第9話 空中スイマー、始めます
「名前、考えるか」
昨日からの問題だった。本名も顔も出さない。
YouTubeで活動するなら、何か名前がいる。
「ワープマン……」
昨日却下した。
「瞬間移動マン……」
もっと嫌だ。
「ヒーロー松さん……」
「ないな」
俺はスマホのメモを開いて、思いつく名前を適当に並べた。
ワープ何とか。空何とか。横文字もいくつか。
「うーん……」
どれも格好つけすぎている。
「俺が名乗るの恥ずかしいな」
別に世界を救うためのコードネームを決めたいわけではない。副業だ。目標は8,000万円。
俺は立ち上がって鏡を見た。水泳帽、ミラーゴーグル、マスク、無地の服。
「……」
どう見てもヒーローではない。
「泳ぐ人だな」
そういえば、空を飛んだ時も、飛ぶというより空中をワープで移動していた。
「空を泳いでる……」
鏡を見る。
「空中スイマー?」
口に出す。
「……」
もう一度。
「空中スイマー」
悪くない。少なくとも瞬間移動マンよりはいい。
俺はもう一度鏡を見る。水泳帽とゴーグル。どう見ても泳ぐ人だ。
「……見た目とも合ってるな」
口に出しても、さっきの候補より恥ずかしくない。
「これでいいか」
決めた。空中スイマー。YouTubeを開く。
チャンネルを作る。チャンネル名。
『空中スイマー』
「よし」
説明文。ここで止まる。
「何書けばいいんだ」
何行か考えて、全部消した。登録者ゼロ人のチャンネルで長々説明しても仕方ない。結局かなり短くした。
『ワープっぽいことができます。空も飛べるようになりました。』
「……雑だな」
世界で俺しかできない可能性があることを、たった一行で済ませている。
「まあ、まだ1円も稼いでないしな」
登録者ゼロ人のチャンネルに、今から何時間もかけて説明文を作る気にはならなかった。次。アイコン。
「顔は無理」
当然、活動服姿ならいい。水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。これなら本人を知っている人が見ても、すぐには分からない。
適当に撮る。
「……怪しいな」
画面の中には、不審者がいた。超能力者というより、夏場に職務質問されそうな人だった。
「まあいいか」
アイコンを設定して完成。俺は改めて装備を並べた。
水泳帽は元から持っていた。マスクも家にある。無地の服も運動靴もある。ミラーゴーグル。
これは目元を隠すために買い足した。
「世界で1人かもしれない能力者なのに」
並べた。
「追加で買ったの、ゴーグルくらいか」
専用スーツなし。マントなし。特殊装備なし。
「FIRE目指してるのに、ヒーロースーツに10万とか使ってられないしな」
必要になったら、その時買えばいい。まずは金をかけずに試す。問題は配信だった。
昨日まとめた配信準備のメモを見直す。顔、声、背景、位置情報、建物、移動経路、生活時間、反射物。いろいろある。
「多いな……」
でも。一番分かりやすいものがあった。
「配信開始地点」
俺が自宅から配信を始める。毎回そこから出発する。
「……顔隠して家から配信開始したら意味ないじゃん」
危ない。俺でも分かる。なら、家の近くでは絶対に始めず、まず車で人目の少ない場所まで移動する。
そこから見える場所をつないで何度かワープし、生活圏から十分離れた別の地域へ出る。スマホの地図で距離を確認し、地域が分かりやすい看板や特徴的な建物が映りにくい場所を選ぶ。そこで配信開始。
終了時も同じで、配信を切ってから何度かワープを挟み、車を置いた場所へ戻って、それから帰る。
「よし」
これなら、
『空中スイマーが現れた場所』
と、
『俺が住んでいる場所』
を直接結びつけにくい。もちろん完璧ではない。それでも、何もしないよりはいい。
次。生配信。昨日考えた通り、録画動画よりこっちを中心にする。
編集した映像より、リアルタイムでワープした方が本物っぽい。ただ、メモを見直してもう1つ気づいた。
「現在地をリアルタイム公開……」
例えば俺が、
『今ここにいます』
と配信する。それを見た人が集まる。追いかけてくる。
待ち伏せされる。
「嫌だな」
そこで。今は低同接だし、配信はほぼリアルタイムでいく。
「今はこれでいいか」
変な感じがする。でも考えてみれば。
「人が増えたら、その時に遅らせればいいな」
ワープできる俺とは相性がいい。採用。次は撮影。
「スマホ1台でいけるか?」
考えて。
「……コメント見れなくない?」
配信中はカメラとして使う。画面を確認しながら、コメントも同接も見る。
「忙しいな」
そこで、前に使っていた古いスマホを引っ張り出した。配信用は今のスマホ。古い方はコメントと同接の確認用。
固定で撮る時は、小さい三脚に配信用スマホを置く。カメラの前に立つ。消える。
別の位置に出る。戻る。空へワープする。
移動する時は配信用スマホも持っていく。サブ機は手元でコメント確認。
「世界唯一かもしれない能力者の配信環境、スマホ2台と三脚か……」
まあいい。
「撮影スタッフ俺しかいないからな」
1人で撮って。1人で出演して。1人で飛ぶ。
できることからやるしかない。俺はメモを開いた。
『初配信でやること』
1、近距離ワープ。
2、空中ワープ。
3、少し飛ぶ。
「他は……」
部屋を見る。縄跳びが目に入った。
「これ、ワープ使ったら何重跳びまでいけるんだ?」
普通なら無理なタイミングでも、縄が通るたびに位置をずらせば。3重。4重。
もっといけるかもしれない。
「結構すごくない?」
追加。
『縄跳び』
他にも思いついたものをいくつか並べる。
「まあ、こんだけやれば誰か来るだろ」
ワープだ。空も飛ぶ。縄跳びまでおかしい。
少なくとも俺なら見る。あとはやるだけ。休日。
活動服に着替える。水泳帽、ミラーゴーグル、マスク、無地の服。鏡を見る。
「……やっぱり泳ぐ人だな」
まあいい。家を出る。車で人の少ない場所まで移動する。
周囲を確認。そこから見える場所をつないで何度かワープする。スマホの地図で、生活圏から十分離れた別の地域まで来ていることを確認する。周囲に地域が分かる看板や特徴的な建物もない。
「ここならいいか」
配信用スマホ。コメント確認用の古いスマホ。三脚、回線、配信状態を確認。チャンネル名。
『空中スイマー』
登録者。ゼロ。
「まあ最初はそうだよな」
配信タイトルを入力する。
『ワープできるので配信してみます』
「……そのままだな」
でも嘘ではない。開始ボタンの上に指を置く。少しだけ緊張する。
今までは。この能力を知っているのは、俺だけだった。ここから先は違う。
「これで8,000万円への第一歩……」
一度止まる。
「いや、さすがに気が早いか」
俺は笑った。
「よし」
押した。画面が切り替わる。
『ライブ配信を開始しました』
空中スイマーの活動が始まった。




