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よくよく考えてみたけど、祈るだけじゃダメだよな。
「それが上手く行くなんて保証はないし、神様は俺を嫌っているわけだし……」
「俊ちゃん、声に出てるよ」
「あ、悪い。聞かれてなさそう?」
「うん、とりあえずは」
改めて到着したプール。前回は流美たんが腰かけていた室内で、ボーッとしながら考えていた。
ん? ボーッとしてたら考えてるわけないか。今のなし。
丸いテーブルを挟んでミコトも休憩中なのだが、うっかり口に出していたらしい。普通に危ない。
「と言っても、他の客とかは別に俺らの会話なんて聞かないよな。なぁミコト」
「ん? なーに?」
「フルサワの案として、トオノミノ神に助けてくれって願って来たんだけど、実際どうなると思う? ミコトの知識を借りたいんだけど」
「あ、そうなんだ……」
飲んでいたオレンジジュースを置いて、直ぐに真剣モードな雰囲気になるミコト。
かつて神様だったミコトの意見が、一番信憑性あるよな。この相談は間違いじゃないはずだ。
「えっと、フルサワ先生がそう言ったなら、信じていいと思う。絶対にとはさすがに言いきれないんだけど」
「あ、マジ? ミコトが言うなら大丈夫そうだな。トオノミノ神も、悪神ってわけではないってことか」
「……そうだね。神様は基本的には、差別的な行動は取らないから」
申し訳なさそうに、ミコトは呟く。
差別的な行動……か。多分ミコトは、自分の感情を優先して昇を救ったことで、その「基本的」というものから外れてしまったから、思うことがあるんだろうな。
結果的に、神様としての地位を失ったわけでもあるしな。
「てか、そうか。トオノミノ神は俺のことが嫌いっていう差別的な部分もあるから、絶対とは言い切れないのか」
「うん、そういうこと。でも多分……大丈夫」
「まぁ、一旦信じるよ。いや一旦といっても、今回がラストチャンスでもあるような気がするんだが」
「そうだね、失敗したらもう……きっとりりちゃんは助からない」
「……だよな」
また矢吹達の命を犠牲にしてループという手も、できれば取りたくないわけだしな。
できればずっと策を考えていたいが、変に思われるわけにもいかないしそろそろ移動するか。
「ミコト、スライダー行くか? 向こうにあるぞ」
ミコトの手を取って、前回散々李々華と楽しんだウォータースライダーへと向かって行く。
やりたかったって割には、ミコトはずっとセフィ達と遊んでた気がするし。
「え、でも俊ちゃんぐったりするくらいやってなかった?」
「よく見てたな。正直吐きそうになってたぞ」
「じゃあ大丈夫だよ? 無理しないで?」
「いいのいいの。いいってばよ。せっかくだし俺とも思い出作ろうぜ」
「……うんっ」
分かりやすく嬉しそうな反応してくれると、こっちも嬉しくなるね。いいこいいこ。
最近本当に撫で過ぎてるから自重しないとなぁ。でもついねー、撫でたくなる子だよねこの子ね。
「あれ、スライダーやりに行くの? 私も一緒にやりたい」
「お、李々華。行くか?」
「2人きりじゃなくていいの?」
「それはミコト次第だな。どっちがいい?」
「俊ちゃん、そういうとこだよ」
ミコトにぺちんっと、ひじょーに優しく頭を叩かれた。なになにどゆこと?
