第70話 犯罪を減らす方法を調べていたら、外国から連絡が来た
画面にAIの回答が表示され始めた。
『犯罪を減らすためには、複数の対策を組み合わせることが重要です』
「……そりゃそうか」
俺は続きを読んだ。防犯カメラや街灯の設置。警察による巡回。教育や生活支援。再犯防止のための取り組み。
犯罪といっても、窃盗、詐欺、暴行、性犯罪では事情が違う。効果的な対策も、それぞれ異なるらしい。
「……結構あるな」
俺が考えていたのは、もっと単純な話だった。例えば、夜道で誰かが襲われそうになっていたら、ワープで助ける。犯人が逃げたら追いかける。そんな感じだ。
でも、よく考えれば、それは犯罪が起きそうな現場に偶然居合わせた場合の話でしかない。そもそも、俺が犯罪の起きる場所をどうやって知るんだ?
「……全国の夜道を見回るとか?」
試しに想像してみた。夜になったら、暗い道を探してワープする。怪しい人がいないか確認して、次の場所へ移動する。
「……いや、無理だろ」
全国に道路が何本あると思ってるんだ。そもそも、夜道を歩いているだけで怪しい人扱いされたら、俺だって困る。
「そうだ。AIに聞くか」
俺は追加で質問した。
『ワープを使えば短時間でいろいろな場所を巡回できます。これで犯罪を減らせませんか?』
回答が表示される。
『一部の状況では抑止効果が期待できます。ただし、犯罪が発生する場所や時間を正確に予測することは困難です。また、巡回者の存在によって犯罪が別の場所へ移る可能性もあります』
「……ああ、そっか」
俺がいる場所では犯罪をしなくなるかもしれない。でも、別の場所に移動されたら意味がない。
いや、犯罪そのものが減るなら多少は意味があるのか?
「……難しいな」
さらに続きを読む。警察との連携。緊急時の判断。誤認によるトラブル。個人情報の保護。
「……あれ?」
俺、これ全部やるの?
防犯カメラを確認して、怪しい人を探して、現場に向かって、必要なら救助する。しかも、相手が本当に犯罪をしようとしているのか判断しなきゃいけない。
「警察官になりたいわけじゃないんだけどなあ」
そもそも、俺には逮捕の仕組みもよく分からない。現行犯逮捕という言葉は知っているけど、だからといって勝手に人を捕まえていいとは思えない。
「……そうだよな」
もし俺が人違いで誰かを捕まえたら、それこそ大問題だ。ワープできるからといって、犯罪者かどうかを見分ける能力があるわけじゃない。
「……じゃあ、俺にできるのは何だ?」
もう一度、AIに質問する。
『一般人が犯罪を目撃した場合、何ができますか? ワープ能力があることも考慮してください』
表示された回答を読み進める。まず、自分や周囲の安全を確保すること。警察へ通報すること。被害を受けそうな人がいれば、安全に避難できるよう支援すること。
ワープを使える場合でも、相手の意思や周囲の危険、移動先の安全を確認する必要がある。
「……なるほど」
これなら、今までやってきた救助と近い。例えば、誰かが襲われそうになっているところを見つけたら、その人を安全な場所へ移動させる。
犯人を倒す必要はない。まず被害を防げればいい。
「……あれ?」
でも、それって結局、事件の現場にいないとできないんじゃないか?俺は椅子にもたれた。
「……振り出しか」
犯罪を減らしたいと思った。でも、どこで犯罪が起きるのか分からない。分かったとしても、本当に危険なのか判断しなきゃいけない。
そして、俺一人が見回れる場所には限界がある。
「……ワープしても、目は2つしかないもんな」
全国どころか、近所の全部の道を見るのだって無理だ。しばらく考えてから、俺は検索画面を開いた。防犯活動について調べる。
地域の見守り活動。警察の防犯情報。自治体の取り組み。いろいろ出てきた。
「……みんな結構やってるんだな」
防犯パトロールという活動もあるらしい。地域の人たちが、決められた時間に周辺を巡回するものだ。
「……パトロールか」
