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セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第二章 あの日の約束

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12/21

第12話 ローマ観光

「ここがイタリアの首都、ローマよ!」


 現イタリアの首都であるローマ。その歴史は古く、古代ローマ時代から遺されている建造物が数多に存在する。首都と呼ばれるだけあって往来する人々の賑わいや交通量の多さ、それらの喧騒に耳が慣れない。


「ローマは芸術の街とも呼ばれていて、街路地や建造物、ベンチや街路樹まで、どこを切り取っても景観が綺麗なの。それにこの賑やか過ぎないシックな雰囲気が私は好き」


 セルビアの解説どおり街の景観に圧倒される。

 白色と灰色をしたレンガ調の高層建造物がそびえたつ。ただ単純な建造物かと思いきや、目を凝らしてみると礼拝堂の壁画のように細かいデザインがされている。地面は平らな石が敷き詰められており、子供が石の埋め込まれた地面をジャンプをしながら歩いていた。

 車道を走行する彩りあふれる車種が豪快にエンジン音を噴かせている。その中でも赤色の民間バスは座席が二段構造となっており、二階部分がオープンカーのように屋根が無い。天気の良い日は気持ちよさそうだ。飲食店のテラス席には老夫婦が赤ワインで乾杯している。


 そんな目新しい景色ばかりで幼稚な感想ではあるが、凄い、としか言葉に表わせられなかった。

 

「ふふっ、気に入ってくれたみたいで良かったわ。ねえ■■■、街の方まで歩きましょうか?」

 

 セルビアが案内してくれるのはローマのショッピング街と呼ばれるコルソ通りである。

 学院から転移された場所は街中の一画にある古民家で、コルソ通りまで歩いて約15分程度である。その古民家は学院の警備員が在中しているが、表向きは非魔法使いに怪しまれないようにカモフラージュとして警備員の居住地とされている。学院関係者はその古民家にベルを鳴らし、警備員に学院証を提示することで転移魔法を使うことができるのであった。

 

 「それにしても私達の学院ってヴェネツィアの運河の下にあるのよね? 転移と言ったって世界中のどこにだって行けるわけじゃないのに、ヴェネツィアとローマの距離は問題ないのね。約500kwくらいあった気がするけど」


 綺麗に整備された歩道を歩きながら、セルビアは首を傾げる。

 言われてみれば転移の仕組みはどうなっているのだろうか。転移魔法は人体を原子レベルに分解し、光の速さで特定の場所に移動させたあと、医療魔法により身体を再構築するという複合魔法で構築されている。それがどれほど危険なことか言うまでもない。距離が離れれば離れるほど人体に影響を与えてしまうため、限られた場所にしか移動できないものだと聞いている。


 「痛みや副作用も無いわよね。それに移動の最中はあなたとお喋りしていたし違和感もなかった。魔法はまだまだ奥が深いわね」

 

 浅い知識では到底理解はできないだろう。だからこそ私達は学院で魔法を学んでいる。


 「そういえば前に認定魔法使いについて説明したの覚えてる?」


 セルビアは足を止めて、突然近くのベンチに腰を落とす。彼女に招かれて私も同じように隣に座った。

 認定魔法使いとは、魔法国家公務員の認定を受けて魔法の制限が一部緩和された者を指す。個人事業主として、間接的ではあるが魔法が関与する物の販売やサービスを非魔法使いに提供することができる。

 

 「正解よ。それじゃあ次に目を瞑って街全体に意識を向けてみて。深呼吸して心を落ち着かせて。多分、あなたなら分かると思うから」


 どういう意図か分からないがセルビアに言われたとおり深く息を吸って呼吸を整える。すると微かに感じる魔法の痕跡。魔法使いが暮らしている気配というより、この街中で、非魔法使いの目が触れるところで魔法が使われている。つまりこれは。