「りりちゃんも一緒に行こ! うぉーたーすらいだー、好きでしょ?」
「教えたことあったっけ……? でも、お言葉に甘えて。お願いします」
「うんっ! ほら行こ行こ!」
「瀬川さん走ると危ないから、ゆっくり行こ」
2人のやり取りを見て感じたけど、ミコトってしっかり気を遣ってるんだなぁ。危なっかしいところはあるけど。
腕を引かれるがままについて行き、3人でウォータースライダーを楽しむ。相変わらず何度も滑るから同じくグロッキー。
みんな元気ね。
「あんたは何で学習しないの?」
「せっかく楽しんでくれてるし、付き合ってやりたいじゃん?」
「ほんっとバカね」
前回同様、昇に介抱されている。
……あれ? 前に介抱された時は別の理由でだっけ。もう覚えてないや。
相変わらずスタイルよくて眼福ですありがとう。
「今更かもしれないけど、ほんと貧弱だよねシュンって」
「唐突にディスられるんだけど最近」
「運動神経はそこそこいいのにね。少食だったり酔いやすかったり」
「まー、そう言われるとそうかもなぁ」
三半規管がふにゃふにゃなのかもな。乗り物酔いが1番酷いし。
でも運動神経はいいと思ってくれてるんだね。嬉しいね。何ならそこしか取り柄ないけど。
身近に流美たんという神レベルの身体能力を持つ子がいるから、凄く霞むんですけどね。
「……あれ? 割と流美たんも三半規管終わってね?」
「似た者同士だよね。どっちも運動神経はいいから」
「『は』ってのやめてくれん?」
「あんたに至っては『だけは』になるけどね」
「やめてよたった今自分でも再確認したところなんだからそれ」
俺が沈まないようになのかもしれないけど、軽口叩いてくれる友達って心から救われるとこあるよな。昇は事情も知ってるのに。
「……それで、もう直ぐ前回と同じくらいの時間になるけど、どうするの」
そして神妙な空気にすると一気に引き締まるのが昇のいいところ。マジで頼りになる。
前回と同じくらいの時間、といってもきっとそこは関係ない。
「多分だけど、俺との会話の内容がキーだった気がするんだよな。李々華の心に隙を作ったから、支配されたとか」
「……身に覚えがあるから、全然有り得るね」
「……そうだな。だから次李々華が近づいて来た時が勝負だと思う」
「私もそばにいようか?」
「いや、多分2人切りで話したい感じだと思うんだ。何とかするよ」
「任せるよ。頑張って」
もちろん。としっかり目を見て頷く。
李々華が近寄って来やすいようにか、昇は去って行った。
さぁ、いつでも来い李々華。俺は今度こそ、選択を間違え……間違え…………んぉ? おや?
「あれ、李々華どこ行った……?」
気の抜けた声を出してしまったが、脳が整理され途端に焦る。
待て油断したぞ。フルサワから、目を離すなと言われているのに。
「李々華……! 李々華どこに……!?」
なるべく小声で、走らないくらいの早足で探し回る。少なくともプール内には見当たらない。
嘘だろ。さっきまでミコト達とそこにいたはずなのに。
「花菱君、李々華ちゃんは……?」
「矢吹! 俺も見失ってて……どこに……!」
「2人とも、こっち。来て」
焦り倒していたところに、矢吹と流美たんが合流。その様子を見ていたらしい昇とミコトも更に合流。
流美たんに誘われるままに、その後をついて行く。
ここは……女子更衣しt
「流美たん!? 俺をこんなところに連れて来ちゃダメでしょうよ!?」
「静かにして。中、見て」
「中……?」
正直他のお客さんの目が気になって仕方ないが、流美たんの言う通りこそこそと中を覗いてみる。
あ、ここ更衣室って書いてあるけど倉庫みたいなとこっぽいな。なんでやねん。
「……ん? 何でこんなところに、李々華とフルサワが?」
流美たん曰く、フルサワが李々華を連れて行ったのを見たらしい。
いやまぁ連れて行くくらいはいいけど、なぜここに?
よく分からないまま、2人の会話に耳を澄ませる。
「先生? 足首はもう大丈夫そうなんですけど……」
「花菱。お前は今、兄や矢吹達に守られていることを知らないだろう」
「守られている……?」
「理由など知らなくていいが、あまり邪険にしてやるな。そして、自分のやりたいように行動しろ」
「……どういう意味ですか」
俺も何を言いたいのか分からん。守られているってのは、きっと今の状況のことを言ってるんだろうけど。
てかこんなこそこそする必要ってあるのかな。一応、全員黙ってるけど。
──何だかそわそわしていたが、フルサワの手が李々華の首元に伸びたところで、息をするのも忘れた。
「──お前が夜空の下で死ぬ必要はない」
手が翳された瞬間、李々華の首に下げられていたあの呪いのネックレスが、砕けて落ちた。
「え……?」
李々華と俺の声が重なる。今、何をした……?