そういえば、俺も昔やったな。ヒーローっぽいことをしてみようと思って、配信しながら街を回った。
そして、あの人を助けた。
「……」
画面を見つめる。あの時は、犯罪を防ごうとしていたわけじゃない。ただ、危ない場所にいた人を助けただけだ。
それが後になって、こんな話になるなんて思ってもいなかった。
「……まあ、だからって何もしないのもな」
俺はもう一度、防犯パトロールについて調べ始めた。もちろん、今すぐ何かするつもりではない。警察や自治体と相談する必要もあるだろう。それに、そもそも俺が参加できるのかも分からない。
「……一回、白石さんに相談してみるか」
政府と協力するようになってから、こういう話を相談できる相手ができた。便利なものだ。
もっとも、何でも白石さんに聞いていたら、今度はあの人の仕事が増えそうだけど。
「……とりあえず、今日はここまでかな」
時計を見る。もう結構いい時間だった。
明日も仕事だ。犯罪を減らす方法を考えるのは大事だけど、そのために寝不足になって仕事でミスをしたら意味がない。
「……よし、寝よう」
パソコンを閉じた。
翌日。
いつもどおり出勤した。
「おはようございます!」
挨拶をして、仕事を始める。昨日は随分と難しいことを考えていたけど、会社に来ればいつもの日常だ。
確認しなければならない資料もあるし、連絡しなければならない相手もいる。世界の犯罪を減らすより、まずは今日の仕事を片付けなければならない。
「……まあ、俺の仕事はこっちだからな」
午前中は特に変わったこともなく過ぎた。そして昼休み。
昼食を済ませてスマホを確認すると、白石さんからメッセージが届いていた。
『松さん、お疲れさまです。海外からの協力依頼について、一度ご相談したいことがあります』
「……海外?」
思わず声が出た。海外からの協力依頼?
そういえば、ワープが有名になってから外国の企業やメディアからも連絡が来るようになっていた。ただ、ほとんどは問い合わせだったり、取材の申し込みだったりする。政府を通して正式に話が来ることもあるんだな。
俺は返信した。
『お疲れさまです! 海外って、どこの国ですか?』
少しして、返事が届いた。
『複数の国から照会があります。現在、日本政府側で内容と連絡経路を確認しています』
「……複数?」
一つじゃないのか。
『どんな依頼ですか?』
『輸送や緊急対応など、内容はさまざまです。ただ、その中に継続的な協力を希望する案件があります』
「……継続的?」
俺はその言葉が気になった。単発で物を運ぶなら分かる。今までも政府の依頼で機材や車両を運んできた。
でも、継続的ってことは、毎月とか毎週とか、そういう話だろうか。
『それって、外国で働くってことですか?』
『必ずしも現地に居住する必要はないようですが、定期的に現地で活動することを想定している提案もあります』
「……へえ」
外国で働く、か。普通の会社員だったら、海外勤務なんてなかなか経験できないだろう。
しかも、俺の場合はワープがある。飛行機に何時間も乗らなくていい。行って、仕事をして、帰ってくればいい。
「……まあ、それだけ聞くと便利だけど」
俺は少し考えた。外国で仕事をするって、そんなに簡単なことなのか?
まず、言葉が通じない。英語だって得意じゃないし、それ以外の言語になったらもっと分からない。通訳を付けてもらえるなら何とかなるかもしれないけど、毎回通訳が必要なのも面倒だ。
それから、現地の環境。水道水をそのまま飲めるのか。食事はどうなのか。トイレや通信環境は?もちろん、国や地域によって全然違うだろうし、快適な場所もあるだろう。
「……でも、わざわざなあ」
俺には今の生活がある。日本なら言葉も通じるし、食事にも困らない。ゲームも漫画もアニメも、好きなものを楽しめる。何より、自分の家がある。
外国へ行ってまで働きたいかと言われると、正直あまり気が進まない。旅行なら話は別だけど。
「……そういえば、給料は?」
お金のことも気になる。外国の仕事なら、報酬はドルなのか?
