第4話 セルビア先生による講義①
306講義室は長机と座席が楕円形に配置され、その中心で学院の魔導員であるファドルフ・ラングレイが講義をしている。彼女の学院における役割は生活指導であり、学院の規律と秩序は、彼女の手中に収められている。近年では学院内の不祥事や騒動の噂も耳にしないのは彼女の活躍とも噂されている。学院長からも大きな信頼を寄せられている優秀な魔導員である。
「魔法は誰にでも扱えるものではない」
彼女の講義はライブハウスのように、魔法で生成された青い珠がスピーカーとなって講義室の隅々まで声が運ばれていく。
「魔法の源は遺伝子に組み込まれており、体に流れる血液と同じように魔力が流れている者だけが使うことができる。人間に翼が生えていないように運や努力で魔法が扱えるようになることはない。君らは生命を宿した時点で魔法使いとしての果たすべき使命が授けられている」
ファドルフ魔導員の生真面目さは外見にも現れている。服装も髪型にも乱れはない凛とした立ち姿。迷いのない言動と鋼のような誠実さは一部生徒から好評である。セルビアもまた、彼女のファンのひとりである。
「だからといって優越に浸るのは以ての外である。君達が日常的に使っている魔法は本来どうあるべきか。魔法の存在意義は何か、その起源を学ぶことは魔法の理解度を高め、安定した魔法を扱うことができるようになるだろう」
すると講義中にもかかわらず突如として講義室は暗転する。真っ暗闇の中、スポットライトが特定の生徒に降り注いだ。注目の的となった該当生徒は狼狽えている。これもファドルフ魔導員のシナリオ通りの演出なのだろう。
「先日、年齢を重ねた学院生を嘲笑していた不届き者がいた。老い先短いくせに魔法を学んでどうするんだと、馬鹿げた言動をしていた。私からすれば魔法を学ぶのに年齢なんて飾りでしかない。この学び舎は己の魔法と向き合い、魔法の理解を深める場所である。家業の役に立てるため、生活を豊かにするため、誰かの役に立てるため。中には魔法国家公務員を目指す者もいるのだろう。君達が見据える未来への道筋、そして学んでいく中で選択した目的地点を見出せたのなら我々は全力でサポートしていく」
その力強いスピーチに、講義室から自然と拍手が漏れ出していく。この講義のスタイルや彼女の堂々たる講演は、ある種の一人舞台劇であった。性格がまっすぐな人こそ、彼女の言動に惹きこまれやすくなるだろう。
そんな中、隣りに座るセルビア・マグダシアは高揚した顔で力強い拍手をしていた。舞台劇の幕が下りるとセルビアはファドルフ魔導員の虜になっていた。恋というよりは尊敬や敬意の類である。
「ファドルフ魔導員の講演、痺れたね」
306講義室から教室へ戻る途中、セルビアは手のひらを扇子代わりにして頬の熱気を冷ましていた。声はまだ少し興奮気味である。周りの生徒も同じ様子だった。ファドルフ魔導員は、戦場で兵士に使命感を与えて士気を高める軍師のような人だった。
「学院に通わなくたって魔法は独学で研究することもできる。だけど私達はその時間を惜しみ、二年という期間制限を課して魔法の精度を磨くため学院へ通っている。高額な学費も払っているんだから、この二年間で何の成果も得られず時間だけを浪費していただけなんて結果になったら、きっと自分が自分を許さないと思う」
一流のアスリートでさえモチベーションを一定に保つことは難しい。素人なら尚更モチベーションは下り坂である。だからこうして受講生に講義を通じて低下したモチベーションに外側から刺激を与え、自分の未来像を再認識させることは良いことだ。かく言う私も、講演を傾聴して不安な気持ちが払拭されたところはあった。
ただ、途中でファドルフ魔導員が気になる単語を言っていた。確か「魔法国家公務員」と言っていたような。
「あなた魔法国家公務員すらも知らないの?」
セルビアの頬が引き攣っている。驚きを通り越して軽蔑が滲む目をしている。口には出していないが彼女の顔には「あなた常識知らなすぎじゃない」と書いてある気がした。仕方があるまい。知らないものは知らないし、知らないことは恥ではないのだから。
「それでも常識知らずにも程があるわよ。こういうのは他人と比較すべきではないけど、あなたの常識の無さは田舎娘で言い訳できるレベルを超えているわ。知らないことは恥ではないと言うけれど、それをあなたが胸張って言うのは違う気がする」
本音をオブラートに調理せずそのまんま提供されるとは思わなかった。羞恥の生殺しである。恥ずかしさのあまり耳まで赤くなっている気がした。今すぐセルビアの前から全力ダッシュで逃げ出したい。
