五日目 馬車の中
気怠い朝を迎えた。起きるのがしんどいというか、このまままどろんでいたい。
まあ、護衛任務の途中だから、そんなわけにはいかないのだが。
昨日、ボロボロになった制服は回収され、パリッとした制服に袖を通す。
首元の縫い取りを見つめる。これは首を保護するものだが、昨日はこれを掴まれてピンチになった。
――ものの性能は、状況次第で利点にも欠点にもなるんだな。
今日のペアはオルドだ。
「申し訳ないが、魔法について教えてやる時間は取れそうもない。
エルフから攻撃される場合、攻撃手段は弓と魔法だ。私と君のところのフォンが中心になる」
「いえ、護衛任務の最中に余裕があったらという、ご厚意によるものだと承知しています。
本音を言えば残念ですが、昨日、たくさん魔道具を見せていただき、充分勉強させていただきました」
あまり親しくないので、敬語になった。
「理解が早くて助かる。では、またの機会に」
オルドはそう言った。
俺は昨日と同じ商隊用の馬車に乗る。
オルドは御者台に座っているが、手綱は兵士が取っている。襲撃に構えているのだろう。
時折、フォンの風魔法がそよ風のように通り抜けた。
馬車の並び順も元に戻り、最後尾は護送車だ。背後の警戒は、護送車の役目になる。
俺は馬車の中に寝かされた、負傷兵たちの世話を焼くことにした。グレタ婆さんの手際がよいので、俺はその手伝いに回った。
ポーションで応急処置はできているが、怪我がひどいとそれだけで治しきれないらしい。結局は体を休めるのが一番、ということになる。
「昨日みたいな乱戦になったら動いてもらう。それまでは、隊列を工夫すれば大丈夫だ。休んでおくように」
騎士のトゥランがそう言葉をかけていた。
「昨日は、怖くありませんでした?」
兵士が寝息を立て始め、暇になったのでグレタ婆さんに話しかけた。
「怖かったのは、あんたの方じゃないかい? 長く生きてきたばばあを舐めるんじゃないよ」
グレタ婆さんは、かかかと笑った。
あ、年寄りの自慢話が始まった。
こういうときは対抗したりせず、感心してみせるといい。
「すごいですね。肝が据わっている」
「どんなに獰猛な獣人でも、オーガの悍ましさには敵わないさ」
グレタ婆さんが沈んだ声音になった。
「オーガですか。この大陸には、いませんよね?」
本で読んだだけの知識だから、自信がなくて疑問形になった。
「ああ、そうだったね……」
グレタ婆さんは何かを誤魔化すかのように、話題を変えた。
「ところでアンタは三人のうち、誰が本命なんだい?」
おい、突然なんだ?
そして、馬車に乗っている人たちの耳が、一斉にこちらに向いた。
いやいやいや、何なに。
「そういう――のは、あの、あれですよ。
同じパーティーの仲間ですから、優劣とかないでしょう」
慌てて言葉につまる。酒の肴にされるみたいで、嫌だ、こういうの。
「なんだい、ババアに娯楽をくれてもいいじゃないか。つまらない男だねぇ」
多分、笑いを取るつもりで言っているんだろう。
「俺は前のパーティーに殺されかけて、死にかけているのを助けられたんです。
そのまま加入させてくれた恩人だから、エロい感じでからかわれたら申し訳ないんで……控えてもらってもいいですか?」
マジで、からかうのはやめてほしい。波風立たないように受け流すのも疲れるんだ。
「あ、そうかい? 悪かったね」
グレタ婆さんが首をかしげた。
あれ、これは……女子会とかで、なにか聞いている感じか?
冷や汗が出て来た。
今後もからかわれないよう釘を刺したつもりだったが、グレタ婆さんにとっては白々しい言い訳に聞こえただろうか?
寝ていたはずの獣人の兵士が目を開けて、こちらを見ている。
彼は、すんっと鼻を動かした。
匂いか。
昨日の夜の匂い……やべぇ。俺が口からでまかせの大嘘つきみたいじゃん。