最近は為替も大きく動くし、円で受け取るのと外貨で受け取るのでは話が違う。円安なら外国で使うお金は高くつくし、逆にドルで報酬をもらえば円換算では大きくなる。円高になったら、また事情も変わる。
「……いや、待てよ」
そもそも、俺は日本で稼げている。航空会社の仕事もあるし、政府の輸送案件だってある。YouTubeも続けている。
まだFIREできるほどの資産はないけど、能力を使って収入を増やす方法はすでに見つかっている。その状態で、わざわざ外国の仕事を増やす必要があるのか?
「……うーん」
報酬次第ではある。ものすごい金額なら、さすがに考えると思う。
でも、毎月決まった仕事をするとなると、自由な時間は減る。しかも外国政府との契約だ。日本の企業との仕事みたいに、簡単に予定を変えてもらえるのだろうか。
「……まあ、話を聞いてからだな」
俺は白石さんに返信した。
『内容次第ですけど、話だけなら聞いてみたいです!』
『ありがとうございます。正式な依頼内容と条件を確認したうえで、改めてご案内します』
『お願いします!』
これで終わりかと思ったら、続けてメッセージが届いた。
『なお、現時点では松さんに協力をお願いすることが決まっているわけではありません。日本政府としても、本人の意思を前提に調整する方針です』
「……ああ、よかった」
勝手に契約されていたら困る。まあ、そんなことはないと思うけど。
『分かりました!』
返信して、スマホを置いた。
「……外国からかあ」
少しだけ、わくわくする気持ちもある。世界中の国から、自分の能力を使いたいと言われる。普通に考えれば、すごいことだ。
でも。
「……仕事が増えるのはなあ」
俺は昼休みの残り時間を確認した。せっかく稼いでも、働く時間が増え続けたらFIREから遠ざかる気がする。お金を増やして、仕事を減らしたいのに。
「……なんか逆だよな」
そんなことを考えながら、午後の仕事に戻った。
一方、その日の夕方、政府の施設では、松さんへの海外からの協力依頼について、関係者による打ち合わせが行われていた。白石凪も、その場に参加している。
「では、海外からの照会について確認しましょう」
担当者が資料を開いた。画面には、複数の案件が整理されている。
輸送支援。災害対応。インフラ関係の技術協力。いずれも、松のワープ能力を前提にしたものだった。
「かなり増えてきましたね」
「航空機の移動が実証されてから、海外でも関心が高まっています。特に、大型物資の輸送と緊急対応については問い合わせが続いています」
担当者が説明を続ける。
「ただし、具体的な協力内容や安全条件が整理されていないものもあります。正式な交渉に進めるかどうかは、今後の確認次第です」
「松さんには、もうお伝えしていますか?」
責任者が白石に尋ねた。
「はい。海外から複数の照会があることと、その中に継続的な協力を希望する案件があることはお伝えしました」
「反応は?」
「話を聞くこと自体には前向きです。ただ、協力を引き受けるという意味ではありません」
「なるほど」
責任者がうなずいた。
「今回の提案には、かなり高額な報酬を想定しているものもあります。松さんにとっても、魅力的なのでは?」
白石は少し考えた。
「金額だけでは判断されないと思います」
「といいますと?」
「松さんはFIREを目指しています。収入を増やすことには関心がありますが、それ以上に自由な時間を大切にされています」
「高額報酬でも、拘束が長ければ断る可能性がある?」
「はい。むしろ、継続的な仕事になるほど、契約期間や終了条件を気にされると思います」
担当者が資料を確認する。
「確かに、航空会社との案件でも、月1回程度の短時間で済むことを重視していましたね」
「そうです。松さんにとって、時間を自由に使えることは報酬と同じくらい重要なんです」
白石は続けた。
「それから、外国での生活を希望されているわけでもありません。日本での本業やYouTube活動も続けていますし、生活環境を大きく変えるつもりはないと思います」
「ワープで帰国できてもですか?」
「移動時間が短いことと、現地で働く負担が少ないことは別です」
「……なるほど」
