王宮に足を踏み入れる
目のくらむような建物だ。細かい細工が至る所にあり、格式と調和……無知な俺には、よくわからない。
背の高い、重そうな扉。天井が高くて、廊下が心なしかひんやりとしている。
「床が固くて膝にくる」
グレタ婆さんがぽつりとこぼした。
廊下に飾ってある花や絵を鑑賞する余裕もなく、歩き続けた。緊張のせいか、長い距離のせいか少し息苦しい。
辿り着いた謁見の間は扉が開かれた状態で、俺たちの到着を待っていたという圧を感じた。
エリオットの後ろから入室すると、まばゆい空間にクラクラする。ワインレッドの絨毯に、磨き上げられた焦げ茶色の床や柱。アクセントに金色の装飾――。
数段上に置かれた玉座が見える。
そこまでがまた遠い。冒険者ギルドの訓練場の端から端まで歩くくらいの距離がある。
「グレタ婆さん、大丈夫か?」
小声で話しかける。少し息があがっているようだ。
「はぁ。大丈夫じゃなくても、どうしようもないだろう。くそったれが」
場違いな言葉を使うグレタ婆さん。体がしんどいだけではないような、刺々しさを感じた。
エリオットが玉座の前で止まった。当然、俺たちも止まる。
後ろからトゥランが「男は片膝立ち、女性は左足を引いてお辞儀」と言った。
きょろきょろと周りを見たらいけないんだろうな。目だけで様子をうかがうと、そんなに人は多くない。
まだ誰も座っていない玉座。
その斜め後ろに、偉そうなおじさんが立っている。
壇の下にも偉そうな貴族たちがいるけれど、十人もいない。
すっかすか。こんな人数だったら、もっと狭い部屋でいいんじゃね?
「総裁閣下、ご到着。礼を」
偉そうなおじさんが言うと、片膝をついたエリオットが頭を下げる。
慌てて、それに倣った。
あれ? 国王じゃなくて「総裁」って言うんだ。へぇー。
靴音は絨毯に吸収される。それでも、人が歩いてくる気配がある。
ぎしりと音がしたわけではないが、椅子に腰を下ろしたようだ。
「よい。顔を上げよ」
腹から出した重厚な声が、謁見の間に響き渡る。舞台役者のように張りがあり、ちょっと聞き惚れそうになった。
顔を上げると、三、四十代といった感じのはつらつとした人族が座っていた。
「平民もいるゆえ、礼儀作法については不問とする。直答も許す」
そう言って家臣たちを一瞥した。言われた方は軽く頭を下げて、了承する。
「楽にせよ」
そう言われて、俺たちは立ち上がった。
「まずは、ぬいぐるみという新しいものを生み出した功績を褒め称えよう。
諸々の圧力に負けず、国の利益と結びつけた。争奪を退けて、二十体を無事に納品したことも、大義であった」
壇上に、二十体のぬいぐるみが鎮座している。
可愛いが、その背景に政治闘争があったと想像すると、きな臭い爆発物のように思えた。
「冒険者ギルドと商業ギルドの尽力の下、トゥルメル領主代理として献上いたしました。ありがたくお言葉を賜ります」
エリオットが堂々と返事をしている。
旅の途中で見せた軽薄さはどこかへ吹き飛んで、立派な領主一族だ。
「ここにいるのは、我の最側近とでもいうべき者たちだ。長年、外交に携わってきた事情通もいる。
忌憚なく、話してもらいたい」
総裁――つまり国の王は、そんなことを言い出した。まあ、俺は庶民だし、心の中なら「国王」と呼んでも許されるだろう。
「閣下はすでに、ぬいぐるみ作成の経緯や、同席している者たちが抱えている事情をエリオット・トゥルメルから聞き及んでいる。
質問に、正直に答えるように」
国王の斜め後ろから、そんな言葉が飛んだ。
ああ、さっき待たされている間に、いろいろと話し合いがすんでいるのか。
なら、それ以上、何を引き出そうというんだ?
「移民にして養鶏業に従事するマーガレット。お主は、オークの島の出身ではないか?」
突然の話題に、俺の頭はついていけなかった。




