予想外の出来事
サァラが担ぎ込まれてきた。
最近、ちょっと具合が悪いみたいだったから、心配していたんだ。
俺はクランの会議室にいたから、急いで医務室へ向かった。
ルナがベッドの横に椅子を置いて座っている。
「……トーマ」
ルナの顔は真っ青だ。そんなに具合が悪いのか? 走ってきて心臓がバクバクしている。そこへ、嫌な脈動が加わる。
「そんなに具合が悪かったのか? 依頼を無理して受けるなんて、サァラらしくないぞ」
サァラは横になったまま、俺の方に顔を向けた。眉を下げて、泣きそうな顔をしている。
「子どもができたんにゃ」
は?
……こども?
子ども?
子どもができてもおかしくないことはしている。
その先の覚悟が足りなかったのを、反省しよう。種族が違うと子どもができにくいということで、油断していたかも。
あれ? 最近はしていない……ような。
ベッドの上のサァラが、怯えるような目で俺の反応をうかがっている。
「トーマとの子じゃないにゃ」
「……そ、そっか」
はっきりと言われてしまった。そうだよな。
「体を冷やさないようにして、ゆっくり休んだ方がいい……らしい。たぶん」
妊娠初期の一般論を、なんとか絞り出した。
「俺、打ち合わせの途中だったから、戻るな」
「あ、うん」
サァラが小さな声を出した。
俺は医務室の入り口で振り返る。言い忘れてた。
「……あの、おめでとう……」
医務室に沈黙が降りる。
俺は返事を聞かずに立ち去った。
廊下がやけに長く感じる。誰かにサァラの様子を訊かれたような気もする。
これは現実なのか? 悪い夢を見ているような気がする。
会議室に戻ったが、何を話したか覚えていない。
オンにサァラに何があったのかと尋ねられた。「怪我はしていない」と答えた記憶だけが、微かにある。
気がついたら、俺はフォンの繭にすがりついて泣いていた。
何の涙だ、これは。
俺とサァラは恋人同士ですらない。
裏切りと言うには、一対三で俺の方だって誠実とは言えない。
理屈を頭の中でこねくり返しても、感情がついてこない。
裏切られたという強い思いが、次から次へと湧いてくる。
なんでだよ。俺の何が悪かったんだ。
考えたくない可能性が、腹の中をかき混ぜる。
獣人に比べたら体力は劣っている。人族の中でも突出しているわけじゃない。
子孫を残すなら、少しでも強い相手がいい。……俺じゃなくて、当然か。
三人から好意を向けられることを、いつの間にか当然だと思うようになっていた?
根拠なく、ずっと続くと……。
みんなで笑い合っていられると……。
悔しい。俺は選ばれなかった。
部屋がノックされた。
「トーマ。よかった。ここにいた」
ルナが心配そうに入ってきた。堅焼きのビスケットと水筒を持っている。
「食べられそうなら、パンとスープをもらってくるけど」
「いや、いいよ。ありがとう」
水筒に口をつけると、喉が渇いていたことに気がついた。ぐびぐびと飲み、ビスケットをかじり、水で流し込んだ。
「……ルナは知ってたのか」
「うん。ちょっと前に聞いた」
ルナは自分の指先を合わせて、もぞもぞと動かした。
「幼なじみだって。オンと山脈に行ったときの」
気になっていた。でも、知りたくなかった。
あいつか。俺がサァラに助けられた時に、家を訪ねてきたやつ。
幼なじみと暖かい家庭を作るのか。そこに俺の居場所はないな。
「あのさ。サァラの話も聞いてあげなよ」
そう言われても、言ってはいけない言葉ばかりが思い浮かぶ。
『なんで?』『今さら言い訳なんか聞きたくない』『そいつと幸せになればいいだろう!』
……俺は、自分が一番じゃないと嫌だと思っているのか。自分の本音が露わになって、その卑しさに吐き気がする。
「サァラにも事情があったんだって」
ルナの声に苛立ちが混じる。
どんな事情だよ。男としてのプライドが傷つけられて、素直に聞き入れられない。
「他の男を選んだ、それだけのことだろ」
「ちょっと。それ、本気で言ってるの? 人族と猫獣人は違うんだってば」
ルナの言葉が頭に入ってこない。ただの慰めだ、と心が拒絶している。
ああ。今になってわかる。
俺の父親は、俺が自分の子じゃないかもしれないと、無視するように生活をしていた。悔しくて、情けなくて、直視できないよな。
「サァラがどんな子か、知ってるだろ」
「知っているつもりだったけど、何もわかっていなかったのかもな」
「だったら、今からでも知ろうとしてよ。このまま駄目になるなんて、嫌だよ」
らしくもなく、ルナが泣き落としのようなことをしている。
「俺が抜けて、元の『花猫風月』に戻るだけだ」
その言葉はルナから言葉を奪い、俺自身の胸を抉った。
そうだよ。俺は後から混ぜてもらっただけじゃないか。