 「認定魔法使いがこの街のどこかで働いているの。ただ認定魔法使いであっても国家に雇われている者が過半数なんだけどね。例えば陥没しかけた道路や線路の老朽化の一時的な修復、災害時の電力施設の保守点検や歴史的建造物の修繕。公的公共サービスの機能の維持のため、非魔法使いが即座に対応できない部分について、魔法で大惨事にならないよう一時的に魔法で補ったりしているの」


 確かにあらゆる部分に魔法が付着している気配がする。それだけでも驚いているが、特に私が気になったのはもっと別のところである。


 「気になるでしょう。あそこで路上パフォーマンスしている男性も魔法使いだね。私の両親と同じように国家に雇われていないフリーの認定魔法使い」

 

 一定基準を満たす魔法使いにはフリーで活動が許可される。そこに身分は関係なく実力と教養と秩序を重んじて審査される。つまり遠くの広場でサーカスのピエロのような恰好をしている男性もその一人であった。巨大なボールに乗りながらジャグリングしている。その絶妙なバランスは魔法で補っているようだった。なんだか超人だと歓喜している非魔法使いを騙しているみたいでインチキだと思ってしまう。


 「非魔法使いにとって魔法使いは超人みたいなものよ。大道芸なのだからインチキとか言ってあげないで。ただあの魔法使いは相当の手練れよ。非魔法使いの目の触れるところで魔法を使っている。つまり少しでも魔法に揺らぎが生じて違和感を覚えられれば、魔法国家公務員の捕縛対象になる」


 法律違反で職を失うだけではなく、下手をすれば魔法が永久的に使えなくなることだってあり得る。そんなリスクを背負ってまで路上パフォーマンスをする理由は何なんだろうか。


 「凄いよ、彼は」

 

 音楽に乗りながら観客の拍手でフィナーレを迎える。ジャグリングしていたボーリングのピンを空高く投げ、男性はバク転をして地上に着地する。重力によって落ちてくるピンを次々とキャッチしていく、が、最後の1ピンだけキャッチできず男性の頭上に落下した。コツンッと音が鳴ると、観客からドっと笑いの渦が起こる。そこまでが彼のパフォーマンスの筋書きなのだろう。

 

 「魔法がなくても人類は進化を続ける。足りないところは原因を究明し、現代技術により補てんされる。魔法は非魔法使いの影となり、そして一助となるために存在すべきとも言われている。だけど魔法は民衆の生活を彩らせるスパイスにもなるの。ほら、観客はあんなに楽しそうにしている」

 

 拍手喝采の中、汗だくの男性に駆け寄る子供。男性のパフォーマンスに興奮している様子で、彼はボーリングのピンにサインを書いて子供に渡している。お互いとても良い笑顔をしていた。


 「ああいうのもいいね」

 

 同感である。男性が路上パフォーマンスをする理由は単純に観客の喜ぶ顔なのだろう。街に出てこなければ魔法がこういう使い方をしているとは知る由もなかった。路上パフォーマンスを終えた男性は、汗を拭いながら遠くで見ていた私たちに手を振る。驚いた。私達は魔法を一切使ってもいないのに魔法使いだと認識された。微かな魔法の気配を察知したのだろうか。これが認定魔法使いの実力ゆえ。

 

「そんな子供みたいに目を輝かせちゃって。世間知らずのあなたはこういう事も知らないと思って見せたかったのよ。案内した甲斐があったわ」


 セルビアの両手は湯気がもうもうと立ち昇るコップで塞がっていた。私が惚けている間、広場の屋台でホットチョコレートを購入してくれていたようだった。ありがとう。コップを受け取って一口飲むと、絶妙な甘さとカカオの香りが口いっぱいに広がる。ホットチョコレートなんて初めて飲んだがとても好みの味だった。 「ふふっ」と笑う声が隣で聞こえた気がした。


 「私は人の手によって創り出されたものを見るのが好き」


 セルビアは街を眺めながらそう呟いた。温かい目と柔らかい表情で彼女は遠くを見つめている。

 

