↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第三章 名も無き村の民

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

第18話 嫌な予感の正体①

 幸福なことがあれば「幸せ」と、嫌なことがあれば「不幸」だと人は口にする。

 この「幸」と「不幸」はあくまで結果論であり、そこに至るまでの因果関係が必ず存在する。すなわち予感である。その予感を頼りに行動を選択する者もいれば、予感はあくまで予感として、なるようになる精神で観測できない未来に委ねる者もいる。


 そう思うと人間はつくづく不思議な生き物である。野生動物と違って実体験に基づいて危機管理が働くことのではなく、「嫌な予感」という不確かな日常のズレを感じ取ることができるのだから。そしてその嫌な予感は的中することが多いのである。


 ▼

 まさしく講義を終えた私がふと予感した。白紙に墨汁を一滴垂らしたように、腹の中で黒モヤが広がっていく嫌な予感。不安に思考が支配される感覚。思い当たることなんて当然無い。鼻で笑われてしまうが信憑性の無い「なんとなく」である。


(セルビアは何処にいるんだろう)


 そんな不安が押し寄せてくる。この嫌な予感というのは私自身にではなくセルビアに対するものだった。私が選択している講義はセルビアも同様に選択していることが複数ある。だけどセルビアはこの『精神干渉の魔法の構築』の講義は選択していない。

 補足するがセルビアと顔を合わせていないから不安になっている、からではない。私はそんな寂しがり屋なんかではない。この嫌な予感はもっと不透明なものである。

 

 セルビアはきっとこの学院のどこかにいるのだろうが今日は一度も顔を合わせていない。セルビアに限って事故や事件に巻き込まれるようなことはないと思うが、とにかく、今は無性にセルビアに会いたかった。


 歩いていた足は駆け足になってⅠ号棟から順を追って学院内を探し回る。セルビアに電話をかけても繋がらない。秒速で既読をつけるメッセージも未読になっている。セルビアが居そうな場所をどんなに探しても見つからない。

 もしかすると既に帰宅している可能性もある。明日になれば講義室で会えるのだから、今日一日くらい気のせいだと自分に言い聞かせよう。


 そう思っていた矢先、Ⅳ号棟の廊下に沢山の学生が集まっていた。指で数えられないほど人数で、廊下の先が見えないほど人が集まっている。彼らの視線は一点に集まっており、いわゆる野次馬だった。


 「わ、私、魔導員呼んできます!」


 慌てた様子で走り去っていく学院生。魔導員を呼ばないと解決できない事件がここで起きているのだろう。普段の私だったら気に留めないでセルビアを探しに行っただろう。なのに私の足は吸い込まれるように野次馬の方向へ向かっていく。何故だろうか、心臓が痛い。根拠は何もないが嫌な予感の根源がここであると本能が告げている気がした。


 「またロイバス家の令嬢が魔法使いを虐めてるよ」


 野次馬からそんな言葉が聞こえてきた。

 彼らの間から見えたのは派手なドレスを着飾る女性である。彼女はフランスの貴族「ロイバス家」の令嬢で、時々、この学院に訪れていた。そこで貴族の立場を利用して抵抗できない魔法使いに酷い仕打ちをしていた。

 以前、この令嬢のターゲットならぬ玩具にされた魔法使いが、心身共に限界を迎えて学院を辞めたという噂もある。高貴な身分だからなのか野次馬の魔法使い達は、誰一人も被害者を助けようと動かない。


 私も同じである。余計なトラブルに巻き込まれたくはない。だが、この胸のざわめきの正体が気になってこの場を立ち去る選択は私に無かった。様子だけ伺おうと野次馬の間を縫って近づこうとした途端、


 「「パンッ!」」


 廊下にこだまする耳を覆いたくなる不快な音がした。例えるならば爆竹が弾けたような、あるいは新聞紙で作る紙鉄砲のような、とにかく人を叩いて出るような音ではなかった。だがそれは人を叩いた音だった。セルビアが殴られた悲惨な音だった。

 

