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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第四章 新たな呪い
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4─20

「花菱、これとこれとこれとこれ、持って行け。多い? 知らん。早く行け。授業に遅れるなよ」


 あまりにも、人の心とかないんかって思うこともあった。


「お前はそこから出るな。いいと言うまで出てくるな。女子の着替えを覗こうとする恐れがあるからな、隔離させてもらう」


 あまりにも、偏見が酷すぎると思うこともあった。


「口答えするな。黙れ。お前程度の人間にそんな権利はない」


 あまりにも、差別が過ぎていると感じることがほとんどだった。


「今思い出しても、どのシーンを切り取っても、あの人俺を嫌い過ぎてたもんなぁ」


 先日、フルサワがトオノミノ神だと知った。だから色々考えてみたんだけど、心当たりばかりだった。

 俺は結構最近まで知らなかったけど、向こうからするとずっと恋敵だったわけだもんなぁ。

 にしても嫌悪感丸出し過ぎるだろうよ。やってることメンヘラっぽいのに。


「でも李々華のことは、助けてくれたんだよな。矢吹と俺さえ苦しめられれば、あとは別に何でもないって感じだったのだろうか」


 矢吹のことやたら考えてくれてる、俺のことが嫌いなだけの先生だと思ってたけど、背景見えたら悲しくなってきたな。

 ようやく見直してきたってのに。


「流美たんは普通に勘づいてて、ミコトはお互いが神様だったから知ってた。昇と俺だけが、あの中で知らなかったんだなぁ……」


 ミコトが怖がっていたのは、自分より格上の神様だったかららしい。神様の世界にも上下関係ってあるんだな。

 何か、色々知ってから胸が空っぽになった謎の錯覚がある。何か表現間違っている気もするけど、心ここに在らずって日が続いている。


「俺が真実を知ってから、矢吹もミコトも少し素っ気なくなった……ような気もするし。なんか空虚な…………空虚って何だっけ」


 もうダメだ。俺って本当にダメ。フルサワの言う通りだわ。

 ああダメだまたフルサワのこと考えてる。何だよ恋する乙女かよ。嫌よ俺神様に恋するの。いやしてねーよ。

 は?


「スッキリしねぇマジで。何か、別のことで脳内埋めつくしたいな。サッカーするかサッカー」


 ベッドから起き上がって、小鷹先輩とのチャットを開く。普通に断られた。引退するからってこんちくしょう。

 流美たんは真夏だから無理させるわけにはいかないし、入谷先輩とか……誘ったら来てくれるかな?


「バカ兄、ちょっと入ってもいい?」


「お? 李々華? いいぞ全然」


 珍しいな。いつもなら無言で知らない内に部屋にいるのに。

 そう考えると恐怖ですねわたくしの妹様。


「……ごめん。ちょっと時間ある?」


 遠慮がちに入ってくる感じ、ただならない話が飛び出してくるかもしれない。いそいそと体を向ける。

 何か入谷先輩を既読スルーしたような気がするけど、きっと気のせいでしょう。


「どうした? ちょうど暇だったから全然いいぞ」


「ありがとう」


 これまた普段とは打って代わり、ベッドではなく床に腰を下ろした。何か緊張するんだけど。

 けれど、こんな真剣そうな空気で茶化せるほど神経図太くないので、無意識の内に正座までしていた。


「前に、先生からやりたいようにしろって助言もらったから、私の話を聞いて欲しい。ちょっとだけ、長くなっちゃうんだけど」


「ぜ〜んぜん気にしなくていいぞ。お兄ちゃんに何でも話してみてくれ!」


「……」


 話しやすくなるかなぁって明るく言ってみたのだが、その瞬間李々華の表情が少し曇った。ミスったかこれ。

 しかし李々華は、決意したような眼差しを向けて口を開いてくれた。


「ずっと昔、バカ兄が『俊にぃ』だった頃……」


「いや今でもバカ兄っていう名前ではないのだけど」


「そういうとこがバカ。違う、こういうこと言いたいわけじゃないの」


 ごめんなさい。結局要らん指摘をしてしまいました。続けてくださいまし。

 それにしても懐かしい。昇とも、コタケとすらも出会っていなかった頃、李々華から呼ばれていたのが「俊にぃ」だ。途中から「兄さん」に変わったが。


「あの頃、エロ兄とバカ兄はあんまり仲良くなくて、バカ兄は私によく構ってくれてたでしょ?」


「ああ、確かに。ずーっと李々華と一緒だったよなぁ」


 あの頃というか、未だに廉翔とは仲悪いんだけどね?


