番外編 久しぶりの山小屋
サァラの山小屋に着いた。
登るだけではなく降りの道もあり、道幅が狭く危険な場所もあった。
これは、サァラのお腹が大きくなる前に移動して正解だったとルナは思う。
サァラが鍵を開け、「どうぞ」と招き入れてくれた。
「あれ、意外とほこりっぽくないね」
「ああ……。オンたちと岩モグラ対策で、何か月か前に来ているからにゃ」
サァラの声が、少し沈んだ。
「……そっか、そうだったね」
そのとき、サァラは妊娠したのだ。
冒険者パーティー花猫風月が活動休止になったきっかけの一つだ。
「あのときは、フォンがいたら風魔法でほこりを吹き飛ばしてくれるのにって思ったんだ~」
「あはは。そんな便利に使えるか?」
「部屋の中の物が飛び散って、片付けの方が大変かもにゃ」
そんな軽口を叩いて、サァラを椅子に座らせた。
「さて、水を汲んでこよっか。水場ってどこ?」
一休みしてお茶を飲むのも、掃除をするにも、まずは水がないと話にならない。
「案内がてら、一緒に行くにゃ」
せっかく座らせたサァラが立ち上がる。
「水場に見知らぬ者がいたら、一悶着あるからにゃ~。会った人にルナを紹介していかないと」
そう言われてしまえば、従うほかない。
それぞれが一つずつ木の桶を持っていくことに決まった。
「あ。鳥の羽だ」
ルナが持ち上げた桶の中に、羽根が入っていた。
「ああ、鳥の獣人たちのかも」
数か月前に、サァラとオンは鳥の獣人たちに運ばれて、この場所まで来たのだ。
「早かったけど、もう空は飛びたくないにゃ」
「そう? あたしは飛んでみたかったな」
ルナはそのチャンスがないまま、クランを脱退してしまった。巨大なクランだから、鳥の獣人が何人もいたのだ。
サァラに案内された水場は、井戸になっていた。
井戸の上には木製の屋根があり、つるべはかなり長い。
そこへ猫獣人の男性が近づいてきた。
「お。サァラじゃないか。戻ってたんだ。岩モグラはうまく討伐できたか?」
幼なじみのような距離感。
なるほど。この男がサァラの相手か――とルナは察した。
「あれで子どもができたんですけど」
サァラは、普通の世間話のように言った。
え、そんなあっさり? 責めるでもなく?
ルナはサァラの様子に驚いた。
「おお、そうか……」
男は目を丸くしている。喜んでいる感じでもないが、困っている様子でもない。
「じゃあ、結婚するか?」
――軽い。軽すぎる。
「それは、いいにゃ」
サァラがきっぱりと断った。
え、そうなの? 責任、取らせないの? そのために山道を登ってきたんじゃないの?
ルナは混乱した。
「とりあえず、家で話したら?」
ルナはそう提案した。人族の感覚だと、井戸端でするような話ではないと思ったからだ。
その猫獣人の男性、リーブが水桶を二つとも持ってくれた。
ルナがお湯を沸かしている間、二人は座って話し始めた。
「あのとき、あたいたち変だったじゃない?」
「そうだな。発情期の周期じゃなかったのに衝動がすごくて、抑えが効かなかった……」
ルナは咳払いをした。
あまり赤裸々に話されてしまうと、聞いていていいのかわからない。
「あたいは、あのとき一緒にいた魔族に何かされたのかなって、疑ってて。王都に戻ってからも観察していたんだけど――」
サァラはテーブルの上に、身を乗り出した。
「おう。それで、どうだったよ?」
リーブも身を乗り出す。
「……何をされたか、わからなかった」
リーブはがっかりという様子になって、背もたれに寄りかかった。
「なんだよー、期待させて。人を操る魔法とか――そんなのだったら、ヤバいぞ? 次はどう対抗したらいいんだ」
「まあ、関わらないに限るにゃ。クランを辞めたから、接点もなくなったし」
オンの動きは、確かに怪しかった。
トーマに執着しているように感じた。
だから、あたしたちを排除しようとした……?
種族が違うと考え方も違うから、本当のところはわからないままだ。
思考に沈んでいるルナを置き去りに、サァラとリーブは話を進める。
「子育ては手伝ってよ」
「おう。わかった。梟のばあちゃんには、サァラがハラボテって言っとくよ」
「よろしくねん」
それだけ?
ルナは薬草茶を煮出しながら、聞いていることしかできなかった。
そして、リーブはお茶を淹れ終わる前に帰って行った。
「あ、ルナを紹介するの忘れてた。あたいもあいつも緊張してたのかも」
サァラがごめんと苦笑いした。
緊張しているようにはまったく見えなかったが、妊娠というデリケートな話題だ。
緊張して当たり前。普通の感覚を持っていたのか、と逆にほっとした。
「梟のばあちゃんって、トーマの診断書みたいなのを書いてくれた人?」
「そうそう。医者というか薬師というか、そんな感じで頼れる人。
獣人の薬が人族にも効くのか、トーマで実験してたにゃ」
「そっか。恩人だね」
サァラが、大怪我したトーマを保護した。
それが、冒険者パーティーが四人になる始まりだったのだ。
「でも、そんなだったら、あたしは怪我しないように気をつけないと」
ルナは、トーマが薬を飲んで気絶したという話を思い出した。
「ほんと、それにゃ」
サァラは屈託無く笑う。
「……結婚しないでいいの?」
ルナは、子どもを作ったのに結婚しない男性は無責任だと感じてしまう。
孤児院では、そういう境遇の子どもが多かった。だから、嫌悪感が強いのかもしれない。
「ん。言わないと動かない奴は、困ったときに頼るくらいがちょうどいいんにゃ」
サァラは、力強く言い切った。




