第7話 魔法少女
昼下がりに始まるはずの魔法理論の講義は突如して休講となり、暇を持て余した私とセルビアは学院の裏庭へ向かった。
柔らかな芝生と大きな噴水のある庭園で、その庭園を彩るのは多種多様な花が植えられた花壇である。
プレートにはアメリカや日本など世界の花の名称が書かれている。ただ一部、魔術学部が研究で植えた『陽気に踊る花』がある。くねくねとツタが動いて若干気持ちが悪い。
「なにこれ、気持ち悪っ。魔術の研究だとしても花を踊らせる必要ある?」
同感である。セルビアは『陽気に踊る花』に顔を引きつらせている。一輪ならまだしも、五十輪以上は花壇に植えられているだろう。そもそも『輪』と呼ぶべきか『体』と呼ぶべきか定義すら怪しいところである。
一定リズムで踊る花を見ていると頭がおかしくなる。幸いにも鳴き声は発しないため、踊る花に背を向ける形でレジャーシートを敷く。
「魔術学部は頭のネジが数本抜け落ちてる人ばかりいる気がするわ。この前の講義だって……」
そんな雑談とともにセルビアが焼いてくれたクッキーをむさぼり食う。甘みと塩味のバランスがとれた美味しいクッキーと、セルビアが用意してくれたハーブティは至福である。
夕方の講義まであと一時間。それまでセルビアとお話しながら日向ぼっこでもしていよう。こうやってセルビアと過ごすゆったりと流れる時間と空気間が好きだった。
「話は変わるのだけど、私っていわゆる魔法少女なのかしら」
私はクッキーを噴き出した。咽かえす私にセルビアはハーブティを差し出す。
準貴族の地位をもつセルビアは他の学院生にも声を掛けられることも多々あった。魔法使いの世界では「マグダシア家」の名前はそこそこ有名である。
だから社交辞令で挨拶をする者がほとんどで、交友関係を結ぶためお近づきになる者はあまりいない様子だった。
彼女は誤解されやすい難儀な性格をしている。慣れあうために学院へ通っているわけではないにしろ、彼女は笑顔を繕って振りまくことを知らないため、周りから一歩距離を置かれている。
そんなセルビアが己を『魔法少女』だと述べた。誰もが抱いていたセルビアの印象は所詮、鏡に映る姿でしかなかった。そんなイメージを叩き割り、その割れた鏡の向こう側には魔法少女に憧れる乙女なセルビアが居座っていたのだった。
「へんなアテレコやめなさい。最初から最後まで失礼にも程があるでしょう。一体、アナタの目に私はどう映っているのよ」
セルビアは軽く咳して、「そうじゃなくて」と訂正する。うっすら頬が朱色に染まっていた。
「た、例えば「魔法少女」という言葉が政府公式に存在するとして、さすれば私達は魔法少女と呼べるのかしら」
それは魔法国法に載っているということだろうか。ならば魔法少女の定義が明文化され、それに当てはまるのであれば呼んでも良いとは思う。そんなありきたりな回答にセルビアは面白くなさそうな表情を見せる。
ともあれ一点だけ気になるとすれば精神的・肉体的に大人びているセルビアを少女と呼ぶには無理がある。そもそもセルビアの年齢はいくつなのだろうか。
「私は20歳よ。そういうあなたはいくつなの?」
私は21歳である。セルビアは大人びているからもっと年上のお姉さんだと思ってたが、歳下ということに驚いていた。
「ファドルフ魔導員の言葉を借りるとすれば年齢なんてただの飾りよ。それに見た目の話をしたらアナタはむしろ……ふふっ」
セルビアは私を一体何歳だと思い込んでいるのだろう。私の体を観察した後、口元を押さえて小さく笑った。
胴体に目線を向けられて小馬鹿にされた気がした。セルビアと歳も離れていない成人女性であるのに失礼な反応である。むっ。不服そうな目で彼女を見つめる。
「それよりも成人済の私達を『少女』と呼べないなら「聖女」かしら。魔法聖女。なんか清楚な感じがしていいわね。もし非魔法使いに正体がばれたら魔法聖女と名乗ろうかしら」
それじゃあ還暦を迎えたら魔法老婆になるのだろう。例えばセルビアが歴史に名を残すことになったら魔法使いならぬ「魔法老婆のセルビア」と名が刻まれることになるのか。
「どうしてそうなるのよ。魔法少女は無理があるかもしれないけど魔法聖女で良いじゃない。ホモサピエンスみたいに三段階にする必要なんてないの」
だけど自分の母親が魔法聖女と謳うのはキツくないだろうか。それがクリティカルヒットしたのか、セルビアはきゅっと唇を結び、無言でクッキーを食べ始めた。
どうやら考えることをやめたらしい。そもそもセルビアがそれを疑問に思ったこと自体が不可解だった。彼女は何かを隠している。横からジーっと見つめているとセルビアは観念したのか理由を説明し始めた。
