第80話 家まで来るんですか!?
「……よし。今日は家でゆっくりしますか!」
仕事を終えた俺は、パソコンを開いた。
散歩配信は今日はお休みだ。前回はラムネさんにコメントを紹介してもらって楽しかったけど、またあの外国企業の人が来た。
マフィアンピースグループ。
高額な輸送案件の話を持ってきてくれるのはありがたい。でも、俺は何度も日本政府を通してほしいと伝えている。
「直接会わなくても、仕事の相談はできると思うんですけどね!」
まあ、今は動画編集だ。
仕事が終われば、好きなことをする。ゲームも小説も動画も、まだまだやりたいことがある。
自由な時間のためにFIREを目指しているんだから、休みまで仕事の話で埋めたくない。
……そう考えたところで、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
「……何か頼んでましたっけ?」
画面に映ったのは、見覚えのないスーツ姿の男性だった。
『突然失礼いたします。マフィアンピースグループの者です』
「…………はい?」
いや、待って。
今、なんて?
『以前よりご案内しております、大型産業設備の輸送案件について——』
「いやいや! ここ俺の家なんですけど!?」
思わず大きな声が出た。
散歩している場所なら、たまたま見つかったということもある。
でも、ここは自宅だ。
「どうして住所を知ってるんですか?」
『松様へ直接ご説明できればと考えまして』
答えになってない!
「直接のお話はお断りしています。日本政府の窓口を通してください」
『短時間でも——』
「申し訳ありませんが、お会いしません。お帰りください」
ドアは開けない。インターホン越しに話を終えた。
画面から男性の姿が消えても、しばらく動けなかった。
「……いや、これ、結構嫌ですね」
ワープで逃げることはできる。
でも、自分の家を知られているのは、何かが違う。
俺の住所、どこから分かったんだろう。
配信に映った風景? 外での目撃?
……分からない。
勝手な予想で決めつけても仕方ない。俺は政府の端末を手に取った。
『白石さん! あの外国企業の人が、今度は自宅に来ました! ドアは開けていません』
すぐに返事が来て、続けて電話がかかった。
「松さん、まずお怪我はありませんか?」
「はい! インターホンで話しただけです!」
「よかったです。現在、室内にいらっしゃいますか?」
「はい。鍵もかけています」
白石さんは訪問者の特徴と話の内容を確認し、関係部署へ情報を共有すると言った。
「自宅の住所がどうして伝わったか、分かるんですか?」
「現段階では分かりません。公開情報や目撃など、いくつかの可能性がありますが、確認を進めます」
「ですよね……」
「今夜は、一度安全を確認できる場所へ移動していただけますか。以前ご利用いただいた政府側の施設で、受け入れを調整します」
「分かりました!」
ワープできる場所まで移動して、そこから施設へ向かう。初めて見る場所の内部へ、いきなりワープできるわけじゃない。
身の回りの物をまとめ、パソコンも持っていこうとして手が止まった。
……そういえば。
「白石さん、家から持っていく機械って、そのままで大丈夫ですか?」
「まず必要な物を確認しましょう。持ち込み時にも安全確認をお願いします」
俺の荷物に何か仕掛けられていると決まったわけじゃない。でも、もしもの話は考えなければいけない。
しばらくして受け入れの準備が整ったと連絡があり、俺は必要な荷物を持って政府の一時滞在施設へ向かった。
◇
施設で手続きを済ませると、ようやく一息つけた。
寝る場所もある。パソコンは確認を受けて使えるようになった。配信に映してはいけない物や場所には気をつける必要があるけど、動画の編集はできそうだ。
「……まあ、仕事はできるし、ゲームもできるし!」
……って、ちょっと待って。
仕事とゲームの心配ばかりしてるな、俺。
少しして、白石さんが来てくれた。
「こんばんは、松さん。ご無事で安心しました」
「こんばんは! 今日はありがとうございます!」
「今後の生活についても、ご相談したいことがあります」
白石さんは薄い資料を開いた。
まず、今後の接触への対応。外国企業からの依頼は、これまでどおり日本側の窓口を通すこと。住まいと移動の安全については、必要な部署と検討すること。
そして、住宅の話だった。