 「セルビアッ!!」

 

 私は遠くから目撃してしまった。ロイバス家の令嬢が高く振りかざした黄金色の扇子でセルビアの頬を殴りつけたその瞬間を。セルビアの頬は痛々しく紫色に腫れ、口端から血が流れている。太ももの切り傷には小さな血溜まりができている。それでもなお、彼女は怯まずに立っている。立ったままを殴りつけた相手を睨みつけている。蛇が獲物を食らうような目つきで、セルビアは堂々としていた。

 

 「……っ。下等な身分のくせに立場を弁えず口答えして。何よりその生意気な目が気に入らないのよ!」


 セルビアに怒りを露わにする女性は、再び黄金色の扇子を振りかざす。セルビアも貴族と呼ばれる類だが、貴族の中でも階級の低い準貴族である。身分の立場もあるのか令嬢の攻撃を避ける素振りすら見せない。

 セルビアを助けないと。そういう気持ちが沸き上がる前に、私の足は既に動いていた。野次馬を掻き分けて、黄金色の扇子がセルビアに振り下ろされる直前で、私は女性の間に割って入った。

 

 「なっ!」

 「■■■!?」

 

 セルビアの盾となって防御魔法を展開する。すると黄金色の扇子は『キンッ』と金属音を鳴らして防御魔法に弾かれた。その扇子は金色に着色されていたのではなく本物の金属でコーティングされていた。金属バットや鉄パイプと何ら変わらない鈍器である。そんな物で人を殴って良いわけがない。そんな物で大切な友人を殴って許されるわけがない。


 「■■■、私は大丈夫だから。だからこれ以上何もしないで」

 

 私の腕を掴んで怒りを鎮めようとするが、セルビアの握力はだいぶ弱っていた。振り払えば簡単にほどけてしまう。それほど彼女は痛めつけられている。それで大丈夫なわけあるか。セルビアの行動は私の怒りに油を注ぐ行為だった。

 頭に血が上った私はセルビアの制止を振り切って、よろめく女性の長髪を掴む。人の髪を掴むという非道徳的な行為なのにどこか懐かしい感覚がした。そうか。故郷で兎を狩るときと同じ感覚だ。


「い、痛い! あなた達、早く私を助けなさい!」


 その女性の同行者である二人は恐怖で立ち竦んでる様子だった。


「役立たず共め! 誰か、誰でもいい。そこにいる魔法使い、この薄汚い小娘を殺してもいいから早く私を――」

「今まで邪魔だと思っていた認識阻害魔法に初めて感謝する日が来るなんて思わなかった。きっとエルゼに言ったら喜ぶだろうな」

 

 女性の叫び声は無慈悲に誰の耳にも届かなかった。

 

私の感情の昂りに認識阻害魔法が不安定に発動し、私に踏み込んできた者だけではなく、無差別に周囲を巻き込むほどの認識阻害魔法が発動していた。つまり野次馬の魔法使い達はおろか、この学院にいる魔法使いは傀儡のように動かなくなっていた。誰も味方してもらえず「ひっ」と怯える女性を、私は冷酷な目で見下ろす。 

 

「あなたが何者か私は知らない。過去に何をしたのか私には関係の無い。だけどセルビアに暴行を振るったことへの償いは、謝罪や見返りでは到底済まされない」


 そのときの私がどんな魔法を使おうとしたのか記憶にないが、その魔法から殺意が漏れていたのは確かだった。感情のブレーキは壊れてしまっていた。 

 

「待って、待って■■■!」

「ごめんセルビア。私、アナタと一緒に卒業はできないみたい」


 セルビアが止めようとするも、私の魔法は既に止められないところまで発動していた。つくづく嫌な予感というのは的中する。その予感によって正しい行動を選択できる者が成功者となりえるのだろうが、未熟な私には難しかったみたいだ。


 ただ、この先の未来を予測することはできる。魔法学院を退学させられる未来と、殺人により魔法国家公務員に逮捕される未来。私が選びようもない未来を。


 そう諦めかけた時だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。