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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第7編ワープ影響編

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第75話 相手だけ交番にワープさせてもいいですか?

仕事の休憩時間にスマホを確認すると、白石さんからメッセージが届いていた。


『先日ご相談いただいた防犯パトロールについて、警察関係者との意見交換の時間を設けることができました。来週の夜、ご都合はいかがでしょうか?』


「おっ、決まった!」


候補の日時を確認する。ちょうど仕事が終わってから参加できそうだったので、了承の返事を送った。


女装の準備はできた。配信方法も、大まかには考えてある。あとは実際にパトロールを始める前に、確認しておきたいことがある。


特に気になっているのが、もし本当に犯罪に遭遇したら、俺のワープ能力をどこまで使っていいのかという問題だ。


例えば、夜道を歩いていて誰かに襲われたとする。普通なら逃げるか、助けを呼ぶことになるだろう。でも俺なら、相手をそのまま別の場所へワープさせることだってできる。


「……交番に送れば、一瞬で終わるんじゃない?」


もちろん、相手が本当に犯罪をしたのか判断する必要はあるし、勝手に人を移動させていいのかも分からない。だからこその相談だ。


俺はスマホのメモに質問を書き込んだ。


防犯パトロールのやり方。緊急時の対応。交番へのワープ。そして、配信について。


……うん。結構あるな。


「まあ、専門家に聞けばいいか!」


以前なら、一人でAIに相談して終わっていたかもしれない。でも今は、白石さんを通じて専門家と話せる。せっかくなので、ちゃんと活用させてもらおう。


約束の日になった。


夕食を済ませ、パソコンを起動する。今回はオンラインでの相談だ。


白石さんから届いた案内によると、警察関係者の方だけでなく、地域の防犯パトロールに参加している方にも話を聞けるらしい。


「……へえ、実際にやってる人も来るんだ」


これはありがたい。法律だけじゃなく、現場でどういう活動をしているのかも知りたいと思っていた。


時間になったので接続すると、画面には白石さんと、二人の参加者が映っていた。


「こんばんは! よろしくお願いします!」


「こんばんは、松さん。本日はよろしくお願いします」


白石さんに続いて、男性が自己紹介してくれた。


「警察の三浦と申します。よろしくお願いします」


もう一人は、地域の自主防犯活動に長く参加している川村さんという方だった。


「よろしくお願いします。普段は地域の方々と一緒に、夜間の見回りなどをしています」


「今日はありがとうございます! 実際の活動についても教えていただけると助かります!」


簡単に挨拶を済ませると、白石さんが話を進めた。


「今回は、松さんが考えている防犯パトロールについて、実施方法や緊急時の対応を整理するための意見交換になります。現時点で活動の実施や、警察との正式な連携が決まっているわけではありませんので、その点はご了承ください」


