四日目 今日の締めくくり
エルフ領で宿場町に着いたとき、心の底から安心した。それと共に、どっと疲労感で体が重たくなった。
緊張していたから感じなかっただけだろう。
みんなもそうなのか、会話が少なく、夕食は静かだった。
食事をすませると、俺は早々に部屋に戻った。野菜が中心だったので、部屋で干し肉でもかじろうかな。スタミナ不足になったら困る。
自分のベッドに腰掛け、固い干し肉を咥えながら、短剣の手入れを始めた。
細かいところに血がこびりついている。拭いたほうがいいけど、もう細かい作業をしたくない。
面倒くさいなと、ため息が出てしまう。
今日、初めて人に刃物を向けた。モンスター相手とは違った、気持ち悪さが手に残っている。
自分の手をじっと見ている俺に、サァラが声をかけてきた。
「だいじょーぶ?」
「人を刺したの、初めてだ」
正直に言うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。ふわっとした感触に安心する。
……だが、どうしよう。
困ったことに、このまま無茶苦茶に抱きたくなった。
そんな場合じゃないだろう。そう思っても、収まらない。
ルナとフォンは風呂に行っている。煩悩に負けそうな、絶好のシチュエーション。
いやいやいや、途中で戻ってきたら気まずいだろう。馬鹿か、俺。
そのとき扉をノックされた。
誰何すると、俺が以前所属していたパーティー「鮮血の深淵」のメンバーのことを訊きたいらしい。
俺だけ宿の食堂の隅に案内された。数人のエルフが先に着席している。
ワインを勧められたので、遠慮なく一杯いただいた。
「突然呼び出して申し訳ない。
あなたはセラウィエラナと行動を共にしていたことがあるそうですね」
中央にいるエルフはそう問いかけてきた。
「セラウィ……? あ、セリアですね。弓使いのハーフエルフ」
俺を射殺そうとした殺人未遂犯だ。もう捕まっているはずだ。
「逃げおおせるために『ハーフ』と偽るとは、心根から腐った面汚しだ」
そんなに嫌っている相手の、何が聞きたいんだろう?
「二年半くらい、一緒に冒険者活動をしました。
あまり親しくなかったので、お話しできることはあまりないですよ?」
「百年ほど前に大きな戦争がありまして、我々はエルフの島からこの大陸に逃げてきた一団なのです。
逃げる途中で、他の村から避難してきたエルフも合流してきました。
彼女も、そんな中に紛れていたようなのです。難民同士の素性など気にする余裕はありませんでした。
この共和国で森を与えられるまで放浪をしていて、あまりの過酷さに、途中で離れていく人たちもいました。
エルフは見目がいいので、矜持を捨てて金持ちの愛人になる者もいました……」
百年前……そんなに年上だったのか。見た目は、俺より少し上くらいにしか見えなかったな。
「俺は殺されかけました。なんだか、人を殺すことに慣れている感じがしましたよ」
今日、俺も人を殺した……かもしれない。
戦闘の最中で、生死確認まではしていないから。
「ギルドニュースに『鮮血の深淵』として、載っているのを読みました。
はぐれ者のハーフエルフなど、気にとめようと思わなかった……」
ちょいちょいプライドが高すぎる発言があるな。
今日の戦闘は、やらなければこちらが殺される状況だった。王都にぬいぐるみを無事に届けなければいけない。護衛の仕事だ。
ただ自分に都合が悪いから、殺す――そんな人間にはなりたくない。
そう、強く思った。
エルフたちは俺があまり情報を持っていないことを知って、がっかりしたようだ。
セリアは出身の村で殺人事件を起こしていた。それが二百年前……。その後の足取りを調べる中で、ここのエルフたちにも調査が入ったらしい。
気の毒だが、語られたエルフの苦労話より、俺は風呂に入りたくて仕方なかった。
部屋に戻ると、三人が待っていた。今日は久しぶりに四人部屋だ。
「トーマぁ。あのさ、さっきの続きしにゃい? 昼間の影響で、寝付きが悪そうな気がするんよ」
サァラが甘えた声を出した。
「……ちょっと、そうかも」
これはもしや、俺に都合のよすぎる展開なのか……?
「だったら、もっと疲れるかもしれないけど、慰め合って安心したほうがいいよね?」
ルナが目を潤ませる。
フォンが上目遣いで、「防音の結界、張りましょうね?」とトドメを刺した。
嬉しいが、落ち着いて考えよう。
異論はない。けど、三対一。
俺の体力が、ごっそり削られるんですが……。
やれるか?
……やるしかないのか、俺。
いや、その前に風呂だろ。風呂に入らせてくれ。




