第13話 油絵に写るキミ①
「魔法」はどうやって形成されているのか。
ある地域では人類の認知できない『精霊』が、魔法使いの思考を読み取って魔法として具現化させていると言われている。他にも魔法は神話にある創造神の力で、魔法使いを創造神の使者として崇める国もある。
どちらにせよ魔法で共通されるのは『使用者のイメージによって生み出される』と言った点である。つまりは創造性が豊かな人こそ、イメージする魔法の規模や強度、用途から姿形を成し、それが不十分だと形成される前に消滅してしまう。
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「いいですか、魔法はイメージと美的センスです。どんな正確な魔法でも美的センスが足りなければ意味がありません。魔法は美しくなければならないのです」
ミュージカル女優のような演劇をしながら講義が進められていく。美の悪魔に魂を捧げたのか、魔法の美しさについて熱く語りはじめる魔導員。彼あるいは彼女の周りに存在しないはずの薔薇が見える気がした。
とはいえ魔法の創造性は理解できるが、美的センスという部分には首をひねってしまう。魔法の形成に美的センスは必要なのだろうか。そんな彼あるいは彼女の講義にセルビアが質問する。
「どうぞセルビアさん」
「魔法は美しくなければならない、という魔導員の主張には非常に同意できます」
非常に同意できちゃうんだ、と私は心のなかでツッコミを入れる。
「ですが自分の魔法が美しいかどうかなんてまだ自分には判断しかねます。自分にとっては美しい魔法でも、他人には汚らしく見えてしまうことだってあります。魔法を美しくするためのコツはあるのでしょうか?」
「セルビアさん。アナタのその思考、美しいわぁ」
魔導員は恍惚としながらセルビアの席まで駆け上り、セルビアの頬から顎を指でなぞり始める。軟体動物のようなしなやかさで、ピアノを弾いているみたいに指を動かしている。側から見れば美しさの欠片もない気持ち悪い動きである。
普段のセルビアなら「やめてください」と手を叩くが、褒められて悦に浸っているのか、照れながらされるがままになっている。私でさえそんな事をしたこともないのに。軽々しくセルビアに触れて許されると思うなよ。ひそかに怒りに燃える私であった。
「あらぁ……セルビアさんも美しいけど、隣のアナタも美しいわね」
標的が私に変わり、そのねっとりした視線に鳥肌が立つ。猫が毛を逆立てる理由が分かる気がした。
「威嚇する目から怯える小動物のような目に変わる瞬間。五臓六腑がゾクッと震えるわぁ。やはり愛より勝る美しさは無いわねぇ」
歪んだ美的センスを備え持つ魔導員のおぞましさに打ち負けた私は、セルビアの腕に隠れた。するとセルビアは「あら、いつの間に私のこと愛してたの?」とせせら笑う。むっ。心配を踏みにじられたみたいで機嫌を損ねていると、セルビアから誠意の感じられない謝罪が述べられた。そんな楽しそうな彼女を見ているだけで機嫌を損ねていたことなんて忘れてしまった。
「先程のセルビアさんの答えだけど、そんなの美的センスを磨くしかないじゃない! 美しさは誰かが決めるものではなくあなた自身が決めるのよ。美しさの正解は常にあなた自身なのだから、あなたがこの魔法は美しいと自信を持って言えるのであれば、正真正銘、それは他人から見ても美しい魔法となっているはずよ!」
この学院は特定の分野に酔いしれている魔導員が一部いるようだ。その魔導員の講義を受けて酔狂していくセルビアが将来、変な宗教にハマらないか心配になる。
前置きが長くなったが、これは想像力や表現力を向上させるための油絵の講義である。講師である魔導員はキャンバスと絵具を各受講生の机に置いていく。
「題材は「学院の風景」といたします。提出期限は明後日の講義開始前までに私へ提出すること。皆さんの油絵は講義内で講評を行いますので未提出の者は恥を搔き、なおかつ、この単位は落としたものと考えてください。その代わり提出された油絵のなかで私が美しさに震える作品があったならば、その者には、その時点をもってこの履修を全過程修了したものとみなします。今後の講義への受講は自由で結構です」
受講生らの気怠そうな空気が一気に緊張の糸で張り詰める。魔法学院にも当たり前に単位というものがある。まさか油絵の提出ひとつで単位が落とされるなんて誰も想像していなかった。その逆も然り。魔導員のお気に召したらこの履修科目は修了となる。
「なお、魔法を使用した描写や転写は禁止とします。あなた方が最も美しいと思える風景を学院内で探して、自らの手で描くのです。あなた方が瞳に捉える美しさを私に共有して下さい。その熱が熱ければ熱いほど私は共感するでしょう。楽しみにしていますよ」
それから各々がキャンバスを持って、血眼で学院内を歩き回るのであった。
美しい景色と言われれば思い当たる所がいくつもある。例えばⅠ棟の屋上から見渡す景色や噴水公園の花壇、学院のシンボルのオブジェ、Ⅲ棟にある庭園など。やはり考えることは他の受講生も同じで、すでに場所を確保して描き始めている者もいる。