「もちろんです!」


俺だって、いきなり全部決めてもらえるとは思っていない。そもそも、まだ何をするのが一番いいのかも分かっていないんだから。


「では、まず松さんが考えている活動について、お話しいただけますか?」


「基本的には夜道を歩いて、防犯パトロールをしてみたいんです。あと、YouTubeで配信もしようと思ってまして」


音声中心の配信を考えていることと、必要に応じて映像も見せたいことを説明した。


「それで、ちょっと女装も考えてるんですよ!」


「……女装ですか?」


三浦さんが少し意外そうな表情を見せた。


「はい! 後ろ姿なら女性っぽく見える衣装を作ってみたんです。YouTubeの企画としても面白いかなと思いまして!」


「なるほど。普段の空中スイマーの格好ではないんですね」


「いや、夜にあのゴーグルだと、見えるものも見えなくなりそうですし」


「それでしたら、普通に変装するという方法もあるのでは?」


川村さんが尋ねた。


「いや、黒ずくめで夜道を歩いてたら、逆に犯罪者の仲間だと思われません?」


「…………」


「……まあ、女装でも怪しいかもしれないですけど!」


白石さんが小さく笑った。


「服装については、活動方法に合わせて考えましょうか」


「そうですね!」


「あ、それと、以前考えていた囮になる方法は、いったんやめておきます! まずは普通の見回りからですね」


「はい。その方が安全面についても整理しやすいと思います」


衣装は、あくまで動画の企画だ。普段着でも女装でも、パトロール自体はできる。


肝心なのは、その先だ。


「実は、今日一番聞きたいことがありまして」


「何でしょうか?」


「例えば、俺がパトロール中に襲われたとするじゃないですか。その相手を、交番の近くにワープさせたらダメなんですか?」


三浦さんが少し考えるような表情になった。


「……相手の方を、ですか?」


「そうです! 俺が一緒に行く必要はないんですよ。先に相手だけ送って、そのあと俺もワープすればいいので!」


「なるほど。対象者を先に移動させて、ご自身は後から移動するということですね」


ワープなら移動に時間はかからない。相手を先に送る。続いて俺も移動する。それなら警察への引き渡しも早いはずだ。


「ただ、その方法を考える前に、まず確認したいことがあります」


「何でしょう?」


「その相手は、どのような行為をした人でしょうか? 話しかけただけなのか、実際に暴行を加えたのか。それによって対応が変わります」


「ああ、実際に襲ってきた場合ですね!」


三浦さんによると、一般人でも条件を満たせば現行犯人を逮捕できる。ただ、相手を怪しいと思っただけで捕まえていいわけではないし、犯罪が起きたとしても無制限に拘束できるわけではない。


