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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第7編ワープ影響編

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第83話 今日は白石さんと、ご飯を食べる日!

約束していた休日になった。


先日の会議の帰りに白石さんから食事に誘われて、今日ようやくその日が来た。


待ち合わせ場所で合流すると、白石さんが笑った。


「お店、こちらです」


白石さんが歩き出したので、俺も隣に並んだ。


待ち合わせ場所から少し歩いたところに、今日のお店があるらしい。昼を少し過ぎているせいか、人通りはさっきより落ち着いていた。


「白石さんが選んでくれたんですよね?」


「はい。前から気になっていたお店なんです。まだ入ったことはないんですけど」


「じゃあ、二人とも初めてですね!」


「そうですね。もし松さんの好みに合わなかったら、すみません」


「えっ、そんなこと気にしなくていいですよ。俺、結構なんでも食べますし!」


「それなら、少し安心しました」


白石さんが笑う。


仕事中なら、もっと落ち着いている人だ。俺がとんでもないことを言っても、一度受け止めてから、できることとできないことを整理してくれる。


その白石さんが、店選びでちょっと心配そうにしている。


……なんか、新鮮だな。


案内されたのは、通りに面した小さな洋食店だった。ガラス越しにテーブルがいくつか見える。派手な看板はないけど、入口の脇に置かれたメニューの写真が妙にうまそうだ。


「おお、ハンバーグ!」


「オムライスもありますよ」


「うわ、そっちもいいですね」


「まだ入ってもいないのに迷ってますね」


「もう迷ってます!」


店内に入ると、焼いた肉とソースのいい匂いがした。奥の落ち着いた席に案内され、二人でメニューを開く。


ハンバーグ。オムライス。ナポリタン。どれも、わざわざ遠くまで食べに行くような高級料理じゃない。


でも、こういう店っていいんだよな。


値段も普通の外食の範囲だ。せっかく白石さんが選んでくれたんだし、今日は素直に楽しもう。


「……決まらない」


「さっきからずっと同じページですよ」


「ハンバーグ食べたいんですけど、オムライスも捨てがたいんですよ」


「また来ればいいんじゃないですか?」


「……あ」


前にも同じようなことを考えた気がするけど、なぜか毎回、一度で全部食べる前提になっている。


「そうですね! じゃあ今日はハンバーグで!」


「私はオムライスにします」


「おお、そっち行きますか!」


「松さんがずっと迷っていたので、私も食べたくなりました」


「それ、俺のせいですか?」


「少しだけ」


ふふ、と白石さんが笑った。


注文を済ませ、水を一口飲む。


いつもなら、この辺りで次の予定の話になる。どこへ行くか、何を撮るか、時間は何時までか。北海道の旅行だって、ずいぶん詰め込んだ。


でも今日は、店に入ってご飯を食べる。それだけだ。


「そういえば、今日は予定、これで終わりですか?」


白石さんが尋ねる。


「はい! 帰ったら動画でも触ろうかと思ってましたけど、別に急ぎじゃないです」


「そうなんですね」


「白石さんは?」


「私も、特には。買い物に寄るかもしれませんけど」


「いいですね。買い物」


「松さんは何か買いたいもの、ありますか?」


「うーん……」


すぐに出てこなかった。


欲しい物がないわけじゃない。動画に使う物も、生活用品も、探し始めたらいくらでもある。


ただ、今の住まいは政府の一時滞在施設だ。新しい家が決まっていないのに、大きな物を買っても置き場所に困る。


「今はあんまり物を増やせないんですよね。家のこと、まだ決まってないですし」


「そうでしたね」


「だから今日は、見るだけの買い物でも楽しそうです!」


「それ、買い物と言うんでしょうか?」


「ウィンドウショッピングってやつですよ!」


「ふふ。そうですね」


白石さんが少し肩の力を抜いたように笑った。


料理が運ばれてきたのは、その少しあとだった。


鉄板の上でソースが小さく音を立てている。湯気と一緒に、香ばしい匂いが上がってきた。


「うわ、うまそう!」


「松さんの、熱そうですね」


「もう匂いで勝ってます」


「何に勝ったんですか?」


「分かりません!」


俺がそう答えると、白石さんは笑いながら、自分のオムライスにスプーンを入れた。


俺もハンバーグを一口。


「……うまっ」


表面にはしっかり焼き目があって、中は柔らかい。ソースもご飯に合う。


これは当たりだ。


「どうですか?」


