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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第7編ワープ影響編

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第78話 仕事の話は、日本政府へお願いします

「……よし、ミュートできた」


スマホの画面を確認し、俺は小さく息を吐いた。


危ない危ない。まさか散歩配信の途中で、外国企業から仕事の話を持ちかけられるとは思わなかった。


それにしても、配信中だと知っていたのに、どうして直接話しかけてきたんだろう。


「お待たせしました。すみません、今は配信中なので……」


「承知しております。突然のお声がけ、申し訳ございません」


男性は丁寧に頭を下げた。


日本語はとても流暢だ。少なくとも、会話に困ることはなさそうだった。


「改めまして、マフィアンピースグループの者です。弊社はメキシコを拠点に、国際物流事業を展開しております」


「はい」


「松様のワープ能力について、以前から大変興味を持っておりまして。ぜひ、弊社の事業にご協力いただけないかと考えております」


……なるほど。


俺の能力を使って、荷物を運びたいということか。


それ自体は珍しい話ではない。今までも政府を通じていろいろな相談が来ているし、外国政府との交渉だって経験している。


ただ、こんなふうに道端で直接営業されるのは初めてだ。


「具体的には、どういうお仕事ですか?」


「大型の産業設備などを、国境を越えて輸送する事業です。通常であれば船舶や陸上輸送を組み合わせ、相応の時間と費用を必要とします。しかし、松様の能力を利用できれば、そうした工程を大幅に短縮できると考えております」


