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セルビア・マグダシア  作者: 猫公
第二章 あの日の約束

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10/21

第10話 基礎体力向上実技

 魔法はいつ何どきだって使用できるとは限らない。


 魔法は使用者の心身に影響し、その内的要因が不安定であれば魔法もイメージの枠から外れてしまう。他にも電波の届かない地下洞窟があるように、この地球上で魔法の使えない空間が存在する可能性もある。

 そんな状況下で敵襲に遭った場合、どれくらい体力を保持しているかによって生存率は格段に上がる。だからこそ、本学院のカリキュラムに「基礎体力」の向上を目的とした実技が必須項目として組み込まれていた。戦うためにではなく生きるために。


▼

 

「病み上がりなんだから、こんな基礎体力の実技なんて受けなくてもいいのに」


 Ⅱ号棟の広場には「基礎体力」の実技を受ける受講生が集まっていた。彼らは運動着に着替えてストレッチをしているが、その表情はどこか暗い。一部の受講生だけでなく広場一帯が曇天とした空気だった。私の心配をしてくれるセルビアさえも表情が曇っていた。それから「逆の立場なら喜んで見学してたわ」と普段らしからぬボソッとした声で嘆いている。その理由を知っている私は心中お察しする。


 魔法使いは非魔法使いに影響を与えない範囲で日常的に魔法を使うことが許されている。ゆえに魔法使いは、魔法に頼りっぱなしの生活を過ごしていることから体力の無い者が多いのであった。セルビアもまたその一人である。


 「失礼なこと言うわね。そんなのアナタの勝手な偏見じゃない。日常的に魔法を使っているのは事実だけど、身体をまったく動かさないことなんて無いわよ。それに勘違いしないでもらいたいけど私の体力は人並みってところよ」


 自信なさげに否定をし、拗ねてそっぽを向くセルビア。その可愛らしい仕草さを堪能するため、私はあえて謝罪はせず、煽る言葉を投げるのであった。


 この「基礎体力」の実技は学院の敷地を四周するものである。Ⅰ号棟からⅥ号棟を囲む沿路を走る。距離にしておよそ15キロ。制限時間はなく走り切ればその時点で課題クリアである。

 セルビアは屈伸運動やアキレス腱を伸ばし、軽いジャンプをして体をほぐしている。その身軽で慣れた動作はアスリートのようで、セルビアが運動できないというのは私の勝手な決めつけだったのかもしれない。


「うむ、分かればよろしい。それより折角なら一緒に走りましょう。心配しないで、あなたを置いて先に行ったりしないから」


 私の知ってるセルビアはこういう時、スタートと同時に全力でダッシュして私を置いていこうとする奴だ。彼女の言動に疑いは消えない。だが生憎、私は山育ちであり、幼い頃から森林をアスレチックのように遊んでいたから運動は得意な方である。


「ずいぶんと挑戦的な目をしているわね。病み上がりなんだからもっと楽しく平和的にいきましょう。ラブアンドピースの精神が足りないんじゃないかしら■■■」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべるセルビアに、私の闘志は燃え上がる。言葉を交わさなくても分かる。これは私とセルビアの体力勝負なのだ。山育ちを舐めてもらっては困る。


「ほら、■■■の髪も結んであげるからこっち来て」


 私なんて眼中にないような振る舞いに、むっ、と唇をとがらせる。 


「拗ねないの。ほらおいで」

 

 セルビアに手招きされて近くのベンチに腰掛ける。新雪を掌ですくうみたいに私の髪に優しく触れる。手櫛で髪を整え、シルク糸で編み物をしているくらい丁寧に三つ編みをする。その間、セルビアの甘い匂いが私を抱き締める。

 

「もちろんあなたに負ける気はないわ。でもね、それ以上にあなたと一緒に走るのが楽しみなの」

 

 さっきまで意気消沈していたのに、今のセルビアは機嫌が良さそうだった。優しくされたところで手を抜いたりしない。そう意気込んでいた気持ちは、風に運ばれる綿毛のように空高く消えてしまった。

