繭の周りで
翌朝、ルナとサァラが飛んできた。
「フォン!」
繭に呼びかける。期待して様子をうかがったが、反応はない。
エリオットは、二人の他にバスラと魔法使いを連れて来た。
バスラが自分のクランから魔法使いを選んでくれたという。まずはオルドと情報交換をしてもらうことになった。
「フォンが好きな魚のフライを挟んだパンだよ。一緒に食べようにゃ」
サァラが泣きそうな声で、バスケットを開いた。
「入り口の荷物チェックで崩れちゃったけどさ」
ルナがズレたパンを直そうとするが、直しているのかさらに崩しているのかわからない。
「はは、俺がやるよ」
手を洗ってきて、ささっと整えた。
「じゃあ、食べるにゃ」
サァラがそのうちの一つを俺の口に突っ込んだ。
「昨日の夕飯も食べ損なってるんじゃないん?」
そういえば、そうかも。食堂に入ったところで騒動が起きたから。
エリオットがオルドにもパンを渡していた。
「闇魔法は精神に干渉するものなんだ。ちょっと接触してみようか」
食事が終わると、その魔法使いが提案した。
みんなの期待の視線が注がれる。黒い霧が繭に吸い込まれていった。
「混乱してるみたい。話ができる状態じゃない」
「ご飯食べてないけど、お腹空いてないかな? このままだと痩せちゃわない?」
サァラが不安を口にする。
「妖精族のことは妖精族に任せてほしい」
昨日の通訳がそう言いながら、食堂に入ってきた。
後ろから警備兵が走ってくる。
「申し訳ありません。朝食を渡している間に……」
隙を見てここまで来たのか。強引なことをされると、ますます嫌いになるんだが。
タイミングよく、宰相と魔塔の魔法使いが入ってきた。
「妖精族がこんなに無作法だとは知りませんでしたな」
宰相は一目で状況を把握して、皮肉をぶつける。
「我々は種族を大切にするのだ。奪われた同胞を保護して、連れて帰ってやりたい。それだけのこと」
「種族云々の前に、一人の人間として信頼関係が結べそうにありませんな。あなた方が自分の都合を押しつけてくるから、こちらも警戒せざるを得ない」
宰相は喧嘩も辞さない構えを見せた。
「本人の了承を得ずに、国外に出すなんて非常識だ。我が領を拠点にする冒険者でもある。断固お断りする」
エリオットがはっきりと断る。
「問題を解決する手段も持たないのに、何ができるのですか」
妖精族が語気を荒げた。
「それなら、『花猫風月』がうちのクランに加入すればいい」
Sランク冒険者のバスラが割って入った。
「彼女の仲間ごと俺の庇護下に入れば、もう国にだって口出しさせない。
どうだ? トーマも俺のクランなら、王城から出ていけるはずだぞ」
俺は誘拐されないように王城にいたわけだから、身の安全が確保されたらいいのか。
もういい加減、王城から出たいと思っていたんだよな。
エリオットは領主のタウンハウスよりも、バスラのクランの方が警備がしっかりしていると言われて、苦笑いした。
言葉を失った妖精族に、宰相は交渉を持ちかけた。
「我が国の国民を傷つけたのですから、それを解決する協力はしていただけますよね?
ただし、事件の関係者以外を寄越してください」
「そ、そんなこと……」
「認めない、ですか? 王城に危険人物を引き込んでおいて、断れるとでも?
同族を大切にすると言っていたのは嘘でしたか」
矢継ぎ早に畳みかけられ、妖精族は承諾せざるを得なかった。
その妖精族は警備兵に連れられて、とぼとぼと客室に戻った。
「結局、何をフォンに言ったんですかね」
俺は誰に言うともなく、呟いた。
宰相が答えてくれた。
「ある妖精族の男性が、宗教団体の被害者救済のための活動をしていた。
自宅を襲われて彼と妻は殺害され、五歳の娘は行方不明。宗教団体が疑わしいが、証拠が掴めずに今に至る。
その娘がフォンだとしたら、親の敵に育てられた可能性がある」
「それを、自分の記憶に自信が持てず不安定になっていたフォンに、確定事項として伝えたんですね」
なんてひどいことをするんだ。血縁なら何しても許されるとでも思っているのか。
「まあ、あのご夫人も焦っていたんだろうけどね。そろそろ寿命が気になるお年だろう」
強烈な嫌味が宰相の口から飛び出した。
いろいろな駆け引きで妖精族にうんざりしているのかな。
「うちの領内で、フォンに酒場で絡んで冒険者ギルドに捕まった妖精族がいただろう? 一度釈放したけど、再逮捕して王都に連れてきたんだ」
エリオットが思い出したように言う。
「フォンの親族から依頼されて探していたというのは嘘で、例の宗教団体の手先ではないかって疑いが出てきてね」
情報が錯綜して、もう何が真実かわからない。




