待望の……
「フォンの繭が!」
ルナの声で繭を見ると、糸のようなものがはらりと上から下に落ちた。
一筋。また一筋。
根元の方は離れていないので、蕾がほころぶような様子だ。
「あたい、妖精族の人を連れてくるにゃ」
サァラが部屋を出て行った。
「走っちゃ駄目だろって……それは人族の場合? 猫獣人はいいのか?」
俺にはそのあたりの知識がない。
それより、今はフォンだ。
顔をそちらに向けると、小さな隙間ができている。だが、その隙間は狭すぎて、中の様子まではわからない。
「この繭、斬ったら駄目なのかな」
ルナが焦れて、半月刀に手をかけている。
「え、どうだろう? その辺りを訊いておけば良かったな。
もし、この繭の糸に神経が通っていたら、フォンが痛い思いをするぞ」
「そっか。血管が通っていたら、血みどろになるところだった」
「ルナ、怖いこと言うなよ」
勢いで斬りかからなくて、本当によかった。
俺たちはくだらないことを言いながら、繭をじっと見つめている。
はらり、はらりと糸が剥がれ続ける。
フォンの姿が少し見えるようになってきた。うずくまって膝に顔を隠している。青緑の髪がフォンを守るように散っていた。
眠っているのか?
顔を見せてくれ!
「連れてきた! 冒険者ギルドにいたにゃ」
サァラと妖精族の男性が駆け込んできた。クランハウスを出て、探してきたのか。
男性は繭の様子を見て、大丈夫だと請け合った。
「よかったですね。このまま待っていれば、繭から出てきますよ」
「どれくらい時間がかかるにゃ?」
「早めることはできないの?」
「何か、準備しておくことはあるか? 喉が渇いてたりするのかな」
俺たちに詰め寄られて、妖精族の男性は目元を和らげた。
「それほど心配しなくても、朝になって起きたような状態です。ただ、長く眠っていたので、しばらくボーッとしていると思いますよ。
このペースだと、夕方までかかるかもしれない。
交代で、休み休み見守るといいでしょう」
妖精族の男性は、バスラと事務長に繭が解け始めたと伝えてくれるそうだ。
「あ、訓練中にありがとうございました」
「いや、妖精族が仲間に大事にされていて、嬉しいよ」
そう言って部屋を出て行った。
「妖精族でも、あっさりした気持ちいい人だな」
「どういうこと?」
ルナに訊き返される。
「あ~、王城でフォンに付きまとっていた妖精族がしつこくて。フォンが怖がってるのに、ぐいぐい来るような連中ばっかりで」
そう言ってから、しつこい人とそれを止めようとした人がいたような気がした。俺も怒りを感じていたから、少し悪く言ってしまった。
交替でとは言われたが、誰もその場を離れようとしなかった。
ようやく、ようやくだ。
昼時に、医務室の人がサァラを探しに来た。
「安静だと言ったのに、何をやっているんですか!」
走り回ったなんてバレたら、大目玉だ。
「えっと、仲間が復活しそうなんにゃ。ここで待ちたいんだけど……」
「仕方ないですね。クッションを集めて、横になっていなさい」
そう言いながら、毛布を持って来てくれた。
俺は皆の分も食堂に昼食を取りに行き、すぐに部屋に戻った。
はらり、はらりとペースが一向に早くならない。じりじりと時間が経つのを待つだけ。
一度、事務長が様子を見に来た。
「隙間から手を入れたら駄目なのかな」
つい、そんな言葉が出てしまう。
「あの妖精族の人に訊けばよかったね」
「でも、待てって言われたからなぁ」
俺は自分の発言を自分で否定した。
サァラはくうくうと眠っている。
「眠ってるのが二人になったな……」
「じゃあ、王子様がキスでもする?」
ルナにからかわれた。
はらり、はらり。
ほとんどの糸が落ち、鳥かごのような状態になってきた。
フォンの頭がすっと上がり、時間を掛けて目蓋が開いていく。
その目には、何も映っていないようだ。
俺たちが声をかけても、手を振っても反応がない。
日が傾き、もうすぐ夜になる。
ここまで来て……俺たちは焦った。
サァラも目を覚まし、声をかけている。
最後の糸が落ちた。
フォンの目が動いて、俺たちを見た。
「あたしたちのこと、わかる?」
ルナが問いかけた。不安そうな声だ。
「……ええ。仲間……ね?」
少し反応が鈍い。
「冒険者パーティーで、『花猫風月』だにゃ。覚えてる?」
「……ああ、そうね。そんな名前だったわね……」
「自分の名前、言えるか?」
「……フィオルニア」
それは、あの妖精族の老婦人が言っていた名前だ。




