第19話 嫌な予感の正体②
私の魔法が消失した。
失敗に終わったわけではなく、文字通りすこしの違和感も無く消え失せた。
私の魔法は放たれる直前まで確かにそこにあった。私の殺意はしっかりと魔法に乗せられていた。それなのにその魔法の行方が分からない。当事者である私自身はもちろんのこと、客観視していたセルビアさえも理解が追い付かなかった。
「少しばかりヤンチャが過ぎたかもしれないのぉ」
私の魔法で蝋人形のように立ったまま動かない野次馬たち。その間から老体を杖で支えながら彼は現れた。地を踏みしめる足は弱く、身体の動作も年相応で鈍い。
だけど彼の背筋は地面から垂直にピンと伸びて、私やセルビアの身長を軽々しく超えていた。それもあって彼の威圧感がひしひしと伝わってくる。
「これはまた見事じゃのう。ワシでは到底真似できない精神支配の魔法じゃな。見事であると同時に使い方を間違えれば危険な末恐ろしい魔法ともいえよう」
杖を突く音が心臓を直接叩かれている感覚に陥る。正しい呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。私だけではなくセルビアでさえも表情から緊張の文字が窺えた。その者はこの学院の創設者であり魔法学院の最高位。
「……ヴェル学院長」
「久しいのお二人さん。君たちは時々学院内で見かけておったが、こうして会話をするのは入学式以来じゃのお」
学院長は私とセルビアを交互にみて「元気そうで何よりじゃ」と目尻の皺を寄せて微笑みかけた。私はまだ貴族の女性の髪を掴んでいるというのに、この緊迫した状況を物ともせず、孫に会ったお爺さんのようにおおらかである。私の殺気が飲み込まれていく。
「ワシは君たちのことをとても評価しているのじゃよ。それぞれが目的の為に学ぶことへの努力を惜しまず、お互いが日頃から切磋琢磨しているのを見ていると年寄りも感化されて活力が湧いてくるんじゃよ。友人の為に行動したことは褒めるに値するが、いっときの迷いや感情で誰も幸せにはならぬ選択をするのではないぞ」
「……」
「そんなことより学院生活についてゆっくりと話を聞かせてほしいところじゃが、実は来客の対応中で君たちと雑談する時間が取れなくてのお」
「それはつまり、僕が邪魔だと言いたいのですか学院長」
「そうは言っておらんじゃろう。こんな老人に喧嘩腰は感心しないぞ」
革靴の音を高鳴らし、その来客者が私の前に現れる。その者は同年代くらいの若さを感じる青年であった。清く正された身だしなみ、そして堂々とした態度は貴族とは違う風格がある。
その来客者と呼ばれていた男性は魔法の気配を感じない非魔法使いであるが、スーツを着た熟練の魔法使いを御付きにしており、学院長と対等に話すほどの権力者であると悟った。
「おや、そこにいるのはセルビアじゃないか。」
「ここは王族のアナタが来るような場所じゃないのよ、ジル」
その者はセルビアの名前を呼び、セルビアもまた、彼を親しみのある喋りで王族と言った。
「王族……?」
思わず私は怪訝そうな顔で彼を見つめてしまった。
イタリアにおいて1946年に王政が廃止され、『王』という存在は歴史上の表舞台から姿を消した。だがその王族には二種類存在していた。非魔法使いを統べる王族、そして魔法使いを統べる王族である。
ジル・クラウン=エルニウムは正真正銘のイタリアを代表する王族の血を引く一族であった。彼は非魔法使いの表舞台で公務していた王族と違って、魔法使いを統べる王族側である。
魔法国家の独断による法律行為で独裁政治が行われないよう、魔法使いの世界には王族が存在する。その王族には非魔法使いが任命され、公平公正な判断を下す。