どうしようもないと思われていたあのネックレスが、いとも簡単に……。
「お前はお前の幸せを願ってくれる人間を、大切にしろ。いいな」
「はい……? え、今何かしました……か?」
李々華、何も分かっていないのか? もしかして、ネックレスをしていたという意識すら、本来はなかったのかもしれない。
いや、そんなことより──。
「なぁ……みんな今のって」
「先生が、呪いを解いた……よね?」
昇とだけ、目が合った。他の3人はただ、神妙な面持ちでその場面を見つめているだけ。
矢吹達は、何かを知っているってことか……?
「矢吹、ミコト、流美たん。今のって──」
「うわ、何してんのバカ兄」
「ぬほぉっ!?」
いつの間にか扉が開いていて、李々華が正面に立っていた。すんげぇビビって変な声出た。
これ普通に盗み聞きしてたってバレるじゃん。
「えっと、偶然李々華とフルサワが話してるの見かけたんだけど、何か真剣な空気だったから声かけ難かったというか〜」
「まぁ、別にいいんだけど。一応盗み聞きってよく思われないから気をつけなよ?」
「し、失礼致しました。以後気をつけ申し上げまする」
てか何で当たり前のように俺だけ注意されるの? 他は? 同じく耳を澄ましていたのだけどお咎めなし?
ちょっとしたビックリに困惑していたが、李々華から手を引かれて我に戻る。
「まだまだ時間あるし、遊ぼ。バカ兄」
どこかスッキリしたような雰囲気の李々華を見て、のしかかっていた緊張が解けた気がした。一気に体が軽くなった。
本当に、呪いが解けたということでいいのだろうか。
「……俺に神頼みを勧めて、さらには呪いを解いた」
振り返ると、フルサワの姿は既になかった。
まだ頭は整理できていないが、俺の考えが勘違いなんかじゃないのなら。
いやまさかとは、正直思うんだが……。
♠
「凄ぇ、ナイトプールやんけ……」
「何その喋り方」
夜仕様となった、ネオンに包まれるプール。何か、エロいね。
なんて思いながら、時間を確認して胸がなんかむにゃむにゃしている。むにゃむにゃってなに?
「8時だ……」
李々華は未だプールで遊んでいる。セフィ、ミコトと共にパシャパシャしている。何してんのあれ。
隣で俺の手を握ってくれているのは、ここまでずっと俺を支えてくれていた、矢吹だ。
俺達は室内で休憩中。
「頑張ったね、花菱君」
「矢吹もありがとうな。めちゃくちゃ救われてたよ、もう何日耐えたのか分からないけど」
「こちらこそだよ。李々華ちゃん救えてよかった」
「救えたっていうか……」
ここまでの間聞けていなかったが、矢吹にはどうしても確認したかったことがある。ミコトや流美たんにもだが。
「なぁ矢吹。フルサワ先生って、何者なんだ?」
矢吹の呪いを知っていて、神様への知識もズバ抜けていて、いつからあの学園にいるのかも謎で──何より李々華の呪いを解除までした。
ようやく。今更とも言えるが、長い付き合いらしい矢吹にこの疑問を投げかける。
……いや。もう正直な話、察してはいるのだが。
「そうだね……花菱君にもちゃんと、話しておかないといけないよね」
そう言ってはくれるけど、明らさまに話したくなさそうな表情をされた。それもそうか、とは思う。
しかし矢吹は、ネオンに照らされ煌めく瞳を、しっかりと俺に向けてくれた。
「僕は、君に恋をして……あの人に恋をされた」
苦しみを吐き出すように紡がれる、かつて聞いた物語の答え合わせ。
恐れか、もしくは別の感情なのか自分でもよく理解できないが、少なくとも胸の鼓動は冷静じゃなくなっている。
「君への想いを苦痛へと変えるために、僕の幸せを願わないために、恋を実らせないために……彼女は呪いをかけた」
夜までに好きな人と会えなければ死ぬ。そして午前5時に戻されるという、そんな呪い。
「永遠に死ねない呪い。彼女は僕が自分のものにならない限り、この呪いを解くつもりはない」
鼓動が激しくなるのを痛いほど感じながら、矢吹の語りに聞き入る。
ずっと気づかなかったけど、よく考えれば分かったのかもしれないよな。
矢吹との関係性にしろ、ミコトとのやり取りにしろ。
ずっと、近くで監視していたわけだ。俺と矢吹のことを。
決して、ハッピーエンドに向かわせないために。
「そして十字仙山の神様は、トオノミノ神は──教師として僕の目の前に現れた。それが、古沢先生だよ」