「私にとっては、あの時間がとても大切で、大好きで、幸せだった。あの頃だけじゃなくて、それからもずっと」


 そう言ってくれるのは嬉しいねぇ。妹をしっかり愛してあげられていたのだろう、当時の俺は。

 今は自信ないけど。

 最近言われた自分のよくないところ、というのを思い出していたら、李々華の空気まで落ち込んだように感じた。

 いや、実際そうなのかもしれない。


「……バカ兄は知らないと思うけど、私は凄く醜くて最低な性格をしてる。嫉妬深い、嫌な性格」


 嫉妬。

 矢吹達もそう言っていた。李々華が、他の子達に嫉妬していると。

 信じられていなかったけれど、本人の口からそう明かされたのだから信じざるを得ない。


「コタケ兄って友達ができた時も、梅原さんっていう存在ができた時も、バカ兄は私のなのにって嫉妬ばかりして、勝手に腹が立って八つ当たりして」


 次々と連ねられていく李々華の感情を、ただ黙って受け止める。

 そっか。散々寂しい思い、させてたんだな……。


「当たり前だけど、バカ兄は私といてくれる時間より、友達といる時間の方が増えた。それが、本当につらかった」


 昇とコタケは親友という関係性になり、小学校から今に至るまで付き合いが続いている。思い返せば、李々華との時間はほとんどなくなっていた。


 中学に入り俺が本格的にサッカーを始めると、更に構ってやれる時間がなくなった。

 俺としては李々華に嫌われていると思っていたから、気にはしていなかったんだが……。


「今は矢吹さんって彼女もできて、毎日会いに行ってるのも気に入らなくて、もやもやしてて、でも何も言えなくて」


 ──李々華も李々華で、俺に嫌われたと思っていたらしい。

 つい口も悪くしてしまい、冷たくしてしまい、後悔の末言いたい本音もいえなくなっていた。それが真実だという。

 こうして正面から話に来たきっかけが、神様の助言ってのもまたズルいよなぁ。李々華がじゃなくて。


「改めて醜いこと言うけど、私は……矢吹さんが嫌い」


 今にも泣き出しそうな声で、震える拳を握り締めながら続ける。


「人間性とかじゃなくて、バカ兄との関係性が嫌い。梅原昇も、コタケ兄も、谷田崖先輩も、瀬川さんも。私より、バカ兄と仲がいいから。親密だから」


 矢吹によるループの前、李々華はミコトを追い出そうとしていた節もあった。それは、嫉妬という感情からだったのだろう。

 だからこそ、俺が事情を説明したら3人で引っ越すという妥協案を出してきたんだ。

 親密な関係にも種類はあるけど、何であろうとその相手をとられるのは怖いよな。そう考えるとトオノミノ神も、通ずるものがあるのかもしれない。


「私はバカ兄の妹だから、妹でしかないから、バカ兄からしたら面倒なだけかもしれない。だけど、仕方ないんだよ」


 ──ついに李々華の瞳からは、一筋の雫が流れ落ちて行った。

 妹の苦しそうな顔を見るのって、やっぱりしんどいよな。こんな顔をさせているのは、俺なわけだし。


 仕方ない。

 嫉妬深いその理由は、簡単なものだった。少し前の俺は全く察せていなかったが、「妹でしかない」という言葉で心当たりを見つけられた。



「私は、バカ兄に恋しちゃったんだから」



 そうだよな、そういうことなんだよな。

 関係性を嫌いに()()()()()()というくらいなんだ。簡単な感情なわけがない。

 ただ、コタケのような男友達にも感じるという点で、俺がその選択肢を無意識に除外してしまっていただけで。


 トオノミノ神が俺と矢吹を妨害する理由も、単純に言ってしまえば嫉妬だ。どうしようもなくても、認められやしないからそういう手段を取る。

 李々華を救ったのは、自分と重ねたからなのかもしれない。


「……でもさっきも言ったけど、私はバカ兄の妹でしかない。私が矢吹さんの立ち位置になることは絶対にない。それは分かってる」


「……うん」


「だからね、これからはバカ兄の『妹』に()()()()()()()()()()、後悔しないように伝えさせて」


「わかった」


 余計なことを喋らないように、短い返事だけで答える。俺は無駄な口が回るから。

 李々華は深呼吸をして、絶対にそれなりの勇気が要ることを今度はハッキリと口に出す。



「バカ兄……好きだったよ」



 ずっと、ずっと昔から。兄としてじゃなく。

