悪循環にはまる
「俺は……もう寝る」
言ってはいけないような言葉が、口から出そうだ。こういうときは寝てしまうのが一番だ。……眠れるならば。
「あ、そうだね。お休み」
ルナの声を背中で聞いた。
たぶんショックを受けただろう。ルナの顔を見ることができなかった。
普段は物わかりがいい大人のふりをしていても、俺はこんな程度の人間だ。自制しなければ、卑屈な言葉が次々に出てしまう。
俺は、彼女たちに相応しくない。
俺は四人部屋で、布団を被ってうずくまることしかできない。
「もう寝たのかよ? なあ、猫の子の父親ってさぁ……」
同室の人間が最悪だ。
俺は布団を強く握りしめ、唇を噛む。今、布団から出たら殴りつけてしまいそうだ。ただ、ただ、耐えるしかない、長い夜だった。
一方で、ルナは、フォンの繭の側にそのまま座り込んでいたそうだ。そこに風の魔法使いが来て、一晩中ルナを慰めていた。
そんな噂話を、朝食の場で耳にした。
ルナも……か。
俺はパーティーに加えてもらって、近くに居たからそういう関係になっただけで……他の誰かでも構わなかったんだな。
俺のハーレム状態をやっかんでいた連中が、面白おかしく話を広めている。
食欲が一気に失せた。
食堂を出たところで、ルナとぶつかりそうになった。
「変な噂が出てるけど、あたしたち何もしてないから」
焦ったように言うルナに、ムカッとする。「あたしたち」という言葉が、すごく癇に障る。はっきり言って、不愉快だ。
体の関係はないと説明されたが、どす黒い嫉妬心がむくむくと湧いてくる。
俺に怒る資格はないと、頭のどこかではわかっているのに。
「俺に説明しなくていいよ。何か約束をしていたわけじゃないしさ」
ルナの頬に朱が刺した。眉がつり上がる。
「事実を説明しているだけじゃん! 話を聞いてよ」
「俺たちは冒険者ギルドからの依頼を一緒に受けるために、パーティーを組んでるってだけだろ。
何かを約束しているわけじゃない。プライベートは好きにしていいんだぞ」
ああ、なんて嫌味な言い方をしているんだ。やめろ、口を閉じるんだ、俺。
「何を言い出すのよ。それだけのわけ、ないじゃん。そんなら、とっくに解散してるよ」
ああ、そうだ。俺たちは協力し合って、ここまで来た。
それなのに、俺はなんで揺らいでいるんだ? こんなにも不安で、悲しい。
「トーマなんか、次々と騒動に巻き込まれるじゃん。普通の仲間だったら、とっくに決別してるよ」
ルナが言ってから、青ざめた。
「……そう思っていたのか」
ああ、そうだ。俺が加入しなければ、宗教団体に狙われることも、フォンが妖精族に見つかることもなかった。
王都に来る必要もなく、トゥルメル領で和気あいあいと冒険者をしていただろう。
「あ、ごめん。違う。それくらい、大切って言いたいだけで……」
ただの売り言葉に買い言葉だ。頭の片隅ではわかっている。
だけど、俺が厄介ごとを招いているのは、否定できない。
「いや……そうだよな。悪かったよ。俺が抜けるから、昔みたいに三人で仲良くやってくれ」
「――わかったよ。あたしたち、『約束してない』んだもんね」
俺が口にした言葉が、そのままの刃になって俺を斬りつける。
言われてみて、実感する。ひどいことを言ってしまったんだ。
どうしよう。
焦るばかりで言葉が出てこない俺を睨みつけ、ルナは荒い足音を立てて食堂を出て行った。
俺には追いかける資格もない。追いかけて捕まえたところで、何を言えばいい?
もう、どうしたらいいか、わからないんだ。
――ただ、その場に立ち尽くしていた。