「例えば、夜道で知らない人が近づいてきたとして、それだけでは犯罪とは言えません」


「ですよね。道を聞きたいだけかもしれませんし」


「そうですね。実際に何が起きたのかを確認する必要があります」


そこは分かる。俺だって、誰かを勝手に犯罪者扱いしたいわけじゃない。


「じゃあ、実際に殴りかかってきた場合はどうですか?」


「まず、ご自身の安全を確保してください。そのうえで、現行犯逮捕の要件を満たすか、どういう対応が必要かを考えることになります」


「……正当防衛とは別なんですか?」


「はい。身を守る行為と、現行犯人を逮捕する行為は、法的には別の問題です」


なるほど。相手から身を守るためにワープするのと、相手を捕まえるためにワープするのでは、意味が違うわけだ。


俺はメモを取った。


……まあ、実際に殴られそうな時に、そんなことを考える余裕があるかは分からないけど。


ふと、自動ワープのことが頭をよぎった。


以前、海でスカイダイビングをした時にも使った仕組みだ。俺がその場で判断しなくても、決めておいた条件を満たせばワープが発動する。


あれを防衛用に変更できないだろうか。


ただ、自動設定は一つだけ。別の条件にすれば落下対策の設定は使えなくなるし、自分の意思で普通にワープすれば解除される。


何より、人間の攻撃は落下とは違う。相手が殴りかかってくることを正しく判断できるのか、武器や身体の接触にどこまで反応できるのか。まだ分からないことが多い。


……これは安全な環境で、別に実験しておこう。


かなり強力な仕組みだからこそ、むやみに人へ教える必要はない。スカイダイビングの配信でも仕組みは秘密にしておいた。今ここで説明したら、その判断が無駄になる。


「では、実際に現行犯逮捕できる状況だったとして、もう一つ聞いていいですか?」


俺は三浦さんに尋ねた。


「相手だけを先に交番の近くへワープさせて、俺が後から行く方法については、どうなりますか?」


「そこは、さらに検討が必要です」


「……やっぱりですか」


「現行犯逮捕が認められる場合でも、必要以上の拘束が許されるわけではありません。また、ご本人の意思に反してワープで移動させることをどう扱うかも、確認が必要です」


普通なら、逮捕した人を警察へ引き渡す。でも、俺の場合は相手だけ一瞬で別の場所へ移動させられる。そこがこれまでの制度では想定されていないわけだ。


「ただ、仮にその問題が整理できたとしても、もう一つ気になることがあります」


「何ですか?」


「相手の方を先に交番の近くへ移動させるんですよね。その方が到着した時、誰が対応するのでしょうか?」


「……あ」


「松さんもすぐに移動できると思います。ただ、その短い時間に相手がどんな行動を取るかは分かりません」


確かに、相手が先に到着した瞬間、俺はまだ元の場所にいる。警察官が近くにいなければ逃げる可能性もあるし、武器を持っていたら周囲の人が危ない。


「……じゃあ、あらかじめ警察の方に待機してもらえばいいんじゃないですか?」


「そのような受け入れ方法が考えられるか、検討する余地はあると思います」


少し希望が見えてきた。


「例えば、受け入れ場所を決めておいて、そこに警察官が待機していることを確認してからワープさせるとか!」


「なるほど。ただ、交番の近くが、今いる場所から直接見えるとは限りませんよね。松さんは移動先を実際に確認する必要があると伺っていますが」


「……ああ」


写真や地図を見ただけでは飛べない。交番が直接見えない場所から、相手だけを一気に送り届けることはできない。途中で安全な地点をつなぐにしても、その間に相手をどう扱うか考えないといけない。しかも、移動先に人や車がいないか、直前に確かめる必要もある。


「連絡するだけじゃなくて、移動先の状況も確認しないといけないですね」


「そうですね。それに、そもそもそのような移送が法律上認められる条件を整理することが先になります」


俺はメモを見直した。


最初は、相手を交番へワープさせれば一瞬で解決すると思っていた。でも、実際にはその前後にいろいろな問題がある。


相手を捕まえていい状況なのか。必要な範囲の拘束なのか。ワープで移送していいのか。移動先は安全なのか。受け入れる警察官は準備できているのか。


「……でも、ちゃんと決めておけば便利そうですよね」


「可能性はあると思います。ただ、実際に運用できるかは、今後の検討次第ですね」


それなら、まずは検討してもらおう。俺が勝手に判断して問題を起こすより、その方がずっといい。


「ちなみに、別の質問もいいですか?」


「どうぞ」


「俺が襲われたんじゃなくて、他の人が襲われているのを見つけた場合はどうですか? 例えば、被害者だけをワープで逃がすこともできるんですよ」


「それは松さんの能力ならではの選択肢ですね。ただし、被害者の状態や移動先の安全、ご本人の意思なども考慮する必要があります」


以前の災害救助でも、似たようなことは考えていた。ワープで移動できるからといって、どこへ運んでもいいわけじゃない。


「でも、相手を捕まえなくても、被害者を安全な場所へ移動できれば、それだけで助けられる場合もありますよね?」


「そうですね」


「……だったら、まずそっちかな」


最初は犯罪者を捕まえることばかり考えていた。でも、本当にやりたいのは被害を減らすことだ。別に、俺が必ず犯人を捕まえる必要はない。


「じゃあ、相手を捕まえるのは、必要な場合だけにした方がよさそうですね」


「そうですね。少なくとも、松さんが無理に危険へ近づく必要はありません」


そこで川村さんも口を開いた。


「実際の防犯パトロールでも、私たちは犯罪者を捕まえることを目的にはしていないんですよ」


「そうなんですか?」


「地域を見回って、異常があれば警察へ連絡します。防犯灯が切れていたり、危険な場所があったりすれば、関係するところへ報告します」


「……へえ!」


「事件が起きたら110番通報しますし、普段の見回りでは、できるだけ複数人で行動しています」


「複数人ですか?」


「何かあった時、一人より対応しやすいですから。通報している間に周囲の様子を確認する人がいたり、怪我人がいれば救護する人がいたり。役割を分けられるのは大きいですね」