 「絵画、建造物、工芸品、小説、映画、そして陶芸。それらには魔法で創り出されただけでは味わうことのできない物語が存在するの。手間がかかるから興味を持ち、完璧じゃないから目を奪われ、創作物語に愛着を抱く。その物語は美しい光となって鑑賞者の凍てついた心を溶かして温めてくれる……私がそうだったから」

 

 セルビアは魔法学院を卒業したら認定魔法使いの試験を受けて陶芸家になりたいと言っていた。両親の跡を継ぐために陶芸家を目指しているだけではなく、セルビアが思い描いている自分自身の将来像は、もっと明確でまばゆいものだった。彼女は敷かれたレールをデコレーションしながら歩いている。両親が用意したレールも気に入らなければ取り壊して、自分好みに方向転換してしまうのだろう。


「私は特別な存在になりたいのではなくて、誰かの特別を創り出す存在になりたい。世界を救う魔法使いには憧れない。美しさを表現できる魔法使いに私はなりたい」


 セルビアやピエロ姿の認定魔法使いを見て、ファドルフ魔導員の言っていた「魔法の存在意義」がどういうことか少しは理解できた気がした。それが正解かどうか自信はないが、私の答案用紙には文字を埋めることができそうだった。


 「『魔法は誰かを幸せにするためにある』ってことを忘れないようにしないとね」

 「私も」

 「……え?」

 「私もセルビアのような魔法使いになりたい。私は自分のことしか考えられていなかった。まだ魔法使いとして未熟で、自分の魔法にも自信が無い。でもいつか、あなたのように誰かを想って魔法を使える魔法使いに私はなりたい」

 

 アンティークな街灯から淡いオレンジ色の光が放たれる。日が暮れるにつれて街中の雰囲気も変わっていく。昼間は子供のような無邪気で明るい雰囲気だったが、夜に眺めるローマはさぞ大人びているのだろう。そうも思うと夕方は子どもと大人の狭間のように思えて、まるで今の私達みたいだった。


 私達は今、大人の世界に足を踏み入れたばかりの未熟な存在である。語る未来も明るいもので、これからもっと知らないことを知って現実とのギャップに受け入れられないこともあるだろう。そんなときはこの日を思い出そう。いずれ夜のローマで、陶芸家のセルビアと一緒にお酒を飲んでみたいものだと、今は、少し先の未来を待ち望んでいよう。


 「さっきから私達、魔法のことしか話していないわね。せっかく学院から遠く離れたローマに居るのだから、今日は魔法使いとしてではなく、ひとりの女の子としてショッピングを楽しみましょう!」


 セルビアは強引に手を掴んでコルソ通りまで歩いていく。この手に引かれるのは何度目だろう。こうやって彼女は、私を知らない世界へ導いてくれる。


 「セルビア」


 私は立ち止まって彼女を呼び止める。反動で引き戻されたセルビアは、普段よりも半歩近い距離にいる。

 人々が往来しているストリートの真ん中で、アコースティックで演奏されたバラードをバックグラウンドミュージックに、精一杯の想いを告げる。


 「ありがとう」


 瓶に詰め込まれていた感謝を、私は蓋を開けてセルビアにプレゼントする。それはローマ観光に付き合ってくれたことだけでは到底満たされることのない感謝である。ここで言葉を綺麗にドレスコードさせられるほど私は人間ができていない。

 呆気にとられたセルビアは、じわじわと表情が彩っていく。


 「そうやって真っすぐに感謝を伝えられるなんて照れくさいわね。てっきり愛の告白でもされるのかと思ったわ」

 「そ、そんなことしないよ!」

 「でも悪い気はしていないみたい。私の心臓は案外、正直なのね」

 

 セルビアは胸に手を添えて、愛おしそうな顔で俯いている。それが何を言っているのか私には理解できなかった。

 でもそこに居たのは溢れだしそうな感情を抑え込んでいる一人の女の子だった。とても魅力的で可愛らしい女の子である。

 

 「さて、日が暮れる前にまだまだ行くわよ。もっと美しい景色を見せてあげるんだから」

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