ほんの少しの勇気
「トーマ。何やってるんだ。悪いと思ったら、すぐに謝れ」
俺は誰かに腕を掴まれ、のろのろと顔を向けた。
アーデンだった。俺に顔を近付けて、ツバを飛ばす勢いで説教してくる。
「ショックなのはわかりますが、言い過ぎたと自分でも思っているのでしょう?」
その後ろからエドガーが顔を出し、男女の機微を説明する。
要は謝れ、ということだ。
こういうとき、フォンが仲裁してくれていたんだよな。そんな甘えた考えが頭をよぎった。
ルナとフォンとサァラ――とてもバランスのいいパーティーだったと身に染みてわかる。
「俺、思い上がってたみたいで」
うつむいた瞬間、涙がこぼれた。ちょっと、これは情けなすぎる。朝食の時間に食堂の前で……涙、止まってくれ。
「男はすぐに調子に乗る。仕方ねぇよ。そういうもんだ」
アーデンが大きな体でさりげなく人の視線を遮ってくれた。
「なんか、突然で頭がついていかなくて……選ばれたのは俺じゃないとか、そんなのがぐるぐるして……」
ああ、もう、駄目だ。弱音を吐いてしまった。
「うん、うん。その辺の事情は、サァラ本人に訊かないと」
エドガーがもっともなことを言う。
俺はズビッと鼻をすすると、顔を上げた。
まずは事実確認、情報収集。それから自分はどうしたいかを考えて、関係者と話し合う。
うん。いつもやっていることだ。
まずは、ルナを探そう。
サァラのいる医務室に向かう。
廊下に食事を運ぶワゴンが置いてある。ワゴンは空なので配膳済み。つまり食事中ということだろう。
緊張する。ルナがいなくても、サァラはいる。
ルナがいなかったら、どうする? 先にサァラと話すか? ルナを放置するのはまずいが、気まずいままサァラを置いて探しに行くのも……。
ここで考えていても仕方ない!
深く息を吸ってから、医務室の扉をノックした。
パッと視線を上げたとたん、ルナと目が合った。サァラの食べ終わった食器を運んで、入り口に向かってくるところだった。
言え。言うんだ。
「ルナ、ごめん! 言い過ぎだ」
「あたしも……。あんなこと思ってないから」
あ、なんだ。普通にしゃべれる。
「びっくりさせて、ごめんにゃ」
ルナの後ろから、サァラの声がした。ベッドの上で起き上がることができるようになったらしい。
「ああ、びっくりしたよ」
俺は素直に、そう答えた。
朝食を食べ終えたら、サァラは医務室を出る予定だったそうだ。
「じゃあ、フォンの部屋で話そうか」
ルナがそう提案し、俺たちは移動した。
話さなければいけないことが山ほどあるのに、誰も最初の一言を口にできない。奇妙な沈黙の中で、とにかく足を動かし、前へ進む。いつもは意識せず、スムーズに歩けるのに……意識すると、ますます変になる。
ぎこちない足取りのせいで、何もないところで躓きそうになる。
「おっと」
たたらを踏んだが、踏みとどまった。
あー、もう、こんなときになんなんだよ。かっこ悪い。
「ふっ」
サァラが吹き出した。
ルナも笑いを堪えるような顔をしている。
「なんだよ」
拗ねたように口にすれば、いつもの雰囲気が戻ってくる。
まだ、モヤモヤとした気持ち悪さは残っているが、それを前面に押し出しても何も解決しない。しゃべりやすい雰囲気になったなら、それを壊すな。
俺は自分にそう言い聞かせた。




