先のことを考える男たち
バスラのクランマスターの部屋に、酒とつまみが用意されている。
ソファには部屋の主と、アーデン、エドガー。クランの経営を支えている事務長が、その前にグラスを並べた。
「グラスは三つじゃない。四つ必要だろ」
バスラが砕けた態度で言う。
「一応、この先の方針を打ち合わせる会議のはずですが。書記が必要でしょう」
事務長はツンとした口調で返す。
「お前、『一応』とか酒を用意した時点で、前提がぐずぐずじゃねぇか。いいから、グラスを出して座れよ」
軽く乾杯をしてから、バスラが話し出した。
「何年もオンを持て余していたんだよ。トーマが来てくれて、魔法を制御することを覚えてくれた。
これからは、オンの戦力を期待できる。クラン内も活気づいた。トーマの功績だな」
バスラは、そう評価した。
「彼には長くこのクランにいてほしいものだが、どうも及び腰な印象を受ける。なぜかね」
「集団への帰属意識が薄いのでしょう。彼は家族の中で浮いていたので、どこかに所属しないと不安になるタイプではない。
更に言うと、数年おきに本拠地を変えてきたんですよね。引っ越し癖がついた人のように、一カ所に長くいると出ていきたくなるのかもしれません」
エドガーはそう分析した。
「俺たちSランクにもオンに対しても、普通に接してくるのが不思議なのだよ」
バスラは翼の付け根を少し動かした。人が伸びをするよう動きだった。
「『下ごしらえ』というスキルのせいじゃないですか? 魔法使いのオルドさんの推測ですが、下準備を万全にするためには、上位の者と対等に意見を交わせないと困るでしょう」
エドガーはグラスをローテーブルに置いた。
「スキルに付随する特徴か」
アーデンが酒を口に含んだ。戦闘系のスキルを得ると、それに合わせて体格が変わることは、よく知られている。
「ところで、冒険者ギルドの本部に呼ばれるかもしれないと言われて待機しているのですが、いつまで経ってもお呼びがかかりませんね」
エドガーは芋を手で摘まんだ。隣国であるファルガン共和国に来たのは、そのためなのだ。
「問題が大きくなると、動きが鈍くなるのですよね。
冒険者ギルドは国とは距離を置いた、独自の組織としてやってきました。その関係を崩して、冒険者ギルドが特定の国を変えようというのですから、賛成も反対もいろいろと噴出しています。
お二人の滞在費用は冒険者ギルドから出ているので、そこは心配しないで、ここに居てくださって結構なのですよ。
――そろそろレスタール王国に帰りたいですか?」
事務長はグラスに水を足した。酒を水で割っていたが、濃かったようだ。
「急いじゃいないがな。領どころか国を離れるんだ。一通り、片付けてきた。
それにレスタール王国では冒険者たちの扱いが悪いって聞いたら、他人事じゃない。当たり前だと思っていた待遇が、搾取された結果だなんて、馬鹿にしてやがる。
エドガーはどうだ?」
アーデンは自分のことをしゃべったあとに、エドガーに話を振った。
「僕も親父がまだまだ元気だし、息子が育ってきたから離れていても問題ないんです。
僕を飛ばして、息子に村長を譲った方が上手くいくかもしれない。そんな空気を感じていました」
エドガーが遠い目をした。
「村の利益を考えたら、トーマを呼び戻せという声を無視すべきじゃない。だけど、彼を子どもの頃から見守っていた僕には、それがトーマの幸せを奪うことだと思えてしまう」
「ところで、あなた方ご自身のご家庭の方は……?」
事務長は常々気になっていたのだろう。
「妻は子どもをまっとうな村長にすると張り切っているので、僕がいない方がいいのかも」
「俺の方は、出ていった。歩けるようになるまで面倒を見てもらったから、感謝はしているんだが。
元々村が嫌で街に出て行った女だ。俺と村に戻るのも、クランを解散することになって行く当てがなかったからだろ」
アーデンが苦笑いする。
「いや、あの献身はそれだけじゃないと思うけど……」
当時のアーデンは片足を失い、自分のクランを解散せざるを得なくなり、精神的にも不安定になっていた。
「まあ、続けていくのが難しかっただけだ」
アーデンはエドガーの言葉を遮り、話題を終わらせた。
「それぞれ事情はありますよね。冒険者というだけで、相手のご両親に反対されたり、引退するなら結婚させてやってもいいと言われたり……」
「事務長もいろいろあったんですか?」
エドガーは、事務長に芋の皿を勧める。
「……ええ、まあ。一般論ですよ。
トーマ君がこのクランを居場所だと思ってくれたらいいのですけど」
事務長は話題を変えた。
「トーマは自分がよそ者だという意識があるから、執着が薄いんですよね。
初めて働いた『山猫亭』という宿屋も、昔話として片付けてしまったようだし」
「そういう身軽さは、『冒険する者』らしいよな」
エドガーとアーデンはそう語る。
「ねぐらを持たない動物は、縛り付けるのが難しい――か」
バスラはそう呟いて、酒を飲んだ。