「魔法国家公務員とか認定魔法使い、魔法労働者といった言葉は『魔法使い』という呼称から枝分かれしたもの。だけど生物学的の男女についての魔法使いから派生した呼称が無いわ。すべて老若男女問わず「魔法使い」で統一されている。魔法国法にも男女の魔法使いの呼称は記載されていないの」
魔法使いの男女の呼称については定義しない方が良いとも思った。
フィクションならまだしも魔法国家公務員の文書に例えば「魔法ロリータ」とか「魔法熟女」とか記載されていたら普通に嫌である。なにより多様性を謳う時代でもあるし、それこそ性別なんてただの飾りだと言う時代がやってくるかもしれない。
「あなたロリータとかどこで覚えてきたのよ。そんな限定的なもの普通の国語辞典にも載っていないわよ。ただ、これ読んでみて」
セルビアはキョロキョロと挙動不審になりながら、肌色に色褪せた一冊の書籍を鞄から取り出した。タイトルは文字が滲んで読めない。だけど手に持った瞬間、違和感を覚えた。
「そうなの。この本は魔法で保護されている。しかも中身を読まれないように特殊な暗号キーが何重にも重ねられているのよ」
魔法の詳細を解読してみると、呪物と類似する代物で、誰かの遺志が込められている気がした。ただ悪意ではないもっと優しい気配である。まるで先代から受け継がれている家宝のよう。私たちの実力ではこの魔法を解除することができない。こんな書籍をセルビアはどこから持ち出したのだろうか。
「これはファドルフ魔導員の落とし物なの。この前、講義の感想を伝えようとしたら、ふと彼女の荷物からこの書籍が落下したのよ。すぐに届けようとしたのだけどファドルフ魔導員の姿が見えなくなって」
それならすぐに返した方がいいだろう。色褪せた古い書籍ではあるが保存状態はとても良い。きっと大切に扱っていた書籍なのだろう……とセルビアに渡そうとした瞬間、魔法の一部が解除されたのか表紙が捲れてしまった。冷や汗がぶわっと噴き出る。
「大丈夫よ、あなたが魔法で解除してしまったわけじゃない。実は気になって私が1ページだけ魔法を解いちゃったの。そうしたらこの書籍は「魔法少女」という題名で、しかも発行元が「大帝国魔法協会」ということが分かった。大帝国魔法協会とは魔法国家公務員の旧名。つまりは政府が公式に「魔法少女」という呼称を使ってたことを意味するの」
このページ以降、どんなに力を込めても開くことはできない。私達は改めてこの書籍について考察する。
ファドルフ魔導員が外部へ知られないように魔法を込めるほどの書籍。魔法少女という単語。大帝国魔法協会。そのキーワードを線で結ぶと私達はあることを思い出した。同時に二人揃って顔を青ざめた。
「もしそうだったら、この書籍は……」
顔を青ざめた理由、それはファドルフ魔導員の母親は戦災孤児であり、元魔法少女兵だったからである。
現代の歴史文書には魔法国家公務員によって改竄されているが、魔法使いが非魔法使いの戦争に加担していた時代があった。
ファドルフ魔導員の母親は魔法少女兵として戦場の兵器として戦っていた。そのようにファドルフ魔導員が講義で話をしていたのだ。もしかしてこれは魔法少女兵について執筆した書籍。ファドルフ魔導員の母親に関連する大切な書籍なのかもしれない。
「……そんな大事なものだって知らなかった。私、すぐにファドルフ魔導員に返してくる。次の講義はお休みするから担当魔導員に伝えといて」
この書籍の魔法を一部解いてしまったから責任を感じているのだろうか。それとも大切な書籍を数日も持っていることに罪悪感を感じているのだろうか。
セルビアは切羽詰まった様子で、その表情は今にも泣きだしてしまいそうだった。そんな彼女を一人で行かせることは私自身が許せなかった。
「■■■?」
セルビアの手を握り、心が荒れている彼女を落ち着かせる。私も書籍を覗いたから同罪である。
だから一緒に謝って、一緒に怒られよう。
「ありがとう。あなたが一緒にいてくれると心強いわ」
それにしても魔法が戦争に使われていた時代か。「魔法少女」の目次に哀愁を感じながら私は書籍を閉じた。その表紙が閉じる一瞬、私は目を疑った。
この書籍の発行元は確か「大帝国魔法協会」だったはず。文字が滲んで読みずらかったが目を凝らしてみると「大童貞国魔法協会」と書かれている。私は絶句した。
書籍の裏表紙には「R18指定」と霞んだ文字で小さく記載されている。つまりこの書籍は「魔法少女」という名の成人本の同人誌である。そのことにセルビアは気づいていない。
「さあ一刻も早くこの本をファドルフ魔導員に返しましょう。きっとお母様を想って今でも必死に探しているかもしれないわ」
そうだね。私は喉の奥に詰まった言葉を飲み込んだ。そんな私を嘲笑うかのように、花壇の花は陽気に踊り続けていた。




