第5話 セルビア先生による講義②
「あなたが一番気になっている魔法国家公務員。彼らはさっき説明した一般的な魔法使い、認定魔法使いを統べる者なの」
つまりは社会階級のピラミッドで言えば下段に一般魔法使い、中段は認定魔法使い、上段に魔法国家公務員なわけだ。
「ま、そんなところね。非魔法使いが各国に法律を制定しているように魔法使いにも秩序を保つための法律が存在する。それを制定しているのが魔法国家公務員なの。ちなみにこの法律本がこの魔法国法。これは全魔法使い共通の法律になっていて魔法の使用制限は主にこの法律に規定されている。魔法国家公務員というだけあって公務員という役割は非魔法使いたちと同じね」
魔法使いを統べる者。私はその存在を知りもしなかった。セルビアから常識がないと冷ややかな目を向けられたのも無理はない。それにしたって魔法国家公務員、きっとごく一部の優秀な魔法使いにしかなれないのだろう。
「そのとおりね。なりたくてなれるものではないわ。少なくともこの学院の全課程を修了したくらいじゃ足りないだろうね。まあ私はあまり魔法国家公務員が好きじゃないからいいのだけど」
その返答が意外だった。勝手な偏見だが誠実と実直な人柄のセルビアは魔法国家公務員を目指しているものだと思っていた。そもそも魔法国法を持ち歩いている時点でそうとばかり。
「世の為、人の為に尽力する魔法国家公務員は素晴らしい職業だとは思う。けれど生憎、私はそんな立派な思想を持っていないわ。だって偉そうじゃない。あいつら絶対に私たちを見下してるに決まってるわ。お父様の認定魔法使いの更新を受けるときだって、機械人形のごとく淡々と事務をこなしていて、笑みをひとつも零さなくて気味が悪かったわ。きっと彼らは私たちが目の前で殺されても悲しい顔ひとつもしないんでしょうね」
好ましくないのには深い理由があると思ったが、思った以上に偏見だらけの薄っぺらいエピソードだった。たまにセルビアは子供じみた発言をする。それが素であるか、はたまた仮面を被っているのか1か月そこらの関係性では読み取ることはできない。
どちらにせよ準貴族というヒエラルキーの上級階級者とは思えない親しみやすさを感じさせるのは、私に対する彼女の優しさだと思っている。
「まあ半分は冗談だけどね。私だって魔法国家公務員のこと深く知ってるわけじゃないもの。勝手な偏見を述べただけ。私はね、お父様の陶磁器家を継ぐためにこの学院へ通っているの。魔法国法だって認定試験に出題されるから勉強のために普段から持ち歩いているわけ」
いつかセルビアに訊ねてみたいと思っていた学院へ入学した理由を、思いがけず知ることができた。ファドルフ魔導員の講義でも言っていたように、ここにいる学院生は誰しもが目的を持って魔法を学んでいる。陶磁器の制作段階でどういう魔法を活用するのか想像もつかないが、彼女の講義を受ける姿勢は真剣そのもので、遊び半分ではないことは常日頃から一緒にいる私が知っている。
「常識の欠けたあなたが魔法国家公務員になれる可能性は低いかもしれないけど、もしあなたが魔法国家公務員に興味があるなら公安系はおススメしないわ」
公安系というと警察のことだろう。魔法使いの警察。それだけでどんな仕事をしているのか想像がつく。
「すべての魔法使いが清く正しい魔法を使うとは限らない。殺意ある魔法は恐ろしいものよ。銃器や刃物と一線を画してまばたきをする間に相手を殺すことができてしまうの。公安はそんな犯罪を犯した魔法使いを相手にしている。だからこそ公安に所属する魔法使いは並大抵ではない実力者揃いらしいの。それなのに毎年のように殉職者も出ていると聞いたこともある。恨みだって買うしいつだって死と隣り合わせの業務らしいの」
私の実力では一生かけても彼等に届くことはないのだろう。想像しただけでも手が震えてきてしまう。
ただ、今の話を聞いてひとつ気になったことがある。一般的に犯罪を犯せば起訴されて罰金刑や禁錮刑が科されるが、魔法使いの界隈で犯罪を犯したらどうなるのだろう。より厳しい処罰が下されたりするのだろうか。
「そこのところは基本的に同じで罰金刑や禁錮刑が科されるだけ。ただ必ずと言っていいほど魔法の使用を制限する術式が掛けられるみたい。どういう原理なのか分からないけど言葉通り魔法を使うことができなくなるらしいの。サッカーの試合のように軽犯罪でも三回目でレッドカード。永久的に使用できない術式がかけられるわ」
当たり前に使っている魔法が使えなくなるなんて想像もつかない。あくまで犯罪に手を染めた者の罰ではあるが、魔法国家公務員の方針次第では、いざとなれば魔法のない世界も実現することさえできてしまう。つまり私達は政府に首輪を繋がれている。
「そんなところかしら。ごめんなさい、あなたにそんな暗い顔させたくてこんな話したわけじゃないの」
謝られることなんて何ひとつもない。むしろ無知だった私に付き合ってくれたセルビアに感謝しなくてはならない。ただ知らないだけあって現実はより厳しい制限が掛けられていたことを知った。魔法使いはもっと自由な存在だと思っていたから。
「魔法を制限する「魔法国法」は良くも悪くもと言ったところね。自由になれば魔法はもっと普及していく一方で差別や犯罪は増えていくでしょう。非魔法使いの戦争に加担すれば世界は地獄絵図よ。誰もがあなたみたいに心優しい人ばかりではないのだから。だからといって魔法の使用制限をすればするほど魔法使いは生きづらくなる。そのバランスを整える魔法国家公務員は尊敬するわ」
私も同感である。そんな立派な存在に守られているならば安心して日常を過ごすことができる。改めてセルビアに感謝を述べる。懇切丁寧に教えてくれたおかげで、少しだけ魔法使いの世界を知ることができた。今度、美味しいランチでも奢ろう。
「あら、私の授業料はお高くてよ。そういえばヴェネツィアの裏通りに美味しそうな高級フレンチ料理のお店がオープンしたらしいわね。そこにしようかしら」
財布を確認してみるも、高級フレンチ料理に挑むには心もとないお札の枚数である。私の戦闘力ではカボチャスープでKO負けである。
「ふふっ冗談よ。その代わり気になるカフェを見つけたから一緒に行きましょう。今はそれで我慢してあげる。早速行きましょうか■■■」
屈託のない笑みで私を見つめるセルビアに、私は視線を逸らすことしかできなかった。




