからない。特別なスキルだから、意味があるのかもしれない。


 ――――――――――


 マリアが顔を上げた。「ルカ・クレインさん、登録完了です。ランクはFからのスタートになります。あわせて……先ほどの素材納品とロックウルフ・グランロックウルフの討伐実績を確認しましたが、このクエスト達成実績により……Eランク昇格試験の受験条件を満たしています。本日、試験官が在籍していますので、希望されれば受験できます」


「昇格すると何かいいことはありますか」


「昇格すれば受けられ依頼の幅が増え、得られる情報も増えます」


 ——情報が増える。あいつを探す手がかりか。


 ルカは少し間をおいた。


「受けます」


 マリアが少し間を置いてから「承知しました」と答えた。「なお、エレナリアさんはすでに昇格試験は一度受けていますのでこちらは省略されます。Eランク昇格おめでとうございます」


「わかりました」とエレナリアは短く返した。


「試験官はBランク冒険者のルート・ハーヴさんです。準備ができましたら……」


「今すぐ受けます」


 ――――――――――


 試験会場はギルドの裏手、港に面した倉庫を改装したスペースだった。天井が高く、床は木張り。港に面した壁だけが大きく開いており、海風が吹き込んでいた。


 試験官のルート・ハーヴは、ルカより頭一つ分背が高く、漁師の息子らしい鍛えられた体をしていた。二メートル以上ある長槍を軽々と持っており、穂先が幅広の葉状になっていた。日焼けした顔に、穏やかな目元をしていた。


「ルカ・クレイン、だな」と彼は言った。「Bランクのルート・ハーヴだ。三分間、俺の攻撃を受け続けるか距離を詰めて一本取れれば合格だ。死なない程度にやる。始める前に聞くが……怪我してるか」


「してます」


「……正直だな」


「隠しても戦い方で分かるので」


 ルート・ハーヴが苦笑した。「なら無理はするな。試験中無理だと判断したら試験は中止する」


「退きません」


 短い沈黙があった。ルート・ハーヴがルカを見直したのか、少し表情が変わった気がした。


「……では始める」


 槍のリーチは、思っていた以上だった。


 ルカが最初の一歩を踏み出した瞬間に穂先が前に出て、距離を作られた。二歩目も同じだった。前に出るたびに槍が正確な角度で向きを変え、ルカを射程に収め続けた。


 体術は近接。でも、近付かせてもらえない。


 リーチの差が、これほど明確に機能するとは思っていなかった。路地裏では相手も素手か短い刃物、あとは中距離、バールのようなものばかりだった。こんなに長い武器と向き合うのは初めてだった。


