4─18 好きだったよ
今回のループは、李々華のネックレスによる呪いではなく、矢吹の呪いによるものだ。
だから、昇も記憶を持ち越した状態で繰り返す。
午前5時。この後俺達は10人でプールへと向かうことになっている。
その前に俺達5人は、こっそり集合することになった。
「李々華ちゃんの呪いについて1つ分かったのは、時間なんて関係なく、ネックレスの意思で殺せてしまうということね」
昇から始まるこの話し合い。全員が真剣な面持ちで頷く。
早朝5時台から、夏休みのサッカー部部室内でのやり取り。
「前回は何がトリガーであんなことになったのかは、私達では分からないけれど……」
「突然だったんだ。李々華と会話をしていて、急に空が曇り始めて、気づいたら李々華に異変が起こったんだよ」
「みたいね。どんな話をしてたの?」
「李々華が薄々感じていたらしい、ミコトの正体とこれからみたいな」
「だからりりちゃん、私のことを言ってたんだ……」
ミコトがまるで自分のせいだというように、悲しそうな目で俯く。違うぞそれは。
ここにいる全員が知っているように、李々華は頭がいい。違和感も見逃さなかっただけだ。
それに、何なら一緒に引っ越すという考えまで出してくれた。むしろ想ってくれてるんだ。
「……思ったんだけどさ」
薄暗い部屋での神妙な空気。少しの沈黙が訪れたタイミングで、矢吹が切り出す。
「あの状態の李々華ちゃんの言葉は、全てが本音ではないとしても何か引っかからない?」
「言葉……言葉か……」
「言われてみれば確かに、私も聞いていて何か感じるものがあった気がする」
矢吹と俺と昇が、揃って考え込む。ミコトはよく分かっていなそうだが、李々華の言葉か……。
まず、俺のことを突然ディスり初めて、その後矢吹の気持ちを考えてみろと言い出し、そして流美たんに向けた──
「嫉妬」
──俺が思い出すよりも早く、流美たんが小さな声で呟く。
「……やっぱりそうだよね。僕も、そこが気になってた」
「嫉妬って、流美たんに対してか……?」
「バカ。どう考えてもあんたを中心に考えての嫉妬でしょ」
「俺を中心に……?」
「本人からしたら、分からないかもしれないね」
矢吹の、少しだけ寂しそうな微笑みに、何だか胸が締め付けられた。
もしかして俺、知らない内にみんなに嫌な思いさせてた……?
「たとえば……」
俺がよく理解できていないのを察してくれたのか、続けてくれる。
昇と流美たんの2人の表情を見るに、彼女達はもう察しているのだろうか。かなり真面目な顔つきだ。
やっぱり俺が何かやらかしている気がする。
「流美ちゃんに同意を求めた、『梅原さんや瀬川さんにも構うのが不快』って言葉。何でそれを流美ちゃんに向けたのか」
なぜ流美たんに、か。
それはその直前にも言っていた、流美たんが俺を好きだから……正確に言うと「好きだった」なのだが。それが理由なんだと思う。
……で、どういうこと?
「相変わらずバカね。同意を求めたんだからね? たとえばシュンは、矢吹さんが他の男の人にも自分と同じようにしてたら、どう思うの?」
「そりゃ寂しいしなんか嫌だしヤキモチ全開になりますわね」
「つまり?」
「…………?」
「バカ過ぎない?」
ひでぇ。全員がすっげぇ冷めた目で見てくる。ミコトですらも。
えーと、整理致しましょうか。
李々華は同意を求めた。流美たんがそれを不快と思うかみたいなことを。で、それが嫉妬なわけだ。
「えーと、李々華も嫉妬してたってことか? 昇とかミコトに」
「そう言ってたつもりなんだけどね……」
矢吹の本気の呆れ声が、俺の胸を串刺しにする。つらたん。
俺って冷静に物事を考えられてない感じ? 流美たんの呪いに関しては、結構察せてたと思うんだけど。
いやちょっと待って?
