フォンの一言
カイは医術書をめくりながら、説明を続ける。
「以前のフォンさんを知らないけれど、ダンジョンで精神攻撃を食らったときの症状に似ている。現実に馴染むまで、時間がかかるかもしれない。少し人が変わる可能性はあるが、心配はしなくていい」
「それ、普通に心配するでしょう?」
ルナがカイに噛みついた。
「それは君たちの事情で、フォンは現実とのすり合わせに苦しんでいる。余計に苦しませないでやってほしい」
「苦しませるなんて、そんなこと……一刻も早く、元に戻った方が本人にとってもいいはずだ」
俺は混乱しながら、自分は何ができるか考えた。今までの旅の話をするか? 美味しいと言っていた料理を出すか?
「トーマ。それをやったら、フォンの祖母と同じだ。落ち着け」
バスラに言われて、息が詰まった。
だって……そんな……同じ? あ!
「繭化した妖精族は、そのあとに生きていられなくなる者もいる。慎重に対処してやってくれ」
「どういうことにゃ?」
「心を整えることができずに、命を断つ場合がある。そもそも繭化自体が、現実からの逃避なんだ」
レムがサァラに答えた。
なにが「心配するな」だ。大問題じゃないか。いや、それを言ったのはカイの方か。
「きっかけは、サークレットの石の暴走ですけど……」
だから、現実逃避という言葉に違和感がある。
「ああ、自分の体を守るための繭化なら、羽化の失敗は少ないかもね」
「……『羽化』ですか?」
「繭の中で、問題を整理しているんだよ。
たとえば毒を受けたなら、解毒するだけでいい。だが、精神的な問題で籠もった場合は、出てくるときには何かが変わっている」
そういえば、レムには詳しい経緯を説明していなかった。だから、一般的なことを教えてくれているんだ。
「では、どうすればいい?」
ルナが代表してレムに質問する。
「妖精族の施設で入院治療することが、一番安全なんだが……」
「繭に入る前のフォンは、妖精族への忌避感を持っていた。その選択はしないと思う」
俺はきっぱりとそう言った。
「とりあえず、数日は様子見だな」
バスラがそう言って、会議をまとめた。
「彼女の世話をするのは、同じパーティーのメンバーか、それとも面識のない者がいいか……どうします?」
事務長がそう問いかけたが、誰も答えられなかった。
「では、明日はパーティーメンバーで面倒を見てください。それで大丈夫か、面識がない者の方がいいかをフォンに訊いてみましょう」
カイが沈黙を破って、そう言った。
翌朝。ルナが朝食の手伝いを終えた頃、俺とサァラもフォンの部屋に集まった。
「あなたたちのこと、知っているわ。繭の周りで話していたことも……」
「ぎゃ、恥ずかしい!」ルナが顔を真っ赤にした。風の魔法使いの男と、一晩ここですごしたんだもんな。
サァラはぷるぷると震えている。妊娠にまつわる話をたくさんしていたんだろう。おそらく、フォンに聞いてほしいことも、聞かれたくないことも。
俺は、どうしていいかわからず、口を手で覆った。
実力の差が開いていくという愚痴。この部屋で、「人目がないから」とやったあれこれ……。
「実力の差と、活躍できる場の違い。男女関係のもつれ――」
フォンは他人事のように言葉を紡ぐ。あの柔らかな物腰も、気遣いも感じられない。俺の知っているフォンじゃないみたいで、胸がぎゅっと痛くなる。
そして、数え上げていく内容が、ひどい。歯に衣を着せずに言うと、こうなるのか。……身も蓋もないな。
「……冒険者パーティーを組み続けるのは、難しいんじゃないかしら」