題材が被ったとしてもやり直しを強要されることはないが、魔導員が気に入るかは別問題である。それに単純に人が多いところは苦手だから他を当たることにした。
どうしようか。決定打となる風景が見当たらず右往左往している私の後ろを、セルビアは子鴨のように黙ってついてくる。セルビアはセルビアの描きたい風景を探せばいいのに。当たり前だけれど私の好きな風景とセルビアの好きな風景は違うのだから。そう告げるとセルビアは悩ましそうに腕を組んで唸っていた。
「それはそうなんだけど、せっかくなら一緒に描いたほうが楽しいかなと思って。それに■■■が好きと思える風景なら、きっと私も好きな気がするし」
単純に探すのが面倒くさいだけなのだろう。なんだかセルビアの様子がいつもと違う気がした。普段は講義や実技に積極的に取り組むセルビアだが、油絵の実習は消極的である。むしろ私を置いてどこか場所取りに行きそうなのに、まだセルビアのキャンパスは白紙のまま。絵しりとりをしたときは絵が下手という印象は感じられなかったが。
「……ごめんなさい。絵を描くのが嫌いなわけじゃないの。むしろ好きなほうよ。さらに言えばやる気が無いとかそういうわけじゃないの。ただ気分が乗らないのは確かなのよね」
セルビアは中庭の芝生に腰を落とし、意味もなく雑草を引き抜きながら話を続ける。私もしゃがんで耳を傾ける。セルビアがこんなに苦悩しているなんて今まであっただろうか。
「もちろん学院に魅力が無いわけじゃないの。入学当初にあなたと学院内を散策したときは景観が美しい場所は沢山あったわ。でも、いざその景色を切り取ってみれば「これじゃない」と思って筆が乗らないの」
芝生の上で仰向けになるセルビアは、魔導員の言葉が引っ掛かるみたいだった。求める答えは雲のように浮かんでいて、それを掴む方法を探していた。
「『美しさは誰かが決めるものではなくアナタ自身が決める。美しさの正解は常にアナタ自身にある』。講義で魔導員が言ってたこと。客観的に美しいと思う景色を描いたところで楽しくはないのよね。そうは言っても私が書きたい風景は思いつかないし、提出まで猶予があるわけでもないし妥協するしかないのかなって」
セルビアに妥協の二文字は似合わない。そう言うと「似合うとか似合わないとかそういう話じゃないでしょう」と怒られてしまった。いつも通りのセルビアで安堵した。それならば一緒に悩んであげるのが友人だろう。私もセルビアと同じように芝生で仰向けになる。
「この前のローマ観光はとても楽しかったわね。御礼を言いそびえていたわ、ありがとう」
何の脈絡もなくセルビアはローマ観光の話題を振る。むしろ感謝するのは私の方である。ローマを案内してくれたことはもちろん、一度は頓挫した約束を改めて誘ってくれたこと自体が嬉しかったのだ。
「ふふっ。それなら勇気を出して誘った甲斐があったわね。美味しいもの食べて、ファッションブランドや雑貨のお店を回って、あんなに幸せに満ち溢れた時間は久し振りだった。息の詰まる生活ばかりだったから気持ちが晴れ晴れしたわ」
ローマでは視界に入るもの全てが煌めいていた。街の灯りはイルミネーションのようで、ミュージカルの表現者のように歌を歌いたくなるくらい心が躍り、遊園地の帰り道のように寂しさが芽生えるくらい楽しい時間を過ごした。それにローストビーフのお店はまた行きたいくらいだ。カフェのショートケーキも美味だった。
「あのチーズフォンデュとローストビーフのお店はまた一緒に行きたいわね」
夕食に入ったお店は、チーズフォンデュのセットメニューに熟成ローストビーフを味わえるものがあった。ローストビーフとチーズの相性に私達のほっぺはチーズフォンデュの如く蕩けていった。
他にもアコースティックギターの生演奏を聴けるカフェがあり、そこのショートケーキも美味しかった。今度はアップルパイを食べてみたい。
「そうね。次は珈琲じゃなくてイチゴジャムの入った紅茶を頼みましょう。マグカップのデザインが気になっているの。思い返せば私達ずっと食べてばかりいたわね。だいぶ肥えちゃったんじゃないの」
そんなことはない。なぜなら体重計に乗らなければ肥えたかどうかなんて分からないのだから。
「その現実逃避方法は採用するわ。私も当分の間は体重計の電池を抜いておこうかしら。ふふっ」
晴天の空の下、芝生で寝転がる私達の笑い声は学院内に響き渡る。ローマの風景を描けと言われたらきっと筆は止まらないだろう。夕焼けに色付いたローマの街並み、路上で歓声の上がるパフォーマンス、ホットチョコレートを飲んだとき。どれを切り取っても私の心に刻まれるほど美しい風景であった。
「それには同感するわ。私も油絵のお題がこの学院じゃなければあのローマの風景を描いていたに違いないわ。美しい風景と言えばミラノとか行ってみたいわね。その前にヴェネツィアを隅から隅まで散策しないとかしら。ヨーロッパには他にも美しい景色が沢山あるの。きっとあなたも驚くと――」
何かを閃いたのか、セルビアは上体を起こして私をジッと見る。な、なんだろうか。私の顔になにか付いているのか。
「美しさの正解は常に私にある。ようやく見つけたわ」