彼の公務は魔法使いの平等性が欠如していないか監視、それから非魔法使いと魔法使いの両生活を守るため国家や他国との連絡調整をしている。首に掲げるブローチは王族の紋章。中心に引かれた地平線を境に、天地が逆に描かれた城が特徴である。
「ああジル殿下、私を助けてくださいませ。そしてこの惨劇をご覧ください。魔法使いが非魔法使いに対して暴行を振るっております!」
彼が現れると貴族である女性は嘘くさい涙を浮かべて懇願する。悲劇のヒロインを演じる女性に私の殺気が蘇る。
「そこの君、そろそろ彼女の髪を離してあげたらどうだ。彼女は非魔法使いであり、一応、民を支える貴族だ」
「■■■、そいつを放してこっちおいで」
セルビアに言われて仕方が無く女性の髪を離した。王族の視界から隠れるようにセルビアの背後に身を潜める。
「ずいぶんとセルビアに懐いているんだな」
「そんな言い方はやめて。彼女は私の大事な友達なの。そんなことよりどうしてジルがここに居るのよ」
「学院長と定例的な会議をしていただけさ。それなのに会議の途中で学院全体に魔法が掛けられて役人が気絶するものだから、様子を見にこうして足を運んだわけさ。まさか君が関与していたとはね」
「嘘おっしゃい」とセルビアは何もないところで『パンッ』と両手を叩く。すると手のひらには蛍のような小さな蒼い光が捕獲されていた。これは講義で習った使用者の視神経を繋げた観測魔法。ジルの御付きの一人が目を押さえて痛みに悶えている。
「最初から最後まで監視していたことくらい知っているわよ」
「相変わらず僕の考えていることは君には全部お見通しなんだろうね。怪我を負わせてしまいすまない」
「後で慰謝料はたっぷり請求させてもらうわ」
ジルは貴族の女性近づいて手を差し伸べる。客観視すれば白馬に乗った王子様や姫を迎える騎士のように映るだろうが、私にとっては悪意を権力で包み護るような不愉快極まりない行動だった。
「怪我はないかいマダム」
「なんて御礼を申したら良いか。ジル殿下がこの野蛮な魔法使い共からお救いいただいたこと父上にも自慢させていただきます」
「ロイバス家には日頃からお世話になっているからね」
「ジル殿下、この惨劇をご覧ください! あの魔法使い二人が非魔法使いである私に魔法を使ったのです。一歩間違えれば私は殺されていました。これは大罪であり学院を追放するどころの話ではありません」
私の堪忍袋の緒は既に切れていた。学院長によって結局のところ魔法が使えなかったにもかかわらず、女性は私たちが魔法を使ったと無実の罪を主張している。鈍器で殴って傷つけて、打ち所が悪ければ死んでいたかもしれないのはセルビアの方だ。
そんな私の怒りを察して、セルビアは私の手を握る。今は動かないで。そう言っている気がした。
「マダムの言うとおり魔法使いが非魔法使いに対して魔法を使用することは大罪とされている。安心したまえ。僕は全部見ていたさ」
「それだけではありません。この場にいる魔法使いは誰一人として私を助けようとしなかった。彼らも大罪人の行為を見物していたとして同罪です。ぜひ厳粛な処罰を」
「処罰を受けるのは君だ、ロイバス・ミレニム」
「へ?」
ジルは一切の躊躇も迷いもなくそう言い放った。彼女の主張を真に受ければ私達に非があるように聞こえるが、彼の中で既に答えは決まっていた。
「ロイバス・ミレニム、君の罪状は2つある。1つは貴族という立場を利用した魔法使いに対する暴行。今までの君の暴行は全部報告を受けていた。ここにいる魔法使いの中にも暴行を受けた者もいるだろう。しかし証拠がなかった。だがセルビアのお陰でようやく証拠を掴むことができた」
本来であればセルビアが怪我を負わせられる前に止めることはできた。だが証拠を掴むためにセルビアは利用されたとも言えよう。不満そうにそっぽを向くセルビアだった。