「李々華が嫉妬!? 俺が他の子構ってることに!? そんなことある!?」
あまりの衝撃にでっかい声を出した。全員の顰め面に土下座する勢いで、心の中で謝った。
だって信じられないから。普段あれだけ俺を気持ち悪いという妹が、そのような嫉妬をしているだなんて。
「私もかなり昔から李々華ちゃんを知っているけれど、そんな素振り見せないもんね。シュンの気持ちも全然分かるよ」
「私も嫉妬してるようには見えてなかった! でも、そうなんだね」
「うん。李々華ちゃんは、花菱君のことが大好きなんだよ」
改めて言葉にされて、何だか気恥ずかしくなった。
大好き……か。妹にそう思われているのは、普通に嬉しい。普段ツンツンしてるから余計に。
でもやっぱツンツンし過ぎてて、にわかには信じらんねぇ。
「多分、俊翔は……」
「ん? 察しの通り照れてるぞ」
「違う。でも、分からない方がいいのかもしれない」
「え、なになにちょっと。次々と新事実出てくるのちょっと不安だわあたし」
「何でもない」
気になるじゃないの。何よそれ。照れ過ぎてオネエになってるわよあたし。
李々華俺のこと大好きなのかぁ。嬉しいねぇ。てことは普段の「キモい」は照れ隠しなのかしらん?
そう思うと俄然可愛らしく思えてくるわね。
「花菱君のよくないところだよね」
「ほんっとうにね。いつか痛い目見るよ間違いなく」
「俊翔は、おバカだから」
「そんな仕方ないみたいに言わんでよ。俺のよくないところ? 教えてくれない?」
「自分で気づけないようじゃダメなままだから。頑張って」
「ダメな『まま』って酷くない??」
既にダメってことじゃねーか。
昇さん、頭の回転早いからなのか遠回しにバカにしてくるよね? ちょっとだけ迂回してからボディブロー入れてくるよね。
長年付き合い続けてると流石にすぐ気づけるようになるね。
「そのままだと、僕も離れて行っちゃうかも」
「矢吹いいいい!? じゃあ教えて!? 直すべきところを教えて!?」
「あはは」
「矢吹いいいいいいい!!」
そんな恐ろしいことを言わないで! これからが不安でしかないじゃない! スケベなところ!?
「可哀想だから、ヒント」
「流美たん、君はいつでも優しくて救われるよ……」
「李々華ちゃんも、言ってたこと」
慈愛に満ちた瞳からの、めちゃくちゃ遠回しな言い方をされた。李々華さん、何を言ってましたっけ。てかどれですかね。
やっぱりさっきの嫉妬の流れですかね。嫉妬させちゃダメってことかしら。分からないわあたし。
「私は人間初心者だから、あまりちゃんとは分からないけど……」
遠慮がちに、さっきまで黙っていたミコトが割り込む。何だいミコト、俺を救ってくれるのかい?
「俊ちゃんにとっては結構難しそうだよね。その感情を上手くコントロールしたりするのは」
「もしかして俺って、男としてだいぶダメダメ?」
「まぁそれは置いておいて」
「そんな簡単に見捨てることあるマイベストフレンド」
「それより、今日をどうするか」
少々脱線していた議題を戻す有能な親友。相変わらず居てくれると助かる。いじめられるけど。
だが間違いなく、話し合うべき内容はそっちだ。
「このまま前回と同じように行動しても、きっと結末は同じ。午後6時を迎えるまでもなく、李々華ちゃんは亡くなる」
「何なら、流れによっては死が早まる可能性すらあるもんな。俺達が全く同じように動くわけでもないし」
俺達は記憶を引き継いでいるわけだし、コタケヤスダセフィと違って、完璧な自然体でいられるわけでもない。
同じルートをなぞって進むことも容易じゃない。俺はまず無理。
「全く同じように振舞ったとしても、会話をしたとしても、辿り着くのは李々華ちゃんの死。前回と同じ流れになる。だからどこかで、逸らさないといけない」
「だとしたら何をするべきだ? 唐突にプールはなしです、なんて以ての外だろ?」
「ただでさえ最近、李々華ちゃんの行動に制限をつけていたんだから、信用はなくなるでしょうね」
「今度こそ絶望しちゃう俺」
「まずやるべきなのは、あのネックレスを引き剥がすことなんだけど……」
「簡単にはいかないどころか、奪おうとでもしたらまた強制的に、あの状態になるでしょうね」
俺達が察したのがネックレスにバレでもしたら、その時点でゲームオーバー。何なら、ループ前のことも当然覚えてるだろうから……いやネックレスに意思があるってなんだよマジで。
「何も知らない人達にネックレスを回収させる……も難しい」
