番外編 サァラの山小屋への旅
まだサァラのお腹は膨らんでいない。
けれど、体は確実に変わりつつあった。少し無理をするとお腹が痛くなるし、すぐ眠くなる。
「この先は冒険者ギルドの出張所がないんにゃ。お金を下ろさなきゃ」
舗装されていない土の道を並んで歩きながら、サァラがレンガ造の建物を指差した。
この当たりの豪農の家で、さまざまな代行業をしてくれるという。木造の家が多いので、建物だけでその財力がうかがえた。
「いくら下ろせばいい?」
ルナは、必要になったときにすぐ冒険者ギルドへ行ける場所で暮らしてきた。
まとめて下ろすのに適切な額がわからない。
「……ルナはいつ頃まで付き合ってくれるのかにゃ? それによるんだけど」
サァラは、ルナの顔を見た。身長差があるので、自然と上目遣いになる。
「サァラが子どもを産んだ後、動けるようになるまでは……と思ってる」
「そっか。ありがとにゃ。じゃあ、お腹が大きくなったら、ルナにお金を下ろしに来てもらっていい?」
「おう。任せときな」
ルナは胸を叩いた。
サァラはその様子を見て目を細め、安心したように微笑んだ。
そして、机の向こうに立っている男性に顔を向ける。
「おじさん。あたいはこれから子どもを産むんで、山に帰るんだ。
このルナが、あたいの代わりにお金を下ろしに来るから、よろしくにゃ」
そう言って、ルナの背中を押した。
「あ、よろしく……です」
「お、なんだ。サァラ。めでたい話か。旦那はどうした」
「え~、結婚はしてないんにゃあ」
こういうやり取りを、何度しなくてはいけないのだろう――と、ルナはため息を吐きたくなった。
肝心のサァラはあまり気にしていないようだ。
だが、孤児院出身のルナは「両親が揃っていない」ということに過敏に反応してしまう。
それから、ほんの少しだけ……サァラの相手がトーマでなくてよかったと思う自分がいた。
けれどトーマとの子だったら、トーマは旅に出ずに今頃かいがいしくサァラの面倒を見ていただろう。
そうしたら、自分はその手伝いをしながら、みんなで賑やかに出産を楽しみにしていたかもしれない。
フォンが昔の因縁を片付けて帰ってくるのを待ちながら……。
ルナはふとそんなことを考えてしまった。
わかっている。それはもう難しい――夢だ。
翌日。
すでに整備された道ではなくなり、人が往来して自然にできた道を歩いていた。
サァラの体調が良くないので、途中にある民家で寝かせてくれないか交渉することにした。
ちゃんとお金を払うと言ったのだが、あまり反応がよくない。
「なにかお困りごとはないかにゃ?」
サァラは血の気のない顔で、弱々しい笑顔を作る。
「あ~。イタチみたいなやつが鶏の卵を取っていく。それが、忌々しいっちゃ、忌々しいがな」
「ルナ、退治できる?」
サァラは口元を押さえながら、ルナに確認した。
「種類とか出てくる頻度によるかな。腰を据えて退治するより、サァラが動けるようになったら移動したいじゃん」
モンスターも動物も、待ち構えているときに現れるとは限らない。
「じゃあ……この家の人に、討伐のコツを教えたらどうかにゃ?」
「それならできるかも。というか、今までどうやって退治しようとしていたか、話を聞いてからね」
「なんか、随分、しっかりしてんなぁ」
民家の主は、感心したように言った。
「安請け合いしてできなかったら駄目でしょ」
トーマは商業ギルドにも所属していたせいか、安請け合いを嫌った。
「できる」と言い切ってできなかった場合、後で揉めることになる。
なんとか交渉がまとまり、サァラは子ども部屋に寝かせてもらえることになった。
結果、動物のイタチではなく、モンスターだった。
「マジックバッグがあれば、保存して冒険者ギルドに持って行けたのににゃ。多少無理してでも、買っておけば良かった」
サァラが横になったまま、残念がっている。
「あたしたちはBランクに上がったけど、まだ買えるほどお金は貯まってないもんな。
今回は報酬はもらえないけど、屋根を貸してもらえただけで良しとしよう」
欲張らずに、適度な落とし所を見つけることも大切だ。
「この先はもっと、お金より現物の交渉になるにゃ」
「そっか。わかった」
ルナは、自分は人が集まる街でしか暮らしたことがなかったことを痛感した。
サイドストーリーを始めました。(2026.7.29)
「エドガーの回顧録」
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