番外編 ルナとサァラの帰郷
「トーマたち、今頃どのあたりにいるんだろうね」
トゥルメル領のいつもの宿が目に入り、ルナとサァラは歩きながらそんな会話をした。
「いつもの宿」といっても、トーマが加入してからはご無沙汰になっていた。
彼が護衛対象だったため、警備のしっかりとしたホテルに泊まることが多かったのだ。
事情を知らない宿のおかみさんは、宿泊の手続きをしながら「ご無沙汰じゃないか」と、しかめっ面をした。もちろん、本気で気分を害しているわけではなく、拗ねたふりだろう。
「あれ、フォンちゃんは?」
そんなことを言われた。ルナもサァラも一瞬、言葉が出ない。
「あ……あ~、里帰り。海を渡っていく場所だから、しばらく戻ってこないよ」
ルナは、言葉を選びながら答えた。
嘘ではない。
ただ、長年の洗脳が解けて、別人のようになったフォンがこの街に戻ってくるかは、正直わからない。
自分たちが知っているフォンを、フォン自身に否定されているようで、向き合うのが辛かった。
そのため、ルナもサァラも、あまりフォンの話題を口にしなくなっている。
「あたしたちもちょっと休んだら、サァラの山小屋に行くから」
ルナは長期滞在ではないことを告げる。
「なんだい。寂しいねぇ。ま、ゆっくりしていきな」
おかみさんはいつもの笑顔で、二人部屋の鍵をくれた。
宿の部屋に落ち着くと、ルナがこんなことを言い出した。
「この宿の人は、トーマとはあんまり関わってないんだっけ」
宿の人がトーマのことに触れてこないので、意外に思ったのだ。
「そういえば、そうだにゃ」
トーマは正式に「花猫風月」に加入する前に、数回泊まっただけだった。
翌日、冒険者ギルドに顔を出したときは、「トーマが戻ってこないなんて」と大騒ぎになった。
ギルドマスターは特に、トーマを巡る騒動の後始末をすることが多かったので、複雑な顔をしていた。
面倒ごとを持ち込むと愚痴を言いながら、それなりに可愛がっていたのだろう。
「ギルドの通信とエリオット様の部下から少し聞いちゃいたけど……本当なんだな」
と、ため息を吐いた。
「で、花猫風月は解散じゃなくて、いいんだな?」
「……今のところは、ね」
ルナは歯切れ悪く答える。自分たちにも、この先どうなるかわからないのだ。
「まあ、二人が戻ってきてくれて、心強いよ。Bランクに昇級したんだってな。おめでとう」
ギルドマスターはしんみりした雰囲気を吹き飛ばすように、明るく祝ってくれた。
「ああ、助かります。頼りにしています」
ギルドマスターの補佐をしている職員が、そんなことを言う。
ルナは、「別にあんたのためじゃないけど」と言い返したくなったが、言葉を飲み込んだ。
「悪いんだけど、あたいはしばらく山小屋に籠もるよ?」
サァラは容赦なく、そう返した。
「ガーン!」
職員はふざけているのか、真面目な顔でそう言った。
「Aランクの『光牙の道標』がこっちに拠点を移したんだから、いいじゃん」
ルナはそれを指摘した。
隣の領からAランクパーティーが拠点を移した。それは、すごくこの領が評価されたという証だ。
それに釣られるように、移籍してくるパーティーもいただろう。
「彼らは護衛を主にしているので、トゥルメル領にいないことが多いんですよ」
「そっかー。依頼の手配は大変なんだねん」
サァラが軽い相槌を打つ。
「う、他人事のように……」
「あ! そういえば、あんたが勧めてきたミナス。王都で犯罪者として捕まったんだけど」
サァラは職員を睨みつけた。
「……いやぁ、あの、そ、それは……こちらとしても、想定外と申しますか……。
人を見る目がありませんでした。すみません!」
言い逃れできないと諦めたのか、職員は頭を下げた。
ギルドマスターの部屋を出て、二人は冒険者ギルドの玄関へ向かった。
その途中で声をかけてくる人がいる。
多くは、「久しぶり」とか、「元気だったか」という挨拶だ。
その中の一人が、手紙も寄越さないトーマを薄情だと文句を言ってきた。顔見知り程度の職員だ。
ぬいぐるみ騒動以降、トーマと知り合いだというのがステータスのようなところがあったせいだろうか。
適当にあしらって、宿へ戻ることにした。こんな勘違い野郎をいちいち相手にしていられない。
「サァラの体調が良さそうな日に、山小屋へ出発しようか」
妊婦のサァラに合わせながら、数日山登りをすることになる。
「買い出しは明日でいいかにゃ」
「そうだね」
そう返事をしながら、トーマに教えてもらって旅の準備も上手くなったな――と、遠くにいる仲間に思いを馳せるのだった。