「ああ、なるほど!」


確かに、巨大な設備を海外へ運ぶのは大変そうだ。


ものによっては道路を通れないだろうし、港まで運ぶだけでも相当な手間がかかるはずだ。


安全な経路を確保してワープで運べるなら、輸送にかかる時間や費用を削減できるかもしれない。


……まあ、俺がどれくらいの大きさや重さまで安全に運べるのかとか、確認しなければいけないことはあるだろうけど。


「それで、報酬なんですが」


男性は少し身を乗り出した。


「弊社としては、非常に魅力的な条件をご用意する考えです。松様のご希望も十分に考慮したうえで、個別にご相談できればと思っております」


「……おお」


魅力的な条件。


その言葉には、正直ちょっと反応してしまう。


俺はFIREを目指している。


収入が増えること自体はありがたいし、短時間で大きな利益が得られる仕事なら興味はある。


ただ、以前の外国政府との交渉でも感じたけど、報酬が高いからといって、必ずしも自分に合った仕事とは限らない。


何年も予定を拘束されたり、自由に旅行できなくなったりするなら、いくら高額でも困る。


……そもそも、まだ金額すら聞いていないしな。


「なるほど。お話は分かりました!」


「ありがとうございます。それでは、具体的な条件について、一度お時間をいただけませんでしょうか」


「その件なんですけど、仕事の話は日本政府の窓口を通してもらえますか?」


男性が、一瞬だけ言葉を止めた。


「もちろん、日本政府との調整が必要になることは承知しております。ただ、その前に松様ご本人のご意向を確認させていただきたく」


「ああ、それなら、今お伝えしたとおりです!」


「……と、申しますと?」


「政府の窓口を通してください、というのが俺の希望です!」


男性は少し困ったような顔をした。


「松様。弊社といたしましては、できるだけ迅速にお話を進めたいと考えております。正式な手続きに入る前に、ご本人と基本的な方向性だけでも確認できればと」


「いやー、そう言われても、俺は契約のこととか詳しくないですからね!」


以前から、仕事の条件や契約書の確認は白石さんたちにお願いしている。


俺一人で細かい話を進めて、あとから問題が見つかったら困る。


それに、そもそも俺は仕事を増やしたくて散歩しているわけじゃない。


「報酬がいいのはありがたいですけど、内容を確認しないと何とも言えませんし。正式に相談してもらえれば、必要な時に俺にも話が来ると思いますよ!」


「そうですか……」


「はい!」


そこで話が終わると思った。


ところが、男性はもう一度口を開いた。


「それでは、弊社の担当者と松様との間で、短時間の面談だけでもいかがでしょうか。契約を決めていただく必要はございません」


……うーん。


丁寧な人ではあるんだけど、なかなか引き下がってくれないな。


「すみません。そういう面談も含めて、まずは日本政府の窓口へお願いします!」


「……承知いたしました」


ようやく、男性がうなずいた。


「では、こちらだけお受け取りいただけますでしょうか」


差し出されたのは名刺だった。


会社名、担当者の名前、連絡先らしきものが印刷されている。


「ありがとうございます。担当の方にも伝えておきますね!」


「ぜひ、前向きにご検討いただければ幸いです」


「はい。では、失礼します!」


男性は丁寧に頭を下げ、来た道を戻っていった。


俺も軽く頭を下げて見送る。


……ふう。


なんだったんだ、今の。


男性の姿が見えなくなったところで、俺はスマホを確認した。


まだ配信中だ。


そりゃそうだ。ミュートにしただけだからな。


しかも、麦茶さんも通話に参加したままだった。


……そういえば、ずっと待たせちゃったな。


スマホの画面には、随分たくさんのコメントが流れている。


『大丈夫?』


『どうした?』


『急に営業来た』


『マフィアンピースって言ってなかった?』


『メキシコの会社?』


『麦茶さんも困ってそう』


……ああ、やっぱり聞こえてたか。


俺は周囲に問題がないことを確認し、マイクのミュートを解除した。


「すみません! お待たせしました!」


『あっ! 空中スイマーさん! 大丈夫でしたか?』


麦茶さんの声が聞こえた。


「はい! 大丈夫ですよ!」


『よかったです! 何かあったのかと思って……』


「いやー、ちょっと仕事の話を持ちかけられてました!」


『仕事ですか?』


「そうなんですよ! 外国の物流会社の方みたいです!」


すると、麦茶さんが少し笑った。


『あの、コメント欄がすごいことになってますよ』


「え?」


『読みますね。「マフィア?」「ピース?」「海外から飛び込み営業?」』


「……ああ!」


思わず笑ってしまった。


そういえば、そんな名前だったな。


マフィアンピースグループ。


確かに、日本語で聞くとなかなか印象に残る名前だ。


『「マフィアなのに平和なの?」ってコメントも来てます』


「いやいや! 名前だけでそういう会社だって決めつけるのは失礼ですからね!」


『「新しい司会者の応募者?」だそうです』


「いや、違いますよ!」


思わず即答してしまった。


「いきなり道端で司会をお願いするわけないじゃないですか!」


『「じゃあ営業担当として採用?」』


「いや、それも違いますって!」


麦茶さんも笑っていた。


……なんだろう。


さっきまで少し困っていたのに、こうしてコメントを聞いていると、だんだん面白くなってくる。


もちろん、突然話しかけられた時は驚いた。


最初は知らない人に名前を呼ばれたので、不審者かと思ってしまったくらいだ。


でも、実際には仕事の営業だったらしい。


……少なくとも、本人の説明では。


「いやー、最初は不審者かと思いましたよ!」


『それはびっくりしますよね』


「普通に散歩してたら、突然『空中スイマーさんですね』ですから!」


『コメントです。「空中スイマー、街で捕獲される」』


「捕獲されてませんよ!」


『「レアキャラの出現場所がバレた」』


「……いや、それはちょっと困るんですけど!」


笑いながら答えたものの、少し気になった。


俺がこの場所を歩いていることは、配信で伝えていなかったはずだ。


もちろん、さっき景色を映した。


あの映像を見れば、場所が分かる人もいるかもしれない。


それに、以前の動画や公開した写真から、俺の服装を知っている人もいるだろう。


……でも、外国の物流会社の担当者が、そんなに都合よく近くにいるものなのか?


「……まあ、偶然だったのかもしれませんけどね」


『何がですか?』


「あ、いえ! さっきの方がどうして俺だと分かったのかなって!」


『声じゃないですか?』


「ああ、声か!」


それなら納得できなくもない。


俺はさっきから普通に喋っていたし、特徴的な帽子もかぶっている。


ただ、これ以上場所の話をするのはやめておこう。


「とりあえず、仕事の件は日本政府の窓口を通してくださいってお伝えしました!」


『コメントです。「正解」「勝手に契約するなよ」』


「そうなんですよ! 俺一人じゃ分からないことも多いですからね!」


前に外国政府と交渉した時も、条件を確認してもらったおかげで、いろいろ考えることができた。


高額の仕事だからといって、何でも引き受けるわけにはいかない。


「俺は自由な生活を目指してるんですから、仕事を増やして自由がなくなったら意味ないですし!」


『「FIREしたいのに仕事の依頼ばっかり来る男」』


「……それなんですよ!」


また笑ってしまった。


それにしても、今日は本当にいろいろあった。


健康のために散歩を始めたら、新しい配信企画を思いついた。


一度家に帰って、パソコンで準備した。


そして、麦茶さんに司会をお願いすることができた。


最後には、外国企業から突然仕事の勧誘まで受けた。


……散歩って、こんなにいろいろ起きるものだったっけ?