 ずるい。ただそう感じた。


▼

 

「ゼェ、ハァッ、ちょっとこれダメかも、待ってぇ」


 まだ二周目前半である。セルビアは両腕をだらんと脱力させて、弱音と文句を吐きながら必死こいて走っている。彼女の道筋をペンで書き留めると補助輪を初めて外した自転車のように歪んでいるだろう。もはや私は走ってすらいない。案の定、セルビアは多数派。つまり体力が無い方の魔法使いであった。


「私はぁ、持久走が苦手なだけでぇ、球技や水泳は得意ぃ、なんだからぁ。持久走以外の基礎体力は、あるのよぉ」


 きっと嘘であろう。確証はないが見栄を張ってるだけに違いない。このままセルビアのペースに付き合っていたら日が暮れてしまう。この実技はゴールした者からの順に帰れるようなので、このままセルビアを置いて帰ってしまおうか。

 そう思った矢先、セルビアはブレーキが掛かったように低速し、体力の限界を迎えたのか走るのをやめてしまった。この実技にリタイア制度なんてあっただろうか。


「ふ、ふっふっ、私は勘づいてしまった。この「基礎体力」の実技の真の目的とやらを」


 まだ心身ともに元気そうでなによりだった。セルビアは呼吸を整えながら実技の真の目的やらを考察し始める。せめて歩きながらにしてほしいものだ。


「これは単純な「基礎体力」の向上を目的とした実技じゃないのよ。この実技は魔法の使用を制限しているけど、そのこと自体に疑問を抱くべきだったのよ。ここは魔法の学び舎。思考と魔法は密接に関連している。だからまずはこの実技の目的、意図を読み取ることが大事なのよ。どういう事がわかる?」


 この実技は魔法が使えない状況下を想定し、自らの足で窮地を乗り越えるための体力向上を目的としている。戦闘のためではなく生き延びるための実技である。だから魔法に制限を課せている。


 魔法の制限。私とセルビアの手首に巻かれてるリストバンドがその役割を果たしている。これは講義の開始直前に魔導員から渡されたリストバンドで、これが魔法を制限する魔道具となっていた。この魔道具は魔導員が解除命令を下さない限り、どんな強力な魔法で破壊を試みようが、屈強な男が力ずくで引き剥がそうが、外せない仕様となっていた。それが魔道具を発動する際の制約でもあった。 


 「私はこう思うの。魔法の使えない環境下に置かれたら、己の足で逃げるのではなく、どうすれば魔法が使えるか全身全霊で思考を働かせるべきだと。だからこの実技は魔法の痕跡を残さず、如何に悟られず魔法を使うのがポイントなのよ。例えば身体強化とか」


 セルビアの足先に魔法の光が集中する。体内を構成する骨、それを包む血液と筋肉、それらの細胞に意識を向けている。乾いた土に水をあげるように筋細胞に魔法を付与させる。


「基礎体力は生きるために必要不可欠っていうことは理解できるわ。ならば生きる為にズルをしたって構わない。これが真理よ」


 セルビアは身体能力を底上げしようと、リストバンドに察知されない程度に魔法を使う。ほんの僅か足指、足裏の筋肉を一時的にドーピングする。そんな繊細な魔法は私には扱えない。さすが未来の陶芸家である。


「……もう一度」


 だが、どうやら上手くいかないらしい。リストバンドが反応していないのだから魔法の使用には成功している。だけど何度試しても魔法が消失してしまうようだった。


「……疲労で魔法が上手に使えないわ」


 結局、セルビアは自らの足で走ることになった。あの時間は何だったのだろうか。むしろ魔法を使って体力を消費してしまったようで、汗だくでだらしがない顔をしている。

 普段から何でも完璧にこなすセルビアの新たな一面を垣間見た。結果はどうあれ苦手なことでも全力で取り組んで、準貴族とは思えない直向きな努力をする彼女の心意気には好感が持てる。