白石自身も、今日の連絡で松が何を気にするのか、改めて確認しておきたいと思っていた。ただ、本人がまだ話を聞いていない以上、こちらだけで結論を出すわけにはいかない。
「まずは仕事内容、報酬、活動場所、拘束時間、それから契約終了の条件を確認する必要があると思います」
「そうですね」
責任者が資料に目を戻した。
「いずれにしても、松さん本人の意思が最優先です。日本政府として、海外との協力を勝手に約束することはできません」
「はい」
「では、条件が整理できた案件から、本人との面談を設定しましょう」
会議は、その方針でまとまった。
数日後。
仕事を終えて帰宅した俺は、いつものようにパソコンを開いていた。先日調べた防犯パトロールについて、もう少し詳しく確認するつもりだった。
「……ん?」
スマホが鳴った。白石さんからだ。
『松さん、海外からの協力依頼について、先方との面談を調整できそうです』
「……おお」
もう話が進んだのか。
『オンラインでの参加を想定しています。まずは仕事内容と条件について、直接ご説明いただく形です』
「オンラインか」
それなら楽だ。外国まで行かなくていいし、何なら自宅から参加できる。
『通訳も付きますか?』
『はい。日本語でお話しいただけるよう調整しています』
「……よし」
これなら、話を聞くだけなら問題なさそうだ。俺は返信した。
『分かりました! 参加します!』
少しして、白石さんから返事が届いた。
『ありがとうございます。なお、先方からは継続的な協力を前提とした提案が予定されています』
「……やっぱり継続か」
俺は椅子にもたれた。一回限りの仕事なら、金額と内容を比べればいい。でも、継続的となると話は違う。
毎月何日なのか。急な呼び出しがあるのか。何年続けるのか。
そして、途中で辞めたくなったら辞められるのか。
「……そうだ」
俺は白石さんに追加で質問した。
『それって、いつ終わる仕事なんですか?』
しばらくして返信が届いた。
『契約期間と終了条件については、まだ先方から具体的な提示がありません』
「……ええ」
そこ、決まってないのか。
『一応、先に確認してもらっていいですか?』
『もちろんです。面談までに確認を依頼します』
「……よかった」
俺はスマホを置いた。外国で働くこと自体は、別に絶対嫌というわけじゃない。旅行のついでに仕事をするくらいなら、面白いかもしれない。
でも、いつ終わるか分からない仕事を引き受けるのは嫌だ。
「……俺、仕事を辞めるために稼いでるんだけどな」
何億円ももらえる仕事だったとしても、それで何十年も働かなきゃいけなくなるなら意味がない。というか、それじゃ普通に就職するのと変わらない。
「……まあ、金額にもよるけど」
そこは重要だ。ものすごい金額なら、やっぱり悩むと思う。俺だってお金は欲しい。
でも、そのお金を使う自由な時間がなければ、何のために稼ぐのか分からなくなる。
「……さて、どうなるかな」
俺は面談を入れられそうな日を確認するため、カレンダーを開いた。外国政府との話し合い。
普通の会社員だった俺が、そんなことをする日が来るとは思わなかった。
「……なんか、すごいことになってるな」
少し笑ってしまう。でも、俺がやることは変わらない。
仕事内容を聞いて、条件を確認して、割に合うかどうか考える。それだけだ。
「……高い仕事だからって、何でも引き受けるわけじゃないからな」
そうつぶやいて、パソコンの画面に目を戻した。そこには、先日の防犯パトロールについての検索結果が残っていた。
犯罪を減らす方法。外国からの協力依頼。どちらも、俺のワープ能力に関係している。
でも、考えることが多すぎる。
「……とりあえず、一個ずつだな」
まずは外国の話を聞いてみよう。その後で、犯罪防止についても白石さんに相談すればいい。俺は検索画面を閉じ、面談で確認したい条件をメモした。
さて。外国政府は、俺に何をさせたいんだろう。そして、いくら払ってくれるんだろう。
……まあ、その前に。
いつ辞められる仕事なのか、ちゃんと聞かないとな。
次回、第71話「5億円でも、辞められないなら無理です」
次回更新:10月31日 20:10予定




