弱さと誘惑
「あのミナスだってそうです。戦闘能力は高いのに、少しばかり人の機微に疎いというだけで、弾かれてしまう。
弱い者たちに合わせた規制で、活躍の場を与えない? そんなのは社会の損失でしょう」
「俺はミナスより……強くないぞ」
弱いとは言いたくない。
「そう、そこです! そこなのです」
牛の獣人クリムは、手のひらをパチリと合わせた。手は蹄じゃないらしい。
「社会から弾かれる弱者は、一芸に秀で過ぎている者ばかりではありません。
いや、特筆すべきものがない凡庸な者が大半です。自己評価が異様に高く、現実を受け入れられない者、諦めの悪い者……その受け皿は、この教団にしてもなかなか難しい」
手の平をすり合わせ、俺の目をじーっとのぞき込んでくる。言っている内容もひどい。
お前こそ、目指した地位から転落した、無謀な高望みをする一人なんじゃないのか?
「そこで、あなたの登場です」
パッと両手の平を俺に向けてくる。表情がくるくる変わるのが、情緒不安定な証拠に思えて、背中がひやりとする。
「雑魚スキルにへこたれず活躍するあなたは、希望の星なのです」
おい。褒めてねぇだろ!
「それから『スキル』というものに懐疑的な人々も、あなたに興味を持っています。
『スキルという謎の存在に振り回されるな。人生の舵は我にあり』、いいと思いませんか。それを新たに掲げ、私はあなたの参謀になりましょう。
あなたなら司冠になれます。あなたに自分を重ね、夢を見る人は大勢いるはずです。質より量。大勢の信者を集めたら、大司冠の可能性だって出てきますよ」
それからも演説は続いた。
雑魚スキルで成り上がり、祖国の腐敗を摘発し、国王と謁見するまでになった。
Cランクなのに、英雄バスラやアーデンと気安く交流している。
既存の知識を組み合わせただけで一大ブームを作れるのも、平凡な人たちに「自分だって」と夢を持たせる。
実にくだらない。
俺の反応が悪いことに気付いたらしい。
「ああ、申し訳ありません。こちらのメリットばかり説明してしまいましたね。
もちろん、トーマ殿にだって損はありませんよ」
ニヤニヤと嫌な笑い……典型的なスケベジジイの顔になった。
「女性信者を抱き放題ですよ。ずらりと並べて、その日の気分で」
「……間に合ってます」
というか、初対面で無防備な接触をするとか、馬鹿じゃねぇの。信用できない奴の手料理食うより、危ないわ。嫌がる女を抱いて平気な精神とか、権力者なら抱かれてもいいいう考え方とか、そっちもヤバイだろ。
「唸るほどの富が手に入りますよ」
「Sランクのアーデンさんは、富を使いこなせなかった。クランを維持しなきゃという重圧からか、ツンケンしていた。それで壊れた人間関係もある。
富を手放した現在、充分幸せそうだ。生活できて、たまにささやかな贅沢ができるくらいでいい」
「みんなが命令を聞いてくれますよ。思うように従わせられるのは、気持ちがいいものです」
「領主の孫の苦労を横で見ていたら、トップになろうと思わない。隣の領主のように、ただ威張って贅沢をしていたら、領地はあっという間に衰退する。
先を考えない集団は、束の間の栄光しかつかめないぞ」
俺が反論する度に、雰囲気が悪くなっていく。
「まあ、そこは有能な部下に任せるなり、なんなり方法はあるでしょう。
より高みを目指さずして、どうするのです? 前進しないのは、ただの怠け者ですよ」
拳を握って、顔をずいっと近付けてくる。ツバが飛んできそうで、俺は仰け反った。
「……そっちの『幸せ』が薄っぺらすぎて、魅力を感じないだけだ。他人から見て『幸せに見える状態』を作り上げたって、自分が幸せを感じられるかは別の問題なんだぞ」
ちらりとミナスの顔が浮かんだ。「仲間に囲まれて幸せな私」になりたかったんだろうな、と。
クリムが目を潤ませた。しまった。つい言い過ぎたかもしれない。
「ああ! これこそ教祖様にも匹敵するような、素晴らしい知見でございます!
欲望の先にある『真の幸福』。なるほどです。ぜひ、『薄っぺらい幸福』で満足している連中に突きつけて、悔い改めさせてやりましょう。
大司冠の先、次期教祖も狙える思慮深さではありませんか! ぶもぉぉぉ~」
口の端に泡をつけ、興奮して牛の獣人は立ち上がった。




