より強い
クリムを押さえていて避けられず、手の甲に矢が刺さった。
力が緩んだ隙に、クリムは俺の胸を叩く。渾身の力ではなくても、獣人の怪力だ。
俺はベッドヘッドに叩きつけられ、足首の鎖がピンと張って激痛が走る。
クリムは血走った目で俺を睨みつけた。鼻息荒く、肩で息をして、鎖で擦り傷がついた角を撫でている。
「ブフゥー、ブモォー」
怒りのあまり言葉が出てこないようだ。
クリムに攻撃されたら、逃げられない。
「ミナス。こんなところにいちゃ駄目だ」
他の信者たちが駆けつけるまで、そう時間はかからないだろう。
頼みの綱は、ミナスが目を覚まして共闘することくらいだ。利用するみたいで少し気が引けるが、ここにいたら駄目だというのは本心だ。
「あたしを仲間はずれにしたくせに。あたしの才能を認めてくれる。ここがあたしの家族だ!」
ミナスが助走をつけてベッドに飛び乗ってきた。
Bランク冒険者の攻撃は鋭い。ナイフをかろうじて躱したが、枕に刺さり羽毛が飛び散った。
「無様だ! あたしのアドバイスを受けていたら、もっといい動きができたのにね」
ミナスがそんな言葉を投げつけてきた。
次の攻撃は避けきれない。
だが、俺を殺そうとはしていないのか、小さなナイフだ。急所だけ守れば、怪我ですむ。
俺も、知り合いを殺す覚悟ができていない。
どうする。悩むな。力量の差があるんだから、こっちが殺す気にならないと……。
ナイフに気を取られていたら、ミナスの尻尾が俺の首に巻き付いた。
しまった。
息が苦しい。
目の端に、ニヤニヤしているクリムが映る。
俺の相手などミナス一人で充分ということか。実際そうだが……。
ただの縄よりも緩急自在で、意識が遠のきそうになると少し緩む。
なんだこれ。新手の拷問か?
「トーマ殿。少々の『おイタ』は許して差し上げましょう。
頭が冷えたところで……」
ミシリと小さな音がした。
次の瞬間、ドゴンと建物が揺れ、壁に穴が開いた。
そこにオンが険しい顔をして立っている。
「返してもらいに来ました」
鍵がかかっていても、扉を蹴破る方が楽なのでは……と、余計なことを考えてしまった。
パラパラと壁の素材が降り、オンの後ろからサァラがぴょこんと顔を出す。
「トーマ! あ、鼠! またお前かにゃ」
サァラはタッと踏み込み、跳躍を見せた。部屋の入り口からベッドに飛び乗り、ミナスに蹴りを入れる。
ミナスは俺の首を絞める任務を優先していたから、もろに蹴りを食らった。
ミナスの尻尾が、ザリッと俺の首にひっかき傷を残しながら離れる。
皮肉なことに、今、一番首が絞まったぞ。
グエッ、ゲホッっと咳き込んでいると、背中をさすられた。ルナだ。
「……ど、どう、ケホッ」
喉が痛くてしゃべれない。
「後でね」
ルナは短くそう言うと、三日月刀ではなく短剣を抜いた。俺の護衛か?
ミナスとサァラが激しい戦いを繰り広げている。
俺、守られている場合じゃないだろ。
あれ、サァラがBランクのミナスと互角に戦っている。強くなってるんじゃないか?
クランメンバーが部屋に入ってきて、俺の足首の鎖を工具で切ってくれた。
ゴリラの獣人に横抱きにされて……情けないやら、恥ずかしいやら。
クリムの拳や蹴りを、オンは手のひらや臑で軽く受けている。牛獣人の巨体を、スリムなオンが受けている姿は、奇妙な感じがした。
「この牛から聞き出したいことはありますか?」
オンはクランメンバーたちに質問する。とても戦闘中だとは思えない、平坦な声で。
「下っ端だし、重要な情報を握っている見込みなし。特にない」
その答えは、クリムを激怒させた。いつまで経っても、クリムの部下たちが現れないことへの焦りも限界だったのかもしれない。
余裕ぶった仮面を捨て、荒ぶる獣性を前面に出してきた。
汚く罵り、自分より体格が劣る者に体当たりをして、活路を見いだそうとしている。だが、そういう者たちは動きが速い。自ら部屋や家具を破壊していく。
ゴリラ獣人はさっと俺を抱えたまま、部屋を出た。
「とても興味深い話をしていましたね。
力がある者は、弱い者を蹂躙して構わない。そう言う人には、そのように振る舞うのが礼儀かと思います」
オンの声が背後から聞こえてきた。
そして、筆舌に尽くしがたい音が聞こえ、クリムの断末魔が耳をつんざく。
「トーマがあなたの角を折ろうとしていましたね。ですから、あたしは角を引き抜いてみました。
これ、共同作業と言っていいでしょうか」
「馬鹿なこと言うにゃ~!」
何という会話をしているのだ。今しがた出てきた部屋の中が気になるが、戻るのも恐ろしい。
「サァラ、よく突っ込めるな」
ゴリラ獣人が呟いた。同感だ。
ちらりとミナスのことが浮かんだが、忘れることにした。あんなにきっぱりと、ここにいるのが幸せだと言っていたのだ。




