番外編 フォンの暗い過去
フォンは、正義感の強い父とそれを補佐する母に育てられた。
弱い立場の人たちを救うという父は、フォンには英雄のように見えた。
けれど、ときおり父は殴られて帰ってくることがあった。家に知らない人が押しかけ、脅されることもあった。
「お父様は負けないわ。私たちも、お父様を応援しましょうね」
母はそう言って気丈に微笑んだ。
子供にとっては、親の言うことが「絶対」だ。
フォンは疑いもせず、うなずいた。
ある夜のことだった。
家に、顔を布で隠した人たちが押し寄せた。
「あなたたちは……暴力はやめなさい!」
父が大声をあげた。
「この子は関係ないでしょう」
母はフォンを抱き込むようにして、守ろうとした。
悲鳴と暴力。
そのあとのことは、よく覚えていない。
気がついたら、粗末な小屋に寝かされていた。
そこにいた夫婦は、自分たち父の仲間で、フォンを助けてくれたのだと言う。
その言葉を信じていた。
だが、実は、彼らは襲撃犯の一味だった。
それを知らないまま世話になり、一緒に海を越え、別の国へと逃げた。
逃走資金は、その宗教団体から得ていたのかもしれない。
思い出すと腹立たしい。
盗人猛々しいとは、このことだ。
フォンは、故郷である妖精族の国を訪れた。
護衛には、ライオン獣人と狼獣人の女性たちがついてくれている。
朝、身支度を調えると、どちらかとハグをする。
獣人の匂いがついていると、妖精族は顔をしかめる。
突然、妖精族に触られるのを防止するためだ。
事件の被害者が生きていたと新聞に載ってしまった。
興味本位の人に囲まれて、フォンは不快な日々を送っている。
「今日は、事件現場に行くんですよね」
ライオン獣人が確認する。
「そうなの。衛兵の人たちの調査に協力するのよ」
「妖精族ってしつこいし、失礼ですね」
狼獣人がズバリと言った。
衛兵たちと合流し、事件現場――フォンが生まれ育った家に行く。
家が近づけば、何か思い出すだろうか。
そんな期待は、あっさり打ち砕かれた。
「更地になっているのね」
フォンの口からは、力のない声が出た。
「火をつけられて、燃えてしまいましたから」
「証拠隠滅ですよ。卑怯な奴らだ」
衛兵は、苦々しげに言った。
「……これでは、何も思い出せないわ」
苦笑いするしかない。
何かに刺激を受けて、記憶が蘇ることを期待していた。
植え付けられた記憶と、実際の記憶がきれいに整理されるかもしれないと、思っていた。
だが、そんな奇跡は起きず、わからないものは、わからないままだ。
「そうですか……」
衛兵たちは肩を落とした。
衛兵たちと別れて、護衛の獣人と食事をすることにした。
「四、五歳の子どもが覚えていることなんて、そう多くないですよね」
狼獣人は、魚料理を口に入れた。
妖精族は魚料理を好み、肉料理がない店もある。肉食系の獣人には、少々辛い環境といえた。
――いや。
記憶はちらつくのだ。けれど、それが事実か、植え付けられた記憶か判別できない。
「あの人たちはどうなったのかしら」
フォンを連れ回した夫婦。彼らの言うことは信用できないが、どういうつもりだったのか気になっている。
「ああ、フォンさんを育てたという夫婦ですか。まだ逃げていて、捕まらないんです」
「逃げるというか……教団に匿われているのかもしれないわね」
ということは、何も解決していない。
あまりにも時間が経ちすぎた。
新しい証言が出てきても、それを証明する証拠を見つけるのは困難だろう。
失意のままホテルに戻った。
「会いたいとおっしゃる方々が、ロビーでお待ちです」
そう、フロントで言われた。
教団の被害者の会に参加してくれという勧誘だった。
護衛の獣人はフォンが抱きつかれないように立ち塞がってくれる。だが、その隙間を縫おうとするから、どうにもうっとうしい。
「申し訳ありませんが、参加できません」
「どうしてですか? お父上の敵討ちをしたいと思わないのですか?」
フォンにしてみれば、自分の家族を説得することも、尻拭いもできずに父を巻き込んだ人たちだ。
どうして、父はこの人たちを救おうとして、子供である自分を犠牲にしたのか。
フォンには、納得ができなかった。
その上、彼らの身勝手な主張を聞かされて、嫌悪感が募る。
当然のように、父の代理を求められるなんて――
どうして?
すべての不幸の始まりは、あなたたちが泣きついたからだ。
そのあと何年も膠着状態なのに、フォンが加わったところで何が変わるというのか。
冗談じゃないわ。
過去や氏素性など関係なく、今、フォンが感じているのは憤りだった。
私は冒険者だ。
父の正義感を、私は受け継いでいない。当然のように期待されても応えられない。
いや、応えたくない。
私が助けるのは武力がない人たちであって、この人たちではない。
私が闘うのはモンスターであって、人間ではない。
両親の墓参りをして、帰国しよう。
……あの祖母という人にも、会わなくていいだろう。
彼女は息子を溺愛し、その嫁が息子を唆していると怒っていた。
その嫁が生んだフォンに対して、愛憎の籠もった視線を送っていたことは、思い出した。