「大正解です! 白石さん、いい店見つけましたね!」


「よかったです」


白石さんもオムライスを食べて、目を細めた。


「こちらもおいしいですよ」


「ええ、やっぱりそっちも気になるなあ」


「ハンバーグ、正解だったんじゃないんですか?」


「正解が二つあるんですよ!」


「便利な言い方ですね」


「でも本当ですって!」


二人で笑って、また料理に手を伸ばす。


俺の仕事だとか、ワープだとか、そういう話をしなくても、会話が続く。


北海道では釣りや料理で一日中動き回ったけど、今日は食べたいものを選んで、席に座ってのんびりしているだけだ。


「白石さん、こういう休日もいいですね」


「はい。私も、ゆっくりできて嬉しいです」


「なんか、時間が過ぎるの早いですね!」


「ふふ。まだ食事中ですよ」


「……そうでした!」


白石さんが楽しそうに笑う。


その顔を見て、俺まで嬉しくなった。


食事の途中、窓の外を歩く人たちが目に入った。休日の街は、平日と少し違う。急いでいる人もいるけど、買い物袋を持ってのんびり歩く人も多い。


俺も昔は、休みの日になると何かやらなきゃ損だと思っていた。


……いや、今も結構そうか。


でも、今日の予定は一つだけ。それなのに、全然退屈じゃない。


「松さん?」


「はい?」


「何か気になりますか?」


「いや、今日は配信しなくてよかったなって」


「配信、ですか?」


「ご飯食べながらコメント見てたら、こんなにゆっくりできなかったと思うので」


「そうですね。今は松さんも、落ち着いて食べられますし」


「白石さんも、コメント読まなくていいですしね!」


「今日は2号じゃありませんからね」


「……あっ、そうでした!」


北海道で視聴者に呼ばれていた名前を思い出す。


「2号さん、結構人気だったんですけどね」


「それはありがたいですけど、今日は白石でお願いします」


「了解です!」


「普通のお休みですから」


その言い方が妙に嬉しくて、俺はもう一口、ハンバーグを食べた。


食べ終わる頃には、すっかり満腹になっていた。


……ところが。


メニューの最後のページが、なぜか目に入ってしまった。


「プリン……」


「気になります?」


「ちょっとだけ。いや、結構」


「まだ食べられそうですか?」


「別腹が存在するか、今確認してます」


「どうやって確認するんですか?」


「自分のお腹と相談を」


「お返事は?」


「……微妙です!」


白石さんが笑う。


俺がメニューを戻そうとすると、彼女はもう一度そのページをのぞき込んだ。


「私は、頼もうかなと思います」


「プリンですか?」


「はい。実は、このお店の写真を見た時から気になっていて」


「えっ、そうだったんですか!」


「食事の方もおいしそうでしたけど、こちらも」


「じゃあ、最初からデザート目当てだったんですね!」


「……少しは」


白石さんが照れたように笑った。


なるほど。


仕事中の白石さんなら、気になることは順番にきちんと説明してくれる。でも今日は、自分が食べたいプリンを頼むかどうかの話だ。


俺も食べたい。


ただ、本当に腹がいっぱいなんだよな。


「白石さん、感想聞かせてください。俺は次回来た時に食べます!」


「分かりました。では、遠慮なく」


運ばれてきたプリンは、小さなガラスの器に入っていた。上にかかったカラメルが、店の照明を受けて光っている。


「おお、これはうまそう」


「いただきます」


白石さんが一口食べる。


少しだけ間があった。


「……おいしいです」


「その顔で分かります!」


「どんな顔ですか?」


「さっきのオムライスより嬉しそうな顔です!」


「そんなに違いました?」


「違いましたね!」


「……それは、ちょっと恥ずかしいですね」


白石さんは小さく笑って、もう一口食べた。


本当においしいんだろうな。


「あ、写真撮ってもいいですか?」


「プリンをですか?」


「はい。次に食べる時の参考に。もちろん、ネットには載せませんよ」


「ふふ、いいですよ」


白石さんが器を少しこちらへ寄せてくれる。


俺はスマホで一枚だけ撮った。


いつもは動画や配信に使うことばかり考えているけど、今日は自分のための写真だ。


……まあ、写ってるのはプリンなんだけど。


「よし、次はこれですね!」


「次はハンバーグじゃなくてオムライスなんですよね?」


「あっ」


そうだった。


オムライスとプリン。


「……次回、食べすぎません?」


「松さんが決めたんですよ」


「ですよね!」


会計は、それぞれ自分の分を支払った。


店を出ると、昼過ぎの日差しが少し傾き始めていた。食べる前よりも、街が明るく見える気がする。


「いやー、おいしかったですね!」


