第14話 油絵に写るキミ②
小さな声で呟くとセルビアは立ち上がり、服に付いた雑草を払う。さっきまで悩ましそうな顔をしていたのに、今はスッキリした顔に変わっている。何を閃いたのだろうか。
「上手く言い表せないのだけど、さっきまでイチゴのショートケーキにイチゴが乗っていないような感覚だったの。だけどそれを見つけることができたみたい。ねえ少し歩くけど良い場所があるの。きっとあなたも気に入ると思うから一緒に行きましょう」
セルビアから差し伸ばされる手を掴んで、足取りの軽い彼女の背中を追いかける。学院の裏庭に位置するところには庭園や菜園が一面広がっている。セルビアはそこすらも通りすぎてさらに奥へと進む。油絵を受講している学生の姿はもちろん、一般の学生すら見あたらない。鳥のさえずりがする草木に囲まれた一本の石畳の道を歩いていた。
「そんな不安そうな顔をしないで。もしかしてあなた、この道を覚えていないの?」
覚えていないとは一体どういうことか。私がここを通ったことのあるような口ぶりで、それをセルビアが知っていることも疑問である。その答えは脳内の引き出しから探し出す前に判明した。そこは私が知らないはずのない風景。
「私とあなたの始まりの場所。たった数か月なのに懐かしいと思うのは何故なのかしら」
雑草が生い茂ったここはお世辞でも美しい風景とは言えず、写真映えするようなオブジェも、色どりのある花が植えられているわけでもない。入学当初にヴェネツィアの古民家から転移してきた移動式エレベーターが設置してあるエリアだった。この風景をみた瞬間、私の心は揺さぶられ、「描きたい」という意欲に駆られた。
「油絵の課題に付加されたご褒美に目が眩んで、客観的な美しい風景ばかりに囚われすぎていたみたいね。答えは最初から魔導員が言っていたのに。自分が好きと思える風景こそ美しい風景となる」
「私も学院を歩き回って風景を探していたけど心のどこかで引っ掛かっていた。でもセルビアがここに連れてきてくれて腑に落ちた。この場所を白いキャンパスに描きたいと心からそう思ったよ」
「それじゃあ決まりね! 課題の提出期限まであっという間に迎えちゃうから、描けるときに描いておきましょう」
それから課題の提出期限まで、講義の合間を縫ってはセルビアと油絵の完成を進めた。会話や進捗の確認も必要最小限で、お互いが集中して作品作りに没頭した。そのおかげで無事に期限を過ぎることなく提出することができた。
当日、魔導員による講評が行われた。単位が落とされる恐怖から受講生のうち未提出者は誰もいなかった。完成度はさておいて。
「皆さんの熱い気持ちが伝わってきて講評し甲斐があるわぁ。では次はセルビアさんの作品ね」
そういえば提出期限ギリギリまで描いていたからセルビアの作品を見ていない。私は無難に移動式エレベーターを中心に描き、その周りに草木を描いたシンプルな出来になっている。私とセルビアでどういう見え方をしているのだろうか。作品を見るのが楽しみである。
魔法で生成された巨大な電子液晶にセルビアの作品が公開された。その途端、講義室はざわめきの声で包まれる。
「な、なっ、なにこれ!?」
私は講義中にもかかわらず大きな声を上げてしまった。セルビアのキャンパスに描かれているのは、油絵を描いている私の姿だった。もはや風景というより私がメインとなっている。魔導員は顎に手を添えて「ふむ」と唸る。
「セルビアさん、これは隣のアナタを描いたのですか?」
「見ればわかるじゃないですか」
「待ってセルビア、私聞いてないんだけど!」
「言ってないもの。言ったらあなた止めるでしょう」
「当たり前だよ!」
そもそも油絵の課題は「学院の風景」である。これだと人物像と解釈されてしまうのではないのか。私が描かれていることよりも、セルビアが課題の条件をクリアできておらず単位を落としてしまうのでないかと不安になる。
「魔導員。これが私にとっての「学院の風景」です」
「アナタの瞳にはこのように見えているのですね。人物像がメインの風景画。Excellent。とても美しいです。やはり愛より勝る美しさは無いわねぇ」
こうして学院の廊下に並べられた受講生の描いた風景画に、不純物が混じったが如く、私の人物画が飾られたのであった。
なお、魔導員が美しさに震えた作品は、とある受講生が描いた魔導員の人物像であった。その受講生と魔導員は恋人同士で、ブーンイングの嵐になって講義どころではなくなったのは言うまでもない。