「熊本には普段の生活用、東京には政府との会議や研究などで滞在する際の住宅を確保する案があります。加えて、ワープの出発や帰還に使える中継地点も検討しています」
「……家、二つですか!?」
「まだ候補の段階です。実際に見ていただいてから、松さんのご希望も確認します」
「おお! 中継地点まであれば、毎回同じ家から出発しなくて済むんですね!」
「そのための案です」
なるほど。
何でもワープで済むと思ってたけど、出発する場所まで知られていたら、安心して暮らせない。
それでも、熊本と東京の二拠点生活か。
「……パソコンって、どっちに置くのがいいんですかね?」
「まずは住宅を見てから考えてみませんか?」
「……ですよね!」
白石さんが笑った。
住宅の利用条件はこれから決める。どちらかに住むことを強制されたり、仕事先までその場所に合わせて決められたりするわけではないそうだ。
「それなら安心です。新しい家は楽しみなんですけど、自由が減っちゃったら困りますから!」
「はい。安全と普段の生活を両立できるように考えましょう」
俺はうなずいた。
今の会社をどうするかも、気になっていた。
毎日決まった時間に同じ職場へ行く。
以前は当たり前だったのに、家を知られた今は、その当たり前もちょっと怖い。
「……白石さん。会社、どうしたらいいんですかね」
「勤務先とも、必要な範囲で安全面を確認していくことになります。辞めるかどうかは、今すぐ結論を出さなくても大丈夫ですよ」
「でも、今のまま続けるのも心配で……」
「松さんご自身は、これからどんな働き方をしたいですか?」
考えた。
俺は早くFIREしたい。
でも、仕事を一切したくないわけじゃない。旅行も動画も、やりたいことがあればやりたい。
働くとしても、自分で選べる形がいい。
「……ワープを使う仕事に変えるのも、ありかもしれないですね」
「可能性はあると思います。ただ、どんな分野でどう働くかは、専門の方の話も聞いた方がいいでしょうね」
「はい。いきなり決めるのは怖いですし!」
まだ転職すると決めたわけじゃない。
でも、今までと違う道を考えてもいいのかもしれない。
話がひと段落すると、白石さんが資料を閉じた。
「松さん。一つだけ、個人的なことを聞いてもいいですか?」
「はい?」
「……怖くありませんでしたか?」
俺は、少し驚いた。
さっきまでは「住所を知られた」「移動した」「住宅をどうする」という話をしていた。
怖かったかどうかなんて、考えてなかった。
「……まあ、ちょっと怖かったですね」
口にしてみると、意外なほどすんなり出てきた。
「ワープすれば俺は逃げられます。でも、あの家、結構好きだったんですよ」
「そうだったんですね」
「普通の部屋ですけど、好きな物を置いて、仕事が終わったら帰って、ゲームしたり動画作ったりできる場所だったんで」
白石さんは、急いで何かを言わなかった。
少ししてから、静かに答えた。
「その生活を、簡単に諦めていただきたいわけではありません」
「……ありがとうございます。白石さんに連絡できて、少し安心しました!」
不思議だ。
仕事の手続きの話より、その一言の方が、ずっと安心できた。
「あ、そうだ。住宅の見学って、白石さんも来てくれるんですよね?」
「同行する予定です」
「よかった! じゃあ、終わったあと、よければご飯でも行きません?」
「ご飯、ですか?」
「はい! 今日は色々ありましたし、次は普通においしいものが食べたいです!」
白石さんは少し考えてから笑った。
「仕事の予定を確認して、見学が終わってからでしたら」
「おお! 楽しみができました!」
「まだ日程は決まっていませんよ」
「……そうでした!」
二人で笑った。
新しい家は、まだ見ていない。
会社をどうするかも決めていない。
でも今日、一人で抱え込まなくてもいいことがあると分かった。
「白石さん。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。今夜はゆっくり休んでくださいね」
「はい! おやすみなさい!」
部屋へ戻って、ベッドに横になった。
いつもの家じゃない。
それでも、さっきより気持ちは落ち着いていた。
次は住宅を見に行く。
そして、白石さんとご飯を食べる。
……よし。明日からまた考えよう。
今夜は、ちゃんと寝よう。
次回、第81話「新しい家を見に行きます!」
次回更新:11月5日 20:10予定




