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セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第一章 セルビアと私

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第6話 休講日にセルビアと

 ヴェネツィア全域には学院が保有する寮が点在する。


 複数人で共同生活をする一般寮から、二世帯住宅や戸建ての一人用の寮も用意されている。そのうち私は、贅沢なことに二世帯住宅の寮に入寮することができた。


 そこはヴェネツィアの都市部から一番離れた立地の悪い場所だが、土と緑に囲まれ、今朝は鳥のさえずりで目が覚めるような素敵な場所だった。なにより故郷の雰囲気に似ていることから私はそこを選んだ。


 家賃は光熱費込みで月200ユーロ。建物は築10年の鉄骨造で、物置付きの三階建て。

 一人で暮らすには十分すぎるくらいだった。寝具やテレビなど家具付きであることから、食費を節約すればお金がかかることはない。


 だから私は休講日にはひとときの贅沢として、朝食を食べにヴェネツィアの街中を散策するのである。


 都市部へは徒歩とバスを乗り継いで約一時間。ショルダーバッグとグルメマップを片手に、今日は何を食べようか、どうせならテラス席のあるお店がいいな、と心躍らせながら空腹のひとときを幸福で満たしている。

 

 今日は都市部のストリートを歩くことした。表通りには、リッチで大人びた雰囲気を醸し出す高級時計店から庶民に愛されるレストランが並び、路地裏には紅茶や珈琲、洋菓子の専門店がひっそりと営業している。


 この風景をキャンパスに描くならば、白色と黄色と緑色を混ぜた「楽しい」色になるだろう。私の視界を埋め尽くす活気あふれるストリートと街の喧騒すら愛おしい。ここを歩いていると鼻歌を歌いながらスキップしたくなる。


 ストリートの一画にはアンティークの陶器を扱う専門店もある。庶民では手の届かない高価な食器を扱っており、値段相応の芸術的な美しい食器がショーケースに並べられている。この食器でどんな料理を盛りつけようか、そんな妄想に耽るのが好きだった。私の気に入っているお店のひとつである。


 「ねえねえママ、あの人は何しているの?」

 「シッ、見ちゃダメよ。あれは欲望という悪魔に憑かれた可哀そうな人なの」


 そんな妄想をするのは私だけではなかったようだ。店外のガラス越しから物欲しそうな顔で店内を眺める女性がいた。


 興奮気味に頬を赤くさせて、荒々しい息遣いでガラスが白く曇っている。自制のブレーキが壊れてしまったアブナイ雰囲気がある。通行人は皆、危険を察知して彼女を避けて歩いている。


 そんな怪しげな様子の彼女と目が合ってしまった。


 「なによ」


 不機嫌な表情をする彼女は、セルビア・マグダシアだった。


 栗色の髪とその容姿から、セルビアではないかと疑問を持つことは簡単だった。だが、街中であられもない姿を晒している者がセルビア本人であると誰が想像できるか。ギャップ萌えにも限度がある。


 疑問を持った時点ですぐにでも踵を返して逃げ出すべきだった。身だしなみを整えて平常運転のセルビアが私に近づいてくる。顔見知りの新たな一面を垣間見てしまった。あられもない姿を晒していた彼女が目に焼き付いて、私は動揺を隠せなかった。

 

「あられもない姿なんていかがわしい言い方しないで。あなたの「見てはいけないものを見てしまった」という反応が一番傷つくから。前にも言ったでしょう、私の両親は陶磁家で、私は跡を継ぐために学院で魔法を学んでいるの。アンティーク陶器は陶器家にとって憧れの品物なのよ」


 それにしたって憧れの域を超えた目をしていた。例えるならばサキュバスの如く妖艶を纏ったいやらしさがあった。


「ああもうやめてちょうだい! 好きなものには誰だってあんな風に焦がれるものでしょう。よりにもよってアナタに見られるとはこれ以上ない辱めだわ」


 む。それはこっちのセリフである。こうしてセルビアと会話をしている私まで、周囲から怪訝な目で見られている。辱めを受けているのは私の方である。店側から業務妨害として通報されても文句は言えないだろう。


「……あなた言うようになったわね。でも確かに注目を浴びすぎているわね。一旦ここを離れましょう。お見苦しいところを見せたお詫びに朝食でもご馳走するわ」


 彼女の提案に嬉しくなっている私がいた。自分で言うのもなんだけど犬で例えるなら尻尾を振っているだろう。あくまで学院の講義でたまに会話する程度の関係性なのに、休講日にこうして食事をするのは、『親しくなった証拠』と勘違いしても良いだろうか。


「■■■、今日はいつもよりご機嫌ね。そんなに私の弱みを握って嬉しいのかしら」


 そんなところかな。私はそう微笑み返した。 

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