「そして2つ目は、魔法による生成物の販売。魔法国家法第5条「魔法を扱う者に対する禁止事項及びその罰則」の第1項に「非魔法使いへの販売等による譲渡」が規定されている。これは魔法を扱う上で基本的なことが規定されている総則だ。その様子だと条文を読んでいないのか、もしくは知ったうえで生成を行っているのか。どちらにせよ愚かな行いだ」
「違う、違うのです。ロイバス家は魔法で生成した物を民に販売しているのではなく、民が作ったものを我がロイバス家が複製して、それを販売しているのです。魔法で一から生み出した物ではなく、あくまで民が作った複製物なのです!」
ジルは背後にいる御付きの男性に目線を向ける。その男性は静かに首を横に振った。
「だ、そうだ。彼は魔法国家公務員であり法の執行部だ」
「……え、魔法国家……公務員」
「魔法で生成した物を販売することは禁じられている。それが複製なら許されるとでも思っていたのか? これはこの場にいる誰しもが知っている常識だぞ。貴様の発言はロイバス家の罪を深めた。そしてこの私に対して何ら躊躇いもなく虚偽の説明をする度胸には感服するが、同時に貴族の風上にも置けない卑しい考えだ。君たちの処罰を容易に考えることができてよかった」
「ジル」
セルビアが名前を呼ぶと、ジルは肩をすくめる。
「傷を負わされたというのに相変わらず君は優しいね。その優しさがむしろ心配だよ」
「違うわ。貴族でもないこの子に、こんな汚らしい世界を見せたくないだけよ」
私の手を握るセルビアの手が、少しだけ強くなる。
「ロイバス・ミレニム。あなたに審判を下す。ロイバス家及びその血縁関係にある全ての家系は魔法の取扱い、並びに魔法関する記憶は全消去させていただく。後ろにいるカトレイン家とファーメット家のご令嬢も同罪だ。以上だ」
「違う、違うのです! 私じゃなく後ろのふたりが主犯で、私は被害者で――」
「不愉快だ。どこまで堕ちればそんな言葉が出てくる。情状酌量の余地もない。もうお前とは話すことはない。今後は一家諸共、魔法とは縁のない庶民の生活を送るといい」
「待ってくださ――」
ジルの御付きが指を鳴らすと貴族らは眠りに落ちる。彼女らを寝室に運ぶように指示すると、御付きはその場を後にした。
「ちなみにセルビア。私はロイバスを監視していたが君が関与することは想定していなかった訳だが、どういう経緯でロイバスと揉めていたんだ?」
「準貴族であっても貴族の枠に入り込んだ新参門が気に入らなかったのでしょう。私やお父様に対して侮辱する発言をした。だけどそんなことは慣れているからどうだっていいのよ。侮辱なんて私にとっては子守歌のようなものよ。でも、私が許せなかったのは大切なネックレスを価値のないゴミと呼んだこと」
以前、アクセサリーショップで私がプレゼントしたサファイア色の鉱石を砂状にしたネックレス。あの日以降、セルビアは毎日のように身に着けてくれている。彼女は大事にネックレスを撫でている。
「だから言い返しただけよ」
「なんて言い返したんだい?」
「「ロクに働きもせず親の金をせびって生活し、本性は地面にへばりついたガムみたいな性格のくせして、地位やお金に目が眩んで甘撫で声で男を寄せ付けて、簡単に男に股を開くような小汚い無職の女にはこの価値は分からない」ってね」
事実かどうかはさておき、想像以上の悪口にジルは苦笑いを浮かべている。一の悪口に十で返すあたりがセルビアらしい。
「ともあれ君のお陰で解決することができた。大丈夫かいセルビア、血が出ている」
セルビアの頬に触れようとジル。私は咄嗟に彼の前に立ちはだかった。王族に対する田舎娘の小さな抵抗。どうしてだろうか。問題は解決したにもかかわらず嫌な予感というものが消えない。
まだ黒いモヤが晴れない。