「まぁ、あのプールは貸切じゃないし、他の客も全然アクセサリーとか付けてたからなぁ」
「没収とかは出来ないね」
再び訪れる無言の空気。無音の部室。誰も口を開かなくなった。
そりゃそうだよな。呪いを防ぐために必須であるネックレスには、恐らく意思があって、回収しようとするとその場で殺される。
言ってしまえば、詰みとも言える状況なのだから。
「……でももううじうじしねぇぞ。矢吹が命を張って次へ繋いでくれたんだ。3人も巻き添えになってるのに、こうしてずっと協力してくれてんだから」
矢吹、昇、流美たん、ミコト。俺の妹のために、こんなにも真剣になってくれる人達がいるんだ。
裏切るわけにはいかない。もう絶望に負けたりしねぇ。
「いくらでも頼って、花菱君。僕達だってみんな、君に救われてきたんだから」
「私にとっても妹みたいなものだから、一緒に救お。李々華ちゃんのこと」
「私もりりちゃんと、今度はちゃんと話し合わないとだし!」
「みんなありがとうな。最後までよろしく頼む!」
というわけでたった今、僅かでも存在する可能性にも手を伸ばしてみようと思い至った。
俺達では限界があることでも、もう1人頼りになる人がいる。
あの人がどこまで、何ができるかは分からないけど。俺達と同じく、記憶を引き継いでループする人間がいる。
「──正攻法ではどうやっても、あの呪いからは救えんな」
だったのだが、呆気なく絶望を言い渡された。
いきなりそんなこと言わんでもよくないか先生。
「先生でも、どうしようもないって感じたってことっスか?」
「正攻法で行くならば、な」
4人は準備などのため一旦家に返したが、俺は1人フルサワを呼び出させていただいた。
いつもの保健室にて、誰もいない学校で考えを聞こうと思って。
「1番可能性があるとして、矢吹の親に頼み込みアクセサリーを強制的に外す規則を、急遽作らせることだが……」
「それは俺達も考えたけど、まず現実的ではないですもんね」
「ああ。どう説明するかも分からんしな。それにその時点で呪いが発動しないとも言い切れん」
「マジで八方塞がり……な気がするけど、先生の言う正攻法以外の手段なら、行けるんですよね?」
「あくまで可能性があるというだけだがな。正直これも現実的ではないが、聞くか?」
「もちろん」
可能性があるんなら、何でもやるに決まってる。ただでさえ詰みとも言える状況なんだから、何にでも手を伸ばす。
俺が大怪我とかでも、妹の命に換えたら安いもんだし。
──ちょっとばかり怖くなっていたけど、フルサワの出した案は、拍子抜けとも言えてしまうものだった。
「神頼みだ」
「神……頼み?」
この人は何を言っているんだ? 正攻法じゃないどころか、どんなことよりも現実的でない。
正直な話、鼻で笑われてもおかしくない案だ。
ただ、普通ならば。だ。
「お前達なら分かるだろう。神は存在する」
フルサワはふざけているわけではない。俺も拍子抜けとは言えど、その案を疑おうとは思わない。
「矢吹を筆頭に、お前達を苦しめている存在は間違いなく神だ。よくも悪くも、神はお前達を見ている」
誰に笑われようが蔑まれようが、俺達は神様の存在を信じている。信じさせられている。
俺達にしか、できないやり方があるってことでもあるよな。
「……神に頼るのはごめんだ、と。妹を見捨てるなら話は別だが、どうする」
確かに神様のやり方は大嫌いだ。矢吹達を生かす代わりに呪いをかけるなんて、正直憎い。
だけど、李々華を救うために頭を下げるくらい訳ねーよ。
「どうせ俺には呪いがいくつもかけられてるらしいし、その点も全然気にならないっスよ。今更」
呪いが1つ増えようと変わらないだろ。そんなに。多分。
「喜んでその案、いただきます!」
──どんな神様を頼るか、なんてのは1ミリも考えていなかった。
「だけど、自然とここに足が向いたんだから仕方ないよな」
早朝から山を登る羽目になるとは思わなかったが、せっかくフルサワも着いて来てくれたんだから文句は言わない。
矢吹を呪った、この十字仙山のトオノミノ神に、頭を下げることになるとしてもな。
「……あんたは俺のことが嫌いかもしれない。正直に言えば、俺もあんたが好きじゃない。だけど」
お互いを良くは思ってはいないであろう関係性だが、それでも。
「お願いします。俺の妹を……花菱李々華を救ってやって下さい……!」
深く頭を下げ、神様の祀られる神木に願う。
………改めて思うけど、なぜ祠じゃなくて木だけなのだろうか。




