第20話 嫌な予感の正体③
「安心して。ジルは人畜無害だから私のことを傷つけたりは」
そうだとしても私は彼を許したわけじゃない。ロイバスの悪行を突き止めるため監視していたことも、セルビアを囮にロイバスの暴行現場の証拠を掴もうとしたことも、理解できていないわけじゃない。だけどセルビアが怪我を負ったのは紛れもない事実。
歯が欠けてしまいそうなほど噛み切れない怒りを、王族であるジルに吐き捨てる。
「あなたは女性に対しても顔の傷は勲章の証でも言うのですか。誇らしいと褒め称えるのですか。魔法で治療すれば傷は治らないから気にするなとでも言うのですか。ふざけるのも大概にしてください!」
「……」
ジルは静かに私の主張に耳を傾けてる。ここまで親しい仲なのにどうしてセルビアが傷つくのを黙って見ている。なぜセルビアが怪我を負う前にもっと早く駆けつけなかった。私の魔法を止めることができたのなら、セルビアが怪我を負う前に助けることだってできたはずだ。それだけでも証拠は十分だったであろう。
「セルビアは私にとって大切な人です。セルビアに怪我を負わせる原因を作ったのはアナタ達を、私は許さない」
口論は得意ではない。むしろ口下手でなるべく相手と言い合いにならないように避けて生きてきたくらいである。だけど今だけは、戦う姿勢で睨みを利かせる。それなのにジルは私に対して小さく笑みを零した。
「セルビアは幼い頃から今と変わらず気の強い性格で、なかなか友人ができず孤独に過ごしていたのを知っている」
「な、なんですか。幼少期から仲良かったマウントですか」
「セルビア。君の安否をこんなにも心配をしてくれる友人ができたのだな」
「ええ。たまに重たい愛をぶつけてくるけれど、私にとっても大切な友人よ」
「そうか」
ジルは片膝を地面につけて深々と頭を下げた。王族の身分の者が平民に対して跪くなんて誰が思うか。そこまでされるとは思ってもなくて私も「え?」と動揺してしまう。
「君の言う通りだ。僕としていたことが順序を間違えていた。こちらの事情にもかかわらず君達には怖い思いをさせてしまった。まずセルビアに関しては怪我を負わせてしまい申し訳なかった。事情を汲んで手を出さなかったことに心からの感謝と謝罪をする。本来は恐喝が確認できるだけで十分すぎる証拠となるから、セルビアが手を出される前にロイバスを捕らえるべきでだった」
「事情があったのでしょう」
「……それでも彼女の言うとおり君を傷つけたのは事実だ。本当に申し訳なかった」
セルビアに謝罪を済ませると、続けて躊躇いもなく私へ頭を下げる。
「そして我が友人の危機に駆けつけて助けてくれてありがとう。次はこのようなことが無いように善処する」
「わ、分かればいいにょよ」
「ふふっ「にょよ」って何よ。慣れないこと言うから」
王族に啖呵を切ったからにはせめて強気でいようとしたのが失敗だった。やはり柄にもないことはすべきではない。
「それにしても阻害認識魔法と防御魔法は圧巻だった。さすが「名も無き村」の民だ」
その瞬間、私の頭は真っ白に染め上げられた。否定も肯定も、冗談だと笑い飛ばすこともできず、生唾を飲み込んでセルビアの様子を伺う。もしかすると私の聞き間違いかもしれない。そうじゃなかったとしてもセルビアに聞かれていなければ。
「名も無き村の民?」
セルビアがオウム返しするのを聞いて、確かに彼は「名も無き村の民」と呼称したことを確信した。気持ち悪い汗が頭皮を滲ませる。ああそういうことか。ずっと嫌な予感の正体が分からなかったがようやく理解した。私にとっての脅威は王族であるジル・クラウン=エルニウムそのものだった。彼と関わらず、すぐにでもこの場を立ち去るべきだった。私はつくづく行動を選択するのが下手である。
「何を変なこと言ってるのジル。「名も無き村の民」だなんて田舎者を馬鹿にしすぎよ。ねえ■■■?」
「セルビア。今、君は彼女のことをなんと言った?」
「だから「■■■」よ。彼女の名前」
その時、ジルの瞳の色が変わった気がした。例えるならば悪しき者を罰する執行者のような、さっきロイバスに対して向けていた目である。