俺の場合はワープがあるから移動は楽だ。でも、一人で全部やるとなると大変かもしれない。


「それって、俺の場合は白石さんたちに連絡して、遠隔で協力してもらう方法もありますかね?」


「連絡や状況確認の支援は考えられると思います」


白石さんが答えた。


「ただ、遠隔で連絡できることと、現場に複数人いることは同じではありませんから、活動方法に合わせて考える必要がありますね」


「……確かに」


それでも、全部一人で判断するよりはいい。


「ちなみに、パトロールって、終わったあと何かするんですか?」


「活動記録を残しています。どこを回ったか、何か気づいたことがあったか。次の活動に役立てたり、必要な情報を警察や自治体へ伝えたりします」


それなら俺にもできそうだ。ワープでいろいろな場所へ移動できるし、気になった場所を記録しておけば、次に確認することもできる。ただし、早く移動できるからといって見落としがなくなるわけではない。


「これ、普通に結構役立つんじゃないですか?」


「そうですね。犯罪が起きた時だけが、防犯活動ではありませんから」


川村さんは笑った。


防犯灯が消えている場所。見通しの悪い道。そういうものを見つけて報告するだけでも活動になる。


「……これなら、事件が起きなくてもやることありますね!」


「ええ。むしろ、何も起きずに終わる方がいいんですよ」


「……確かに!」


そりゃそうだ。パトロールして毎回事件が起きていたら困る。


「じゃあ、最初はそういう普通のパトロールの方法を参考にして、俺にできることを考えればいいんですね」


「そうですね。既に活動している団体の運用を参考にするのは、いい方法だと思います」


三浦さんもうなずいた。


「ただ、松さんの場合は配信やワープ能力がありますから、それらに対応した追加のルールも必要になるでしょう」


そこで、もう一つの相談を思い出した。


「配信についてなんですけど、事件が起きた時の記録にも使えないかなと思ってるんですよ」


「映像を残すということですね?」


「はい。配信は音声中心にして、スマホはカバンに入れておくつもりです。ワイヤレスマイクを使えば、手に持たなくても話せますし」


その方が歩きやすいし、両手も空く。


ただ、音声だけでは、何か起きても映像は残らない。


「だから、もう一台、記録用のスマホを胸元に固定しておこうかなって。胸ポケットのあたりなら、歩きながらでも前方を撮れそうじゃないですか」


「配信用と記録用を分けるんですね」


「そうです。もっとも、ちゃんと撮れるかは試してみないと分かりませんけど」


レンズが服に隠れないか、画面が揺れないか、固定したまま歩けるか。そこは一度確かめたい。


それに、長時間録画するなら、バッテリーと発熱も重要だ。


「……いっそ、録画専用のスマホを買おうかな。電池が持って、熱で途中停止しにくいやつ」


普段使いのスマホを無理に使うより、専用の方が管理もしやすいだろう。


動画制作専用なら、経費にできる可能性もある。ただし、使い方によって扱いは変わるだろうし、そこは買う前に確認しよう。


「撮影した映像があれば、警察への情報提供にも使えますか?」


「状況を確認する資料として役立つ可能性はあります。ただ、記録を残すことと、その映像を一般公開することは別に考えてください」


「はい。元の映像はちゃんと残して、公開については別に判断するつもりです」


「そうですね。提供方法についても、必要に応じて事前に確認しておくとよいでしょう」


「それと、事件が起きた時に、生配信をどうするかも考えないといけませんね」


三浦さんが言った。


「ああ、確かに! 音声だけでも、周りの会話が流れちゃいますもんね」


「まず安全確保と通報を優先してください。そのうえで、可能なら配信を速やかに中断する方法も、事前に決めておいた方がいいでしょう」


配信していると、その場で何が起きたのか視聴者にも伝わってしまう。切り抜き動画が作られることもあるだろう。だからこそ、どこまで公開するかは考えなければならない。


一方で、元映像を残しておけば、あとで警察へ必要な情報を提供できる可能性がある。


「……これなら、配信は配信で続けられそうですね」


「活動場所や方法などについては、まだ確認が必要ですが、配信すること自体を最初から否定する必要はないと思います」


よかった。配信をやめろと言われたら、せっかく考えた企画が使えなくなるところだった。


「それと、視聴者が集まった場合についても考えておきたいですね」


白石さんが言った。