するとセルビアは、学院の中庭にあるベンチへ腰掛けて「おいで、セルビア先生が教えてあげる」と私を手招きする。こういうところが彼女の魅力的な一面のひとつである。
「ごほんっ。まずは復習も兼ねて基本的なところから説明するわね」
セルビアは魔法で紙とペンを生成し、白紙に魔法国家公務員の文字とイラストを描きはじめた。幼子が画用紙に絵を描いているような楽しそうな横顔をしている。彼女は絵を描くのが好きなのだろうか。
「講義で学んだと思うけど、一般的に魔法の使用には制限が掛けられている。そのうち日常生活における魔法の使用は、あくまで非魔法使いに影響しない範囲、かつ、自分自身に対する魔法のみ使用が認められている」
白紙の四隅に絵を描き始める。幼児アニメのマスコットキャラクターみたいな可愛い絵である。尖った性格によらず可愛い一面もあるのだと知った。
「人の横顔をまじまじ見ないでくれる? あなたが失礼なことを考えてそうなことくらいお見通しよ」
睨まれてしまった。私はすぐにイラストに目を落とす。
「まあいいわ。使用が許可されている魔法は、例えば家の掃除や料理、テレビのリモコンを操作したり、生活の一部に魔法を活用することね。ただし非魔法使いに少しでも影響を及ぼすことになれば、我々魔法使いが罪に問われてしまう」
セルビアに常識のない奴と烙印を押された私でもこれくらいは知っていた。魔法自体は世間一般的に知られていないし、知られることも容認されていない。
例えば非魔法使いと魔法使いが共存する世界で魔法ありきの世界になってしまえば、世界平和のバランスが崩れてしまうことは言うまでもない。だから魔法に制限がかけられている。それに魔法が無くても魔法使いは普通に生活することはできるのだから。
「次に魔法使いよりも魔法の使用制限が緩和した「認定魔法使い」の制度がある。認定魔法使いになれば日常生活と各種生業に魔法を使用できる許可が得られる。いわば個人事業ね。非魔法使いに魔法が関わった商品やサービスを提供・販売することもできる。私の両親もそう。陶磁器を扱う仕事をして制作過程で魔法を使用しているの」
彼女の両親が陶磁器家であるのは初耳であった。セルビアの家名である『マグダシア家』が一代で準貴族に成り上がったと聞いたが、陶磁器家で実績を上げて準貴族として成り上がったのだろうか。
それにしても認定魔法使いは簡単になれるものではない。魔法が暴発しないための実力はもちろん、モラルや魔法使いとしての責任を総合的に審査されて認定を受けられるものだ。
「ただし、このように紙やペンを魔法で生成して非魔法使いに販売するのは禁じられている。魔法はあくまで生業の補助的なものとして使うものなの。森林伐採の木材を切り崩したり、料理で食材を切ったり、陶磁器の土練りや焼きとかね。物質そのものを生み出して商品とすることが禁じられている。だって金銀宝石を生み出して販売したらとんでもないでしょう。だからこそ魔法の使用にはルールが必要なのよ」
セルビアは鞄から一冊の本を取りだした。題名には魔法国法と記載されている。これがセルビアの言うところの魔法使いのルールブックなのだろう。するとセルビアに「ふふっ」と笑われてしまった。
「ごめんなさい。いちいち反応すべきではないのだけど、法律本をルールブックと言う人は初めてで」
彼女のツボにハマってしまったのか肩を揺らして堪えている。私はそんな彼女を無言でポコポコ叩くのであった。
「魔法の原点は知ってる? 「魔法」というのは人類の生存や繁栄、後世に文化を伝えるために神様から授かったもの。簡単に言えば人という弱い生き物が地球で絶命しないための生活を支える便利ツール。ホモ・サピエンス時代に人為的な発火を起こしたのは有名な話だけど、実は一人のホモ・サピエンスが火をイメージして、魔法で発火させたという話もあるの。魔法という概念が存在しない時代だから、そのときのホモ・サピエンスもさぞ驚いただろうね」
魔法は想像。しかしイメージの対象物を知らなければ魔法は不完全となり不発に終わることもある。分析して仕組みや構造を理解できて初めて対象物が生成される。賢いホモ・サピエンスは森林火災などの火から発火方法をイメージしたのだろうか。
「魔法はいつだって人類のためにあり、それは非魔法使いと魔法使いの両方の生活を支えるためにある。人類が生物上において進化するために魔法が存在しているわけじゃない。ファドルフ魔導員の言っていた『君達が日常的に使っている魔法は本来どうあるべきか。魔法の存在意義は何か』とはそういうことよ」
それからセルビアは「そして」と続ける。紙に書いた魔法国家公務員の文字に丸をつける。今までのは講義内容に振り返りであり、話の前置きである。ここからが私の知らない話。