 ルカは一歩引いた。考えた。


 槍を受け流すには、槍が出てくる瞬間に横にずれる必要がある。そのためには——速度が要る。それを持っているのは知っていた。


 クイックネス。疾風怒濤。


 ルカは足の踏み込み方を変えた。半歩だけ外側に踏み込み、槍の軌道から外れながら前に出た。穂先がルカの脇をかすめた。ルカの手が槍の柄をはじいた。


「……ッ」


 ルート・ハーヴの手から槍の柄が少しだけ流れた。その一瞬を見逃さずにルカが踏み込んだ。クイックネスの発動が体の内側から加速を引き出した。


 一発目。


 わき腹に手刀が入った。それほど深くはなかったが、手応えはあった。ルート・ハーヴが反射的に槍を引き寄せ、距離を作り直した。


「……早い」


 驚きが声に出ていた。本音だと思った。


「だが、今のは一本には浅いな!」と槍をふるう。


 ルカは止まらなかった。距離を詰めるたびに槍が対応してくる。懐に入り込んだ後の一瞬だけが勝機だった。その一瞬を繰り返し作り出すことが、今できる唯一のことだった。


 疾風怒濤の連撃補正が乗った。一撃目より二撃目が少し重く、二撃目より三撃目が少し重い。速さが変わらず重さが積み重なっていく感覚を体が知っていた。


 ルート・ハーヴが槍を薙いだ。


 距離を取り直す動作だと分かった。ルカは読んでいた。踏み込みを止め、一歩だけ後ろに引いて様子をみた。


 連続で突きが来た。一、二、三連突き。


 リズムを読んだ。


 三撃目の後に一瞬、体が前に流れる。


 ルカはそこに飛び込んだ。わざと左腕に当てながら踏み込み、ルート・ハーヴの右わき腹に体を入れた。槍を持つ手が使えない距離だった。


「かかったな!」


 その瞬間、ルート・ハーヴのカウンターが繰り出される。槍の石突きを使った横の払いだった。速かった。流石はBランクだった。


 ルカはそれを見た。見た上で、判断した。


 紙一重で体を沈めた。石突きがルカの頭上で空を切った。


「……っ! 今のをよけるかよ」


 ルカは止まらなかった。体がわき腹の至近距離にあった。拳を引いた。連撃が始まる。みぞおち、顎、こめかみ、人中……人体急所を容赦なく狙い。最後に振りかぶる。


 振りかぶった全力の一撃を……止めた。


 寸止め。


 拳がルート・ハーヴの顔面の皮膚に触れる直前、ルカは止めた。完全に止めた。


 肩がじくりと痛んだ。傷が開いていた。それでも手は止めたままだった。


 静止した。


 しばらくの沈黙があった。


「……俺の負けだ、完敗だ。倒し切れるのに手加減された」とルート・ハーヴが言った。槍を肩に担いでいた。


 ルカは答えなかった。路上では振りぬいていた拳を止めることができた。道場でやっていたように。


 ――――――――――


 受付に戻ると、マリアが端末の前に立っていた。


「試験通過、確認しました」とマリアが言った。語気はいつも通り実務的だった。「ルカ・クレインさん、Eランク昇格です」


「ありがとうございます」


「あわせて、Eランク昇格後の情報をお伝えします。Eランクからは中級モンスターの討伐クエストが受けられます。Dランク昇格試験はペア以上での受験が必要です」


「……ペア以上が必須」


「はい。一人では受験できません。同ランク以上の冒険者とペアを組んだ上で試験を受けていただく形になります」


 エレナリアがルカの横に立っていた。特に何も言わなかった。


 マリアが続けた。「なお、Cランクに到達すると他エリアのギルド支部のデータベースへのアクセス権限が付与されます。名前での照会が可能になります」


 ルカが顔を上げた。


「Cランクになると、他の街の登録情報が見られますか」


「はい。Cランク以上の冒険者であれば、大陸内の支部間のデータ共有にアクセスできます」


 ルカは少しの間、カウンターを見ていた。それからマリアに向き直った。


「……Cランクまで、どれくらいかかりますか」


「実績次第ですが、順調でも数ヶ月から半年です。Dランク昇格にはDランク冒険者ペアでの試験、Cランク昇格には四人パーティーでの試験が必要になります。その際ですがCランクの方が二人以上参加する必要もあります。昇格条件が段階的に難しくなる構造です」


「四人パーティーでCランク冒険者が二人も必要なんですか」


「はい。Cランク昇格試験の、必須条件になっています」


 ルカは一度だけ頷いた。「分かりました」


 マリアが処理を締めた。「ご登録と昇格試験、お疲れさまでした。以上で本日のご用件はよろしいでしょうか」


「はい。ありがとうございました」


 ――――――――――


 ギルドを出ると、午後の日差しが港町全体に広がっていた。桟橋に繋がれた船が揺れている。遠くで漁師が声を出し合っているのが聞こえた。


 ルカは少し足を止めた。


 右肩がまだ痛んだ。足首も同じだった。Eランクになった。Cランクまであと二つ。


 ——あいつを探したいのかはまだよくわからない。でも、たぶん名前を変えていないあいつがどこにいるかは知っておきたい。


「ルカ」


 エレナリアが横に並んだ。


「お疲れさまでした」


「別に」


「よい試験でした」


 ルカは視線を桟橋の方に向けたまま答えた。「見てたんですか」


「倉庫の外から少しだけ」


「……寸止めしたの、見ましたか」


「見ました」


 少し間があった。


「……道場は寸止めが当たり前でした」とルカは言った。「止められなくなった時期もあった。でも今日は止められた」


 エレナリアは何も聞かなかった。


「なんか……止めることが怖くなくなった気がします。今だけかもしれないけど」


「今だけで十分です」とエレナリアが言った。「積み重なっていきます」


 ルカは波の音を聞いた。しばらく黙っていた。


「エレナリアさん」


「はい」


「ひねくれ者、LV8になってた」


 ルカが少し間を置いた。「……なんで下がったんですかね」


「私には分かりません」とエレナリアは答えた。「ただ……あなたが変えたことが……変わったことが形になったのだと思っています」


「あたしは何も変えてないです」


「そうですか」


 ルカは答えなかった。波の音だけがあった。


 ――あたしは何も変えていない。ただ、昨日の夜に少しだけ話した。翌朝、半歩近かった。それだけだ。それだけが……でも確かに、何かが違う。


「……Cランクをめざします。探している人がいるので」とルカは言った。


「はい」


「Dランク試験、エレナリアさんが一緒に受けてくれますか」


 エレナリアは少し間を置いた。


「もちろんです」


「……四人パーティー、どこかで作らないといけないですね」


「その時が来たら、考えましょう」


 ルカはもう一度、水平線の方を見た。風が吹き抜けた。


 悪くなかった


 ========== 【作者より】


 読んでいただきありがとうございます。


「ひねくれ者」というスキルについて詳細を書きながら、ルカ自身が欠点だと思っていたものが実は自分の心を守るためには必要だったんだろうなと考えていました。 皆さんにも、自分の「ひねくれた部分」や「素直になれない部分」が助けになったことはありますか。


毎日18時10分更新です。

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