「はい。来てよかったです」


「白石さんが選んでくれたおかげですよ」


「そう言ってもらえると、嬉しいです」


それから白石さんは、少しだけ間を置いて言った。


「松さん。もしお時間があれば、もう少し歩きませんか?」


「いいですね! 俺、まだ全然時間あります!」


「では、少しだけ」


二人で歩き出す。


特別な目的地はない。人目のある通りを、店先を眺めながらゆっくり進むだけだ。


雑貨屋の前で、白石さんが足を緩めた。


「こういうお店、つい見てしまうんです」


「何か気になるものありました?」


「いえ、見ているだけでも楽しくて」


「分かります! 俺も買うつもりないのに、電化製品とか見ちゃいます」


「松さんは、やっぱり機械なんですね」


「いや、食品売り場も好きですよ!」


「それは知っています」


「……ですよね!」


そういえば、白石さんとは魚を捕りに行ったことまである。


今さら食べ物が好きですと言っても、驚かれないか。


ショーウィンドウには小さな食器やマグカップが並んでいた。白石さんは一つのカップを見て、きれいな色だと言った。


「買わないんですか?」


「今日は見るだけにしておきます。家にもありますし」


「おお、堅実!」


「松さんに言われると、何だか不思議ですね」


「俺だって必要ないものは買いませんよ!」


「さっき、プリンは次回に取っておきましたしね」


「そういうことです!」


話しながら歩いていると、道沿いの小さな菓子店が目に入った。


ショーケースには、ケーキや焼き菓子が並んでいる。


「……あれ?」


思わず足が止まった。


「どうしました?」


「またプリンがあります」


「本当ですね」


「今日はプリンに縁がありますね」


「松さん、さっき食べなかったのを後悔してます?」


「ちょっとだけ!」


白石さんが笑った。


「じゃあ、次は甘いものを食べに行くのもいいですね」


「……おお」


何となく、その言葉が頭に残った。


次。


自然に、次の話が出てくる。


「あ、だったら次は俺がお店探しますよ!」


「いいんですか?」


「もちろんです! 今日、白石さんに連れてきてもらいましたし」


「ふふ。楽しみにしています」


「ただ、俺が選ぶと安い店になるかもしれませんよ?」


「おいしければ、私は気にしません」


「……じゃあ、結構候補ありますね!」


「もう考えているんですか?」


「今から探しておかないと、またメニューで迷いますから!」


「それは、お店を決めても変わらない気がします」


「……確かに」


二人で笑った。


少し先にベンチが見えたので、座って休むことにした。


通りを行き交う人を眺めながら、とりとめのない話をする。さっきの料理のこと、通りかかった店のこと、今度食べたいもののこと。


沈黙になっても、慌てて次の話題を探す必要はなかった。


「……白石さん」


「はい?」


「今日は誘ってくれて、ありがとうございます」


「さっきも、お店を褒めてくださいましたよ」


「それはお店の話です! 誘ってもらえたのも嬉しかったので」


白石さんは少し驚いた顔をしてから、柔らかく笑った。


「……そうですね。私も、来ていただけて嬉しかったです」


いつもの丁寧な言い方だった。


でも、今は仕事の連絡をもらっているわけじゃない。


白石さんが自分から誘ってくれて、一緒に食事をして、そのあとも散歩をしている。


それが、何となく特別に感じた。


しばらく休んでから、二人で帰り道へ向かった。


「それじゃあ、今日はこの辺で」


「はい。今日は楽しかったです」


白石さんが、まっすぐこちらを見て言った。


「私も、またご一緒できたら嬉しいです」


「俺もです! 次は本当に俺から誘いますね!」


「はい。お待ちしています」


お互いに手を振って、別れた。


一人になってから、俺はスマホを取り出す。


写真フォルダの一番新しい画像は、白石さんが食べていたプリンだった。


……人のプリンを撮った写真が、今日の記念か。


自分で考えて、少し笑ってしまう。


次に行く店を探そうとして、検索画面を開く。


けど、すぐには入力しなかった。


今日は急いで決めなくてもいいか。


次の休みも、きっと楽しみになる。


「……よし。今度は、俺が誘おう!」


スマホをしまって、政府の一時滞在施設へ向かう。


帰ったら編集の続きをするつもりだったけど、今日は少しくらい後回しでもいい。


今はまだ、さっきの会話を思い出していたかった。

次回、第84話「えっ、運ぶために分解してるんですか?」


次回更新:11月7日 12:10予定

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