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セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第二章 あの日の約束

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第11話 あの日の約束

 魔法国法に関する講義は退屈で仕方がなかった。

 魔導員の解説が分かりにくいのではなく、今回テーマは魔法国法のうち「医療法」の「医療魔法行為に伴う制限と罰則」に関するものであった。医療の専門知識・専門用語を知っている前提で説明されるため、途中でメモを取ることすらやめてしまった。


 そもそも私は医療魔法を扱うことができない。医療魔法は人体の構造やエネルギー、細胞や微生物などあらゆる分野を深く理解しないと魔法が機能しない。傷を治したい、と願うだけで傷が勝手に治していくほど魔法は奇跡の産物ではないのだ。知識が伴って初めて「魔法」となる。

 

 そして医療魔法が使えないのはセルビアも同じだった。セルビアは陶芸家を目指しているだけあって物を修復することが得意である。例えばマグカップだったら破損箇所を把握し、陶器の素材を複製して素材同士を連結させることで修復する。その緻密な魔法操作は、私にとって医療魔法と大差ないと思っている。そんなセルビアでも人体の医療魔法は使用することができなかった。


 「人」も「物」も魔法操作の仕組みは同じである。決定的な違いは命を宿している細胞を操れるかどうか。細胞に魔法をかける困難さは、イクラで刺繍をするようなものである。それにセルビアいわく、「人体の傷なんて唾でも付けとけば勝手に治るじゃない。唾は魔法よ」と主張して覚える気はないようだった。


「先生! 臓器の移植は部位によっては各国の法に抵触することがありますが、魔法国法ではそれらの――」


 グロテスクな人体構造の写真を指さしながら目を輝かせる受講生もいるようだった。彼女はセルビアのいう後者だろうか。そんな熱心な受講生に比べて、隣に座るセルビアは暇を持て余しているようだった。ノートの端にイラストを描き始めた。退屈だからって落書きは感心しない。


「あら、普段から講義中に居眠りしているあなたには言われたくないわね」


 なにも言い返せずぐっと堪えることしかできなかった。魔導員に怒られてしまえ。そう心の内で思う一方、セルビアがノートに何を描いているのか気になって講義に集中できない。

 こっそり覗いてみるとトラ柄模様の可愛らしいネコが描かれていた。猫じゃらしも描き加えると今にも紙上で動き出しそうな躍動感のある描写で、つい見惚れてしまっていた。


 「ねえ■■■、退屈してるなら絵しりとりしようよ」


 ふいに耳元で囁かれた甘い声に、首筋から腰まで鳥肌が伝う。咄嗟のことで身を引いたが、セルビアは悪びれもなさそうに首を傾げている。講義中は普通の声量でも悪目立ちしてしまう。だから悪気があったわけじゃないだろうが、まったく悪い女である。それに退屈だからと言って講義中に遊ぶのは気が引ける。少し前のセルビアだったら考えられない言動である。


「そう言われてもこれは私には関係のないテーマなんだもの。魔法国法は認定魔法使いになるため必要な知識だけど医療法は別物よ。医療法を好き好んで学ぶ人は「変人」か「狂人」のどちらかだと思ってるわ。私はあくまで「普通」の魔法使いだもの」

 

 セルビアは器用巧みにペン回ししながら鼻を高くする。準貴族の地位にいて特別扱いされてきたのか、もしくは「変人か狂人」と呼ばれた過去があるのか、自分自身を平凡と謳ってどうして誇らしげな顔をしているのか理解できなかった。どちらにせよ頭の悪そうな言動が可愛いかったから私は何も言わなかった。

 

 「そんなことより絵しりとり、するの、しないの?」

 

 私の小さな天使と大きな悪魔が葛藤の末、魔導員の目を盗んでそのノートを受け取った。絵しりとりはノートに描かれた「ネコ」から始まり、私は無難に「コップ」を描いた。講義のメモをとる片手間にでもセルビアの相手をしてあげよう。そう思っていたのに描けば描くほどイラストの細部までこだわり始めて、講義中であることを忘れるくらい熱中してしまった。


「講義中に落書きは感心しないんじゃなかったのかしら?」


 いたずらな笑みをするセルビアに、私は我に返って恥ずかしくなってしまった。大人になると日常的に絵を描くことはないため楽しくなってしまった。さっきのセルビアに対する発言は撤回しよう。

 

 「でもあなたが真剣に描いてくれるから私も楽しくなっちゃったわ。楽しいわね」


 私は力強く首を縦に振った。既にノートの半分が埋まっている。この1ページを使い切ったくらいで丁度よく講義も終わるだろう。次はアメコミを彷彿とさせる英雄、つまり『ヒーロー』を描いてセルビアに返した。マントを羽織って空高く拳を突き上げているヒーローのイラストで、伝わりやすさに特化した簡易的な絵だからそこまで苦悩するほどでもないと思っていた。

 だけどセルビアから返ってきたのは五分後だった。


『午後の講義って何か選択してる?』


 そこには絵ではなく文字が書かれていた。

 

『していないけど』


 結論だけ書いてノートを渡した。用事に付き合ってほしいってことだろうか。それなら講義が終わった後にでも口頭で言ってくれればいいのに。そう思っているとセルビアから返事が返ってきた。

 

『この講義が終わったら前に行けなかったローマ観光する?』


 セルビアはノートにそう書き記す。誘い文句を考えていたのか何度も書き直した跡があり、その箇所だけ黒ずんでいる。しりとりの『ロ』でローマを思い出したのか、それともこれを言うために絵しりとりを始めたのか分からない。セルビアは講義を聞いている”フリ”をして私の反応を伺っていた。

 

 あの日、セルビアとローマ観光へ行く途中で慣れない都会の空気と疲労の蓄積で、私は意識を失ってしまった。

 せっかく二人で観光する予定だったのに、セルビアの時間を私の看病で奪ってしまった。大人のくせに自己管理ができていないと言われたら返す言葉もない。私のせいで台無しになって改めて誘う勇気なんてあるわけもなく、だからと言って誘われることなんて今後一切無いと思っていた。

 だからこのサプライズは、心の底から嬉しさがこみ上げた。


 「行く。もう一度、セルビアと一緒に行きたい!」


 私は講義中であることも忘れて食い気味に二つ返事した。魔導員だけではなく周りの生徒からも注目を浴びる。そんな私をキョトンとした顔でセルビアは見つめる。そのあと腹を抱えて笑い始めた。


「そんなに嬉しそうな反応してくれるなら誘った甲斐があったわね。うん。私もあなたと行きたいわ」


 悪目立ちしてしまい、案の定、魔導員から私語を慎むように注意を受けてしまった。私達は講義が終わるまで会話を控えつつ、ふいに目が合って笑いあう。浮かれているのはお互い様だった。

 今日は不思議とセルビアに声が通る気がした。

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