「ああ、そこもありますね」


配信を見ている人が近くに集まれば、人目が増えて犯罪の抑止につながる可能性もある。でも、見物客が大量に集まったら通行の邪魔になるかもしれない。


「一応、配信の最初に、見かけても声をかけたり、ついてきたりしないでくださいってお願いするつもりです」


「いいと思います。ただ、全員が守るとは限りませんから、状況に応じて活動を中断することも考えましょう」


「分かりました!」


実際にやってみないと分からない部分もある。配信を見ている人がどのくらい来るのか、普通に歩いているだけでも気づかれるのか。それとも誰にも気づかれないのか。


「……まあ、最初は小さく試した方がよさそうですね」


「そうですね。まずは通常の防犯活動について理解していただき、そのうえで松さんの能力や配信をどう組み合わせるか考えるのがよさそうです」


「ああ、それなら」


俺は川村さんに尋ねた。


「実際のパトロールって、一度見学させてもらうことはできますか? いきなり俺が勝手にやるより、やってる人の活動を見た方が早いかなって!」


川村さんが少し驚いた表情を見せた。


「見学ですか? それはいいと思います。受け入れについては、ほかの参加者とも相談する必要がありますが」


「ありがとうございます!」


実際に活動している人たちが、どんな場所を見て、何を記録しているのか。それを知れば、俺がワープで何を補えるかも考えやすくなる。


「それでは、今日のお話を一度整理しましょうか」


白石さんが口を開いた。


「お願いします!」


画面に、これまでの議論がまとめられていく。


まず、安全を確保し、必要な時には警察へ通報すること。


現行犯逮捕が認められる場合でも、無条件に身体拘束やワープ移送ができるわけではないこと。


相手を先に送るリレー式のワープについては、法的な扱いや警察側の受け入れ場所、到着直後の安全を検討する必要があること。


そして、通常の防犯活動を参考にしながら、音声配信と別撮りの映像記録、公開範囲や警察への提供方法を考えること。


「……結構ありますね」


思わずそう言うと、白石さんが少し笑った。


「松さんの能力を使うとなると、通常の防犯活動とは違う確認事項もありますから」


「ですよねえ」


どれも、今日聞かなければ分からなかったことばかりだ。


「じゃあ、交番へ送る方法については、また確認してもらえるんですか?」


「はい。必要な関係者に確認し、どういう対応が考えられるか整理してみます」


「ありがとうございます!」


「正式に決まるまでは、相手を拘束してワープで連れていくような行動は控えてくださいね」


「もちろんです!」


俺だって勝手にそんなことをするつもりはない。そもそも、まだパトロール自体始めていないんだから。


「それと、松さん」


白石さんが続けた。


「今後も継続的に防犯活動をされるおつもりですか?」


「……ああ。まだ分からないですね。実際にやってみて、どのくらい時間がかかるかにもよりますし」


「そうですよね」


「俺、あんまり予定を固定したくないんですよ。できれば、やりたい時にやる感じにしたくて」


「承知しています。以前の外国政府との協力についても、長期間の拘束を避けたいとおっしゃっていましたからね」


「そうなんですよ! 仕事を辞めるために頑張ってるのに、また仕事を増やしたら意味ないじゃないですか!」


「ふふ、そうですね」


三浦さんも少し笑っている。


「それなら、まずは負担の少ない形から考えた方がよさそうですね」


毎日決まった時間にパトロールしなければならない、なんてことになったら普通に仕事が一つ増えてしまう。もちろん、協力する以上は守るべき約束もあるだろう。でも、できるだけ自由に続けられる形がいい。


「最初は試験的に配信するところからですかね?」


「そうですね。まずは活動方法や安全面について確認し、そのうえで小規模な試験を検討するのがよさそうです」


いきなり本格的に始める必要はない。まずは配信が問題なくできるか、周囲に迷惑をかけないか、自分にどれくらいの負担があるか。そういうところから確認すればいい。


「それなら、俺も計画を考えてみます!」


「ありがとうございます。こちらでも確認が必要な点を整理しておきますね」


こうして、今日の相談は終了した。


会議を切る前に、三浦さんが一つだけ言った。


「松さん、今日はありがとうございました。能力を使って人を助けようというお気持ちは、よく分かりました。ただ、ご自身が何でも解決しなければならないとは考えないでくださいね」