「さて! そろそろ今日は終わりにしましょうか!」


『そうですね! コメントでも「今日は盛りだくさんだった」って言われてます!』


「本当に盛りだくさんでしたね!」


せっかくなので、最後は今日の新企画について話すことにした。


「麦茶さん、今日はありがとうございました! 初めての司会、どうでした?」


『すごく楽しかったです! 最初は緊張したんですけど、途中から普通にお話しできました!』


「それならよかったです!」


『コメントも来てます。「麦茶さんお疲れ!」「次は俺も司会やりたい」』


「おお! ありがとうございます!」


次も希望者がいるなら、別の人にお願いしてみよう。


毎回違う視聴者と話すのも面白そうだし、そのうち質問コーナーなんかもできるかもしれない。


「というわけで、次回も司会進行役を募集します! 興味のある方は、ぜひ応募してください!」


『「次はどこ歩く?」って質問が来てますよ』


「それは内緒です!」


『「やっぱりw」』


「いや、そこは秘密にさせてください!」


二人で笑った。


今日の最後は、楽しい雰囲気で終われそうだ。


「それでは、今日はありがとうございました! また次の配信でお会いしましょう!」


『ありがとうございました! お疲れさまでした!』


「お疲れさまでした!」


俺は安全な場所でスマホを操作し、配信を終了した。


「……ふう!」


ようやく一息つく。


麦茶さんとの通話も、問題なく終了できたようだ。


初めての試みだったけど、思った以上にうまくいった。


……まあ、最後の外国企業の件は予想外だったけど。


俺は周囲を確認し、人目につかない場所から、目で見える安全な地点をいくつか経由して自宅近くまで戻った。


◇


帰宅して着替えを済ませた俺は、パソコンを開いた。


今日の配信を確認しようと思ったけど、その前に一つやっておきたいことがある。


「……白石さんに報告しておくか」


さっきの男性は、仕事の営業だと言っていた。


でも、俺が日本政府を通してほしいと伝えているのに、何度も直接話そうとしてきた。


しかも、配信している場所まで来ている。


以前、外国から直接接触してくる人が現れる可能性について、注意されたこともあった。


……あの時は、あんまり実感がなかったんだけどな。


俺は名刺を机に置き、政府側の連絡手段を使って白石さんにメッセージを送った。


『こんばんは。今日の散歩配信中、メキシコの物流会社を名乗る方から直接仕事の話を持ちかけられました。日本政府の窓口を通してくださいと伝え、交渉はしていません』


続けて、接触した時刻と場所、会社名、受け取った名刺についても記載する。


それから、配信中だったことも重要だろう。


『相手は配信中であることを知っていました。最初の自己紹介と仕事の話の一部は配信に入っています。途中でミュートにしたので、詳しい依頼内容や条件は流れていません』


送信。


「……よし」


これで一旦終わりだ。


そう思って動画の確認を始めたところで、白石さんから返信が届いた。


『ご連絡ありがとうございます。まず、松さんご自身はご無事ですか? 現在、安全な場所にいらっしゃいますか?』


「……おお、早い!」


『はい。もう自宅に戻っています。怪我などもありません』


すぐに返事を送る。


その後、白石さんから電話で詳しく話を聞きたいという連絡が来た。


俺は了承し、通話を始めた。


「こんばんは、白石さん!」


「こんばんは、松さん。ご無事で何よりです」


「はい! ただの仕事の営業だったと思いますけどね!」


「その可能性はあります。ただ、接触の方法については確認が必要だと考えています」


「……やっぱり、そうですか?」


「はい。通常の企業間の問い合わせとは異なり、松さんが私的に活動している時間と場所へ、直接訪ねてきていますから」


確かに、言われてみれば変だ。


仕事の依頼をしたいなら、日本政府へ問い合わせればいい。


俺の連絡先や居場所をわざわざ探す必要はないはずだ。


「……そういえば、俺、配信で少し景色を映したんですよね」


「景色ですか?」


「はい。広場みたいなところです。曲がった形の屋根とか、青いタイルの壁とかがあって」


「なるほど。その直後に接触されたのでしょうか?」


「少し歩いてからですね。どれくらい時間が空いたかは、配信を確認すれば分かると思います!」


「では、その映像も確認させてください」


俺は配信の該当箇所を探し、白石さんに説明した。


「あ、あと名刺もいただいたので、写真を送りますね!」


「ありがとうございます。原本も、ひとまずそのまま保管してください」


「了解です!」


白石さんは、配信を公開したままにするかどうかも確認してきた。


「今の映像から場所が分かる可能性もあります。松さんとしては、どうお考えですか?」