「ヒィィ、オタスケェー」


 それに彼女には看病してくれた恩がある。仕方がないから背中でも押してあげよう。

 

「あり、ありがとうぉ。セルビア家の名の下に、この恩は忘れないから」


 大袈裟な、と彼女の背後に回り込む。背骨と腰あたりをグッと押しながら走れば、押される側も負担なく加速することだろう。そう思って彼女の背中に触れたときだった。セルビアが着ている服に違和感ならぬ既視感を覚えた。彼女のうなじにあるタグを指でつまむ。

 

 「ど、どうしたの?」


 やはりこれは私の服である。私が持ってる服にはすべてタグに穴を開けている。故郷にいる妹がお揃いの服を着たがるから、妹の服と区別するようにタグに穴を空けており、上京してもそのクセが直らなかった。

 この前、私を看病してくれたときセルビアは私の家に泊まった。そのときにセルビアが持参した服と入れ替わってしまったのだろう。


 「つまり、この私が着ている服はアナタのもので、アナタが着ているのは」


 気が付かなかったがセルビアのである。色や形は見間違えるくらい似ているが、やはりセルビアの服は品質がいい。肌触りが段違いである。きっと値段の差はそこにあるのだろう。


 「脱いで」


 空耳でも聞こえたのか、セルビアが今「脱いで」と言ったような気がした。そんなわけがない。今は実技中であり、ここは学院内で魔導員や生徒が普通に歩いている。そんな公共の場で下着姿になれと強要するような変態準貴族が居てたまるか。


 「今すぐ脱いで」


 力強く肩を掴まれる。関節に指を食い込ませて腕を上げることができず、抵抗も逃げることすらも叶わない。彼女の目は本気だった。ここで私が救われるための手段は話し合いしかない。そんなに思い入れのある大事な服だったのか。

 

 「そうじゃなくて、私は他人の服を着ることには抵抗は無いんだけど、自分の服を他人に着られるのはダメなの!」

 

 セルビアは慌てた様子で服を脱がそうとしてくる。性欲に飢えたケダモノのごとく服を引き千切る勢いで掴んでくる。既におへそが丸見えの状態にある。やめて服を捲らないで、このままだと下着が見えちゃうから。私は地上に打ち揚げられた魚のごとく、必死に抵抗してセルビアと距離を取る。

 お互いがカバディのような体勢で様子を見る。


 「それじゃあせめて物陰に隠れて服を脱いで」


 脱いだあとの私の服は?


「あなたは下着姿でも十分可愛いわよ」


 セルビアが先手を打ってじりじりと詰め寄ってくる。ひっ。さすがに許容範囲外である。そもそもどうしてそんなに嫌がるのか。自分の服に他人の汗が染みるのことが嫌なのか?


 「別にあなたの汗が嫌ってわけじゃないの。小さい頃から私は汗っかきで、洗濯しても服に体臭とか染みているかもしれないし、生理で体臭が強くなっちゃうし、とにかくそういうのが気になるの!」


 試しに服の匂いを嗅いでみるがそんなことは一切なく、ほぼ自分の汗で上書きされていた。だけど、ほのかにセルビアの優しい匂いが香る。心がぽかぽかする安心する匂いである。この服がデジタル世界で文字化けしたとしても、「臭」なんて文字は存在しないであろう。


 「ギャー! ちょっとやめて、襟や腋に鼻を近づけないで! 分かったからこれ以上嗅がないでー!!」


 ゾンビのように迫りくるセルビアに、私は服を脱がされる恐怖から咄嗟に逃げた。もはや話し合いでは解決できない。セルビアは私を脱がす使命感にかられていた。


 そんなセルビアが私に追いつけるわけがなく、「わーん」、とべそをかきながら追いかけてくる彼女に、このまま一定距離を保ちながら残り一周半を走り切ったのであった。

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