俺は少し考えた。


「そうですね。俺はできることをやって、そのあとは警察の方にお願いしたいです」


「そのためにも、連携の方法を考えていきましょう」


俺は頭を下げた。


「今日はありがとうございました!」


画面が切り替わり、会議が終了した。


「……ふう!」


俺は椅子にもたれた。


思っていたより、ずっといろいろな話ができた。


最初は、襲ってきた相手を交番へワープさせれば便利じゃないか、という単純な疑問だった。でも、それを実際にやろうとすると、法律だけでなく、相手の安全や警察側の準備まで考える必要がある。


「……そりゃそうだよな」


俺が一瞬で移動できるからといって、周囲の人まで一瞬で対応できるわけじゃない。まして誰かを捕まえるとなれば、間違いがあってはいけない。


ただ、それで何もできないわけじゃなかった。


人を助ける。危険な場所から避難する。警察へ通報する。必要な情報を伝える。


そして条件が整えば、ワープを使った引き渡し方法も検討できるかもしれない。


「……結構、できることあるじゃん!」


俺は少し笑った。


全部を自分でやる必要はない。それぞれの専門家と協力すればいい。


以前の災害救助でも、俺一人で全部やったわけじゃない。救助隊の人たちが状況を確認して、必要な物や人を運ぶ方法を考えてくれた。俺はワープでできることを担当した。


「……今回も、そんな感じにできればいいな」


俺は今日のメモを保存した。


それから、会議用とは別の自分だけのメモを開く。


『自動ワープの防衛用設定を検討』


……ここは、まだ誰にも詳しく話さないでおこう。


以前の落下対策は、地面や水面との距離が条件だった。人間からの攻撃でも同じように使えるとは限らない。防衛用へ変更するなら、使えなくなる設定もある。


「……これは、ちゃんと実験しないとな」


もちろん、実際に誰かに殴ってもらうわけにはいかない。安全な方法で、どこまで条件を設定できるか確認する必要がある。


新しい実験の予定が、また一つ増えた。


次に、配信機材のメモも見直す。


カバンの中のスマホで音声配信。ワイヤレスマイクで話す。胸元に別のスマホを固定して記録する。


「……録画専用を買うなら、まずバッテリーと熱だよな」


安いだけで選んで途中で止まったら意味がない。逆に、必要以上に高性能な機種を買うのももったいない。


……まあ、購入するかどうかも含めて調べてからだ。


スマホの予定表を開く。


仕事。動画制作。外国政府との調整。防犯パトロールの準備。防衛用設定の検証。


「……あれ? また増えてるじゃん!」


思わず笑ってしまった。


FIREを目指しているのに、やることばかり増えている。でも、今回は自分でやりたいと思ったことだ。誰かに命令されたわけじゃない。


それなら、仕事というより趣味だろう。


……たぶん。


ふと、机の横に置いてある帽子が目に入った。


黒いキャップ。後ろから伸びるポニーテール。


「……そういえば、これも使わないとな」


今回の相談では、女装についてはほとんど話題にならなかった。でも、もともとYouTubeの企画として作ったものだ。防犯活動のやり方が決まれば、どこかで使えるかもしれない。


「……これでパトロールするの、楽しみだなあ」


もちろん、まだ自由にパトロールを始めていいと決まったわけじゃない。


まずは川村さんたちの活動を見せてもらおう。そこで何か一つでも学べれば、この帽子の使い道も見えてくるかもしれない。


「……よし!」


俺はパソコンを閉じた。


防犯パトロール。まだ始めてもいないのに、思っていたより奥が深い。


……でも。


「なんか、楽しみになってきたな!」

次回、第76話「女装パトロール、始めます!」


次回更新:11月3日 12:10予定

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