「……うーん」


せっかく配信したのに、公開できなくなるのは少しもったいない。


でも、あの広場の映像が手掛かりになった可能性はある。


そう考えると、同じことを繰り返すのも嫌だ。


「とりあえず、一旦非公開にした方がいいですかね?」


「それがよいと思います。必要な記録を確保したうえで、公開範囲や編集について改めて考えましょう」


「分かりました!」


俺は第二部のアーカイブを非公開に切り替え、記録を残しておくことにした。


……しかし。


「ちょっと景色を映しただけで、こんなことになるかもしれないんですね」


「今回の接触が、配信映像を手掛かりにしたものかは、まだ分かりません」


「ああ、そうですよね!」


「ただ、公開された映像や音声が、居場所を推測する材料になることはあります。これまでの公開情報も含めて確認しておきたいと思います」


なるほど。


配信で景色を映さなければよかった、と単純に決めつけるのも違うらしい。


でも、今後のやり方は少し考えた方がよさそうだ。


「じゃあ、景色を見せたい時は、撮影してから別の日に公開するとかでもいいですかね?」


「それなら、現在地をリアルタイムで知らせる危険は減らせると思います。ただし、過去の行動からよく訪れる場所を推測される可能性は残ります」


「……ああ、確かに!」


後から公開するなら、今いる場所は分かりにくい。


でも、毎回同じ場所を撮影していたら、そこが俺のお気に入りの場所だと分かってしまう。


……うーん。


なかなか難しいな。


「まあ、しばらくは音声中心でやってみます!」


「そうですね。配信そのものをやめる必要があるかどうかは、今回の事実確認も踏まえて考えましょう」


「はい!」


とりあえず、今日のところはここまでだ。


白石さんは、会社の実態や関係者について確認してくれるという。


俺としては、あとは正式な窓口へ話が来ればいい。


それなら、必要な時に内容を確認できる。


……できれば、次の散歩では仕事の営業に来ないでほしいけど。


◇


数日後。


仕事が終わり、帰宅して一息ついていると、白石さんから連絡が入った。


『先日の企業について、確認できた内容をご説明したいのですが、お時間はありますか?』


「おっ!」


どうやら、調査が進んだらしい。


俺はすぐに返信し、通話を始めた。


「こんばんは! 何か分かりました?」


「はい。まず、名刺に記載されていたマフィアンピースグループについてです」


「はい!」


「メキシコを拠点とする物流企業であることが確認できました。大型設備の輸送などを扱っており、現地のインフラ事業にも関係しているようです」


「おお! ちゃんとした物流会社なんですね!」


「少なくとも、確認できた事業実績はあります。ただし、今回接触した担当者の具体的な権限や、誰の指示で松さんに声をかけたのかについては、引き続き確認しています」


「なるほど……」


会社そのものが、完全な架空の名前というわけではなさそうだ。


……いや、名刺だけ渡してくる変な人だった可能性も考えていたけど、そこは違ったらしい。


「では、普通に仕事の依頼だったんですかね?」


「輸送事業について関心を持っていること自体は、不自然ではありません。ただ、政府側の窓口を案内されているにもかかわらず、ご本人へ直接交渉を持ちかけようとした理由は、別途確認が必要です」


「……ああ、そこですよね!」


俺が気になっていたのも、そこだった。


仕事内容自体は、そんなに変なものではない。


巨大な設備をワープで運べるなら、確かに役立つだろう。


でも、それならなおさら、専門家もいる正式な窓口へ相談した方が早い気がする。


「しかも、あの人、俺が配信していることを知ってましたからね!」


「その点も、こちらから説明を求めています」


白石さんによると、日本側では企業の正式な連絡窓口へ問い合わせを行ったらしい。


さらに、その企業がメキシコの公的な事業とも関係しているため、外交上の連絡経路でも事情を伝えたという。


「へえ……。そこまで確認するんですね!」


「もちろん、企業が外国政府の事業に関わっているからといって、今回の行動が政府の指示によるものとは限りません」


「ああ、確かに!」


「ですので、現時点では会社側の説明と、接触に至った経緯を確認している段階です」


なるほど。


外国の会社が直接営業してきたというだけで、国全体の問題だと決めつけるわけにはいかない。


俺だって、日本の会社で働いているからといって、会社の行動全部に責任があるわけじゃないしな。


「それで、相手から返事はあったんですか?」


「企業側からは、担当部署で確認するとの回答がありました。また、関係先を通じた照会に対しても、今回の接触について遺憾の意が示され、経緯を確認中との説明がありました」