「そうか。君は友人と呼んでくれる親しい者にまで魔法をかけているのか。或いは君にとって、故郷を守るため魔法を学ぶ環境さえ整っていれば他はどうでもいいというわけか。さっきセルビアを庇ったのは我々に対するパフォーマンスか?」
「ち、違う! これは私が意識的に魔法をかけているんじゃなく……それよりどうしてアナタは大丈夫なの。それにセルビアだって」
彼に対して声がよく通る。それどころか周りの野次馬は意識を失ったままなのに、セルビアも意識を保ったままである。つまり認識阻害魔法が適用されていない。
「まず僕は王族の身としてあらゆる魔法を無効化する付与がかけられている。君たち「名も無き村の民」の魔法を直接的に受ければ無効化も意味をなさないだろうが、第三者の間接的な魔法による精神支配においては「名も無き村の民」の魔法であっても無効化できるようだ」
「ジル、さっきから何を言っているの。「名も無き村の民」の魔法って何。精神支配って何のこと?」
セルビアが庇ってくれるが逆効果である。私が窮地に追いやられていく。言葉の鎖で足枷を嵌められた気分だ。私は何を暢気に彼と会話をしている。彼には不用意に近づくべきではなかった。悪者ではないにしろ彼の存在は、私や私の故郷にとって脅威の存在である。
私の様子に異変を感じたセルビアは、「ジル。この子に何をした」と殺気を飛ばすように睨みつける。
「セルビア。君はこの子に魔法をかけられている。おそらく出会ったときからずっと」
「———っ」
私は堪えきれなくなってこの場から逃げ出そうとした。しかしジルに手首を掴まれて振り払うこともできず、次の一歩が踏み出せなかった。
「いやっ、離して!!」
抵抗して暴れる私にジルはそっと耳打ちする。
「安心してくれ、と言ったところで説得力がないだろうが、君を傷つけるつもりも君の故郷を詮索するつもりもない。君の勉学を邪魔するつもりなんてさらさらない。それが学院長との約束だからね。ただ一点だけ補足すると、今回の一件、君はこう言ったね「セルビアが怪我を負う前に助けることだってできたはずだ」と。もちろん僕はすぐにでも助けに行きたかったさ。それをできなかった理由が君にあるとしたら?」
「ジル君」
普段から温厚な学院長が表情筋をひとつも動かさず、笑みも浮かべず、真顔でジルを見つめる。
「彼女たちは私の大切な学院の生徒だ。これ以上、君の私情で彼女たちに踏み込むことは私が許さない」
「失礼。僕としたことが熱くなりすぎてしまったようだ。今度、紅茶でも飲みながらゆっくりお話でもしよう「名も無き村の民」よ。君と二人で話がしたい」
私はジルだけではなくセルビアとも目線を合わすことができず、その場で一礼して一目散に逃げた。捕食者から逃げる小動物のように、追いかけてくるはずもないのに少しでも彼から距離を置きたいがために、肺を傷つける覚悟で必死に走った。
背後でセルビアが「あなた彼女に何を言ったの!?」とジルの胸ぐらを掴んでいた気がしたが、それを止める余裕も私にはなかった。
その日は初めて、講義を無断欠席してそのまま帰路についた。
部屋の電気を点けることなくベッドへ倒れ込む。セルビアが似合うと言ってくれたお気に入りの服だったが、着替えるのが億劫でそのまま目を瞑る。何も考えたくない。今はただ夢の中へ逃避したい。
「何やってんだろう私は」
静寂な部屋で行き場を失った後悔が彷徨う。私は何をしているんだろう。セルビアと過ごす学院生活が楽しくて己の立場を忘れ、危機感と警戒心が欠けていた。
私が感じていた「嫌な予感」というものは、故郷で言うところの捕食者の縄張りを察知したときである。そこへ近付くような真似は絶対にしなかったのに。 彼に対する返答や態度はもっと上手に振る舞えた。動揺して挙句の果て、その場から逃げ出してしまった。そこにセルビアが居たというのに私は。
「……セルビアからメッセージきてる」
『明日の講義が課題の提出日だっけ』と可愛らしいペンギンのスタンプ。さっきまでの出来事が嘘みたいに何気ない日常のやり取り。たけどセルビアが課題の提出日を忘れるわけがない。優しさの詰まったメッセージである。
ごめんセルビア。私は携帯の電源を落として、大切な友人からも逃げ出した。
目を覚ましたら強い自分になれていることを願って。




