五日目 エルフの森
エルフの領地を馬車は走る。道の両脇には低い木々が並び、道から外れることを許さない。
日の出と真昼の間の「朝中」の休憩で立ち寄った宿場は、樹林都市という雰囲気だった。
食堂や冒険者ギルドが木の上にある。馬や馬車を停める広場を眺められる場所なので、盗難の心配はないと案内人に言われた。
だが、蔦で作られた階段を一気に降りられない俺たちでは、襲われたときに荷物と切り離されてしまう。半数が馬車の周りに残り、エリオットたちは樹上の食堂に招かれていった。
兵士が水筒の水を飲み、「独特のよそよそしい雰囲気で、居心地悪いな」と呟いた。
「領主様のお供で王都に行くのは慣れているんじゃないのか?」
俺は王都に行くのは初めてだけど。
「……そういうときは領主様専属の、凄腕たちが護衛する。俺たちは見込みがあると期待されているけど、まだ一軍じゃないんだ」
「そうか」
兵士になったら、その中でまた上下があるんだな。
「だから経験を積んで、腕を磨く機会は逃せない。若手でこの旅に選ばれたのは、すごいんだぞ」
「出世コースか」
やる気を見せられて、微笑ましく思ってしまった。
「ま、そういうことだな」
少し自慢げに鼻の穴が広がった。昨日の襲撃を戦い抜いたのも、自信に繋がるだろう。
以前働いていたレストランの厨房でも、期待される者とそれ以外という区別はあったな。
俺には、料理の道を進むという強い志があったわけではない。そんな自分がわりと評価されて、後ろめたい気持ちになったことを思い出した。
向いていること、やりたいこと……それが一致しないから、心が定まらない。
「たかだか百年で、この森を作ってしまったエルフはすごいな」
魔法使いのオルドが近づいてきた。
「戦争の難民としてこの地に辿り着き、この場所を与えられた」
そう言いながら、俺たちの横に腰掛ける。
「王都のすぐ側ですよ? 新参者がそんなに簡単に信用されるものですか?」
ちょっと驚いた。難民に土地を与えるというのはあまり聞かないし、与えるとしても、もっと辺鄙な場所にするのが普通ではないだろうか。
「王都の人族からすると、獣人族との間の緩衝地帯だな。エルフを保護する同時に、盾にした。
ある程度木が育つまでは苦労したようだ。獣人と人族が奪い合っていた土地に、よそ者が住み着いたんだ。
育ってしまえば、エルフは獣人族からの干渉を撥ねのけられるようになる。この通り――な」
オルドの指し示した森を見る。
街道を外れたら迷いそうだし、どんな攻撃を受けるか見当もつかない。とりあえず、矢の雨が降るんだろうな。
どんな意図があろうと、居場所が与えられたんだ。きっと必死に守り抜いたのだろう。かなり犠牲も出たはずだ。
当時の人族の王がすごいな。尊敬はするが、近寄りたくない感じ。
「この森は、エルフ以外の魔法を吸収する術が施してある。
つまり、全力で戦えない。戦うつもりがなければ、多少疲れやすいくらいだが」
オルドは自分の肩を揉みながら、首をまわした。コキコキと音がしている。
「風の魔法を使っているお嬢さんを、後で労ってやるといい」
オルドはそれを言いたかったらしい。人嫌いなのかと思いきや、優しいところもあるんだな。
「魔法の阻害かぁ。物理攻撃も、水中にいるみたいで体のキレが悪いと思わないか?」
兵士は自分の手を握ったり開いたりしながら、俺に顔を向けた。
「ああ、言われてみれば……。疲労がたまっているだけじゃなかったのか」
俺は腕をグルグル回しながら、そう答えた。
見た目はきれいな森だが、どこか重たい歓迎されない空気を感じつつ、馬車は進む。馬の足取りは軽いので、人族や獣人に対する警戒心なのかもしれない。
昼頃、ようやく森を抜けた。すっと体が軽くなる。
そして、王都の外壁が見えた。