「……遺憾?」


「今回の接触について、残念に思うという趣旨です」


「……ああ、なるほど!」


ニュースで聞くことはあるけど、自分が関係する話として聞くと、ちょっと不思議な感じがする。


「じゃあ、今後は直接来ないってことですか?」


「そこまで明確な回答は、まだ得られていません」


「……あれ?」


思わず聞き返してしまった。


「経緯を確認しているという説明で、担当者への具体的な指示や再発防止策については、回答を求めているところです」


「……なるほど」


つまり、今の時点では、まだ完全に話が終わったわけではないらしい。


「ただ、こちらからは、松さんが私的に活動している時間に接触するのではなく、正式な窓口を利用していただきたいと、明確に伝えています」


「ありがとうございます!」


「今後、改めて同様の接触があった場合は、無理に応対せず、安全な場所へ移動してご連絡ください。必要な関係機関とも情報を共有しています」


「はい!」


少し安心した。


日本側がちゃんと動いてくれているなら、俺が一人で何かする必要はない。


相手が仕事の依頼をしたいなら、正式な窓口へ連絡すればいい。


それだけの話だ。


「……それにしても、俺、普通に散歩してただけなんですけどね!」


「そうですね」


白石さんも、少し笑ったようだった。


「松さんの自由な時間を尊重することも、私たちとしては大切にしています」


「ありがとうございます!」


やっぱり、日本政府と協力していてよかったと思う。


もし俺一人で全部の問い合わせに対応していたら、こういう時はかなり困っていただろう。


高額な仕事を持ちかけられるたびに、契約内容を調べたり、相手の会社を確認したりすることになる。


……いや、それだけで俺の自由な時間がなくなりそうだ。


「じゃあ、俺はこれまでどおり、仕事の話は白石さんたちにお願いする方向で!」


「はい。必要な案件については、これまでどおりご相談します」


「よろしくお願いします!」


通話を終えた俺は、椅子にもたれた。


……ふう。


どうやら、今回の件については、ひとまず日本側に対応を任せてよさそうだ。


ただ、少し気になることは残っている。


「……結局、どうやって俺の場所を知ったんだろう?」


配信で映した広場。


声。


女装した後ろ姿。


これまで公開してきた動画。


考えてみれば、手掛かりになるものはいろいろある。


でも、外国企業の人が、あの時間にあの場所まで来られた理由は分からない。


……まあ、配信を見ていた人が、たまたま近くにいた可能性もあるか。


分からないことを考え続けても仕方ない。


それより、俺にはやりたいことがある。


「……そうだ! 次の司会募集も確認しよう!」


パソコンを開き、先日作った応募窓口を確認する。


すると、思っていた以上に希望者が増えていた。


「おお! 結構来てる!」


前回の麦茶さんとの配信を見て、自分も参加してみたいと思った人がいるらしい。


『コメントを読み上げるだけならできそうです』


『普段から配信を見ているので、司会に挑戦してみたいです』


『空中スイマーさんと直接話せるなら参加したいです』


……いいね!


固定の司会者を置かなくても、希望者がいる時だけ交代で参加してもらえばいい。


誰もいなければ、いつもどおり一人で配信すればいいしな。


それに、麦茶さんとの配信は本当に楽しかった。


初めてだったから少しぎこちなかったけど、コメントを読み上げてもらいながら歩くのは思った以上に快適だった。


何より、俺自身が視聴者との会話を楽しめた。


「……これ、続けたいな!」


俺は次回の配信について考え始めた。


基本は音声だけにする。


映像を見せたい時は、撮影したものを後から公開する方式も試してみよう。


司会者は毎回交代。


ゲストとの直接通話は、もう少し仕組みを整えてから始めればいい。


そうすれば、散歩しながらでもいろいろな人と話せる。


……あ、そうだ。


今度は食べ物の話ばっかりにならないようにしないとな。


せっかく健康のために散歩しているのに、毎回お腹を空かせて帰ってきたら意味がない。


「……でも、散歩の後のご飯って美味しいんですよね!」


思わず笑ってしまった。


ワープできるようになって、生活は随分変わった。


仕事の依頼も増えたし、普通なら経験しないようなことも起きる。


でも、俺がやりたいのは、何も特別なことばかりじゃない。


好きな時に散歩して、視聴者と雑談して、家に帰ってゲームをする。


そんな普通の時間だって、大切にしたい。


「……よし! 次も楽しくやりますか!」


俺は新しい配信の準備を始めた。


今度こそ、最後まで普通の散歩配信になるといいな。

次回、第79話「抗議したはずなのに、また来た」


次回更新:11月4日 20:10予定

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