 小さくそう続けた李々華は、滅多に見せない大粒の涙で膝を濡らす。

 俺は李々華に、異性としての応えは返せない。だからせめて、兄として精一杯想いを返してあげよう。


「ありがとう、李々華。こんなバカ兄を好きでいてくれて」


 ♠


「俊ちゃんって結構悪い人だよねー」


 夕焼け空の下、ミコトと2人での買い出しの帰り道。あまりにも自然に人聞きの悪いことを言われた。


「どこがよ。俺ってめちゃくちゃいい人じゃん? 多分……」


 中学まであまり人に好かれていなかったので、自信はない。いつものテンションは割と強引なものだったりもするし。

 こういう時に自信たっぷりな返答ができたらかっこいいのかな。


「俊ちゃんは悪い人だよ」


「繰り返すことある? しかも断言されてね?」


「だって色んな女の子に優しくして、つらい気持ちにさせちゃってるんだもん」


「……」


 ついさっきのことがあったために、全く言い返せなくなった。ミコトさん絶対分かってて今言ったよね。


「何でだろうね、顔は全然かっこよくないのにね」


「酷くね? そんな石ころ蹴りながら自然な流れで言わんでも」


「冗談ではないけど冗談だよ。俊ちゃんのいいところは、内面の方だもん。割と」


「割と」


 しかも冗談じゃないのかよ。追い討ちしないでくれ。


「でも俊ちゃんのいいところは、悪いところでもあるからね」


 ビシッと指を突きつけられ、銃口を向けられた気分で手を挙げてみる。

 やっぱり正面から見るミコトは美人過ぎて、普段のふわふわしたお子ちゃま具合とのギャップが凄い。


「いいところが悪いところって、何だよ」


「さっきも言ったでしょ? みんなに優しくして、いい顔するのはあんまりいいことじゃないんだよ」


「そんなこと言われたって、嫌われたくないからそうするだろ?」


「その考えのままだと、本当に矢吹さんに捨てられちゃうかもねー」


「滅多なこというな! 何だよ、そしたらミコトとかに冷たくしたらいいのか?」


「んー、限度っていうものがあると思うんだよねぇ」


 くるんっと向きを変えたミコトは、さっきまでより少し早足で進み出す。

 限度か。まぁ、それはそうだよなぁ。たとえばセフィに対する線引とか、言ってる割にできてない気がするし。


「私はまだ人間として未熟だから、どうしたらいいとかはよく分からないんだけどね」


 夕焼けを背にして振り返るミコトは、やはり絵になる。写真に撮ったらめっちゃ映えそう。


「それでも今のままだと、ダメだなーって分かるよ」


「皆して難しいこと言わないでくれよ……俺の脳みそキャパオーバーだって」


「そこはきっと誰も期待してないけどね」


「お前割と俺に対して辛辣だよな」


「俊ちゃんの中でそういうキャラ練習しましたからっ」


「いやもっとマシなキャラを練習しといてくれよ」


 楽しそうに笑うミコトを見て、我が子と会話しているような気分になる。やはり俺は子供かペットとして見ているようだ。

 そして李々華の言っていた、このままずっとうちに置いておくのは不可能ということも思い出す。


 「ただ、李々華と3人暮らしするにも限界があるんだよなぁ。俺も矢吹と結婚したら2人で暮らす予定だしなぁ」


 「俊ちゃーん? 何で立ち止まってるの?」


 「んぁ失礼失礼。ちょっと考え事をな。そんな大したことではないから気にしないでくれ」


 「大丈夫? 本当にどうしようもなくなっちゃったのかと思った」


 「ちょっとばかり怒るわよ?」


 「わー頭わしゃわしゃされるー」


 凄ぇ、ミコトの髪の毛って本当に鮮やかな色してんなぁ。

 未だに地毛かどうか聞かれるから、ちょっと困るけどな。この深紅のヘアー。

 容姿も絶世の美女だしプロフィールは曖昧だし、髪はコレだし……確かに、ずっと隠し通すのなんて不可能だよな。


 「なぁミコト」


 「ん?」


 「李々華だけにでも、ミコトのことを打ち明けよう」


 どの道、ループ前に一度話してはいるんだ。あの時も真剣に受け止めてくれた。

 不安そうなミコトの頭を撫でながら、明かりがついている李々華の部屋に目を向ける。

 李々華が不安に思っていることを、少しでも解消してあげたくもあるしな。

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