肩慣らし
ルナは俺の隣にすとんと座った。
「う~ん、本調子ではないだろうけど。体を動かした方が、調子を取り戻せるかもしれないじゃん?
このクランが襲撃されたときに、自分の身くらいは守れた方がいいしさ。
それはあたしにも言えることだから、午後、訓練場に行ってくるよ」
ルナが指を組んで前に伸ばし、ストレッチのような動きをした。
「じゃあ、俺も行こうかな」
確かに、体がなまって足手まといになるなんて、絶対に嫌だ。
「そういえば、作戦会議はいいの?」
「今日は呼ばれてないよ。上位ランクの人たちって、ちょいちょい怖い発言するんだ。積極的に参加したくはない」
力のある人たちと一緒にいると、自分が弱く平凡な人間だと思い知らされる。スキルが判明してから、生まれた村を出るまでの居心地の悪さと、重なってしまう。
「フォンが早く目覚めるといいよね」
「……そしたら、トゥルメル領に戻るか」
俺たちはフォンが目覚めた後のことを曖昧にしていた。
妖精族からの干渉から逃れるために、このクランを利用させてもらった。恩返しをしなければという思いもあり、「問題が解決したら脱退する」とは言いづらいところがあった。
「そうだね。王都は賑やかで刺激的だけど、ちょっと疲れる」
「……だな。俺にとってはトゥルメルも充分都会だけど」
「はは、一体どんなとこで育ったの」
軽く眉を寄せて、ルナが力なく笑う。
時計が珍しく、新聞は数ヶ月おき。のんびりしていて変化を好まず、人間関係が濃密だった。中にいれば心強く、はじき出されたらなかなか辛いものがある。
……そう考えると、戻るという選択肢はないな。
昼食のときに、数日ぶりにサァラの顔を見た。
どんよりと思い詰めたような表情と、取り繕ったような笑顔が交互に現れる。なんか、サァラに出会った頃の自分を思い出した。
あのときサァラは傷の手当てをしてくれて、一緒に食事をして、たわいない会話をして……つまり普段通りにするのが一番かな。
俺たちが冒険者ギルドに行くとクランの職員に申告すると、デッドフロッグ討伐のときの風の魔法使いが護衛についた。
「オンは風の魔法制御がかなり上手くなって、今日は水の魔法を訓練しているんだ」
「へえ。ぬいぐるみの引換券の『風』を、無事に取り出すことができたんですか?」
「あと何回かしたら、できそうってところかな」
俺たちはそんな会話をしていたが、サァラは無言で歩き続ける。ルナも黙って、サァラと手を繋いでいた。
その日のサァラの気迫は凄まじかった。
「あたいは負けない。強くなる」
そんな言葉をつぶやきながら、訓練用の人形を殴る、蹴る……。目が血走っているようで、とても危うい感じがする。
ゴスっと妙に乾いた音がした。グローブの革と綿が出す、パアンという小気味よい音じゃない。
「待て、サァラ! 拳を痛める!」
言葉が耳に入っていないようなので、羽交い締めして止めるしかない。獣人に人間の俺が敵うか、とちらっと不安になったが、考えている暇はなかった。
羽交い締めしようと背後に回ったら、殴られた。いや、違う。サァラは背後の気配を察知して、反射的に、裏拳を繰り出しただけだ。
鼻に当たって鼻血が出る。痛みで声も出せない。
「ごめん! ごめん、トーマ。ごめんにゃ~」
サァラが我に返って、泣き始めた。少なくとも、サァラを止めるという目的は果たせたんだ。サァラに文句は言わないさ。
しばらく立ち上がれそうもないけど。鼻が折れてないといいな……。
ルナは動けない俺を抱きかかえて、訓練場の隅に移動する。ちょっと、待て。お姫様だっこはやめろ。
クランでいい筋トレを教えてもらった成果で、ルナの腕の力がすごいことになってる。まだ担がれた方がマシだ~!
隣の魔法用の訓練場にはオンがいて、こちらの動向を察知していることなど――俺たちは考えもしなかった。




